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第十五章 試練
8-3 邪神の企み
しおりを挟むー人として生きて行くー
(道は定まったか……)
ルークとライサン。二人の様子をじっと見つめていたアシェイラは、そっと安堵の息を吐き出した。こうなった以上、自分がやる事は一つ。
「ベル、ジル。お前達にはどうする事も出来ない。もう止めなさい」
ルークごとライサンを殺す事は彼らには出来まい。その特異能力故にドラゴンは警戒心の強い種族であったが、同胞愛がそれ以上に強い種族でもあった。彼らに同胞を殺す事は出来はしない。諦めるしかないのだ。
「例え同じ血を祖としていたとしても、他者の心を思い通りにする事など、出来はしないんだ」
希望を失った二対の虹色の瞳が、淡々と語るアシェイラを見つめていた。
「本当は分かっていたんだろう?」
ドラゴンとして生きてきたユラの子と、人の中で人として生きてきたミラの子孫は、根本的なものが全然違う。
分かっていても、諦められなかったのである。
不意に与えられた、ミラの子孫という、光。一族を再興出来るかもしれない。そうすれば、その為に生まれて来たのだと思える。復讐の道具として生まれたのではなく、一族を再興する、その時の為に生まれて来たのだと……。
そう思いたかった。
戦意を喪失したベルは、懐からあるものを取り出した。その隣でドラゴンの姿から人型に変化していたジルは、それを弟から受け取り、アシェイラに渡す。
渡されたそれを見たアシェイラは、眉根を寄せた。
石の卵。
孵化していない、ドラゴンの卵である。
三千年前に神殿より盗まれた、古の昔、ドラゴンの長アナスタシアがミラに与えた卵。
「返すよ。俺達には、もう必要のないものだ。その卵が孵化する事は永遠にないだろう」
「…………」
アシェイラは何も言えずに渡された卵を見つめる。
ーあなたの心はとても真っ直ぐね、アシェイラ。あたくしは、そんなあなたが好きよー
波打つ金の髪、虹色の瞳をした少女の笑顔が、脳裏によみがえる。
遠い昔に存在した、ジルとベル、ルークの祖先。ドラゴンの長、アナスタシア。彼女の血筋が、これで永遠に途切れる事になる。
ルークの選択は、その決定打になったのだ。
人として生きて欲しかったのも事実。しかし、ドラゴンとして未来に血を繋いで欲しかったのも事実。
「わかった。これは、俺が責任を持って預かろう」
アシェイラの言葉に頷くと、ジルはベルと共に踵を返し、森の中に消えようとした。
「お前達はどうするつもりなんだ?」
去ろうとする背中に、それまで成り行きを見守っていたリュセルは、つい、声をかけてしまった。
「……俺達は眠るよ、神子。このレイデの木の中で、世界が終わるまで眠り続ける」
「希望のない世界に生き続ける事に、俺達はもう疲れた」
怨嗟の中より産まれ、人を恨み生きてきた。今更、人と共になど生きられないし、生きるつもりもない。だからといって、このまま森の中で生き続けるのも辛い。
「そんな……」
「リュセル」
レオンハルトは弟の肩をに手をのせ、緩く首を振る。彼らには彼らの生き方がある。それは誰にも変えられはしない。
「……………………」
「…………」
ルークもライサンの体を支えたまま、そちらに視線を向ける事も出来ずにいた。二つは選べない。そして、彼はライサンを選んだのだ。
(これで、ドラゴンは二度滅んだ事になる)
一度はアナスタシアがいなくなった時に。そして二度目は、最後の末裔達が希望を失った時に……。
リュセルはそう考えながら、誕生と同時に滅びの道しか残されていなかったこの一族を哀れに思った。
「…………」
「……? ベル?」
やるせない気持ちで、その場にいた者達がドラゴン達の背を見送っていると、レイデの大木へと歩みを進めていたベルの足が不意に止まった。歩みを止めた双子の弟をいぶかしく思ったジルが振り返る。
「ふ、ふふふふ」
顔を俯かせていた為、髪の影になって、その表情はわからない。ただ、彼は肩を震わせて笑っていたのだ。
「あははははははははははッ」
森の中に、場違いな程に楽しそうな笑い声が響き渡る。
あまりにも無邪気で、子供のように無垢な、邪神の嘲笑。
「……ッ!? スノーッ!」
リュセルだけがすぐにその正体に気づき、悲鳴のような声を上げた。
「…………あ~あ、つっまんないの。折角、色々お膳立てしてあげたのに、結局はこうゆう事になるんだもん」
クルンっと回って、リュセル達の方へ振り返ったベルの瞳は、禍々しいまでの紫電に輝いていた。
「欲しいなら奪えばいい。手に入らないのなら壊せばいい。こんな簡単な事なのに、何で出来ないのさ。そんな事だから、君達は滅びてしまったんだよ」
「黙れ、ベルを返せ!」
牙を剥いたドラゴンの攻撃を意に介さずに、ベルの体を乗っ取ったスノーデュークは、右人差し指一本でそれを止める。
「でも、姉上達を神殿から連れ出してくれた事には感謝しなくちゃね」
「…………ッ!」
レオンハルトはリュセルを背に庇い、アシェイラはルークとライサンを庇った。そしてジュリナは、レオンハルトごと剣の兄弟を庇う。
「おい、ジュリナ」
庇われる謂れはないと、レオンハルトが不機嫌そうな声を出すが、ジュリナは厳しい声でそれに反論する。
「仕方ないだろう!? お前達二人でレイデュークなんだからな。少しは自覚しろ、このむっつりスケベ!」
むっつりスケベ、今関係ないし……。
緊張感のまるでない兄と義姉のやりとりに、リュセルが内心ツッコミを入れていると、スノーデュークが嬉しそうに言った。
「姉上の声だ! ああ、君は姉上の声を受け継いだ子なんだね! いいな~、君も欲しいな~。姉上を形成するものを、僕はすべて手に入れたい」
無邪気過ぎる、残酷な神の声を聞いたジュリナの背を、冷たい汗が流れる。
「ああ、でも、時間がない。ここは姉上の神気が強過ぎるし、ドラゴンは人間以上に自我が強い。この子の意識が絶望に沈んだ時の隙を突いて無理やり出てきたけれど、そろそろもたないな。早くしなきゃ」
スノーデュークはそう言うと、指一本で動きを封じられ、身動きが出来ずにいるジルを見て、目を細めて笑った。
「本当は、神殿の中のドラゴンの長の瞳の力を使うのが、一番いいのだけれど……。さすがに、今の僕が神殿内部に入る事は出来ないからさ~、代わりに君達の瞳を使わせてもらうね」
そして、ジルの瞳に視線を合わせた。
ジルの虹色の瞳は大きく見開かれ、顔から表情が消え失せる。それと同時に、彼の体を中心に七色の光の柱が出現する。
ゴオオオオオオオオオッ
激しい風と共に周囲を漂うのは、水。
ドラゴンの涙である。
「いい子だね」
そう呟き、ジルの変化を見届け、スノーデュークは今度はベルの変化を促した。
一つ瞬きをすると、瞳の色は紫電から虹色に変化し、今度はベルの体が虹色の光に包まれ、空に向かって柱が形成される。
「くっ……!」
「スノーッ、一体何をするつもりなんだ!?」
立つのが困難な程の強風に煽られ、リュセルはレオンハルトの体にしがみつく。
宝主の体をもつジュリナもレオンハルトも、風に煽られながらもその場に踏ん張り、神獣の体をもつアシェイラは、吹き飛ばされそうな神官二人を腕の中に抱え込んだ。
「あ~~、でもやっぱり、ちょっと足らないや」
ぼんやりしながら、周囲に浮かぶ水をベルの目を通して眺め、スノーデュークは視線をルークに向けた。
「ッ! やめっッ」
アシェイラは咄嗟にルークの目を片手で覆い隠す。
「遅いよ」
ニヤリと弧を描く邪神の微笑を目にすると共に、アシェイラの腕の中で三本目の光の柱が立った。
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