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ep42
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帰宅して医師に診せている間、一葉と紅司は当主に少しだけ怒られたが、事情を聞いた彼は快く2人を許してくれた。
特に一葉には一言、感謝を述べて。
そして最後に紅司に、
「よかったな、大事にしろよ。」
と告げて出ていった。
一葉については外傷だけなのでただ安静にしているようにと、
紅司については様子見で、何かあればすぐ連絡するようにと、
そう伝えて、当主の後に続くように医師も足早に去っていって。
紅司の寝室の中、ベッドに横たわる紅司の横で、一葉はそばに置いた椅子に腰掛ける。
「こんな状態では、何もしてやれないな。本当は一葉の望むこと全てをしてやりたいと思うのに、身体が動かない。」
未だに紅司の身体は、脱力しきっている。彼はひどく申し訳なさそうな顔をしながら、無理に持ち上げた力無い手を、一葉の頭にそっと置いた。
そんな。
彼が一葉にくれた言葉だけでお釣りがくるくらいに一葉は満たされた。しかしそう言いたい気持ちを必死に抑えて口を噤む。
Domとは、Subを支配したいと思うと同時に、守りたいと強く思う存在。
ただでさえ彼は何もできなかったことを激しく悔いていることだろう。十分ですと頷くよりも、何かしてやりたいという彼の欲求を満たす方法を考えたほうがいい。
「そのようなことはありません。
…でも、そうですね。ひとつ、ずっと気になっていたことをお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
だから、一葉は彼のその感情に、少し甘えることにした。
ずっと気になっていた、でも、聞くのはおこがましいし、もし特に大した理由がないならばがっかりするだけだから、聞かなかったこと。
「…?もちろん、構わない。」
「紅司様は、どうして私を…
…その、パートナーとして選んだのですか?」
紅司が驚いたように目を大きく開けて、パチパチと二回、瞬きをした。
「そういえばまだ、言っていなかったな。
…そのまえに一葉、隣へおいで。」
指示に従い、ためらいがちに紅司の方へと身体を運ぶ。だらりとした紅司の腕はわずかなシーツの波にさえ飲まれて、小刻みに震える。
一葉はなにも悪くない。それでも、こんな様子の紅司を見れば、どうしたって自らを責める自分がいた。
「そんな顔をしないでほしい。一葉のおかげでずいぶん丸く収まったんだ。」
目の前で優しく笑う、紅司もまた、自分を責めているのだろう。
厚手のカーテンで日の遮られた室内は、ぼんやりと暗くて彼の表情の陰がより濃く浮き出て見えた。
緊張感のある沈黙が流れる。そのなかで、徐に紅司の唇が開いた。
「9年前、俺の母は病死した。」
衝撃の発言になんと答えていいかがわからなくて、一葉はただ唇を結んで首を縦に振る。
「葬式の後、俺たちをどうするかで一悶着あって、それでこの一時期離れに住んでいた。」
その話と自分がどう関係するのかわからないが、唯一思い当たる節は、大体一葉がここに来た時期と一致することだけ。
「何もかもどうでもよくなって、1人で荒れてたんだ。心配する妹をよそにして、父にも当り散らした。
誰1人悪くないのに、周りの全てを責めたんだ、弱かった俺は…。」
紅司の表情はどんどん苦しげに歪み、こんな表情をさせてしまった自分を恨む。ただ、どうして自分なのか、それを知りたかった。でも…
「紅司様、無理に話さないでください。そのような苦しそうなお顔は、させたくありません。」
そんな辛そうな顔をして欲しかったわけじゃない。だからその言葉を止めた。
しかし紅司は首を横に振り、切なげに笑った。
「いや、ちゃんと聞いてほしい。少なくともそれは俺にとって、2回目の人生の始まりだったから。」
彼が目を伏せ、長い睫毛が彼の瞼に影を下ろす。彼があまりにも儚げで消えてしまいそうだったから、一葉は紅司の身体に抱きついた。
そして、触れて感じた温かさに、なぜだかひどく安心したのだった。
特に一葉には一言、感謝を述べて。
そして最後に紅司に、
「よかったな、大事にしろよ。」
と告げて出ていった。
一葉については外傷だけなのでただ安静にしているようにと、
紅司については様子見で、何かあればすぐ連絡するようにと、
そう伝えて、当主の後に続くように医師も足早に去っていって。
紅司の寝室の中、ベッドに横たわる紅司の横で、一葉はそばに置いた椅子に腰掛ける。
「こんな状態では、何もしてやれないな。本当は一葉の望むこと全てをしてやりたいと思うのに、身体が動かない。」
未だに紅司の身体は、脱力しきっている。彼はひどく申し訳なさそうな顔をしながら、無理に持ち上げた力無い手を、一葉の頭にそっと置いた。
そんな。
彼が一葉にくれた言葉だけでお釣りがくるくらいに一葉は満たされた。しかしそう言いたい気持ちを必死に抑えて口を噤む。
Domとは、Subを支配したいと思うと同時に、守りたいと強く思う存在。
ただでさえ彼は何もできなかったことを激しく悔いていることだろう。十分ですと頷くよりも、何かしてやりたいという彼の欲求を満たす方法を考えたほうがいい。
「そのようなことはありません。
…でも、そうですね。ひとつ、ずっと気になっていたことをお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
だから、一葉は彼のその感情に、少し甘えることにした。
ずっと気になっていた、でも、聞くのはおこがましいし、もし特に大した理由がないならばがっかりするだけだから、聞かなかったこと。
「…?もちろん、構わない。」
「紅司様は、どうして私を…
…その、パートナーとして選んだのですか?」
紅司が驚いたように目を大きく開けて、パチパチと二回、瞬きをした。
「そういえばまだ、言っていなかったな。
…そのまえに一葉、隣へおいで。」
指示に従い、ためらいがちに紅司の方へと身体を運ぶ。だらりとした紅司の腕はわずかなシーツの波にさえ飲まれて、小刻みに震える。
一葉はなにも悪くない。それでも、こんな様子の紅司を見れば、どうしたって自らを責める自分がいた。
「そんな顔をしないでほしい。一葉のおかげでずいぶん丸く収まったんだ。」
目の前で優しく笑う、紅司もまた、自分を責めているのだろう。
厚手のカーテンで日の遮られた室内は、ぼんやりと暗くて彼の表情の陰がより濃く浮き出て見えた。
緊張感のある沈黙が流れる。そのなかで、徐に紅司の唇が開いた。
「9年前、俺の母は病死した。」
衝撃の発言になんと答えていいかがわからなくて、一葉はただ唇を結んで首を縦に振る。
「葬式の後、俺たちをどうするかで一悶着あって、それでこの一時期離れに住んでいた。」
その話と自分がどう関係するのかわからないが、唯一思い当たる節は、大体一葉がここに来た時期と一致することだけ。
「何もかもどうでもよくなって、1人で荒れてたんだ。心配する妹をよそにして、父にも当り散らした。
誰1人悪くないのに、周りの全てを責めたんだ、弱かった俺は…。」
紅司の表情はどんどん苦しげに歪み、こんな表情をさせてしまった自分を恨む。ただ、どうして自分なのか、それを知りたかった。でも…
「紅司様、無理に話さないでください。そのような苦しそうなお顔は、させたくありません。」
そんな辛そうな顔をして欲しかったわけじゃない。だからその言葉を止めた。
しかし紅司は首を横に振り、切なげに笑った。
「いや、ちゃんと聞いてほしい。少なくともそれは俺にとって、2回目の人生の始まりだったから。」
彼が目を伏せ、長い睫毛が彼の瞼に影を下ろす。彼があまりにも儚げで消えてしまいそうだったから、一葉は紅司の身体に抱きついた。
そして、触れて感じた温かさに、なぜだかひどく安心したのだった。
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