【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十五章 試練

10-3 二度目の帰還

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 ー愛し子よ 愛し子よ

  我が詩声は風となる
  お前達を守る光となる為

  我が心は共にある
  お前達を導く影となる為ー


 もう、僕は姉上を殺すしかない。


 ー愛し子よ 愛し子よ

  共にありし我が想い
  万物に宿りし我が祈りー


 手に入らないのなら壊すよ。いいよね?


 ーそは彼らの為に在る
  そはお前達の為に在る

  あの子の為に奏でし祈りの詩ー


 セフィランは、ようやく僕の中で消滅した。


 ー喜びも悲しみもすべて忘れ

  我が腕で眠れ 愛し子よー


 愛してるよ、姉上。殺したい程に……。



 邪神の最後の声を聞くと同時に、祈りの歌も終了し、白銀の光が周囲を満たした。







「地震、ようやく治まったみたい」

 この辺、震度いくつだったのかしら?

「ただいま、母さん!」

「おい、大丈夫か!?」

 そう思いながら、出先から戻って来た夫と一人息子・・・・に安堵の声をかける。

「お父さん、祐樹!」

「うわっ、すっげ~状態。家の中ガタガタじゃん!」

 家がこのような状態では、デパートはもっとひどい状態だろう。

 あの子は大丈夫かしら?

 あの子……?

 あの子、…………は。

「でも、家族全員無事でよかった。とにかく、ニュースを見よう。……う~ん、テレビがつかないな」

「この辺一帯停電みたいだ、親父! え? うわっ母ちゃん、何泣いてんの!?」

 ぽろぽろぽろ。

「なんだなんだ、地震がそんなに怖かったのか?」

 声を立てずに静かに泣く母は、失ったものの大きさに本能的に気づいていた。

「なんだか、とても大切なものを失くしてしまったような気がするの」


 その日、一人の女性の記憶と痕跡が、その世界から消滅したのだった。







 バシャンッ

 水面に一気に浮かび上がると同時に、リュセルは激しくむせ込んだ。

「ゲホッ、ゲホゲホッ……ぐほっ」

 レオンハルトの腕に抱えられるようにして泉の中央に浮かび立っていたリュセルは、兄の背に縋ったまま、涙のにじむ目で周囲を見回す。

 澄んだ泉の水は鏡のように自分とレオンハルトの姿を映し出し、そして、その泉の岸の中央で、白銀の光を放つ女神の玉を掲げ持ったローウェンの姿とティアラとジュリナの姿があった。

 皆、一様にリュセルとレオンハルトの名を呼んでいる。

「ああ、ラビ。お前も一緒に来たのか?」

 ジュリナの意識の去ったラビは元のうさぎに戻ったらしく、リュセルの腕の中でヒクヒクと鼻を動かしていた。

「いや、元々この子はこちらの世界のうさぎだ。媒体としての役目を終え、一緒に戻って来たのだろう」

 淡々とした兄の説明を聞くと同時に、リュセルは小さく笑う。

「相変わらずだな、お前」

「……?」

 訝しげな琥珀の瞳を見つめ返して、リュセルはささやいた。

「会いたかったよ、兄さん」

 そして、まるで磁石が引き寄せられるかのように、濡れた唇をゆっくりと重ねたのだった。



「リュセル!」

「リュセル様ッ」

「リュセル兄さん!」

「リュセル殿」

 岸につき、用意されていた大判のマントを裸の体にかけられたリュセルは、レオンハルトの手を借りて、ようやく上がる事が出来た。

 懐かしい同胞達の顔を見回し、涙ぐむ。

 向こうの世界では、五年の月日が経ってしまっていた。

 こちらの世界ではどうだったのだろうか?

「こちらでは、お前がいなくなってから五日の刻が経っているよ」

 リュセルの疑問を察したのか、レオンハルトが岸に上がりながらそう教えてくれる。

「五日……?」

 たった五日しか経っていないのか?

 呆然と呟いた瞬間

「うぐッ……、おえッおえ……、ッごほっ」

 強烈な吐き気がリュセルを遅い、胃の中にあったものをすべて吐き出してしまう。

「リュセル!」

 レオンハルトがその場に跪いたリュセルの背をさすると同時に、甘い花の香りが周囲を満たす。

「ジュリナ!」

 前もって状況を聞いていたレオンハルトは、すぐに傍らの幼なじみに目を向ける。

「分かった。三人共、おいで」

 リュセルの状態を聞いて知っていた三人は、ジュリナの指示に従ってその場を後にする。


 気持ちが悪い。

 心臓がひどく傷む。

 その上、急激に体温が上がっていくのが分かる。


「レオン……」

 グルグルと回った視界の中、兄に向って手を伸ばしたリュセルの意識は、そこで途切れた。



*****



「それでは、無事、剣鍵様はお戻りになられたのですね」

 リュセル再帰還より数刻後、試練の迷宮のある向こう側の部屋へと続く絵画の前で、ティアラ、ローウェン、アルティス、その三人から話を聞いていたライサンとユリエは、ほっと息を吐き出した。

「ええ。戻るには戻って来られたのですが……」

 ティアラが頷いて心配そうに絵画の方に視線を向けた時、女神と神獣の絵が描かれたそこから、ジュリナが唐突に出てくる。

「お姉様!」

「ジュリナ姉さん、リュセル兄さんの様子はどう?」

 ティアラとローウェンが詰め寄ってそう尋ねると、ジュリナは真剣な表情で答えた。

「ヤバいね、ありゃ。かなり症状が重いよ。ずっとゲロってる。今はもう、胃液しか出てないんじゃないか?」

「ゲロ……ずっと吐いてるって事? え?? 陰の日の症状にそんなのあったっけ?」

 最近陰の日を終えたばかりのローウェンは、ジュリナの言葉を聞いて首を傾げる。

「あるよ。かな~り、重い方の症状だケドね。熱もかなり高いし、しばらく目が離せないだろう。発情の兆しが見えれば、峠は越えたって事なんだがね。……って、そういえば、そっちはどうなったんだい?」

 リュセルの陰の日の影響を受け、おかしくなってしまった青年の事を思い出して、ジュリナがライサンに尋ねた。

「ルークの事ですか? あの子はもう大丈夫ですよ」

「大丈夫って……。はあ!? 中和剤を飲み続けてまだ3日経ってないだろうが。普通、飲むのが遅れた場合、一週間は麻薬めいた香りへの依存と意識の混濁が続くはずだぞ」

 ライサンの答えを聞いたジュリナはうさん臭そうな顔になる。

「本当ですよ。今は、ちょっと……、泣いたり笑ったり、気が大きくなったり、衣服を脱いだりしてしまい、周囲に迷惑をかけているので、ミツルギとお祖父様、後もしもの時の為に、部下の一人についてもらっています」

 泣いたり笑ったり、気が大きくなったり、衣服を脱いだり……。

「後遺症の方の症状だよね、アル」

 ローウェンは小声でアルティスに確認をとる。

「ああ、そうよな。その内、二日酔いのような症状に苦しむのであろう。そして、この数日の己の行動を振り返り、死にたくなる程の羞恥に襲われるのだ。……哀れな」

 アルティスが憐憫の感情を今ここにはいない赤髪の青年神官へと向けていると、ジュリナは納得が出来ないのか、尚もライサンに聞いていた。

「一体何をやって、一旦吸い込んだもんを外に出したっていうんだい? 水分を取り続けて汗や尿で外に出すにしても早過ぎるだろ」

「聞きたいですか?」

 にっこり笑ったライサンの、見え隠れする首筋に歯形の痕を見つけ、ジュリナはとりあえず、その事を言及するのを止めた。

 そういえば、体液として外に出すのなら、もっと手っ取り早い方法があったな。と思い出したからだ。

「こちらの事よりも、剣鍵様の事です。そのような状態で大丈夫なのですか?」

「ああ、まあ、待つしかないね。あの子は異世界帰りである上、初めての陰の日が十八歳になってからという遅さだ。症状が重いのは仕方のない事なのかもしれないねぇ。可哀想だけど」

 ジュリナの答えを聞いたライサンは、一瞬考え込むような仕草を見せ、すぐに別の事を尋ねた。

「今、お二人がいる場所は、陰の間ですか?」

「ああ。そうだよ。通常の陰の日は一週間程度で症状が落ち着いてくるが、あれだけ重いと、二週間はかかる。まあ、あいつらはそろってあっち側にいる訳だから、こちらで待ってれば、すぐだろうさ」

 扉の向こうとこちらの世界では時間の進み方が違う為、こちら側で待つジュリナ達がそんなに待つ事はない。

「では、剣主様剣鍵様がお戻りになるまでの間、皆様はお休み下さい。試練を終え、こちら側に戻られてから動き通しでしたでしょうから」

 ライサンのその言葉を合図に、ジュリナ、ティアラ、ローウェン、アルティスは邪神との決戦前の小休止に入る事になった。
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