朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

文字の大きさ
41 / 92
第二部

※温泉旅行※②(東弥side)

しおりを挟む
「東弥さん、あれ、海!?」

車の中、隣の席で興奮した声を上げる静留が可愛くて思わず抱きしめたくなったが、今は運転中だ。

遠出はしたことがなかったようで、静留は家を出てからずっと、キョロキョロとせわしなく辺りを見回している。

ちらりと横に目をやると、確かに向こう側に海が広がっていた。

「海だね。」

「…すごい、きれい…。」

静留がうっとりとした様子で答える。

黒い瞳が光を乱反射してオニキスのような輝きを見せていて、うっかりすると見惚れて事故を起こしてしまいそうなほど美しい。

もちろん静留に怪我をさせるなどあり得ないからそんなヘマは踏まないけれど。

「…もしかして初めて見た?」

あまりに静留の反応が新鮮だったので気になって聞いてみる。

「うん。ほんとうのは、はじめて!」

すると静留はもともと高い声のトーンをさらに上げて楽しげに足をばたつかせた。

__かわいい…。

そういえばこの辺に料金所があったなと、東弥はそんなことを考える。

以前サークルの旅行で同じ道を運転した時は通り過ぎたが、確か誰かが、そこで降りて海に行きたいと騒いでいた。

「静留、すこしだけ寄って行こうか。」

尋ねると、華奢な肩がぴくりと跳ねた。

「えっ、いいの!?」

「うん。時期的に泳げはしないけど、多分人も少ないし、浅瀬で足を浸すくらいならできると思うよ。」

「いきたい!」

向日葵のようにぱっと笑んで、静留がこちらを覗く。

ミラー越しにそれを見つめ撫でてやれば、彼はくすぐったそうに目を細めて。

「東弥さん、だいすき。」

と、無邪気に囀った。

__不意打ち、やばい…。

「俺も大好きだよ、静留。」

声が上擦らないように気をつけながら囁くと、静留は白い頬を薄紅に染めて俯く。

__静留がこちらをむきませんように。

心の中で願った。

今こちらを静留が向けば、自分も頬が赤くなっているのに、もしかしたら気づかれてしまうかもしれないから。






手を繋いで波打ち際まで行くと、静留は眩しそうにどこまでも続く水面を眺めた。

「きれい…。」

ため息混じりの澄んだ声が彼の感動を表している。

静留の初めてをもらえたことが嬉しくて、東弥は目を細め静留の横顔を仰いだ。

長い髪を一つにまとめたので普段隠れている美しい輪郭が露わになり、その横顔はひどく色っぽい。

「東弥さん…?」

見惚れていると静留がこちらを向き、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながらあどけなく首を傾げた。

「ごめん、静留がとても綺麗だったからつい。」

「!?」

いつのまにか静留の頬が林檎色に染まっている。日差しがすこし熱かっただろうか。

「それよりもう少し中に行こうか。」

「う、うん!」

互いに靴を脱ぎゆっくりと歩みを進めると、冷えた水が心地いい。

静留は“つめたい”、と言いながらも、楽しそうにぱしゃぱしゃと水面を蹴っていて、あまりの微笑ましさに口元が綻んでしまう。

「あっ、おさかな。」

彼がぱっと表情を輝かせて、指差す方を見ると確かに小さな魚が泳いでいた。

東弥たちが立っているよりももう少し深いところだ。

「本当だ。あっちにもいるね。」

「いち、に、さん…たくさんいるね!水槽以外でおよいでるの、はじめてみ…わっ!!」

静留が驚いた声を上げるとともに“ばちゃん”、と大きな音がして、静留と、繋いでいた方の手に大きな負荷がかかる。

魚を目で追うのに夢中で波に足を取られてしまったらしい。

「うぅ…つめたい…。」

泣きそうな声で呟きながら起き上がった静留を見て、東弥はうっと言葉に詰まった。

びしょ濡れの状態で、シャツが身体に張りついていて肌色や薄ピンクの突起が透けている。

そのうえ涙目で見つめられては変な気を起こさないほうがおかしい。

「東弥さん…?」

小首を傾げながらあどけなく問いかけてくるこの殺傷力も、今だけは本当に洒落にならなかった。

“流石にもう泳げねーよなー。”
“そもそも水着じゃねーだろ!お前!!”
“あはは、◯◯くん落ち着いてー!思い出作りに貝殻拾うだけだからー!”

向こう側から声が聞こえてきて、はっとする。

今ここには東弥と静留しかいないが、誰かが来て今の静留の状態を見られるのはとてもまずい。

「静留、車で着替えよう。あと、これ着て。」

静留に自分の着ていたジャケットを着せ、靴を履かせ、急いで手を引き駐車場へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

メビウスの輪を超えて 【カフェのマスター・アルファ×全てを失った少年・オメガ。 君の心を、私は温めてあげられるんだろうか】

大波小波
BL
 梅ヶ谷 早紀(うめがや さき)は、18歳のオメガ少年だ。  愛らしい抜群のルックスに加え、素直で朗らか。  大人に背伸びしたがる、ちょっぴり生意気な一面も持っている。  裕福な家庭に生まれ、なに不自由なく育った彼は、学園の人気者だった。    ある日、早紀は友人たちと気まぐれに入った『カフェ・メビウス』で、マスターの弓月 衛(ゆづき まもる)と出会う。  32歳と、早紀より一回り以上も年上の衛は、落ち着いた雰囲気を持つ大人のアルファ男性だ。  どこかミステリアスな彼をもっと知りたい早紀は、それから毎日のようにメビウスに通うようになった。    ところが早紀の父・紀明(のりあき)が、重役たちの背信により取締役の座から降ろされてしまう。  高額の借金まで背負わされた父は、借金取りの手から早紀を隠すため、彼を衛に託した。 『私は、早紀を信頼のおける人間に、預けたいのです。隠しておきたいのです』 『再びお会いした時には、早紀くんの淹れたコーヒーが出せるようにしておきます』  あの笑顔を、失くしたくない。  伸びやかなあの心を、壊したくない。  衛は、その一心で覚悟を決めたのだ。  ひとつ屋根の下に住むことになった、アルファの衛とオメガの早紀。  波乱含みの同棲生活が、有無を言わさず始まった……!

処理中です...