【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十六章 闇射す光

8-1 決戦の地へ(1)

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 穏やかな風吹く草原。

 少年は舞っていた。

 艶やかな黒髪に挿した、色とりどりの花々。

 ゆったりとした袖が印象的な黒衣。

 彼がいつも着ていた男神の衣装とも彼の姉が着ていた女神の衣装とも違う、舞を美しく魅せる為に作られ、主神であるデューク神から下賜された舞衣装は、彼の誇りであり、宝だった。

 想いを込めて優雅に舞っていた彼は、この空間に足を踏み入れた己が子の存在に気づく。

「やあ、待っていたよ、吾子」

 そうして子供の元に駆け寄ると、小さなその体を抱き上げた。

「可愛い闇の贄。光の器」

「お、トウ……さま」

 紺色の髪の子供が小さな声でそう呼ぶのを見つめながら、彼はうっとりと笑う。

「君はもうすぐ光の女神になる。それまでゆっくりお眠り」

 闇の神の腕の中で眠りに落ちた幼子の自我と呼べるものは存在せず、その存在はあまりにも真っ白だった。

「マスター」

 紺色の髪の子供を連れてきた黒銀の狼は、己が主の美貌を見上げる。

「サイレン。もうすぐ姉上達がやって来る。僕はこの子を寝かしつけてあげないといけないから、出迎えてあげてくれないかな?」

「はい、マスター。仰せのままに」

 従順な僕の返答に満足そうに笑った彼は、己が闇の子を大事そうに抱え、姿を消した。

「…………」

 サイレンはその姿を見送ると、静かに瞑目した。

 女神の器とする新たな邪混鬼を産み出したのは、失敗であったと言わざるを得ない。スノーデュークの魂は、セフィランの肉体に馴染んだばかりの状態だったのだ。そんな時に、本来ならば必要のない邪混鬼を彼は産み出す事にした。

 自分の魂の器にするのではなく、愛する姉神の器とするべく……。膨大な量の邪気を使ったのである。その影響により、スノーデュークの神獣であるサイレンは人型をとる事も出来なくなってしまった。

 試練を終え、力を増した神子達にどこまで対抗出来るのか。

 それでも守らなければならないのだ。

 唯一無二の自分の主を、最後まで……。



*****



「用意は出来たか? 神子」

 レイデの木々が風に揺れる森に、静かだが力強い声が響き渡った。

「ああ」

 リュセルはそれに頷くと、目の前に在る巨体を見上げる。

 金色の鱗が神々しく光り輝く、美しい二頭の翼竜。ドラゴンの末裔、最後の金竜(ゴールドドラゴン)。ジルとベルだ。

 彼らはルークと交わした契約に従い、再びリュセル達の前に姿を現したのである。すべては、リュセル達女神の子供達を、邪神のいる始まりの地へと導く為。

「エリュシオン(始まりと終焉の地)。本当にそんな場所があるのか、神獣である俺にも分からない。森羅万象を知り、輪廻を司るフェンリルが知らない地。それすなわち、女神が……、レイが、誰にも触れられたくなくて封印した地なのだろう」

 神子達を見送る為にドラゴンの森までついて来ていたのは、古の三勇者のみ。

 他の者達は一度別れを済ませている事もあり、何も言わず、邪神との戦いに赴く為神殿を去る神子達を見送ってくれた。

 彼らの士気を下げぬ為に……。

 そうしてドラゴンの森へと移動した後、人型をとったままのアシェイラは、その場に集った者達を見回して先程の言葉を口にしたのだ。

「そう。エリュシオンはレイデュークとスノーデュークが再会を果たした場所。大事な想い人(神)との思い出の場所なんだ」

 リュセルのその言葉に、かつて唯一無二の女神に恋心を抱き続けていた三勇者達は複雑そうな表情を浮かべる。

「知っていただろう? 三人共……。彼女の想いを」

 微笑と共にそう言ったリュセルに真っ先に答えたのは、現世で唯一女性に転生した北の勇者。

「知っていたよ、僕達は。彼女がそれから目を逸らし、拒み続けていた事も。その為にどんなに苦しんでいたのかも」

 ユリエ……いや、サンジェイラは、そう言うとリュセルの右手をとり、その甲に口づけた。

「永遠の女神。僕達の運命の女。あなたは、自分の片割れである双子の弟神、スノーデュークを愛してしまった。とても強く……」

 サンジェイラの言葉に対し、彼の後ろにいるディエラもアシェイラも何も言わず真っ直ぐにリュセルを見つめた。それは他の二人もサンジェイラと同じように思っているという事だ。

「…………」

 リュセルの今までの様子から察していたのか、レオンハルトは何も言わずその様子をじっと見つめ続けていただけだが、他の神子達はショックを隠し切れなかった。

「待て、リュセル。それは、姉神として弟を想う気持ちじゃないのか? 私は今までそのように思っていたのだけど……。行き過ぎた姉弟愛が歪んだ形に変化してしまったのだとばかり」

 一番最初にショックから立ち直ったジュリナの問いを受け、リュセルははっきりと答えた。

「いや、レイデュークは、ずっとスノーデュークに恋をしていたんだ」

 ただ、それを認めたくなかっただけ。

 彼女は神に不必要とされる”恋心”というものが、ただ、ただ、恐ろしかったのだ。

 嫉妬や執着。

 万物を愛し司る神に不要な感情。

「でも、長い長い眠りの中で、己が子(女神の子供達)が半身同士で惹かれ合い、執着し、嫉妬する様子を見つめ続け、彼女自身も成長した」

「そう、きっと大丈夫だよ! 今度こそ決着はつけられる!」

 淡々と語るリュセルの言葉に乗せるように、ローウェンが大きな声で宣言した。

「あなた達(勇者達)に背負わせる事なく、自分で……自分達で決着をつけられる。必ず救うよ。取り戻すよ」

 弟の言葉に繋げるようにアルティスも言った。

「そうよな。すべて取り戻す。石化させられた人々の命も、この世界の未来も」

 そっと両手を胸の前で組んだティアラが澄んだ瞳で三人を見つめた。

「愛しい者(スノーデューク)の心も」

 そんな妹の肩を抱き寄せながら、ジュリナは豪快に笑う。

「欲張りなんだよ、私達は。六人、揃いも揃って。だからこそ戦える。待っていてくれよ、信じてさ」

 そして、レオンハルトはリュセルと目を合わせると、三人に向かって力強い声で告げた。

「では、行ってくる」







「今度こそ、決着を……ですか。これが本当に長い長い戦いの終わりになるのでしょうね」

 大事な神子達が二頭の金竜(ゴールドドラゴン)の背に乗り、飛び立っていった空を見上げながら、ため息と共にライサンは呟いた。

「ええ。きっと……きっと、大丈夫」

 小さなユリエの肩が震えているのを見たライサンは、ささやくように告げる。

「ここには私達しかいません。今まで我慢したのを褒めて差し上げますよ、サンジェイラ。よろしければ、胸を貸して差し上げましょう」

「……何、その……言い方」

 そう言いながらも、差し伸べられるかつての盟友の腕を振り払う事なくユリエは静かに泣いた。

 故郷の人々や大事な家族、そして愛する人、そのすべてが命の危機にある上、弟達を勝つ当てもない戦地へと見送った。

 サンジェイラとしての役目を果たすと同時に、ユリエは不安で不安でならなかった。

「ごめんなさい。こんな、皆、我慢しているのに。私、不甲斐なくて……」

 自分の胸に小さな顔を埋めて泣きじゃくるユリエの背を、よしよしと優しく撫でながら、ライサンは緩く首を振る。

「そんな事ありません。皆、気持ちは同じです。あなただけではないのですよ」

「…………うさんくさッ!」

 優しい聖者の言葉を聞いた途端、顔を上げたユリエは胡乱な瞳でそうツッコミを入れた。

「…………。まったく、お前って奴は。あ~あ~、胸元がびっしょりになってしまったじゃないか」

「ごめんごめん」

 すっかり涙の引っ込んだユリエは、空を見上げ続けるアシェイラに気づき、首を傾げた。

「アシェイラ?」

「ただ見送るだけというのも、辛いものだな」

 ポツリと漏らされたその言葉にユリエは小さく頷く。

「そうだね。三千年前もそうだったけど。とても辛いね」

 そうしてライサンと共に空に視線を戻すと、ユリエはささやくように言った。

「きっと僕らの時も、僕らを見送った人達は同じ思いをしたんだろうな」



*****



 空を駆ける二頭の金竜(ゴールドドラゴン)。

 金色の鱗に覆われた巨大な背に乗るのは、六人の神子。

 ベルの背にリュセル、ジュリナ、ティアラ。ジルの背にレオンハルト、アルティス、ローウェン。それぞれ三人ずつに分かれて乗っていた。

「うわあああっ、すっごいねぇ! アル!」

 遠く下にある地上の世界を見下ろし、ローウェンは歓声を上げる。

「これ、ロー。不謹慎ぞ」

「ごめんなさい」

 これから最終決戦に赴くというのにのん気過ぎると、兄としてアルティスは渋い声で嗜めた。

 北の兄弟のそんな様子を横目で眺めながら、レオンハルトは先を行くベルの背に乗ったリュセルの後ろ姿を眺める。

(このまま南に向かうつもりか?)

 いくら魂の片割れといっても女神の記憶を持たないレオンハルトには、約束の地(エリュシオン)がどこにあるのか見当もつかない。リュセルに尋ねはしたのだが、本人も感覚でしか分からないらしく、どこそこにある、という風に断定が出来ないとの事だった。

 セイントクロスの地を旅立ち、南に向かった為、アシェイラ国領内に入った事になるのだが、途中まで清浄だった空気は、ある一定の場所で邪気に埋もれた。
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