【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

7-2  闇纏う赤子

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翌日。

 冷たくなったマーリンの肉体は清められ、女神の元へ旅立つ時にのみ着る事を許される神の色を使った聖服、白色のワンピースドレスを着せられた。そして、たくさんのルリカの花がたくさん敷き詰められた棺へと納められる。

 本来なら教会へと移され、一日中身近な者達との別れを惜しむのだが、マーリンの棺はカランの邸の端にある小さな聖堂に安置される。事情が事情なだけに、街にある教会を使用する事が出来なかったのだ。

 カランが用意した聖服はマーリンの年齢の事を考え、裾にレースをあしらった可愛らしいものであった。

 棺に納められた小さな顔を一日中ずっと見つめ続けていたレインはふと顔を上げる。何度か嗅いだ事のある不思議な香りがしていたからだ。

 周囲に漂う香はレイデの木から作られたもので、神殿から各教会に配布されているものだ。死者を無事、女神の元へと導く為の香りだという……。

 明日行われる近しい身内も知人もいないマーリンの別れの儀は、とても寂しいものになるだろう。

 神父の代役として鎮魂の祈りをずっと捧げていたトリスラムは、閉じていた目を開けて小さくため息をつく。

(なんと、哀れな)

 そう思ったその時、レインが静かに棺の置かれた檀上から降りるのを視界に入れる。

「レイン殿下、どちらへ?」

「…………」

 それには何も答えずに静かに聖堂を出て行ったレインを、トリスラムは痛ましげに見つめていた。



 聖堂を出たレインは自分に用意された部屋へと戻ると、そこにいたカランに声をかけた。

「聖堂をお貸し頂きありがとうございます、カラン殿。ずっとこちらにいさせてしまい、すみません。周辺住民達へのフォローなど、やる事がたくさんおありでしょう。俺が見張りを代わりますよ」

「レイン王弟殿下。でも、殿下は明日の埋葬までマーリンさんの傍にいて差し上げた方がいいのでは?」

 カランの言葉にレインは首を横に振る。

「街の代表者を拘束し、説明もないまま、ここら一帯周辺の民を遠くに追いやったままには出来ません。一度貴方は戻り、自分の責務を果たして下さい。後は俺達だけでどうにかします」

「……承知致しました。でも、明日の別れの儀には参加させて下さい。一人でも多い方がマーリンさんも寂しくないでしょうから」

「ありがとう」

 力なく礼を言うレインを心配そうに見つめた後、カランは退室していった。

「……………………」

 誰もいなくなった室内。

 レインはカランが見張っていた対象の元へと近づくと、古代神聖文字の描かれた帯でグルグルに巻かれた小さな揺り籠を見下ろした。

 封印を施す為、寝台から籠内へとマーリンの産んだ子供は移動させていたのだ。戒めの帯で籠を雁字搦めにしている為、赤子の姿は帯を全部解かなければ見えない。

 その揺り籠の上に置かれた短剣。

 それを手に取ると、レインは物音一つ立てない揺り籠をじっと見下ろした。

「……もうすぐ日が暮れるな」

 日が高い内はやめた方がいいだろう、やるなら夜の方がいい。

「力を貸してくれ、マーリン」

 レインは呻くようにそう言うと、固く目を閉じ、祈るように両手を組んだ。







 太陽が沈み、周囲が暗闇に包まれる中、レインはカランの邸を抜け出し、マーリンの遺体が安置された聖堂に向かう訳でもなく、人目を避けるようにして街を出た。

 そうしてしばらく歩き続け、ルリカの花に囲まれた花畑の中心に持ってきたランプとそれを下ろす。

 戒めの紋様の描かれた帯に縛られし、揺り籠。

 中に封じられしは、邪神の子。

 マーリンの産んだ子供に対して、レインはまったく何の感情も抱いていなかった。愛した女が邪神に犯され無理矢理に孕まされた子供など、目にするのも嫌だった。それどころか、憎くすらあった。
 そう思わねば、いくら邪神の子、邪混鬼といえど、何の抵抗も出来ぬ赤子を手にかける事など出来そうになかったのも事実だ。

「…………」

 レインは無言のまま懐から取り出した短剣を鞘から抜くと、一気に籠に巻かれていた戒めの帯を切り裂く。そして、中に寝かされた赤子の小さな体を左手で押さえつけ、右手に持った短剣をその胸元に向け振りかざした。


 見なければ良かったのだ。

 赤子の顔など…………。


「……ッ!」


 小さな

 小さな体

 産まれたばかりの

 小さな

 小さな顔


 すでに見えているという大きな瞳が、真っ直ぐにレインを見つめていた。

 母親譲りの、薄い水色の瞳で……。


「……マーリンッ!」

 短剣の剣先は赤子を逸れ、揺り籠の横に咲くルリカの花に突き刺さった。

「……ッ、くそっ……くそっ……恨むぞ、レオンハルト王子、ジュリナ姫…………。こんな…………、こんな事、俺に押し付けやがって……ッ」

 肩で息をしながら涙を流すレインは、再び視線を赤子へと移す。

 自分が殺らなければ……。ここに邪混鬼を浄化出来る神子はいないのだ。例え神子達が邪神を倒せたとしても、ここで邪神の子供を葬らなければ、自分の所為で世界は滅びる。

 頭がガンガンと痛む。

 目の奥が熱い。

 胸が苦しく、息が出来ない程だった。

 レインが迷い、苦しんでいた……

 その時。

 それは、そんな彼をあざ笑うかのように起こった。

 不意に赤子の体が紫電の光に包まれ、そして、まるでルリカの花の蕾が花開くかのように変化を遂げる。赤子から幼児、そして子供へと。
 急激に体を成長させ、ルリカの花の香りだけを身にまとった無性の子供が、呆然とするレインの目の前に出現していた。

 なめらかな白い肌、薄水色の瞳、肩先にかかる程の長さの紺色の髪。

 そこにいたのは、十歳前後程の年齢の子供。男でも女でもない、分化前の邪混鬼。その姿はまるで、母親であるマーリンの分化前の姿。無性の頃の姿に生き写しであった。

「ヨんで……、イ……る?」

 子供は暗い夜空を見上げ、うっとりと笑う。

「お……とう…………サマ……」

「待て!」

 短剣を構えたレインに目を向け、子供は小首を傾げる。

 そして、血走った目で自分を見るレインの元へ身を寄せ、その首に抱き付くと、驚きに目を見張る彼の唇に口づけた。

「アリ……が、トう。い……かして……くれテ。……………………師匠」

 そう言い残し、子供はクスクス笑いながらレインの元を離れ、白い裸体をさらけ出したまま、自分を迎えに天空より舞い降りた黒銀の狼の背に身を委ねる。

 まるで黒い悪魔に連れ去らわれるかのようだ。

 我に返ったレインは、去り行く子供を追いかけて追いかけて、そして姿を見失う前、最後には追い縋るかのように右手を伸ばす。

「待ってくれ……! 待って…………マーリンッーーーーーー!」」

 レインの絶叫を背に、子供と黒狼の姿は夜の闇に消えていったのだった。
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