朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

迷子になった②(東弥side)

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コンサート会場のトイレの出口が二つあるだなんて、不覚だった。

静留はカフェで谷津の向かいに座りプリンを食べていたが、東弥の姿を確認した途端、握っていた匙をおくことすら忘れてなにも言わずぎゅっとしがみついてきた。

じっとりとシャツが湿ってきて、彼が涙をこぼしていることがわかる。

静留はひくひくと肩を跳ねさせることすらせずに、ただ身体を震わせて、音を立てずに泣いていた。

__こんな泣き方をするなんて、なにがあったんだ…。

「谷津、なにがあったのか説明してくれる?」

尋ねた声は、怒りを隠せず予想外に低く響いてしまう。

「…あー、ちょっとここだとまずいから場所移動しない?」

谷津は視線を泳がせながら気まずそうに口を開いた。

あたりを見回すと、周りの視線が明らかに東弥たちに向いている。

__…そっか。ここはカフェの中だった。

気が動転していて気づかなかったが、カフェの中で抱きしめあっていたら確かに気になるものだ。

「静留、車までだけ、我慢できる?」

耳元で優しくささやくと、静留は小さく頷いて、少しして顔を上げた。

目は真っ赤だが、涙は出ていない。

その代わりに唇がぎゅっと結ばれていて、その表情が何かあったことを物語っている。

__本当に、なにがあってこんなことに…。

東弥は聞きたいのをぐっと堪えて、静留と手を繋ぎ、車まで誘導した。









車に乗ると、静留は東弥の膝の上に座り、胸に顔を埋めたまま黙ってしまった。

「なにがあったの?谷津。」

小刻みに震える静留の背中を撫でながら、東弥は谷津に問いかける。

「俺も詳しいことはわからないけど、男の人に手首掴まれて無理やり連れてかれてて、めちゃくちゃ嫌がってたから引き離したんだけど…って、顔、怖い怖い…!ほら、静留君が怖がるから!!」

「…ごめん。」

ミラーに写る自分を見て、確かに谷津の言う通りだと反省した。

__俺が我を失ってどうする…。

「いいけど。あっ、俺そろそろ彼女と約束があるから行くね!何かあったら連絡してー!」

「うん、…助かった。ありがとう。」

「このくらい普通だってー!」

谷津が車から出て、ばたん、とドアの閉まる音がした途端、ずっと黙って震えていた静留が徐に顔を上げた。

「怖かったね。」

聞きたいことはたくさんあるが、それは今ではない。

言いながら頭を撫でてやると、黒い大きな瞳から、ぶわっと涙が溢れ出す。

「いきなりっ…手っ、つかまれてっ…、でも、すこしあそんだらっ…、東弥さんのこと、いっしょにさがしてくれるって言うからっ…。ぼくっ… 。」

先ほどまであんなにも大人しかったのに、静留は嗚咽を漏らしながら東弥にしがみついて訴え始めた。

その様子を見て、東弥はあることに気がつく。

東弥以外の誰かがいると、静留は声を上げて泣くことができないのかもしれない。

だっていつも嫌なことがあればすぐにこうやって東弥に泣きついてくるのだから。

「怖かったね。俺、一緒にいてあげられなくてごめん。よくがんばったね。」

彼に対するとてつもない愛おしさと彼を1人にしてしまった自分への怒りが、同時にこみ上げてくる。

怖かった、と言いながら静留は子供みたいに泣きじゃくって、東弥はその身体をきつく抱きしめる以外にはなにもできなくて。

しばらくして突然静留は泣き止み、そして今度は青ざめて東弥を見上げた。

「どうした?吐きそう?」

背中をさすってやるが、彼は首を横に振る。

「…おまもり、プリンのとこにおいてきた…。」

__おまもり…。あれのことか。

絶望した表情の静留に、東弥は大丈夫だよと声かけた。

「また買えばいいから。」

お守り、というのは東弥が静留に渡した手のひらサイズの電子メトロノームのことである。

ショッピングモールを歩いていたら青い花が描かれているのが綺麗で目に留まり、なんとなく買っていったら静留がとても喜んだのだ。

「…あれがいい…。」

静留はそう言うけれど、あんなことがあった後だ。きっとショッピングモールまで戻るのは怖いだろう。

「じゃあ俺が取ってくるから、静留はここで待っていてね。」

ともかくこれ以上静留を苦しませたくないから、東弥は折衷案を出した。

「いや…。ひとり、こわい…。」

静留は再び東弥の胸に抱きつくと、ぐりぐりと顔を押し付け、シャツを濡らす。

「戻るのは怖いでしょう?」

「…ひとりのがこわい…。」

「… 」

1人が怖いと泣く彼を置いていくことも、買い直しは嫌だと言うほどに彼が大切にしているものを放置することも、東弥にはできない。

「手、繋いで離さないこと。約束できる?」

「うん!」

東弥が言うと静留はぱっと花開くように笑って。

__よかった、やっと笑ってくれた。

東弥も安心して笑みをこぼしたのだった。

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