跪くのはあなただけ

沈丁花

文字の大きさ
44 / 57

ep42

しおりを挟む
帰宅して医師に診せている間、一葉と紅司は当主に少しだけ怒られたが、事情を聞いた彼は快く2人を許してくれた。

特に一葉には一言、感謝を述べて。

そして最後に紅司に、

「よかったな、大事にしろよ。」

と告げて出ていった。

一葉については外傷だけなのでただ安静にしているようにと、

紅司については様子見で、何かあればすぐ連絡するようにと、

そう伝えて、当主の後に続くように医師も足早に去っていって。

紅司の寝室の中、ベッドに横たわる紅司の横で、一葉はそばに置いた椅子に腰掛ける。

「こんな状態では、何もしてやれないな。本当は一葉の望むこと全てをしてやりたいと思うのに、身体が動かない。」

未だに紅司の身体は、脱力しきっている。彼はひどく申し訳なさそうな顔をしながら、無理に持ち上げた力無い手を、一葉の頭にそっと置いた。

そんな。

彼が一葉にくれた言葉だけでお釣りがくるくらいに一葉は満たされた。しかしそう言いたい気持ちを必死に抑えて口を噤む。

Domとは、Subを支配したいと思うと同時に、守りたいと強く思う存在。

ただでさえ彼は何もできなかったことを激しく悔いていることだろう。十分ですと頷くよりも、何かしてやりたいという彼の欲求を満たす方法を考えたほうがいい。

「そのようなことはありません。

…でも、そうですね。ひとつ、ずっと気になっていたことをお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

だから、一葉は彼のその感情に、少し甘えることにした。

ずっと気になっていた、でも、聞くのはおこがましいし、もし特に大した理由がないならばがっかりするだけだから、聞かなかったこと。

「…?もちろん、構わない。」

「紅司様は、どうして私を…

…その、パートナーとして選んだのですか?」

紅司が驚いたように目を大きく開けて、パチパチと二回、瞬きをした。

「そういえばまだ、言っていなかったな。

…そのまえに一葉、隣へおいで。」

指示に従い、ためらいがちに紅司の方へと身体を運ぶ。だらりとした紅司の腕はわずかなシーツの波にさえ飲まれて、小刻みに震える。

一葉はなにも悪くない。それでも、こんな様子の紅司を見れば、どうしたって自らを責める自分がいた。

「そんな顔をしないでほしい。一葉のおかげでずいぶん丸く収まったんだ。」

目の前で優しく笑う、紅司もまた、自分を責めているのだろう。

厚手のカーテンで日の遮られた室内は、ぼんやりと暗くて彼の表情の陰がより濃く浮き出て見えた。

緊張感のある沈黙が流れる。そのなかで、徐に紅司の唇が開いた。

「9年前、俺の母は病死した。」

衝撃の発言になんと答えていいかがわからなくて、一葉はただ唇を結んで首を縦に振る。

「葬式の後、俺たちをどうするかで一悶着あって、それでこの一時期離れに住んでいた。」

その話と自分がどう関係するのかわからないが、唯一思い当たる節は、大体一葉がここに来た時期と一致することだけ。

「何もかもどうでもよくなって、1人で荒れてたんだ。心配する妹をよそにして、父にも当り散らした。

誰1人悪くないのに、周りの全てを責めたんだ、弱かった俺は…。」

紅司の表情はどんどん苦しげに歪み、こんな表情をさせてしまった自分を恨む。ただ、どうして自分なのか、それを知りたかった。でも…

「紅司様、無理に話さないでください。そのような苦しそうなお顔は、させたくありません。」

そんな辛そうな顔をして欲しかったわけじゃない。だからその言葉を止めた。

しかし紅司は首を横に振り、切なげに笑った。

「いや、ちゃんと聞いてほしい。少なくともそれは俺にとって、2回目の人生の始まりだったから。」

彼が目を伏せ、長い睫毛が彼の瞼に影を下ろす。彼があまりにも儚げで消えてしまいそうだったから、一葉は紅司の身体に抱きついた。

そして、触れて感じた温かさに、なぜだかひどく安心したのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

世界で一番優しいKNEELをあなたに

珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。 Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。 抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。 しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。 ※Dom/Subユニバース独自設定有り ※やんわりモブレ有り ※Usual✕Sub ※ダイナミクスの変異あり

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...