【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

7-1 最期の告白

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 リュセル達が大きな犠牲を払い、スノーデュークへと続く道を繋げたのと同じ時、遠く離れた花の街では、一つの命が誕生しようとしていた。



「はぁはぁはぁ、はぁッあ、あーーーーッ、ああああああああああぁぁッ、いやあああああぁぁぁッ」

 すべてを拒絶しているかのような少女の悲鳴。マーリンが闇の子供を産み落とそうとしていたのだ。

「しっかりッ! しっかり息んで下さい」

 医師として出産に立ち会っているトリスラムもこんな事は初めてだった。普通の出産なら、とっくに産まれてもいいはずだ。それをこの少女は、三日三晩苦しんでいる。

 むしろ、よく今まで事切れずにもったと言えよう……。

 今までトリスラムの手伝いをしていたカランは体力の限界に達してしまい、倒れかけた為、隣室で休ませた。トリスラムとて体力の限界である。いくら邪混鬼の邪気によって子供を産み落とすまでは死なぬ体とはいえ、当人であるマーリンの体力も尽きかけている事だろう。

「おい、まだ産まれないのか!? このままじゃ、マーリンが……、マーリンがッ!」

 か細い息を吐きながらも悲痛な声を上げ続けるマーリンの目は虚ろで、その汗を拭い続けていたレインは、たまらずに彼女の白い手を握って、祈るように両手を組む。

 むせ返るような血の匂いと濃密な邪気。二人が無事でいられているのは、ひとえにレインが懐に忍ばせていた短剣のおかげである。

 レオンハルトとジュリナから託された短剣。セイントクロスの泉に一晩浸して作られた聖剣だ。

「ぁぁ、産みたく……なッ…………産みたくない……、ぁぁあ、許して…………お願い……許して………………」

 悲鳴が途切れ途切れの懇願に変化した頃。

「ッ!?」

 トリスラムの息を呑む声が聞こえた。

「神官殿?」

 レインが視線をマーリンの顔からその下肢に移すと、トリスラムが呆然としたような顔で両手に抱いた血に濡れるそれを凝視していた。

 産まれたのか!?

 こんなにも静かに……?

 レインが驚愕に目を見開く先でトリスラムが呟く。

「こんな事が…………信じられません。……これが、邪混鬼ッ。産声を上げる事なく産まれ、既に……既に…………」

 トリスラムは産まれた赤子の顔の上に手をかざし、それを右へ左へと移動させる。赤子の目はトリスラムの手の動きを追って静かに動いた。

「目が見えているッ」






 そうして、その後……。

 トリスラムはマーリンの処置を済ませると、彼女の事はレインに任せ、赤子を連れて部屋を出て行った。マーリンの精神状態の事を考えると、産まれた赤子の姿を見せぬ方が良いと考えたからだ。

 退室する前にマーリンの状態を診たトリスラムは、静かな口調でレインに残酷な事実を告げた。

「脈も心臓もひどく弱くなっています。出血量もとても多かった。彼女の命を繋いでいた邪気が赤子と共に失われた今、そう長くはもたないでしょう」

 消耗が激し過ぎる。

 その証拠に、紺色をしていたマーリンの髪は色を失くし、白髪になっていた。神の子を産み落とした母親は、稀にこのようになる事があると言う。
 女神の子を産み落とした聖女はそれにより死ぬ事はそうそうないが、邪神の子を産み落とした少女達は違う。邪気をその身に受け過ぎた体は弱り、精神を破壊され、短い生涯を閉じるのだ。

 静かに眠るマーリンの姿を、レインは声もなく泣きながら見つめ続けるしかなかった。

「……ぅ」

 その時、僅かな呻き声と共にマーリンの白い睫毛が震えた。

 ゆっくりと目を開き、瞬きを繰り返したマーリンは、自分の右手を固く握る青年の存在に気づく。水色をしたその瞳に宿る意志の色。

「師匠?」

 しっかりとレインをレインとして捕らえたマーリンに、彼は驚きに目を見開いた。彼女は……、マーリンは、正気を取り戻していたのだ。



 マーリンは目を覚ますと同時に目にした存在に、ほっと安堵の息を漏らした。


 ああ……。

 あれは夢だったのだ。

 なんて、ひどい悪夢。

 自分が邪神の子供を孕むなど。


 動かぬ首を無理やり動かして視線を自分の腹の上へと移す。


 ほら、膨れてなどいない。

 邪混鬼を宿してなどいない。


「良かった……」


 本当に良かった。

 あれは夢で、レインの傍にいるこれがきっと現実なのだ。


「マーリン」

 震える声で自分の名を呼ぶレインに微笑みかけると、マーリンはずっと彼に告げたかった答えを返す。

 好きだと告げられた、その答えを……。


「私も、師匠の事が好き」

 レインの目が驚きに見開かれるのをマーリンは幸せな気持ちで見つめていた。

 自分が罪人であるとか、レインが王族であるとか、それは無視できない事柄ではあったけれど、それでも、マーリンは自分の心に眠るこの想いをレインに告げる事を選んだ。

 互いの境遇、身分の事を考えると結ばれる事はないかもしれない。それでも、マーリンの中にあるこの想いを彼に伝えたかった。

「ずっと好き」

 それは、幼い告白だった。最近まで片言の言葉を使っていたマーリンには、そんな告白しか出来なかったのである。


「ありがとう、マーリン。俺の想いに答えてくれて。俺もずっと好きだ。ずっとずっと、お前の事が好きだよ」

 マーリンの手を取って優しく笑うレインの顔を見上げながら、一緒に笑う。

 嬉しそうに

 幸せそうに



 それが、最期だった。







 赤子の処置を終え、産着に包まれた小さな体を急遽用意させた使い古しの赤子用の寝台に下していたトリスラムは、自分が出て来た寝室から響いた絶叫を聞いて固く目を閉じた。

 邸中に響き渡るような慟哭。

 その意味を彼は悟っていた。

「な、何!? 何なの……!?」

 疲労困憊のあまり、今まで死んだようにソファで眠っていたカランが目を覚まし、寝室の扉へと目を向ける。そしてすぐに、彼女は寝台の上にある赤子の存在に気づき、トリスラムが寝室の扉に向かって祈りの形に手を組み、ささやくように唱えている言葉の意味を悟る。

 死者への鎮魂の言葉。

 ああ、では、あの少女の命が永遠に失われたのだ。

 カランは絶叫の続く扉を痛ましげに見つめた後、自分も静かに祈りを捧げた。

 せめて、あの娘が安らかに眠れるように

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