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第十五章 試練
3-2 影の一族
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リュセル達が王都を立ち、セイントクロス神殿本部へと向かった日より実に二月が経とうとしている時。まず、その異変に気付いたのは、サンジェイラ国だった。
サンジェイラ国王、アサギの王弟であり、国王の護衛でもある青年は、一見変わりない王都の街をいつものように巡り、少しの異変も見逃さぬように警戒していた。
国王が変わり、昔のような活気を取り戻しつつある北の都。知識の都に相応しく、大通りを歩けば、トラキアの学塔の学生と思しき人々の姿が目立つ。
夕刻にもなれば、学塔の外に家や部屋を借りる学生達の帰宅ラッシュになり、更にその姿が増えるのが、最近のサンジェイラ王都の日常の光景だった。
そんな平和な自国の風景を穏やかな気持ちで眺めながら、青年は学生達に人気だという安くておいしいと評判の茶屋(喫茶店)に入ると、可愛らしいウエイトレスの少女に軽くウインクをして珈琲を注文した。トラキアの学塔近くにあることから他国の客を意識し、店の造りも従業員の衣装もメニューも和洋折衷をコンセプトにしているこの店は、最近の彼の気に入りである。
奥のカウンター席に座ると視線を前に向けたまま、彼はたまたま隣に居合わせたと思われる若い神官に小声で声をかけた。
「何か変わった事はあるか?」
「いえ、不気味な程何もありません。サンジェイラ神殿内をも探りましたが、特に何も出てはきませんでした。トラキアの学塔内も同様に」
同じように小声で答えを返した神官に対し、青年は僅かな笑みをその端正な顔に乗せる。
「だからそんな恰好をしているのか? まったく、当主自らよくやるねぇ。しかし、お前達一族が再び戻って来てくれたという事は、兄上を認めてくれる気になったという事なのかな?」
三代前のサンジェイラ王の時代まで、国に仕え、王家を支えていたという影の一族。サンジェイラ王都のみならず、大陸全土の情報を持つ故に、他国の情報にも通じ、国に仇なす者があればそれを討つ。
一族の当主である彼も、昼はトラキアの学塔の学生として勉学に勤しみ、夜は一族の長として、サンジェイラ全土の情報をまとめ、采配を振るっていた。
昔、先々代の王の頃に王家を見限り、王都を去ったという、現在都市伝説化しているこの一族の当主から連絡をもらった時、青年は驚いたものだ。
「それはどうでしょう。今は現状が現状ですし、この状態が片付いたら、私は再び王家を見限るかもしれませんよ?」
邪神が復活したという非常事態であるから戻って来たのだと、確かに最初に言っていた。
”影の一族”
古の昔、忍びの者と呼ばれていた者達である。現在、兄王の護衛として、青年はその在り方を真似ていた。しかし、所詮は真似は真似。本物に敵うはずもない。兄王に反発する対抗勢力を一掃する為にも、今後もずっと自分達の味方でいて欲しいのだが……。
「まあ、今後の事はまだ置いておくとして、一つ気になる事があります」
「なんだ?」
とても些細な事なのですが。と前置きし、彼は囁くように告げた。
「王都の孤児院で保護している身元不明の孤児の数が、ここ一月(ひとつき)の間で増えております」
「孤児? それは……、まあ、まだ、サンジェイラは復興途中だからな。残念ながら、そういった恵まれない子供達の数も多いだろうさ」
そう言う青年の方へと、彼は視線を向け、青年の名を初めて呼んだ。
「レイン様」
影の一族の若き当主。いや、若過ぎると言ってもいいだろう。十五~十六歳程の年齢にしか見えぬ彼は、強い瞳を真っ直ぐに、サンジェイラ王の最も信頼厚い王弟に向けた。
「アシェイラ、ディエラ。その両国でも同じ事が起きていると知っても、同じ事が言えますか?」
約二月(ふたつき)前、邪鬼の襲撃を受けたアシェイラはともかくも、ディエラ王都でも孤児が増えている?
「この事をいぶかしんでいるのは私位ですが、それでも気には止めておいた方がよろしいと思いますよ」
「分かった。また何か動きがあったら頼む」
レインの依頼に軽く頭を下げると、彼は席を立つ。
「そうそう、この前話していた結婚話はどうなったんだ?」
初めて会った折、相手の美貌に目を付け、いつものように軽く口説いたら、もうすぐ妻を娶るのだときっぱりと断られたのである。
「今はそんな時ではありませんから、相手の家に私から保留にする旨を伝えてあります」
それがレインの誘いを断る嘘なのかどうかは分からないが、彼は尤もらしく答えた。
「まあ、相手は我が一族分家の家の者ですから、当主の決定に逆らう事も出来ないでしょう」
「そ~かい。そりゃ、お気の毒様」
店を出て行く少年の華奢な背に向かい、皮肉を投げかけた後、レインは運ばれてきた珈琲を一口飲み、低い声で呟いた。
「孤児か……」
一方、レインと別れた彼は、そのまま西の歓楽街に向かっていた。
遊郭の並ぶ歓楽街に神官服で行ったら悪目立ちするはずなのに、影の中を歩く彼の存在に誰も気づかない。そうして、アジトの一つである、一軒の遊郭に辿り着いた彼は、そこで待っていた少女から衣服を受け取り着替える。
「主(ぬし)様、王都にこのままいるのは危のうございます。邪鬼はアシェイラ王都を襲撃し、次はこのサンジェイラが襲われるやもしれません。相手の動きがまったくない故、三国の王達も困惑していると聞きます」
「そうだな」
自分そっくりな容貌をした少女が、着替えを手伝いながらそう言うのを聞いていた彼は尋ねた。
「あれはどうしてる?」
「奥方様は現在、図書室で自主学習中です。よく眠っておられると報告がきております」
「チッ、あいつめ。俺がいないと、すぐ居眠りしやがる」
舌打ちをした彼は着替えを終え、白い詰襟の学生服姿になっていた。
「主様、せめて奥方様だけでも王都から避難させて下さいまし」
「あいつは、自分の事をな~んにも知らないんだぞ。それと、まだ嫁いできていない。奥方様は早過ぎるだろう?」
「それはそうですが……」
着替えを終え、外に出た彼は、後ろをついて来る自分の影武者兼側近に言った。
「ほら、もう俺の”双子の妹”に戻れ、アリス。学塔に戻るんだからな」
主命により、彼女は意識を一瞬で切り替える。
「はい、クリスお兄様」
姿形はそのままに、その雰囲気だけで、ふわりとした可愛らしいお嬢様に変化したアリスを認め、クリスは小さく頷いた。
「ぐお~ぐお~~っ、う~ん、ムニャムニャ……。アリスぅ…………」
トラキアの学塔内にある図書室の一角にて。
テーブルに突っ伏し、眠りこけている同級生の平和そうな寝顔をペン先で突っつきながら、ミリィはため息をついた。
「まったく、分かりやすいわねぇ。こいつ」
彼が友人の一人である少女を好いている事をミリィはよく知っていた。友人達の間で知らぬ者などいないと思える程、目の前の馬鹿の想いはバレバレだったのだ。おそらく、想い人である少女の双子の兄も、それを知っているのではないだろうか?
「こいつ(カイリ)にクリスからアリスを奪う度胸なんてあるのかしらね」
そう言いながら、ミリィも自分の想い人へと想いを馳せる。
「アルスさん。ずっと休んでいるケド、何かあったのかしら?」
それを言うなら、アルスの弟のロンもずっと学塔を休んでいるのだが、あえてそこには触れないミリィである。
……と、そこへ。
「オラっ、起きろ、この馬鹿!」
のん気に寝こけているカイリの頭に分厚い本がめり込んだ。
「あら? お帰りなさい、クリスにアリス」
ミリィの言葉を聞いた黒髪の美少女は、にっこりと微笑む。
「ただいま戻りました、ミリィ」
「な、何? 何なんだ!? ……ん? なんだ、クリスか」
本殴打攻撃で目を覚ましたカイリは、自分を攻撃したのがクリスだと気づかないまま、後頭部のコブに触れて不思議そうな顔をする。
「痛っ? なんだ、これは?」
「もう、ツッコミが追い付かないわ。この天然ボケ」
ミリィのため息を聞いたクリスは、目の前の、気は優しいが天然ボケ気味な親戚筋の幼なじみに言った。
「郷(さと)の当主様からの命令だ。お前は一時休学し、実家に戻るんだ」
「は!? 当主様が? なんで俺だけ!?」
一族の主家の子供であるクリスとアリスの双子でなく、何故に分家の一つに過ぎない家の子の自分が? 分かりやすく顔にそう書いてあるカイリにクリスは意地の悪い顔で告げた。
「さあな。お前の不真面目な態度が当主様の耳に入ったんじゃないか? 郷に帰ったら、せいぜい真面目に過ごすんだな。そうすれば、復学の道もあるかもしれないぞ」
「そ、そんな……」
真っ青な顔色のまま、フラフラしながら荷物をまとめに寮に戻って行ったカイリを見送ったミリィは、心配そうに尋ねた。
「ねぇ、休学って……。大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。当主様は、それはもう、慈悲深い方だからな」
そう言って笑う兄に、アリスは呆れたような視線を向けていた。
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