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ep43
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~9年前~
…この場所は、静かすぎて息がつまる。
母の遺骨を目の前にして、ただ自分のすすり泣く声だけが辺りにやけに大きく響いた。
当主である父にも怒り散らしたが、彼は紅司を腫れ物を触るように見るだけで、何も言わなくて。
「お兄ちゃん…。ねえ、そろそろ立ち直ろうよ…。」
後ろで桃香の声がする。腫れ物に触るような優しい声音に、紅司は振り向きもせず、ただ思った。
…ああ、うるさい。
「うるさいっ!放っておいてくれ!!」
パンッと皮膚を打つ音が鳴って、それを自分が桃香の手を振り払った音だと、少ししてから理解した。彼女はひどく、驚いたような顔をしていた。
「…そう。」
桃香もまた、静かな声でそう言った後、何言わなくて。
…構わない。そうやって放っておいてくれればいい。そうすれば俺は、1人になれる。誰も、俺の気持ちなんて知るわけがない。
厳しい粛清の中でいつも死に物狂いで頑張ったのは、全て母のためだった。全てだった母がいなくなった。ならもう、どうでもいい。
凄まじい開放感と、今までの努力が全て水の泡になった虚無感。…ただそれだけ。
「…疲れたな。」
自分の声とも思えない、嗄れた声が喉から出て。紅司は外の空気でも吸おうと、誰もいない裏庭に足を向けた。
申し訳程度に手入れがされている、乱雑に花が咲いたひろい裏庭。そこにはポピーやすみれなどの、生命力の強い花々が咲いている。
中には2人がけのベンチが1つ。離れまでが徹底的に管理されたこの屋敷で唯一、不完全な場所。
母は虫がいるからと近寄らないここがなぜだか落ち着いて、紅司はたまにベンチに座って息をついていた。
…しかし。
いつもの場所に、人影がある。今まで一度たりとも見たことのない人影に、少し驚いて息を飲んだ。
その音に反応したのか、ゆっくりとその人が振り返って。
「…どなたですか?」
と、首を傾げた。外国生まれだろうか。もしくはハーフ。とろける蜂蜜のような美しい金の髪に、透き通るような青い瞳で、中性的で整った顔立ちをしている。胸元に付いているバッジから、執事見習いだと見て取れた。
おそらく、正妻の子どもではない紅司達の存在は知らされていないのだろう。
…紅司の母の死も、同じく。
「親族の者だ。隣に座ってもいいか?」
尋ねると、彼は慌てて立ち上がり、紅司に深く礼をした。
「…これは、大変失礼いたしました。私はもう戻りますので。」
「いや、いい。
…よければ話を聞いてくれないか?」
部外者になら、話せると思った。何も知らない彼になら。ただ、聞いてもらえるだけでいい。そう思って、口を開いた。
「私でよければ、幾らでもお聞きします。」
ベンチに座り、隣に座るようにと彼にも促す。
話をした。産まれてからずっと、母は自分にばかり執着したこと。友達との交流ややりたい習い事など、何もやらせてもらえずに、時が過ぎたこと。
趣味娯楽の類の欲しいものなど与えてもらえず、ただ、世間に必要とされる知識だけを詰め込まれたこと。
…それでも母の言うことを聞いて、機械のようにがんばり続けたこと。そうすれば褒めてもらえるから。
…そして、母が死んだこと。
「では、やっと自由になることができたのですね。」
にっこり笑って彼が言ったことは、紅司の予想していたどの言葉にも当てはまらなかった。
「…いや、もう俺には、何もない…。
もう生きる意味も、わからなくなってしまった…。」
「…あんた馬鹿?」
続ける紅司に、彼はひどく苛立った様子でそう告げる。
「あー、イライラし過ぎてもう耐えらんない。いや、馬鹿でしょ。なに、心配してくれる妹さんもいて、お母さんだって亡くなったけどあんたのことを捨てたわけじゃない。
今なにが残ってる?生きるために有用な明晰な頭脳と優しい妹さん。お金に困ってるわけでもなさそうなのになにが不満なわけ?ばっかじゃないの!?」
…正論だ、と思った。
少なくとも、今の紅司にとって、その言葉は大きな衝撃で。でも、驚くほどあっさりと受け入れることができたのだった。
よく考えてみれば、母に従ってじっと耐えていたことが、糧にならないわけではない。妹のことは、大切だ。
それからすぐに紅司は妹に謝って仲直りをし、喪に服していた数日間、時折金髪の彼と裏庭で会話を交わした。彼の名は、一葉というらしい。
彼がこの家に雇われた理由を聞いて、紅司は自分を恥じた。彼の過去について思えば、彼が紅司に対して苛立ちを覚えたのも至極納得できる。
彼はその過去のせいか、人を信じることができない。しかし交流を重ねるうちに、紅司は強く思った。
彼と、一緒にいたいと。守りたいと。
その思いは半分自分のDom性から来ていたが、半分は一葉という人間への単純な恋心から来ていた。
彼は優しい。しかし、単に優しいだけじゃない。その人のためを思い人を叱れる優しさを持っている。
話も合う。彼と話していると、学校で接する誰よりも、あるいは桃香と話している時よりも自然体でいられる気がした。
一週間が経ち、父に尋ねた。
もし、自分が跡取りになるほどの力をつけたら、一葉を自分にくれますか、と。
「…やっとましな面になったな。やってみな。できるかはわからないけどな。
お前を含め俺の息子は4人いる。そしてお前は一番若い。
それでもお前がいいと俺に思わせてみろ。そうしたら、1つ望みを叶えてやる。」
…それから重ねた努力は、母のためではなかった。それでも母のためにした努力の何倍も、紅司は父から必要とされるために努力した。
そのための援助は、惜しみなく父がしてくれた。
一葉を得るため、つまり、自分のために努力すること。
それは、何よりも清々しく、前向きで入られた。
桃香のことも、以前よりずっと大切にするようになった。桃香もそれに応えるように、紅司に懐いて。
…だから、一葉との出会いは、紅司の人生の2度目のスタートだったのだ。
…この場所は、静かすぎて息がつまる。
母の遺骨を目の前にして、ただ自分のすすり泣く声だけが辺りにやけに大きく響いた。
当主である父にも怒り散らしたが、彼は紅司を腫れ物を触るように見るだけで、何も言わなくて。
「お兄ちゃん…。ねえ、そろそろ立ち直ろうよ…。」
後ろで桃香の声がする。腫れ物に触るような優しい声音に、紅司は振り向きもせず、ただ思った。
…ああ、うるさい。
「うるさいっ!放っておいてくれ!!」
パンッと皮膚を打つ音が鳴って、それを自分が桃香の手を振り払った音だと、少ししてから理解した。彼女はひどく、驚いたような顔をしていた。
「…そう。」
桃香もまた、静かな声でそう言った後、何言わなくて。
…構わない。そうやって放っておいてくれればいい。そうすれば俺は、1人になれる。誰も、俺の気持ちなんて知るわけがない。
厳しい粛清の中でいつも死に物狂いで頑張ったのは、全て母のためだった。全てだった母がいなくなった。ならもう、どうでもいい。
凄まじい開放感と、今までの努力が全て水の泡になった虚無感。…ただそれだけ。
「…疲れたな。」
自分の声とも思えない、嗄れた声が喉から出て。紅司は外の空気でも吸おうと、誰もいない裏庭に足を向けた。
申し訳程度に手入れがされている、乱雑に花が咲いたひろい裏庭。そこにはポピーやすみれなどの、生命力の強い花々が咲いている。
中には2人がけのベンチが1つ。離れまでが徹底的に管理されたこの屋敷で唯一、不完全な場所。
母は虫がいるからと近寄らないここがなぜだか落ち着いて、紅司はたまにベンチに座って息をついていた。
…しかし。
いつもの場所に、人影がある。今まで一度たりとも見たことのない人影に、少し驚いて息を飲んだ。
その音に反応したのか、ゆっくりとその人が振り返って。
「…どなたですか?」
と、首を傾げた。外国生まれだろうか。もしくはハーフ。とろける蜂蜜のような美しい金の髪に、透き通るような青い瞳で、中性的で整った顔立ちをしている。胸元に付いているバッジから、執事見習いだと見て取れた。
おそらく、正妻の子どもではない紅司達の存在は知らされていないのだろう。
…紅司の母の死も、同じく。
「親族の者だ。隣に座ってもいいか?」
尋ねると、彼は慌てて立ち上がり、紅司に深く礼をした。
「…これは、大変失礼いたしました。私はもう戻りますので。」
「いや、いい。
…よければ話を聞いてくれないか?」
部外者になら、話せると思った。何も知らない彼になら。ただ、聞いてもらえるだけでいい。そう思って、口を開いた。
「私でよければ、幾らでもお聞きします。」
ベンチに座り、隣に座るようにと彼にも促す。
話をした。産まれてからずっと、母は自分にばかり執着したこと。友達との交流ややりたい習い事など、何もやらせてもらえずに、時が過ぎたこと。
趣味娯楽の類の欲しいものなど与えてもらえず、ただ、世間に必要とされる知識だけを詰め込まれたこと。
…それでも母の言うことを聞いて、機械のようにがんばり続けたこと。そうすれば褒めてもらえるから。
…そして、母が死んだこと。
「では、やっと自由になることができたのですね。」
にっこり笑って彼が言ったことは、紅司の予想していたどの言葉にも当てはまらなかった。
「…いや、もう俺には、何もない…。
もう生きる意味も、わからなくなってしまった…。」
「…あんた馬鹿?」
続ける紅司に、彼はひどく苛立った様子でそう告げる。
「あー、イライラし過ぎてもう耐えらんない。いや、馬鹿でしょ。なに、心配してくれる妹さんもいて、お母さんだって亡くなったけどあんたのことを捨てたわけじゃない。
今なにが残ってる?生きるために有用な明晰な頭脳と優しい妹さん。お金に困ってるわけでもなさそうなのになにが不満なわけ?ばっかじゃないの!?」
…正論だ、と思った。
少なくとも、今の紅司にとって、その言葉は大きな衝撃で。でも、驚くほどあっさりと受け入れることができたのだった。
よく考えてみれば、母に従ってじっと耐えていたことが、糧にならないわけではない。妹のことは、大切だ。
それからすぐに紅司は妹に謝って仲直りをし、喪に服していた数日間、時折金髪の彼と裏庭で会話を交わした。彼の名は、一葉というらしい。
彼がこの家に雇われた理由を聞いて、紅司は自分を恥じた。彼の過去について思えば、彼が紅司に対して苛立ちを覚えたのも至極納得できる。
彼はその過去のせいか、人を信じることができない。しかし交流を重ねるうちに、紅司は強く思った。
彼と、一緒にいたいと。守りたいと。
その思いは半分自分のDom性から来ていたが、半分は一葉という人間への単純な恋心から来ていた。
彼は優しい。しかし、単に優しいだけじゃない。その人のためを思い人を叱れる優しさを持っている。
話も合う。彼と話していると、学校で接する誰よりも、あるいは桃香と話している時よりも自然体でいられる気がした。
一週間が経ち、父に尋ねた。
もし、自分が跡取りになるほどの力をつけたら、一葉を自分にくれますか、と。
「…やっとましな面になったな。やってみな。できるかはわからないけどな。
お前を含め俺の息子は4人いる。そしてお前は一番若い。
それでもお前がいいと俺に思わせてみろ。そうしたら、1つ望みを叶えてやる。」
…それから重ねた努力は、母のためではなかった。それでも母のためにした努力の何倍も、紅司は父から必要とされるために努力した。
そのための援助は、惜しみなく父がしてくれた。
一葉を得るため、つまり、自分のために努力すること。
それは、何よりも清々しく、前向きで入られた。
桃香のことも、以前よりずっと大切にするようになった。桃香もそれに応えるように、紅司に懐いて。
…だから、一葉との出会いは、紅司の人生の2度目のスタートだったのだ。
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