【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十五章 試練

5-2 子狼とルーク

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「現在、ディエラとサンジェイラの巫女姫や神官長、その補佐達は、十数名の神官達と共に二手に分かれ、ドラゴンの森に異常がないか見回っておる」

 側役の神官(ミツルギ)がこの状態(子犬化)の為、リュカ老師は、自ら淹れたお茶を孫と養い子に差し出しながらそう告げた。ミツルギにはミツルギ用の器(犬用)にミルクを注ぎ、尻尾を振って待っている彼の前に置く。

 ペロペロペロ

 すごい勢いでミルクを飲むテーブル下のミツルギを横目に見ながら、ルークは顔を引きつらせていた。どう見ても、犬にしか見えない……。

「お主達は、事情が事情だからのう、それには参加出来ないが、試練に挑まれている神子様方がお戻りになった後の準備を進めなくてはならん。アシェイラの神官長と補佐として、そちらの方を進めてくれぬか?」

 告げられた話の内容。それを耳にし、ミツルギに向いていたルークの意識が一瞬で戻る。

「え? でもリュカ様、俺は……」

 アシェイラ支部神官長補佐の任を解かれるのではなかったのか?

「このような状況じゃからのう。簡単にお主の後任を決める事が出来んのじゃ。すべてが終わったら、正式に沙汰が決まるじゃろうて。それまでは、アシェイラ支部神官長補佐としての仕事も今まで通りお願いしたいのじゃが……、よいかの?」

 コテンっと可愛らしく小首を傾げてそう尋ねる老神官の立場が大神官である以上、これは、お願いではなくて命令である。

「はい」

 部下であるルークは、それに否を唱える事など出来はしない。それは、ライサンだとて同じ事だ。いくらディエラの生まれ変わりといっても、フェンリルでなくなった以上、神殿内での立場は支部の一神官長。大神官に逆らえるはずもなかった。

「分かりました」

 ルークの返事に続き、ライサンの承知の言葉がリュカ老師に返される。

 リュカ老師と相向かいになるように、テーブルを挟んで二人並んでソファに腰かけているのだが、ルークはすぐ隣にいるはずのライサンがひどく遠くにいるように感じられていた。無意識に作られた、目に見えぬ壁。その所為でこちらから話しかける事すら憚れてしまう。何故か目を向ける事すら出来なかった。

 そんなルークに気づいているのかいないのか、ライサンは渡されたお茶を飲む事もなく、じっとリュカ老師の方を見つめたまま話を聞いている。

(…………)

 重い雰囲気に耐え切れず、視線を下に向けると、いつの間に自分の足元に移動していたのか、ミツルギがルークの足に両前足をかけて、その膝の上によじ登ろうとしていた。

(!?)

 一体、何が起きている!?

 固まったまま子犬の奮闘を見下ろしていると、中々目的の場所によじ登る事の出来ないミツルギが、小さな声で鳴き始めた。

「キュ~ン、キュ~ン」

 可愛いものに目のない、剣の弟神子の方が見たら悶絶するであろう可愛らしさだ。

 しかし、一般の成人男性の感覚しか持ち合わせていないルークは、子犬(狼)のいきなりの行動に固まっている事しか出来なかった。

「ばかやろう、早く吾輩を抱き上げろよ~」

「あ、は、はい!」

 仮にも神獣フェンリル。神殿内の身分でいえば、大神官よりも上なのだ。ミツルギの訴えを命令に変換したルークは、慌てて小さな銀狼の体を抱き上げる。

 ふわふわの毛並みが非常に気持ちがいい。

「ど、どうしたのじゃ? ミツルギ」

 ルークの膝の上を我が物顔で陣取っている子犬(狼)を見たリュカ老師は、慌てて立ち上がる。

「吾輩、眠くなっちゃった。ここで寝る」

 何故、よりによってそこで!?

 ビュオオオオオオオオオッ

 絶体零度の冷気を漂わせるライサンに目を向けたリュカ老師は、額から落ちゆく滝汗を止められない。

(お、お、お、落ち着くのじゃ、落ち着くのじゃ~~、ライサン!)

 ルークの膝の上で丸まる獣を凝視するライサンは、無表情であったが、その目がすべてを物語っていた。それはもはや、神に仕える使徒がするような目ではない。視線に殺傷能力があったなら、ミツルギはズタズタに引き裂かれ、殺されていただろう。

 そんな殺意のこもった視線にまったく気づかぬ(大物だ)子犬(狼)は、お腹がいっぱいになり、満足のあまりフニャフニャと何やら言いながら再び催促する。

「眠るまで撫でてくれよ~」

「はい」

 上司の命令に生真面目な返事を返し、その背と頭をぎこちない手つきで撫で始める。動物に触れるのは子供の時以来で、何やら緊張してしまうルークだ。

「ミツルギ、お前の寝所はあそこに用意してあるじゃろうが!?」

 部屋の隅に用意された、ピンク色の布で作られた犬用の小さな寝台を指差してリュカ老師が訴えるが、ミツルギはプンスカ怒りながら反論する。

「やだ、あの寝所、雌用だろ? 吾輩は硬派な雄の狼だい!」

「わかった、雄用の恰好いいのを作ってやるから、とりあえずワシの膝に来るのじゃ」

 自分の膝を叩いてリュカ老師が訴えるが、既にミツルギの意識は夢の中だった。

 プス~プス~っと可愛らしい寝息を立てて眠ってしまったミツルギとリュカ老師を見比べながら、ルークは困惑したような表情を浮かべている。

「すまんのう、ルーク」

「いえ……、ッ!?」

 リュカ老師の謝罪の言葉に苦笑して答えたルークだったが、いきなり横から伸びてきた白い手が膝の上に抱いていた子犬(狼)の首裏を掴んで持ち上げたのを見て、驚きのあまりその手の主を見上げてしまう。

「…………」

 まさしく、無。

 何の感情も浮かんでいない、冷たい無表情のままミツルギを掴んだライサンは、おもむろにその体を壁に向かって思い切り投げつけた。

 ビターーンッ

「ギャンッ」

 子犬(狼)の小さな悲鳴が聞こえるが、それに構う事なく、ライサンはリュカ老師に尋ねる。

「お話はそれだけでしょうか? お祖父様」

「お、おお、そうじゃ」

 孫から発せられる負のオーラにリュカ老師は恐れを成して、首を何度も縦に振る事しか出来ない。

「そうですか。それでは行きましょうか、ルーク」

 リュカ老師の言葉に頷いたライサンは、ルークにそう言ってにっこりと笑いかけた。

「は?」

「ほぅ??」

 いきなり雰囲気を変えたライサンに、当事者のルークだけでなく、それを見守っていたリュカ老師も驚きに目を見開く。

「では、失礼致します」

 深々と頭を下げて退室の礼をしたライサンの背を、ルークは慌てて追う。

「失礼致します、リュカ様」

「またの、ルークや」

 パタンという僅かな音を立てて退室していった二人を見送ったリュカ老師は、首を傾げる。いきなりライサンのルークへの態度が戻ったように感じられたが……。短い間とはいえ、再び直属の上司部下の関係に戻った為、避け続ける事も出来ないと観念したのだろうか? 自分の孫ながら、相変わらずその真意がよく分からない。

 ライサンは幼子の頃から何を考えているかよく分からない不思議な子だった。両親はそんなライサンを気味悪く思い、持て余していたが、リュカ老師はそれでもいいと思っていた。すべて受け入れ、愛してきた。

 そう、今まではそうしてきたのだが、今回の事はそう達観する事も出来なかった。

 ドラゴン達の要求に応じてしまうのではないだろうか?

 ライサンの考えを読み取る事が出来ないからこそ、リュカ老師を始め、他の大神官、支部神官長達やその補佐、それにアシェイラやユリエも不安に思うのを止められない。その為、そんなライサンの監視役として再びルークを彼の補佐に戻したのである。今現在、関係性が最悪の二人を元の状態に戻すのは躊躇われたが、背に腹は代えられない。

「じゃが、あの様子なら大丈夫かの?」

「そんなに心配なら吾輩がディエラ様とあの赤竜(レッドドラゴン)にはりついて二人をとりなしてやるぞ!」

 ワンワンワンッ

 いつのまに復活したのか、ミツルギはそう言って吠えながら、ライサンとルークの後を追って部屋を飛び出して行く。

「へ!? こ、これ、待つんじゃ、ミツルギ!」

 なんという馬鹿犬! と自分の立場を忘れて、ついリュカ老師はそう思ってしまう。しかし、今の状態の二人に第三者の存在は必要かもしれないと思い、ミツルギを追いかけるのを途中で止める。空気の読めぬあの子犬(狼)の事だ。二人の間を先程のようにかき乱すだろうが、それもいいだろう。

 しかし、問題は……。

「側役の神官をまた決めねばならぬのう」

 大抵の事は自分で出来るが、年老いているリュカ老師に側役は必要不可欠である。ミツルギの他にも三人いるが、大神官としての仕事の事も考えると、後二人は欲しいところだ。だが、ミツルギが抜け、ルークもしばらく無理だと考えると。

「二人ばかり臨時に誰か頼むかの」

 そう言いながら、痛み出した腰をリュカ老師はさすった。
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