日英同盟不滅なり

竹本田重朗

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第28話 マーリンとセイバー

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V型とH型は好敵手である。

「いよっしゃ! これでいける!」

「ついに2000馬力に到達した!」

「すぐに製造へ入るぞ!」

 川崎航空機はネイピア社よりハルフォード技師を招いた。国産を前提に大馬力の液冷エンジンを開発する。戦間期にBMWやロレーヌなど外国製を導入してW型やV型と国産化に成功した。しかし、どれも600馬力や700馬力と軍用機に用いるには不足が否めない。現に陸海軍は空冷で星形を広く採用した。日英交渉が進展してロールスロイス社の液冷V型12気筒『マーリン』のライセンス生産を獲得する。これは愛知航空機が製造を担当した。

 空冷星形エンジンでも1500馬力が限界である。川崎とハルフォード技師は奇想天外な液冷H型24気筒(ゆくゆくは36気筒)を打ち出した。一気に2000馬力の壁を突破しようと試みる。ハルフォード技師の先進的な思想と川崎が蓄積した技術と経験、ロールスロイス社の参加など官民一体となった。最近はアメリカからアリソン社が自国の市場に見限りをつけて来日する。

 ロ式輸送機の改良や重爆撃機の輸送機改造など戦場の主役よりかは後方の航空機を与えらえた。さらに、イギリス空軍の航空機を代替して生産するなど補助的である。戦場の主役たる戦闘機や爆撃機は中島や三菱が大半を占めた。愛知航空機は海軍機を中心に拡大を始めている。川崎は陸軍機から逆襲を始めるのだ。ライバルに負けるわけにはいかない。

「例の重爆撃機を輸送機に改造する。これに使えませんか?」

「海軍が失敗したというやつだろ? 使うしかない」

「ロ式じゃ積載量が足りない。足りない。双発はダメです。時代は四発でないと」

「いいや、六発だ」

「話が逸れているぞ。まずは化け物を鎮めるところからだ。これを通過したからと言って使えると決まったわけじゃない。どこまで行けるか…」

 なんと騒がしい実験棟だ。今だけは猛々しい駆動音よりもエンジニアの歓声が上回る。試作機が安定稼働の試験をクリアした。これまで過熱や異常振動、部品破断を経験している。安定した稼働に涙がこぼれた。川崎のエンジンはダメだと心無い声を何度聞いてきたか。現地の整備員は詳細な資料があっても川崎製の手入れを嫌がると報告書まで上げられた。それも今日で終わる。これから川崎のH型24気筒が覇を唱えた。

「推定の2200馬力で止めましょう。変に爆発されても」

「そうだな。しっかし、もっと良い素材があれば3000馬力も目指せそうだ」

「100オクタンのガソリンもあれば」

「良いマグネットもあれば」

「一旦タバコで」

「そうしましょう」

 興奮冷めやらぬ。冷静を欠いては正しい思考と判断を損なった。タバコ休憩で別室へ向かう。可燃性の固体と気体があるので火気厳禁だ。いかにタバコが緩い時代も引火事故を招くような愚か者はいない。タバコの空間で生まれることもあった。例えば、現在研究中の自動空戦フラップも川西飛行機のタバコ部屋の雑談から着想を得る。吸う人は吸ってアイディアを出し、吸わない人は吸わずに理論を組み立て、お互いに尊重しながら勝利を信じて疑わなかった。

 川崎航空機は平和に盛り上がっているが遥か遠方は過激に盛り上がる。時差を挟んで同じ頃の失われたフランスの空は大混雑の様相を呈した。フランスの降伏とヴィシー政府の成立はイギリスに対する要塞建設を意味する。ナチス・ドイツはフランス北部に軍隊を並べると大規模な空軍基地を構えた。ここからイギリス本土まで500kmにも満たない。ドイツ空軍の戦闘機は足が短いと言うが十分に往復できる距離に縮まった。

=フランス・ヴィッサン=

 バトル・オブ・ブリテンとは呼ばない。

「奴らのスツーカは骨董品だ。俺たちの彗星には遠く及ばない。しかし、十分以上に注意しろ。 敵も電探を用いて事前に察知してくる。被られて逃げれそうになかったら爆弾を投棄するんだ。ドーバー海峡に洋上基地がある。脱出すれば助けてもらえる」

「そう言いますが、新鋭機を無駄にはしたくないですよ」

「そりゃそうだが、命には代えられない。彗星はいくらでも生産できるが、命はそうもいかんのだ」

「命あっての物種ですか。スピットファイアに期待します」

「今日は日英空軍の合同作戦である。泥を塗っちゃいかん」

 イギリス本土のギルフォード飛行場を発進した。日本海軍基地航空隊の爆撃隊は迂回中にイギリス空軍の戦闘機隊と合流している。それから目標地点のフランス北部ヴィッサンを目指した。ここにドイツ空軍の飛行場が置かれる。イギリス本土爆撃を担う主要施設を無力化すべく日英空軍合同作戦が練られた。

 それは日本海軍にしては珍しい。新式艦上爆撃機の陸上機型は液冷エンジンを搭載した。その証拠に機首は鋭く尖っている。機首から胴体に向けて膨らんで爆撃機らしく爆弾倉を有した。この中に徹甲爆弾又は陸用爆弾を仕込む。ナチス・ドイツの不法行為に急降下爆撃の制裁を下した。

「雲が厚い。これじゃ真正面から衝突する…」

「スピットファイア隊が先行します!」

「グッドラック」

「ユートゥー」

「全機へ! 電探でも滑走路でも敵機でも何でもいい! 叩けるものを叩け!」

 メッサーシュミットが待ち伏せる。ドイツ軍も電探ことレーダーを並べた。今日のような厚い雲が広がる日は中高度から低高度の飛行を余儀なくされる。日英空軍の攻撃隊は短距離レーダーに捕まった。しかし、敵機も雲に阻まれて同じ高度を飛ぶしかない。高度優位を得られずに真正面から衝突した。拙い英語でも構わない。友の無事を祈った。

 敵戦闘機を抑えてくれている間が攻撃の機会である。これを逃さんと突撃隊形で突っ込んだ。2週間前まで運用していた艦上爆撃機から爆発的な進化を遂げる。仮称彗星艦上爆撃機は高速性を重視した。愛知航空機の液冷V型12気筒『アツタ』を採用する。これは日本仕様のマーリンエンジンだ。日本の湿潤な気候に対応すべく小幅な変更が加えられた以外は原型と変わらない。それ故にイギリスの大地でも部品は共通で整備法も同じなので稼働率は良好を維持した。

 スツーカと似た固定脚の旧型艦爆から飛躍的に速度性能が向上している。500kg爆弾を迅速に届けられた。利点の一方で艦載機としては着艦の難易度が高まる。着艦時の事故は容易に予測された。空軍の基地と飛行場ならば難易度は下がって緊急着陸も可能だろう。したがって、陸上機型を先行投入して実戦データを収集して改良を続けた。艦載機型がゼロということもない。双胴空母『翔鶴・瑞鶴』の精鋭航空隊が運用して本作戦に参加予定だがアムステルダム空軍基地に向かった。

「見えた!」

「ドンピシャです。軽爆が並んでます」

「奴らを飛ばせるな。機銃掃射でも仕留められる」

「了解。先に行きます」

 あえて迂回して時間をずらしたことが功を奏する。メッサーシュミットを先に飛ばした。次発と次々発の爆撃機がぎゅうぎゅうに詰まる。軽爆撃機と誤認した双発重戦闘機やスツーカ急降下爆撃機が発進を待った。おそらく、急報を受けて空中退避に飛び立とうとしたところを運悪く見つかっている。

「50番だけじゃ足りんですよ。あんな量は…」

「戦略爆撃機に任せたいが戦果は稼げるだけ稼ぐぞ」

「12.7mmで兵士を抜きます。上昇しないで離脱いけますか?」

「やってみよう」

「お願いします」

 急降下爆撃はドイツ空軍だけの技ではなかった。3機同時の急降下爆撃を披露する。ダイブブレーキを展開して減速しつつ照準器で狙いを絞った。爆弾倉はとっくに開放されている。500kg爆弾が露わになった。この一発だけというのが惜しい。滑走路に並ぶ敵機の群れを端から端まで破壊したかった。

「いけぇ!」

「平行にしてください! 撃ちます!」

「わぁってるわ!」

 これはバトル・オブ・ブリテンにあらず。

続く
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