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第5話 条約をすり抜けろ
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国際情勢は悪化の一途を辿る。ナチス・ドイツとイタリアはそれぞれ国際連盟を脱退した。大日本帝国も日英同盟を優先して事実上の幽霊と化す。もはや国際連盟に意味はなかった。せっかく定められた国際条約も形骸化して久しい。
「この艦で世界を制す」
それを象徴することが建造競争だ。前大戦を経て一度こそ軍縮の波に入り経済的な混乱からも財布を破壊する海軍の縮小で合意する。しかし、海軍こそ国家を象徴する存在だ。各国で折り合いがつかないこと当然である。一定程度は纏まったが実際に効力を発揮したか問われると回答に困った。自他共に認める海軍強国の大日本帝国は巧妙なすり抜けで軍拡を続ける。
「陸地に造船所を作れないなら、海上に作ってしまえばいい。頭が良いのか悪いのかわからんぞ」
「イギリス人らしい紳士の解決法です」
「そ、そうかな」
「浮き船渠の集団も壮観です」
山口県小野田市の面する内海に洋上造船所が構えられた。九州と近畿の間に位置し陸と海で物資が行き来する。新たな拠点を置くに丁度良かった。しかし、海軍軍縮条約の都合で陸地に設けることはできない。さすがに無視して貫徹することは強引過ぎて反発を招いた。民間企業を事実上の官営企業に設けることもできたが時間を要して即応体制にそぐわない。ここで発送の転換と洋上拠点が浮上した。簡単に言えば浮き船渠の群団である。
フローティングドックとも呼ばれる施設は専ら小型だった。大型船舶の収容は前例が少ない。これの開発にオランダに協力をお願いした。オランダ製の中に排水量3万トン級の超大型がある。当時の重巡洋艦や航空母艦を収容可能な性能を有して参考にしながら浮き船渠を製造した。
浮き船渠は乾ドッグに比べて安価で修理だけでなく建造も可能である。さらに、自走できるため外洋でも対応できた。条約の制限にも引っ掛かるか曖昧で言い逃れがやりやすい。ただ大きい物を1個作っても意味が無いと群団と称して量産化を図った。現在は大中小と様々な浮き船渠が製造されている。軍用から民間用まで幅広く対応した。
「鷹野型航空巡洋艦だ。4隻の建造を計画して2隻が就役して2隻は間もなくの完成だ。1番から4番まで空けば今度は特型航空母艦という。ノウハウを活かせるからって無茶な予定を組むんだ」
「まだマシでは?」
「何がだ」
「5番から8番は装甲空母建造に引っ張りだこ。工作艦の助力を得てもヒィヒィ言っているとか」
「おう、言わせとけ」
鉢巻き姿の男達が汗水たらして働いている。彼らに休みは存在しなかった。1日の遅れが敗北を招くと言われる。それでは作業を雑にする可能性が浮上した。山口県の工業をフル稼働させてブロック式工法を採用している。期間短縮と品質維持を両立した。ブロック式は大型艦で採用されたが、数量の求められる巡洋艦と駆逐艦など、小型艦に活躍している。
それはさておき、大型浮き船渠1番から4番の群団は海軍からの注文から規格外の航空巡洋艦を建造した。1930年代の初めは航空母艦が定まり切っていない。様々な案が浮上して潰えた。大型と中型、小型の三種がそれぞれ1935年から1936年にかけて確立される。
大型は仮称翔鶴型という約3万3000トンに決まって横須賀と神戸で始まった。中型は便宜的に蒼龍型と呼称して約2万トンに決まって呉と横須賀で完了している。中型空母の完成形として程よく簡略化した量産型の仮称雲竜型を計画した。小型は曲者で「航空機運搬艦」や「燃料運搬艦」、「高速油槽船」などと称する。約1万トン前後に定まると陸海軍の運用で数が求められた。全国各地と浮き船渠で建造が終わっては始まっている。
その上で異形たる存在が鷹野型航空巡洋艦だった。航空母艦ではなく巡洋艦の枠組みに含まれる。しかし、航空機運用能力を有するため、航空母艦に含むこともでき、どっちつかずの中途半端で指摘をあやふやに変えた。イギリスから援護射撃を受けることで半ば強引に進めていく。
「主砲に15cm四連装高角砲2基、副砲に10cmの連装ないし単装の高角砲、40mmと20mmの高角機銃を装備する。航空機は艦載仕様の戦闘機と偵察機を主とするが、油圧式射出機により少数の爆撃機と攻撃機を運用可能とし、陸軍航空隊との連携も含めて広範な能力を得た」
「長い」
「何でも屋です」
「そうか。対艦、対空、対地、対潜の何もかもが一隻で務まってしまう。器用貧乏じゃない。正真正銘の万能なわけだ」
「はい」
鷹野型航空巡洋艦は空母過渡期の野心的な設計と見られるが先進的な試みだった。航空母艦に巡洋艦級の火砲を搭載すること自体は世界単位で見られ、考えることは皆同じと言わんばかり、改造空母である赤城と加賀も20cm砲を搭載している。これは敵巡洋艦と撃ち合うことが想定されたからだ。現在は航空機は複葉から単葉に変わり、エンジンも大馬力で航続距離は長くなり、航空機運用能力に特化させることが得策である。
主砲である15cm四連装砲は限られたスペースを最大限に活かす工夫だった。艦前部の小さな区画に前後に並んでいる。高角砲の一種で対空射撃と対艦射撃を両立し、連装砲が更に連装になる仕組みから、2発の2連バースト射撃、単発の4連射撃と器用だった。副砲と連動して対空射撃を主とするが対艦射撃もできる優れものである。ただし、攻撃よりは防御の性質を帯びて艦隊防空の要が与えられた。副砲は大量製造中の10cm高角砲で連装と単装を装備する。5インチと比べて威力こそ劣れど高初速で高精度の速射を秘めた。戦艦から巡洋艦、駆逐艦、海防艦など全ての艦種に使用される。
航空機運用能力は前提として斜め向きの飛行甲板を有した。これは先述の主砲を置くスペースを得るべくイギリスから助言を得た末に誕生する。アングルドデッキの先駆けとイメージすることが手っ取り早かった。さらに、試作品だが油圧式カタパルトを装備する。低出力で不足気味だが軽量な戦闘機と偵察機は風が無くとも連続発艦ができた。重武装の爆撃機と攻撃機は合成風力を必要とするがハードルは下げられる。
これらを基に搭載機は戦闘機と偵察機が占めた。鷹野型の運用思想が艦隊随伴に依る。空母部隊ならば主力空母が直掩の戦闘機を出す手間をなくして巡洋艦が水偵を飛ばす面倒を省略できた。戦艦部隊の場合は直掩機の展開と偵察機の発進、主砲で砲撃戦に参加する。戦闘以外の時間帯は即席の対潜哨戒機を飛ばして艦隊の安全を確保した。つまり、何でもできる究極の軍艦が込められている。
「鷹野、潮見、高浜、大須が揃うだけで総数120機の小部隊が出来上がる。いい艦ふねだな。これを約2年で造り上げてしまうんだ。やはり日本は負けていない」
「これでも長い方です。約1年で建造できないと間に合いません。ドイツもソ連も貧弱ですが太平洋と大西洋、インド洋、地中海など全ての海を制覇するまでは止まれません」
「シンガポールやセイロン島に出張所も構えていますし世界単位の分担が敷かれれば夢ではありませんよ」
「呉の大戦艦もか?」
「噂には聞いていますが嘘じゃないですかね? 大戦艦なんていりますか?」
「要るか要らない。そんな話じゃない。日本の威光を見せつける。国家の威信を賭した。それだけのこと」
山口県の立地からしてお隣さんの広島県呉市で行われていることを噂で知ることができた。山口県を中心とした大量建造は物理的と情報的に呉の行事を覆い隠してしまう。海軍軍縮条約を形骸化させる試みの末に何が待っているのか誰も知れなかった。
続く
「この艦で世界を制す」
それを象徴することが建造競争だ。前大戦を経て一度こそ軍縮の波に入り経済的な混乱からも財布を破壊する海軍の縮小で合意する。しかし、海軍こそ国家を象徴する存在だ。各国で折り合いがつかないこと当然である。一定程度は纏まったが実際に効力を発揮したか問われると回答に困った。自他共に認める海軍強国の大日本帝国は巧妙なすり抜けで軍拡を続ける。
「陸地に造船所を作れないなら、海上に作ってしまえばいい。頭が良いのか悪いのかわからんぞ」
「イギリス人らしい紳士の解決法です」
「そ、そうかな」
「浮き船渠の集団も壮観です」
山口県小野田市の面する内海に洋上造船所が構えられた。九州と近畿の間に位置し陸と海で物資が行き来する。新たな拠点を置くに丁度良かった。しかし、海軍軍縮条約の都合で陸地に設けることはできない。さすがに無視して貫徹することは強引過ぎて反発を招いた。民間企業を事実上の官営企業に設けることもできたが時間を要して即応体制にそぐわない。ここで発送の転換と洋上拠点が浮上した。簡単に言えば浮き船渠の群団である。
フローティングドックとも呼ばれる施設は専ら小型だった。大型船舶の収容は前例が少ない。これの開発にオランダに協力をお願いした。オランダ製の中に排水量3万トン級の超大型がある。当時の重巡洋艦や航空母艦を収容可能な性能を有して参考にしながら浮き船渠を製造した。
浮き船渠は乾ドッグに比べて安価で修理だけでなく建造も可能である。さらに、自走できるため外洋でも対応できた。条約の制限にも引っ掛かるか曖昧で言い逃れがやりやすい。ただ大きい物を1個作っても意味が無いと群団と称して量産化を図った。現在は大中小と様々な浮き船渠が製造されている。軍用から民間用まで幅広く対応した。
「鷹野型航空巡洋艦だ。4隻の建造を計画して2隻が就役して2隻は間もなくの完成だ。1番から4番まで空けば今度は特型航空母艦という。ノウハウを活かせるからって無茶な予定を組むんだ」
「まだマシでは?」
「何がだ」
「5番から8番は装甲空母建造に引っ張りだこ。工作艦の助力を得てもヒィヒィ言っているとか」
「おう、言わせとけ」
鉢巻き姿の男達が汗水たらして働いている。彼らに休みは存在しなかった。1日の遅れが敗北を招くと言われる。それでは作業を雑にする可能性が浮上した。山口県の工業をフル稼働させてブロック式工法を採用している。期間短縮と品質維持を両立した。ブロック式は大型艦で採用されたが、数量の求められる巡洋艦と駆逐艦など、小型艦に活躍している。
それはさておき、大型浮き船渠1番から4番の群団は海軍からの注文から規格外の航空巡洋艦を建造した。1930年代の初めは航空母艦が定まり切っていない。様々な案が浮上して潰えた。大型と中型、小型の三種がそれぞれ1935年から1936年にかけて確立される。
大型は仮称翔鶴型という約3万3000トンに決まって横須賀と神戸で始まった。中型は便宜的に蒼龍型と呼称して約2万トンに決まって呉と横須賀で完了している。中型空母の完成形として程よく簡略化した量産型の仮称雲竜型を計画した。小型は曲者で「航空機運搬艦」や「燃料運搬艦」、「高速油槽船」などと称する。約1万トン前後に定まると陸海軍の運用で数が求められた。全国各地と浮き船渠で建造が終わっては始まっている。
その上で異形たる存在が鷹野型航空巡洋艦だった。航空母艦ではなく巡洋艦の枠組みに含まれる。しかし、航空機運用能力を有するため、航空母艦に含むこともでき、どっちつかずの中途半端で指摘をあやふやに変えた。イギリスから援護射撃を受けることで半ば強引に進めていく。
「主砲に15cm四連装高角砲2基、副砲に10cmの連装ないし単装の高角砲、40mmと20mmの高角機銃を装備する。航空機は艦載仕様の戦闘機と偵察機を主とするが、油圧式射出機により少数の爆撃機と攻撃機を運用可能とし、陸軍航空隊との連携も含めて広範な能力を得た」
「長い」
「何でも屋です」
「そうか。対艦、対空、対地、対潜の何もかもが一隻で務まってしまう。器用貧乏じゃない。正真正銘の万能なわけだ」
「はい」
鷹野型航空巡洋艦は空母過渡期の野心的な設計と見られるが先進的な試みだった。航空母艦に巡洋艦級の火砲を搭載すること自体は世界単位で見られ、考えることは皆同じと言わんばかり、改造空母である赤城と加賀も20cm砲を搭載している。これは敵巡洋艦と撃ち合うことが想定されたからだ。現在は航空機は複葉から単葉に変わり、エンジンも大馬力で航続距離は長くなり、航空機運用能力に特化させることが得策である。
主砲である15cm四連装砲は限られたスペースを最大限に活かす工夫だった。艦前部の小さな区画に前後に並んでいる。高角砲の一種で対空射撃と対艦射撃を両立し、連装砲が更に連装になる仕組みから、2発の2連バースト射撃、単発の4連射撃と器用だった。副砲と連動して対空射撃を主とするが対艦射撃もできる優れものである。ただし、攻撃よりは防御の性質を帯びて艦隊防空の要が与えられた。副砲は大量製造中の10cm高角砲で連装と単装を装備する。5インチと比べて威力こそ劣れど高初速で高精度の速射を秘めた。戦艦から巡洋艦、駆逐艦、海防艦など全ての艦種に使用される。
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「これでも長い方です。約1年で建造できないと間に合いません。ドイツもソ連も貧弱ですが太平洋と大西洋、インド洋、地中海など全ての海を制覇するまでは止まれません」
「シンガポールやセイロン島に出張所も構えていますし世界単位の分担が敷かれれば夢ではありませんよ」
「呉の大戦艦もか?」
「噂には聞いていますが嘘じゃないですかね? 大戦艦なんていりますか?」
「要るか要らない。そんな話じゃない。日本の威光を見せつける。国家の威信を賭した。それだけのこと」
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続く
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