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私の願い
「七海先輩、私……。課長の重要書類を誤ってシュレッダーにかけちゃったみたいなんです。うぅっ……課長に、自主退職をすすめられたっすよ……」
体を震わせながら真っ青な顔で私にすがりついてきた後輩の小夏ちゃんに、私は落ち着かせるように背中を撫でてハンカチを差し出した。
彼女は任された仕事はしっかりこなし、何度もチェックするほどの超真面目な子だ。そんな彼女が、書類を誤ってシュレッダーにかけてしまうはずがない。
そう考えた私は、小夏ちゃんにシュレッダーにかけた出来事を振り返って確認することにした。ゆっくり落ち着いて確認してみると、どうやら書類をシュレッダーにかけるよう頼んだのは課長であり、その書類を彼女が任された通りにシュレッダーにかけただけだった。
(え、待って。それじゃあ。書類を課長が誤ってシュレッダー送りの書類に混ぜてしまったと言うことでは?)
しかし、そのことを言うと課長が「自分のミスを上司である私のせいにする気か‼」と大きな声で喚き散らしてきたそうだ。自分のミスを新人である小夏ちゃんのせいにするなんて酷すぎる。だが、課長ならやりかねないと思った。
かく言う私も以前、課長に面倒な仕事を押し付けられたこともあるからだ。
課長の人任せ、ミスは全て部下のせいにするのは意外と社内で有名だった。かと言って、上には真逆の態度である課長なので、立場が弱い私や新人の小夏ちゃんではどうしようもない。だけど、私達にだってできることはある。
「小夏ちゃん。書類を再発行しよう。私も一緒に手伝うから」
「……へ?どうして……私が嘘をついてると思わないっすか?」
「思わないよ。小夏ちゃんは人一倍努力しているし、仕事の要領もいいでしょ。私は横でちゃんと貴方を見てきたからね!それに、課長の言いなりで自己退職なんてありえないから!書類を再発行して課長に突き出してやりましょう‼貴方のミスを新人がカバーしてあげましたよってね!」
「七海先輩……うう……一生ついていくっす‼」
「あはは、オーバーすぎだから。ほら、行こう」
「はいっす!」
そうして色々な部署を走り回って頭を下げながら書類を集めた私達は、無事に書類を再発行して課長に提出することができた。
小夏ちゃんの自主退職もなかったことになり、一件落着と二人でちょっぴりお高いレストランでフルコースをご褒美に楽しんだ翌日のことだ。
課長がクビになっていた。課長の態度について数名の社員から相談を受けていたらしい上層部で、問題に上がっていたらしい。新人の小夏ちゃんの懸命な姿が決定打になったのかもしれない。
そして、新しく就任してきた課長が小説に出てくるようなイケメンエリート御曹司で、小夏ちゃんといい感じになっていたような……
そんな後輩との思い出を振り返っていた私は現在、クジラのお腹の中で後輩である小夏ちゃんと優雅なティータイムをしていた。
クジラのお腹の中に違和感しかない豪華なスイートルームのような箱庭があって、そこで小夏ちゃん、もといマリエ姉様が慣れた手つきで青いスクリーンからクッキーやドーナツ、マカロンを取り出して私を歓迎している。
「この箱庭めっちゃ課金して揃えたんすよ!ちなみにこのクジラは、ガチャ天井でゲットしたっす‼給料半分以上が消えたっすけど悔いはないっす」
「その陽気で前向き一直線の口調は、間違いなく小夏ちゃんだね……」
まさか、私と同じように小夏ちゃんが異世界転生しているとは思わなかった。
「……じゃあ、小夏ちゃんも暴走トラックに⁉」
「いや、生きてるっすよ?あ!聞いてくださいよ‼昨日、課長に新しい企画を提案したら軽く却下されちゃったんすよ。先輩がアドバイスしてくれた企画でもあったから、通らせたかったんすけどねぇ」
「どういうこと?」
その小夏ちゃんの説明によると、朝は普通に会社に出勤して夜にアプリゲームにログインすると強制的に眠ってこちらの世界にログインしているそうだ。そんな異世界転生もあるんだと驚いていたけど、私の頭には穏やかに微笑みを向けるケイ兄様のことしか考えられない。
(早く行かないと……)
ケイ兄様が、今も一人で深い闇で苦しんでいるかもしれない。
箱庭から出ようとした私の腕を、強く握ってきた小夏ちゃんに引きとめられてしまう。
「七海先輩……海神は諦めましょう」
「……小夏ちゃん」
「前に先輩に話したことありましたよね?ここは、私がしていた乙女ゲームの世界なんです。主人公は人魚姫の一番上の姉の私で、実は泡になった人魚姫を愛していた海神がラスボスとして立ちはだかるんすよ。
でも、ラナが先輩だってわかったから……未来を変えようとして……だけど、攻略対象者の王子が何故かクズすぎて私、先輩が泡になって消えたと思って……」
私の両手を掴んで、必死に引きとめようとする小夏ちゃんの瞳からぼろぼろと涙が溢れて流れ落ちる。
「先輩……あの日。私に会うために……」
「私が死んだのは、小夏ちゃんのせいじゃない。ただ、私の運が悪かっただけ」
「……本当、先輩って運がないっすよ。異世界転生しても、すぐ泡になって消えてしまう人魚姫に生まれ変わっちゃうなんて……あんまりじゃないっすか!私は嫌なんです。この世界でまで先輩が死ぬのが‼」
小夏ちゃんが私に手を差し出した。
「このアイテムは、一つだけ願いを叶えることができるんすよ。七海先輩、これで泡になって消えることもなくなるっす」
その差し出された水晶球に私の願いが浮かぶ。その私の願いを既に感じ取っていた小夏ちゃんは、受け入れたくないように泣きながら私を睨みつける。
「だから、こんなタイミングで話したくなかったっす……でも、もう時間がないから……うぅ……七海先輩……」
私の視界に小さな泡が浮かんできた。
下を見下ろすと、下半身を覆う人魚の鱗が泡に変わって消えていく。
泣き崩れる小夏ちゃんをおいて、私は箱庭を出しクジラのお腹の先にある出口に向かう。
水晶球を両手に抱えた私は絶望から解放され、喜びに胸を弾ませていた。
*・:*ೄ‧·*°・
「うわぁぁぁん!七海先輩~~~‼」
クジラのお腹の中で、小夏は泣き叫んでいた。真っ赤な髪をボサボサにして、先ほどの明るい笑みが嘘のように瞳に光を失い絶望に染まっている。
「私は先輩のために、奇跡の水晶玉を手に入れたのに……」
そうブツブツ囁く小夏の体にヒビが入って、今にも崩れ落ちようとしている。
「もういい……あっちの世界も、こっちの世界もどちらも居たくない‼先輩が……私の妹が居ない世界に、なんの意味があるっていうの……?」
己の崩れ行く体を受け入れたように、ゆっくりと瞳を閉じる小夏の前に一筋の星が出現した。その星をきっかけに、黄金に輝く光が流れ星のように降り注ぐ。
「小夏。ここにどれだけログインしているつもりだ。あちらでは昏睡状態になっているんだぞ。全くお前は、世話が焼ける部下だな」
白銀の髪を靡かせ、星屑を詰め込んだような瞳の男が小夏の前に現れる。
ストライプ柄のネクタイに黒いスーツを着ている男は、鋭い瞳で泣きじゃくる小夏をなだめるように抱き寄せ背中を撫でた。
「……課長?……なんでここに……髪も、なんで真っ白になってんすか?」
「ふふっ……やはり君は燃えるように赤い髪がよく似合っている」
そう愛おしそうに小夏の頬に手を添えて、おでこにキスを落とす。予想外のキスに首を傾げる小夏に、男は深いため息をついた。
「お前の妹が魔女と交わした契約を忘れていないか?」
「……魔女との契約?」
「気づくのが遅れたようだが、きっと間に合うはずだ。二人は運命の番だからな」
その言葉を聞いた小夏はハッとしたように大きく目を見開き、ぼろぼろと喜びの涙を流す。そんな小夏を優しく抱きしめる男は、彼女が聞こえない小さな声で囁く。
「海神ならば、私達のように生まれ変わらずとも愛を貫けるはずだ……」
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