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第十五章 試練
8-4 帰りたい
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「ルークッ!」
ルークから距離をとったアシェイラの腕の中で、ライサンが想い人の名を呼ぶ。
風と水。
周囲を吹き荒れるそれらに、誰もなす術がない。
三対の虹色の瞳はぼんやりと空中を見つめ、三本の柱の中、それぞれが水に浮くように宙に浮かび上がる。
「二人でいるのが危険なら切り離せばいい。最初からやり直して、今度こそ君を僕のものにするよ」
ぼんやりとした表情の中、ベルの唇だけ動かして、邪神がささやく。
「真実を映すドラゴンの瞳、セイントクロスの泉は異世界へと続く扉。知っている? 君が産まれる前に異世界に送った時も、カルティア達は大量の泉の水をアシェイラに持ってきて使ったんだよ。身重のルリカを神殿本部まで連れてくる事は不可能だったからね」
その言葉を聞いたリュセルは、瞬時にスノーデュークの考えを察する。
「まさか……」
「君を、元の世界に戻してあげる」
次の瞬間
地面から大量の水が噴き出す。
「リュセルッ!」
レオンハルトは、いきなり弟の下に形成された水たまりを見て、ぎょっと目を見開く。咄嗟にリュセルの体を掴んで落下するのを防ぐが、間の前の体は信じられない程に強い力で水の中に引っ張られていく。
「レオンッ!」
リュセルもレオンハルトの腕にしがみついて耐えようとするが、徐々に体が水の中へと落ちてゆくのを止められない。
この水の中がどこに繋がっているのかを、リュセルは本能的に悟っていた。
嫌だ嫌だ嫌だ!
戻りたくない戻りたくない戻りたくない戻りたくない!
戻り……たく、ない?
……………………。
本当に……、戻りたくないのか?
違うッ
違う違う違う違う違う違う!
「嫌だ、兄さん! 俺は帰りたくないッ!」
リュセルは必死に、目の前の体にしがみつこうとした。
そんな中
目の奥にスノーデュークの姿が浮かぶ。
ベルの姿ではなく、本来の姿で微笑む彼は、戸惑うリュセルを誘惑するように優しく告げた。
ー……本当に? 本当に帰りたくないの? 思い出してごらん? この世界に来た当初、あんなに帰りたがってたじゃないか。会いたくないの、お母さんに? お父さんにも…………。弟もミーコも、友達だって、みんな君を待ってるよー
会いたくない……?
会いたくない会いたくない会いたくない。
否
会いたい!
戻りたい!
「帰りたい」
涙のにじむ瞳でレオンハルトの顔を見上げたまま、リュセルは目の前の半身の体から手を離す。
「リュセル!」
伸ばされる手を取る事もせずに、リュセルの体は水の中へと吸い込まれていき、その姿がなくなると共に水は消滅した。
三本の七色の光の柱は一瞬で消滅し、柱の在った場所にドラゴンの末裔達が崩れ落ち、それぞれ力なく倒れ伏す。
風も止み、水もなくなり、森の中には本来の静けさが戻る。
「ルークッ!」
ライサンの声に我に返ったアシェイラは、ケガのひどい彼の体をそっとその場に下ろし、じっとしているように告げた。そして、目を閉じ、仰向けに横たわる赤髪の青年神官の呼気と脈を確認すると、その体を横抱きにし、ライサンの元へと連れてくる。
「大丈夫、気を失っているだけだ」
そのまま、離れた場所に倒れている双子の兄弟の安否も確認する。二人共、ルークと同じように気を失っているだけのようだ。だが、意識を邪神に乗っ取られたベルの消耗は激しく、真っ青な顔色で息をしているのが不思議な程だった。
「アナスタシアの瞳で創ったセイントクロスの泉の代用として、三人のドラゴンの瞳で水を形成したのか……」
ベルとジルでは足らないと考えたスノーデュークは、更にルークを追加して使った。
三対六個の瞳の力を以ってしても、作られた泉は人一人がやっと通れる程で、水たまりといってもいいような代物だったが……。彼の目的からすれば、それで十分だったのだろう。
「邪神は去ったようだけど、リュセルは一体、どこに連れて行かれたっていうんだい!?」
リュセルの消えた場所。
地面を両手で叩きながらそう怒鳴ったジュリナに視線を向け、アシェイラは答えた。
「おそらく、落ちた先は異世界だ」
半身を再び失い、呆然と立ち尽くしていたレオンハルトは、アシェイラのその言葉を聞くと、表情の全くなくなった秀麗な顔を上げる。
「なんだって!?」
ジュリナは混乱し、悲鳴のような声を上げた。
「スノーデュークは、レイの魂を持つ剣主と剣鍵を分かつ事でその力を削ごうとしているのだろうな。今までも同じ事が度々あっただろう? 今までと違うのは、奴(邪神)が本気だという事だ。でも、レイの神気の強いこの地では、復活直後の奴ではどうする事も出来ない。だから……」
「だから、剣鍵……様を、異世界に、…………戻した……のですね」
アシェイラの言葉を継ぐように、弱々しい声で紡がれたライサンの言葉を聞いたジュリナは絶句する。
「じゃあ、リュセルは……また?」
「ああ。おそらく、再び向こうの世界の人間となっている」
ジュリナの言葉に答えるようにして断言したアシェイラは、弟の消えた地面に暗い瞳を向けるレオンハルトを見つめ、心配そうに眉根を寄せた。
水の中に沈んでいく。
どこだか分からぬ、暗い暗い水の底。
息が出来ない。
苦しみにもがく自分の頭の中を、様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。
ファンキーな父王、物騒な趣味をもつ次兄、可愛い自分付きの小姓の少年やクマのぬいぐるみ、頼れる兄直属の騎士達。
おかしな怪盗コンビ、赤茶色の髪の隣国の老女王、可愛い三つ子の姫達。
北国に住まうたくさんの王弟や王妹達、その中でも一際目立つはた迷惑な好色王子、学塔に通う少年少女達。
白髪の神官長、その補佐の青年の不機嫌そうな顔、彼らの元に集う神官達。
白銀の神獣、そばかすの目立つ小柄な少女の姿をした古の勇者。
朱金の髪の可憐な婚約者、男よりも男らしい未来の義姉姫、娘のように可愛がった北の少年達。
邪神に捕らわれ、どこにいるかも知れぬ翠緑の髪の邪混鬼。
そして
最後に想ったのは……
胡桃色の髪に琥珀の瞳の、傾国の美女のように麗しい自分の半身。
ーレオンッ!ー
それを最後に、リュセルのリュセルとしての意識は閉ざされてしまった。
ルークから距離をとったアシェイラの腕の中で、ライサンが想い人の名を呼ぶ。
風と水。
周囲を吹き荒れるそれらに、誰もなす術がない。
三対の虹色の瞳はぼんやりと空中を見つめ、三本の柱の中、それぞれが水に浮くように宙に浮かび上がる。
「二人でいるのが危険なら切り離せばいい。最初からやり直して、今度こそ君を僕のものにするよ」
ぼんやりとした表情の中、ベルの唇だけ動かして、邪神がささやく。
「真実を映すドラゴンの瞳、セイントクロスの泉は異世界へと続く扉。知っている? 君が産まれる前に異世界に送った時も、カルティア達は大量の泉の水をアシェイラに持ってきて使ったんだよ。身重のルリカを神殿本部まで連れてくる事は不可能だったからね」
その言葉を聞いたリュセルは、瞬時にスノーデュークの考えを察する。
「まさか……」
「君を、元の世界に戻してあげる」
次の瞬間
地面から大量の水が噴き出す。
「リュセルッ!」
レオンハルトは、いきなり弟の下に形成された水たまりを見て、ぎょっと目を見開く。咄嗟にリュセルの体を掴んで落下するのを防ぐが、間の前の体は信じられない程に強い力で水の中に引っ張られていく。
「レオンッ!」
リュセルもレオンハルトの腕にしがみついて耐えようとするが、徐々に体が水の中へと落ちてゆくのを止められない。
この水の中がどこに繋がっているのかを、リュセルは本能的に悟っていた。
嫌だ嫌だ嫌だ!
戻りたくない戻りたくない戻りたくない戻りたくない!
戻り……たく、ない?
……………………。
本当に……、戻りたくないのか?
違うッ
違う違う違う違う違う違う!
「嫌だ、兄さん! 俺は帰りたくないッ!」
リュセルは必死に、目の前の体にしがみつこうとした。
そんな中
目の奥にスノーデュークの姿が浮かぶ。
ベルの姿ではなく、本来の姿で微笑む彼は、戸惑うリュセルを誘惑するように優しく告げた。
ー……本当に? 本当に帰りたくないの? 思い出してごらん? この世界に来た当初、あんなに帰りたがってたじゃないか。会いたくないの、お母さんに? お父さんにも…………。弟もミーコも、友達だって、みんな君を待ってるよー
会いたくない……?
会いたくない会いたくない会いたくない。
否
会いたい!
戻りたい!
「帰りたい」
涙のにじむ瞳でレオンハルトの顔を見上げたまま、リュセルは目の前の半身の体から手を離す。
「リュセル!」
伸ばされる手を取る事もせずに、リュセルの体は水の中へと吸い込まれていき、その姿がなくなると共に水は消滅した。
三本の七色の光の柱は一瞬で消滅し、柱の在った場所にドラゴンの末裔達が崩れ落ち、それぞれ力なく倒れ伏す。
風も止み、水もなくなり、森の中には本来の静けさが戻る。
「ルークッ!」
ライサンの声に我に返ったアシェイラは、ケガのひどい彼の体をそっとその場に下ろし、じっとしているように告げた。そして、目を閉じ、仰向けに横たわる赤髪の青年神官の呼気と脈を確認すると、その体を横抱きにし、ライサンの元へと連れてくる。
「大丈夫、気を失っているだけだ」
そのまま、離れた場所に倒れている双子の兄弟の安否も確認する。二人共、ルークと同じように気を失っているだけのようだ。だが、意識を邪神に乗っ取られたベルの消耗は激しく、真っ青な顔色で息をしているのが不思議な程だった。
「アナスタシアの瞳で創ったセイントクロスの泉の代用として、三人のドラゴンの瞳で水を形成したのか……」
ベルとジルでは足らないと考えたスノーデュークは、更にルークを追加して使った。
三対六個の瞳の力を以ってしても、作られた泉は人一人がやっと通れる程で、水たまりといってもいいような代物だったが……。彼の目的からすれば、それで十分だったのだろう。
「邪神は去ったようだけど、リュセルは一体、どこに連れて行かれたっていうんだい!?」
リュセルの消えた場所。
地面を両手で叩きながらそう怒鳴ったジュリナに視線を向け、アシェイラは答えた。
「おそらく、落ちた先は異世界だ」
半身を再び失い、呆然と立ち尽くしていたレオンハルトは、アシェイラのその言葉を聞くと、表情の全くなくなった秀麗な顔を上げる。
「なんだって!?」
ジュリナは混乱し、悲鳴のような声を上げた。
「スノーデュークは、レイの魂を持つ剣主と剣鍵を分かつ事でその力を削ごうとしているのだろうな。今までも同じ事が度々あっただろう? 今までと違うのは、奴(邪神)が本気だという事だ。でも、レイの神気の強いこの地では、復活直後の奴ではどうする事も出来ない。だから……」
「だから、剣鍵……様を、異世界に、…………戻した……のですね」
アシェイラの言葉を継ぐように、弱々しい声で紡がれたライサンの言葉を聞いたジュリナは絶句する。
「じゃあ、リュセルは……また?」
「ああ。おそらく、再び向こうの世界の人間となっている」
ジュリナの言葉に答えるようにして断言したアシェイラは、弟の消えた地面に暗い瞳を向けるレオンハルトを見つめ、心配そうに眉根を寄せた。
水の中に沈んでいく。
どこだか分からぬ、暗い暗い水の底。
息が出来ない。
苦しみにもがく自分の頭の中を、様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。
ファンキーな父王、物騒な趣味をもつ次兄、可愛い自分付きの小姓の少年やクマのぬいぐるみ、頼れる兄直属の騎士達。
おかしな怪盗コンビ、赤茶色の髪の隣国の老女王、可愛い三つ子の姫達。
北国に住まうたくさんの王弟や王妹達、その中でも一際目立つはた迷惑な好色王子、学塔に通う少年少女達。
白髪の神官長、その補佐の青年の不機嫌そうな顔、彼らの元に集う神官達。
白銀の神獣、そばかすの目立つ小柄な少女の姿をした古の勇者。
朱金の髪の可憐な婚約者、男よりも男らしい未来の義姉姫、娘のように可愛がった北の少年達。
邪神に捕らわれ、どこにいるかも知れぬ翠緑の髪の邪混鬼。
そして
最後に想ったのは……
胡桃色の髪に琥珀の瞳の、傾国の美女のように麗しい自分の半身。
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それを最後に、リュセルのリュセルとしての意識は閉ざされてしまった。
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