壊れた空に白鳥は哭く

沈丁花

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2人の選んだ道

離れたくない思い

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て。」

ユリアンはアルの目をじっとのぞいた。

赤子に言い聞かせるよう放たれた言葉には、怒りと優しさという相反する二つの感情が複雑に混じっている。

俺以外に、という言葉が何か引っかかった。ユリアン以外にここに誰かいる…?

「アルクトゥールスの人間がそんなことをして、ただでは済まないだろう?」

再び、アランの声が聞こえてきた。低い声は少し怒りを帯びている。声の方には証拠を採るようにスマホを向けている彼の姿が確認できて…

嘘だ、彼が今ここにいるはずがない。

「…はっぴょ…は…?」

問いただそうと発した声は、とぎれとぎれでがらがらにしわがれていた。でもそんなことどうでもいい。

目の前の男のことなど忘れてアランに駆け寄ろうとしたが、押さえつけられてアルの身体は動かなかった。

「だめじゃないか。

…ああ、やはり君にそんな顔をさせているのはあいつなんだな。ちゃんと始末しなくては。」

悪魔のような響きを持った、けたたましい声が響く。

…始末?

ユリアンの手がアルから離れ、胸ポケットから拳銃を取り出すのが見えた。

彼は左手でそれを構えると、セーフティーを外そうとして…

「だめ!!」

自分が撃たれることよりも、その銃口がアランに向けられることを危惧し、アルは憔悴する。

セーフティーを外す前に彼の右手を掴み、その動作をなんとか阻止した。

ユリアンの服が何もまとわぬ身体に擦れて酷く痛む。

彼の力は強かった。少しでも気を抜いたら、

…いや、普段のアルの力であれば、気を抜かなくともたやすく振り払われたであろう。

アランがいたから、危険にさらしたくなくて、火事場の馬鹿力、という奴が出たのかもしれない。

歯を食いしばって彼の左手から銃を奪い、床に投げ捨てた。投げ捨てた先にいたアランがそれを拾う。

「今◯◯の◯◯◯辺りで銃を構えた男が暴れていて、… 」

彼はスマホを耳に当て、誰かと話しているようだ。

それを見たユリアンが、血相を変えてその場から逃げ出す。

彼が建物の外に出て、遠くへ行ったことを窓から確認すると、アランは手からスマホが落ちた。

…通話を切るそぶりさえ見せなかったのに、その画面は真っ暗で。

落ちたスマホに見向きもせず、彼はアルの元へと駆け寄った。

ふわり。

全裸に等しいひどい格好をしたアルに、甘い香をふんだんにまとった薄手のコートがかけられる。

そのまま強く引き寄せられ、抱きしめられた。

驚いた。彼から触れてくることなど、これまで一度だってなかったのに。

「…ぅ…、うぁぁぁぁっ……ぁっ…」

発表はどうしたんですかと問いかけたかったが、代わりに飛び出たのは酷く聞き苦しい嗚咽で。

怖かった。過去をぶりかえされたことも、異常なまでの執着も、目を舐められたことも、ナイフで服を裂かれたことも…

でも、1番恐ろしかったのは、このままずっとあの男に、番われ、飼い殺され、果てることだった。

それを生きているとは言えないと思うのに、自ら果てる覚悟ももうなくて。

幸せのない道を永遠と生きる未来に、怯えていた。

「…ありがとう、頑張ってくれて。」

低く優しい声が耳元に響く。ぶわっと感情が溢れ出し、嗚咽はさらに酷くなった。

…ああ、この場所が大好きだ。

あと少しだけ。

アルはゆっくりと目を閉じ、泣き喚きながら彼に身を任せる。

…うなじに生温い液体が注いだのは、幻覚だと思うことにした。



「はっぴょ…は…?」

どのくらいこうしていただろう。やっと涙もおさまってきて、掠れた声で問いかけた。

「ジャックさんに任せてきた。ちゃんと会場に着いたと、連絡もあった。

さっきの人は、証拠をとったからもう手出しはしてこないだろう。彼にも立場があるはずだ。」

降りかかる声は少し掠れていて、それでもそこはかとなく優しい。見上げれば、彼のほおには透明な筋が光っていて。

彼の涙の理由が気になった。

発表を自分でしたかったから?それとも研究成果を公表できることが嬉しいから?それとも他の理由?

心配でたまらない。

「ど…して、…泣い…て…?」

彼のほおにそっと手を添え、上目遣いにアルは問いかける。涙の辿った場所だけファンデーションが剥がれ、くっきりと軌跡を刻んでいた。

「アルが、苦しそうだから。

こんな目に合わせて、すまなかった。」

無理をしているのだろう。彼の口調は至って冷静だったが、形の良い唇がきつく噛み締められるのをアルは視界に捕らえた。

大きな手が優しく、アルの黒髪を梳いていく。

正直、

“どうして自分なんかのためにここまで来たのか?”

と問い詰めたい気持ちもあったが、彼の手の温かさを感じ、それはあまりに失礼だと悟った。

本気で心配してくれたのだ。自らの夢を自らの手で果たす機会を逃してまで。

「ご心配、ありがとうございます。」

しっかりと目を見て礼を述べる。それが彼への礼儀だと感じたから。

「礼を述べるのは俺の方だ。ありがとう。」

擬似的な黒い瞳の奥、彼の深く青い瞳がぐらりと揺れた気がした。

そのまま唇が近づいて、アルもその唇に顔を寄せて…

重なる、と思った瞬間に離れていった。

期待が満たされなかったもどかしさにアルは切なげに眉を歪める。

離れていったアランの唇が重たげに開いて…

「こんなことの後だが、聞いてくれないか。

…俺の話を。あまり面白いものではないが。」

震える口角を無理やりあげて作った笑みは、ひどく切なげに映る。

…ああもう、今回の件が終わったら、彼とは会えなくなってしまうのだろうか。

彼の夢を守ることができたのは素直に嬉しかった。自分たちΩのためにここまでしてくれた彼には頭が上がらない。でも。

…これからもずっと一緒にいたい。体が離れたくないといっている。

…ずっと彼のそばにいることなど、叶わないと四年前に痛感したのに。

アルは何も言わずに、ただ彼の厚みのある胸へと顔を押し付けた。

窓から入り込む風は、少し冷たい。
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