【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十五章 試練

8-1 森の澱み

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(澱んでいる……)

 舟で湖を渡り、アンと別れた後、森の中に足を踏み入れたリュセルの正直な感想がそれだった。

 セイントクロス神殿に向かう為、来る時に通り抜けた時は、同じように霧が濃かったが、こんなに空気が澱んでいるような事はなかった。

 おそらく、この森を支配するドラゴンの心の澱みの影響を受けているのだろう。

 感知能力を使い、森の内部を探ったリュセルは、中心部に在る金色の強い気配と清廉な白い気配、そして、その近くにレオンハルトとジュリナ、アシェイラの神獣としての銀色の気配を感知した。

(なんだ? 白い気配が弱い)

 それも、こうしている間にも徐々に弱っていっているのがわかる。この白い気配が誰の気配なのか、リュセルはよく知っていた。

「行こう、ウインター神官長補佐」

 動揺を隠し、かけていた変装眼鏡を外して上着の内ポケットに入れる。

 一体、兄達は何をしているのだ!?

 金色の巨大な気配が白い気配に牙を剥いている。感知能力を使用しただけでは、そこで何が起こっているのかまではわからない。わからないが……。

 リュセルは背筋に嫌な汗が流れるのを感じていた。







 ドラゴンの森の中心に位置する、巨大なレイデの木。

 そこが、ドラゴン最後の末裔とされていたジルとベルの住処だった。

 そのレイデの木を背後に、巨大な金竜(ゴールドドラゴン)が怒りの彷徨を上げていた。それを受け、周囲の木々が薙ぎ倒されていく。

 凄まじい程の力を目の当たりにし、試練の迷宮内でドラゴンと戦う事にならなくて本当に良かったと、ジュリナは場違いな事を考えていた。

「セリクス神官長ッ!」

 そんなジュリナを正気づかせたのは、隣で聞こえたレオンハルトの声だ。彼にしては珍しい、ひどく焦ったような大声を不思議に思ったジュリナは、その原因を目にする。

 二頭いる金竜(ゴールドドラゴン)の内、一頭がその鋭いかぎ爪の先に引っ掛けている人物。裾や袖の長い、赤い神官服を着た青年。

 赤い!? いや、白を基調とした神官服が赤いはずがない!

「なんて酷い事をッ!」

 ジュリナは呻くような声でそう呟く。

 それは、血の色だった。

 純白の色をしていた神官服を、己の血でライサンは紅く染めていたのだ。

 白髪も所々赤く染まり、彼が瀕死の重傷である事が、離れた場所にいるジュリナやレオンハルトにもよく分かる。

「フェンリル・アシェイラ、向こう側にはどうしたら行けるのですか?」

 金竜(ゴールドドラゴン)のいる巨木の周囲とレオンハルト達のいる場所は目と鼻の先だ。走ればすぐにライサンを助けられるような近さ。しかし、どうやっても先に進めない。

「ジルとベルが地形を変動させ、あの木の周辺だけ他から切り離したのだろう。ここは、奴らの支配する地だ。神獣である俺にも、この地をどうにかする力はない」

 人型をとっているアシェイラも、顔を強張らせたまま、生きているか死んでいるのかもわからない同胞の姿を凝視する。

「奴ら、なぶり殺しにする気だ」

 人間とドラゴン。

 その力の差は、考えるのも馬鹿らしくなる程かけ離れている。その気になれば、一撃でライサンを殺せるだろう。それをせずに、致命傷を避け、少しずつ攻撃を加えている。激しい痛みを与え続け、苦しませて苦しませて、それから殺すつもりなのだ。

 古の昔に受けた仕打ちの残虐な報復を、彼らはライサンに与えている。

「ねえ、痛い?」

 ライサンをかぎ爪の先に引っ掛けていたドラゴンの姿が、激しい風と共に人のものに変わると、彼はそう尋ねた。

「でもね、俺やジルが受けた痛み、一族が受けた苦しみはこんなものじゃなかったんだ」

 片腕でライサンの体を持ち上げていたベルは、力のないその体を放り投げる。ドサッという音と共に地面に投げ出されたライサンの目は、辛うじて開いているような状態だった。

 冷たい目をした金色のドラゴンは、目の前のピクリとも動かない体、その腕を足裏で押さえつけ、無造作に爪を剥ぐ。

「ッッッーーーーーッ!」

 声にならない悲鳴を上げて悶え苦しむ一族の宿敵を、無感動な虹色の瞳で見つめたまま、三枚の爪を剥いだ。

 痛みに苦しみながらも命乞い一つしない相手の様子に、ベルの心は苛立っていた。


 ー私の事は好きにしても構いません。殺したいなら、殺しなさい。ただ、ルークは……、あの子だけは、望むまま、自由にさせてあげてくれませんか?ー


 自分達の呼び声に応じ、姿を現したライサンは最初にそう言った。そう言って、自分自身の命乞いではなく、ベル達の同胞たるあの赤毛の青年の未来への自由を乞うたのだ。

 そんな事、許せるはずがなかった。

 ディエラの魂を宿す青年。彼を殺せば、ミラの子孫が手に入る。そうすれば、一族の復興だって成るはずなのである。自分達には既にそれしか残されてはいない。この長過ぎる生の意味が、そこにしか見いだせなかった。それさえ成れば、世界がどうなろうと構わない。

 この男さえ殺せれば

 それで……、それだけでいい!

「ッぐッッ…………ッッ」

 爪を剥いだ後、持っていた先の尖ったレイデの木の枝でライサンの肩を突き刺したベルは、反応の薄くなった体をつまらなそうに見下ろし、おもむろに背を向けた。

「そろそろ楽にしてあげよう、ジル。いくら一族の敵といっても、これ以上は酷だ」

 憐みの交じった目を一瞬ライサンに向けた後、ベルはドラゴンの姿を象ったままの、双子の兄の金色の体に身を寄せる。ジルはそれに僅かに頷くと、ライサンの体を踏みつぶす為に脚を振り上げた。



「おいおいおいおいおいおい、ヤバいヤバいヤバいッ……、ッレオンハルトッ!」

 ドラゴン達の動向を見ていたジュリナは、そう言って傍らのレオンハルトを呼ぶが、この状況を打破する力のない彼は、唇をきつく噛みしめたまま、目の前の残酷な光景を凝視するしかない。

 自分達では、変動されたこの地形を元に戻す事が出来ないのだ。


「バイバイ、ディエラ」

 ベルの別れの言葉を聞くと同時に、ジュリナもレオンハルトもアシェイラも最悪な結末を覚悟する。


 だが、次の瞬間……

 地形が一気に変動した。


 周囲の景色が何度も入れ替わり、三人の目の前に、いきなり銀髪の青年が現れる。

「ッ!? リュセル!?」

「!?」

「ッ!」

 呆気に捕らわれた三人の前でリュセルはたたらを踏み、その手を引っ張って走っていた赤髪の青年が、どうやってもジュリナ達が進めなかった境界を乗り越えて全力で駆けて行く。

「ウインター神官長補佐ッ!」

 叫ぶリュセルの手を離して、金竜(ゴールドドラゴン)の元へと駆けて行くルークの神官服の背を見つめたレオンハルトは、地形が元に戻った事を確信する。

 どうして戻ったかはわからないが、自分達がするべき事は唯(ただ)一つだ。







「何故……………………」

 憎い宿敵の体を踏みつぶす事が出来なくなったジルは上げていた脚を下ろし、ベルは呆然と呟いた。見下ろした先に在った光景は、二人には到底受け入れられないものだったのだ。

 神官服を血に染め、力なく地面に倒れ伏した白髪の青年。彼を庇うように、上に重なるようにして覆い被さった赤髪の青年神官。

 自分達の最後の同胞。一族再興の鍵にして希望。ミラの子孫であるドラゴンの末裔。


 その彼が

 何故、そいつを庇う?


「はあ、はあはあはあはあはあはあはあっはっ……げほッっげほげほっ」


 間に合ったッ!


 ルークは激しい息切れに咳き込みながらも、体の下に庇ったライサンを見下ろす。

 仰向けに横たわる彼を目の前のドラゴンから隠すように自分の体で覆い、両腕をライサンの体の横について大きく息を何度も吸った。今までにない程の全力で駆けて来た為、脚も腕もガクガクと震えている。

 湖を渡り森の中に入った後、リュセルとしばらく駆けていた時、不意に遠くに見えたのだ。

 二頭の金竜(ゴールドドラゴン)にいたぶられる白髪の青年の姿が。

 それを目にした途端、ルークの目の前は真っ赤に染まった。

 隣でリュセルが、地形がどうのとか、このまま走ってもあそこには辿り着けないとか言っていたが、そんな事どうでも良かった。

 あそこに行かなくては、ライサンが殺されてしまう!

 何も考えられなくなったルークはリュセルの手を掴み、本能のまま、ここまで一直線に走って来たのである。



「そこをどくんだ、ルーク」

 感情を表さないベルの非情な声がルークの耳に届いた。

「…………ッ」

 その声を聞くと同時に、ルークの体が一瞬ビクリと震える。

「どけッ!」

 続いたジルの彷徨と共に周囲に風が吹き荒れた。

 ゴオオオオオオッという激しい音と共にドラゴン達の激しい怒りがぶつかってくる。普通の人間の精神では耐え切れない程大きな幻獣の怒気。実際、ルークは声を出す事も出来なかった。同じドラゴンの末裔といっても人間の要素が強いドラゴンの血の薄い彼には、ベルとジルに立ち向かえる程の力はない。

 それでも、引くつもりはない。

 そんな事、出来るはずもなかった。

「…………」

 ルークは出ない声の代わりに、強い意志を持って顔を上げ、目の前にいるドラゴンという脅威に目を向けた。

 それを見たドラゴン達は目を見張る。

 真っ直ぐに自分達を射抜く瞳。

 激しい怒りと憤りに燃え、言いようのない哀しみに支配されたその色。

 それは、すべての色彩を集めたような色。

 自分達と同じ七色の……。

 褐色の色を虹色に変え、ルークは無言のまま、遠く血を分けた同胞を睨み上げていた。

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