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第十五章 試練
3-3 僅かな異変
しおりを挟むそして異変は、サンジェイラ国王都を遠く離れた場所でも起きていた。
「到着致しました、ルナ姫様」
馬車の外からの呼びかけに、少女は意識を外に向けた。
「わかりました」
開かれた馬車の扉をくぐり、差し出された女騎士の手にそっと小さな手を乗せる。
ローズピンクの色が愛らしい外出用のドレスを身にまとった少女は、自分の手を取ってくれた女騎士ににこりと笑いかけた。
「ご苦労様です、クレア」
それに対し、凛々しい佇まいの女騎士は騎士の礼をし、自分が仕える国の、第四王女である少女に優しい眼差しを向ける。
「今月も皆、姫様がお越しになられるのを楽しみに待っていたようですよ。ふふふ、ルナ姫は人気者ですね」
先々月より行っている、王都内にある孤児院への定期訪問。孤児院は基本、その国の王族が管理運営しているのだ。ルナが王女として産まれたこのディエラ国も、孤児院の管理運営については、今まで祖母であり女王であるシルヴィアの管理下に在った。
しかし、王位継承者の成長を促す為、先日十歳になったばかりの孫娘に、シルヴィアはその役目を引き継いだのである。それはルナだけでなく、彼女の三つ子の姉妹、ルカとルイも、別の役目をシルヴィアから引き継ぎ、初めての公務に戸惑いながらも幼いなりに誠実にその役目を全うしていた。
「それは嬉しいですね」
馬車を降り、警護の任に就いている顔なじみの騎士、クレアにそう言うと、ルナは小さくため息をつく。
「嬉しいという顔ではありませんね、ルナ姫」
「…………」
そう、クレアの指摘通り、最近のルナは物思いに沈む事が多かった。
原因は、先月急に自分達姉妹の前に現れた両親の存在だ。青天の霹靂とは、正にこの事だろう。
赤子の頃に死んだと聞かされていた両親が生きていたのである。それも、二人が帰国した事は、誰にも知られてはならないと言う。
何故、死んだ振りをしたのか? 何故、故郷(ディエラ国)を離れたのか? 何故、今戻ってきたのか? 今までの経緯と現状を説明してもらい、納得もした。
現在、邪神が復活を果たし、世界は危機に陥っている。
女神の娘としての責任と使命を担う二人の姉達は、邪神に対抗する為の手段を探しにセイントクロス神殿へと旅立って行った。
残された祖母や両親は、邪鬼の急襲に備え、王都の警備を強化したり、毎日対策に追われている。他の者に正体を告げる事が出来ない両親は、本来の性別と逆の姿に変装し、アシェイラより来たシルヴィアの客人として後宮に滞在しているようだ。
邪神の復活。
それは各国の王族を中心とした一部の者にしか教えられていない極秘情報なのだが、ルナは恐ろしくてならなかった。
城の中も王都の街も、いつも通りの穏やかな日々が毎日続いている。このまま何も起こらないのではないかと、楽観的なルイはそう言っていたが……。しかし、不安症なルナは、怖くて怖くて眠れない夜が続いていた。それに気づいたのが、母、ルカイナだった。
自分達三つ子の名は、母の名からそれぞれもらったのだと、幼い頃にティアラに教わった覚えがある。
眠れない夜は、自分や祖母と同じ赤茶色の髪をした美丈夫(見た目)に優しく抱き締められて眠った。祖母によく似た慈愛に満ちた眼差しを見るととても安心し、安眠出来たのだが、ルナの心は複雑だった。
物心ついた頃には両親は既に亡く、ルナにとっての母親は次姉であるティアラで、父親は長姉であるジュリナだったのだ。二人の姉が、両親のいない穴を今までずっと埋めてくれていたのだ。
生来人見知りの激しいルナは、一月経った今も、実は両親に馴染めないでいた。
上の二人の姉は両親の記憶があるだろうが、自分達にはまったくない。ルナ程分かりやすくはないだろうが、人懐っこい性格であるルイやルカでさえ戸惑いを隠せないでいるのを知っていた。
「姫様~~!」
悩みを隠せずに悶々としているルナの耳に、幼い子供の声が届く。孤児院の扉が開き、中からたくさんの子供達が飛び出して来たのだ。
「みんな、元気だった?」
孤児達の年齢は様々だ。ルナよりも幼い子もいれば、同年代位の子もいる。通常十四歳で成人し、孤児院を出る事から、十三歳までの身寄りのない子供が、この施設に集められているのである。
「姫様、あたしと遊ぼう!」
「違うよ~、僕と遊ぶんだよ~~」
あちこちから伸びてくる小さな手に引っ張られているルナを見て、慌てた年嵩の子供達が小さな子を止める。
「こらみんな、お行儀よくするって約束でしょ?」
「姫様を困らせちゃダメじゃないか」
今年十二歳になったばかりの顔見知りの少年と少女にルナは笑顔を向けた。
「モニカ、マーシュ。お元気そうで何よりです」
姫君の可憐な笑顔にマーシュは少年らしく頬を赤く染め、モニカはにっこりと笑い返す。
「院長先生がお待ちかねだよ」
そう言って、いつものように施設内にある院長室へと案内してくれる二人について行き、他の子供達とは一旦別れた。
「つまり、経費が足らないのですか?」
通された院長室で、施設の院長を務める初老の女性と向き合い、固いソファに腰かけたルナは、彼女の差し出した書類に目を通した。確かに……。この人数では足らなくなって当然だろう。
「分かりました。早急に対処致します」
ルナの返答を聞き、院長はあからさまにほっとしたような顔になった。
「ありがとうございます」
「……それにしても、急に人数が増えたのですね」
書類を眺めながらそう言ったルナに、院長は説明を付け足す。
「はい。辺境で凶暴な野犬に襲われた旅の一座がありまして、隠れていた子供達だけ運良く助かったのです。でも、大人が全滅してしまって……。残された子供達の数が数だった為、近隣の村や街では面倒を見きれずに王都の施設まで連れて来られたのです」
「お気の毒に……」
そう言って眉根を寄せるとすぐに意識を切り替え、ルナは施設への援助額を増やす事を約束し、院長室を後にした。
「……?」
クレアを従えて廊下を歩いていたルナは、視線を感じて振り返る。
「…………」
「………………」
「……………………」
五歳~十歳位の年齢の子供達が数人、廊下の片隅からじっとルナを見つめていた。
「……あの?」
前回来た時にはいなかった子達だ。
皆、まったく表情がない。
人形のように空虚な瞳がルナを凝視していた。
「許してあげて、姫様。あの子達、両親や知り合いを全部野犬に殺されて、心が壊れちゃったらしいんだよ」
院長室を出て来たルナを迎えに来たモニカが、そう言ってルナの視線の先にいる子供達を見つめた。
「では、あの子達が」
痛ましげな表情でそう言ったルナにモニカは釘を刺す。
「近づくと警戒して逃げるから寄っちゃダメなんだ。少しずつここに慣れて心を治すしかないんだって、お医者様が前に言ってた」
「そうなのですか」
自分は王女として何不自由ない暮らしを送り、祖母や姉達、優しい人達に囲まれ、その上いないと思っていた両親も帰ってきた。
恵まれた環境は、王女としての大きな責任を果たす為にある。小さな事で戸惑っている場合ではない。彼ら(民)を守る為に、自分はいるのだから。
ここに到着した時と打って変わって力強い目をするようになったルナを見て、クレアは小さく笑った。ジュリナもティアラも、この子達をよくこんな立派に育てたものだ。
「姫様、庭に行こう。みんな姫様の話が聞きたくて待ってるよ」
「はい」
モニカの誘いに頷くと、ルナは彼女の後を追って歩き出した。
その為、気づかなかった……。
「………………」
じっとルナを凝視していた子供達の瞳の色が一瞬、紫電の色に変化したのを。
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