朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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嘘で固めた(東弥side)

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朝食を摂り終えると、静留は当たり前のようにまたピアノの椅子に座り、今度は念入りに基礎練習を始めた。

昼食について梨花(静留のマネージャー)に聞くといつもとらないと返ってきたので、東弥は車で近くのスーパーまで行って買い物をし、自分の食事を簡単に済ませた。

__ほんとうに好きなんだな。

昼食から帰ってきても、少しも手を止めず様々な音を奏でている静留をみて思う。彼の表情はずっと生き生きとしていて、やっぱりピアノと遊んでいるようにしか見えない。

特にすることもないので、東弥は持ってきた本を開いた。

静留の弾くピアノの音は心地良くて、全く読書の邪魔にならない。

読書をして、少し疲れたらピアノの音に聴き入って。そうやって緩やかに流れる時間を過ごしていると、窓から差し込む光が赤みを帯びた頃に玄関先のチャイムが鳴った。



「こんばんは、東弥さん。」

ドアを開けると、梨花が緊張した面持ちで入ってくる。

「こんばんは。」

梨花の方がこの家に慣れているのだからそんなに畏まらなくてもいいのに、と思いながら、東弥は挨拶を返した。

梨花が静留にシャワーを浴びてくるように言うと、静留はあからさまに嫌そうな顔をしつつバスルームへと向かう。

その様子を見送った後、梨花は小声で東弥に言った。

「和泉君の様子、どうですか?」

「どう…?一日中色々な曲を弾き続けていましたが…。」

「基礎練習してました?」

唐突に聞かれたので、なにを求められているのか分からず手探りで答えると、今度はより具体的な聞き方をされる。

「多分、朝食後のはそうだったと思います。」

「ああ、よかった…。」

梨花がほっとため息を吐いた。

「何か大変なことでもあったんですか?」

「和泉君、真鍋先生が亡くなってから昨日までずっと、短調の激しい曲ばっかりを殴りつけるみたいに弾いてて。

でも、安心しました。真鍋先生が言っていたんです。東弥さんがいれば和泉君は大丈夫だって。」

「そうだったんですね。お力になれて嬉しいです。」

確かに、昨夜の静留の様子はひどいものだった。だからここにきてよかったと思う。

たとえそれが、東弥を西弥だと錯覚しているからだとしても、Subが幸せなら、東弥はそれでいい。

「1週間後にコンサートを予定しているので、ほんとうに助かりました。」

明るく笑って彼女が言う。もう緊張は解けたみたいだ。

「いえ、俺は何もしていませんよ。」

…ほんとうに、何も。

ただ、彼の周りを悲しい嘘で塗り固めただけ。

「そんな…

そうだ、是非東弥さんもいらしてくださいね!和泉君のコンサート。一緒に舞台袖で聞きましょう?本当にすごいんですよ!」

「え、ええ…。」

今度はかなりのハイテンションで梨花が言ったので、勢いに負けて苦笑まじりにうなずく。

「じゃあ水曜日は開けておいてくださいね。あ、私夕食作ってきますね!」

そう言ってキッチンに駆け込もうとする梨花を、待ってください、と言って東弥は止めた。

「俺が作りますよ。掃除とかも、住人がやるべきことでしょう。マネージャーの仕事もあるでしょうし、静留に特に用があるときだけここには来ればいい。」

__本当は朝に言おうと思っていたのだが、朝は逃げるように帰られてしまったから。

「えっ…と、あの…。」

東弥の発言に、梨花は困ったように目を泳がせる。

「…迷惑ですか?静留にシャワーと食事を促して家事をするくらい、俺にだってできます。だってほら、目の下、隈できてますよ。」

「ひゃ、あのっ…!!」

顔を覗き込んで指摘すると、梨花の身体がびくりと跳ねて。

__距離感、ちょっとつかめないな…。

ころころかわる梨花の反応に東弥は戸惑い立ち尽くす。

そんな中、突然左手に湿った何かが触れた。

「…西くん…?」

声の方を向くと、まだ髪を濡らしたままの静留が何故だか面白くなさそうに顔をしかめながら東弥の方をじっと見ている。

上気した頬、潤んだ瞳。風呂上りの静留の表情は色っぽくて、支配欲とともに変な感情が起こってしまいそうだ。

しかし、背後から聞こえた絶望したような声が聞こえたので、東弥が変な気を起こすことはなかった。

「西くんって… 」

梨花は泣きそうな顔で言ったが、東弥は自らの唇に人差し指を当て、沈黙をねだる。

「ご、ごめんなさい私っ、ご飯作ってきますから…!!」

彼女はまた逃げるようにあくせくと梨花がキッチンへと向かって行った。

__また逃げられちゃったな…。

「西くん。」

呼ばれて、再び静留の方を見る。

身体の水気もそこまで取れていないが、特に長い黒髪からぽたぽたと滴が垂れているのが気になった。

これでは風邪をひいてしまう。

東弥は静留が手に持っていたタオルを使って優しく髪の水気を拭い、そして脱衣所でドライヤーをかけて乾かした。

洗面台に座りながら髪を乾かしてもらい、静留は気持ちよさそうに舟を漕いでいる。

「終わったよ。」

乾かし終えると、何か言いたげな様子で上目遣いにじっと見つめられた。

「どうしたの?」

「あの… 」

言いにくそうに口をパクパクさせている様子が可愛らしくて、東弥は乾かし終えたばかりのサラサラの髪を優しく撫でる。

「言ってごらん。」

「…あのね、昨日の、寝る前の、目、じっと見るやつ…?またして欲しい…。」

あまりにも扇情的なおねだりに、再び変な気を起こしそうになって東弥は口元を押さえた。

おそらくglareのことを言っているのだろう。

湧き上がる支配欲と葛藤して戸惑う東弥を見て、わがまま言ってごめんなさい、と静留が気まずそうに目を泳がせる。

__…だめだ。ちゃんとしてあげないと、昨日みたいな状態になってしまうかもしれない。

「いいよ。こっち見て。」

華奢な顎を親指と人差し指で掴み、静留に上をむかせる。

そしてなんとか加減しながら弱いglareを注いでやった。

目の前に支配したいとのぞむSubがいるのにglareだけ注いで命令もプレイもしないなど、Domにとっては生殺しもいいところであるが、目の前の彼。傷つけるようなことは絶対にしたくない。

ふと、兄が静留と過ごしていたときどうしていたのかが気になった。

__…今度梨花さんに聞いてみよう。

彼らがどんな関係性であったかすら知らない自分に気付いて、少し寂しくなる。実際、東弥が静留と過ごしたのはたった1日だ。

__ねえ静留、君は兄さんとどんな風に過ごしていたの。
どんな風に出会って、どんな風に笑っていたの。
プレイはした?その先は?

心の中でたくさんの疑問を浮かべても、口に出さなければ答えが返ってくることはない。

脱衣所を出るとすでに梨花の姿はなく、ダイニングテーブルの上には2人分の食事が置かれていた。
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