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第十六章 闇射す光
14-2 未来開く鍵④
しおりを挟む「ともかく、謝りましょう。平謝りです! それしかありません。もうともかく、額が床につくような土下座をして許しを請うのです」
アシェイラ王の執務室にて響いたのは、王の第一側近の悲痛なる訴えだ。それも何故か、自分の主であり、このアシェイラの王である相手に土下座を要求している。
王の側近の官服に身を包んだ青年……カイエは、目の前の執務机で不貞腐れる王に縋るような眼差しを送るしかなかった。
「だってさ~、あれは、びっくりするよ。誰だってさ~~。まあ、その後に僕が言った台詞は良くなかった。それは自分でもそう思うよ」
今年二十八歳になった、この国の最高権力者。
アシェイラ国王、カイルーズ。
短く整えられた黒髪に、アシェイラの未来を見据える黒瞳。
毒王子と呼ばれていた昔が信じられない程、国王としての威厳に溢れ、真面目なその姿勢が治世に生かされていた。彼は今や、先代に負けぬ賢王として他国にまで名前が知れ渡る程になっていたのである。
しかし
そんな賢王の左頬には赤い手の平の跡が残っていた。完全に平手打ち(それもかなり強力)をもらった跡だ。そして、その強力ビンタ(平手打ち)を炸裂させたのは、何を隠そう彼の妃である。
アシェイラ王妃、ユリエ。
国王夫妻の夫婦喧嘩は、まあ、過去にも何度かあったが、今回は本気でヤバかった。
離婚の危機だ。
離婚させたくないカイエは、半泣きになりながらカイルーズに縋る。
「ともかく、なんでもいいから謝って来て下さいよ、陛下!」
「だって、会ってもくれないんだよ! 謝りようがないじゃない!」
段々苛々してきたカイルーズは、半ギレ(逆ギレ)になりながら、そう叫ぶ。
自分が悪かった。
全部、自分が悪い。
出産を終えたばかりの彼女に、あんな事を言うなんて……。
でも、本当に驚いたのだ。腰が抜けるかと思った。あり得なさ過ぎて、つい、口に出してしまった。最も言ってはいけない事を。
「え? 誰の子!? …………は、ないだろうよ、おい、カイルーズ!」
バッターン
困り果て、頭を抱える二人のいる執務室の扉が、音を立てて乱暴に開かれる。
「リュセル、兄上!」
ズカズカと遠慮なく入室して来る兄と弟の姿を見たカイルーズは、両手を広げて二人を順番に抱き締め、兄弟の再会の抱擁を交わす。
「まったく。何て事を言ったんだ、お前は。ユリエ殿に愛想を尽かされても仕方ないぞ。……どうしてそんな事を言ったんだい?」
見た目年齢が自分より年上にしか見ない弟の顔を呆れたように見やった後、レオンハルトは理由を問う。彼は弟が自分の妻にそんな事を言う人間ではない事を知っていたから、何か原因があるのだろうと推測していたのだ。
「それは…………」
レオンハルトの問いかけに眉をひそめたカイルーズは、小さく首を横に振る。
「説明するよりも、多分、見た方が早い。産まれた王子に会って来てよ。ユリエは部屋に閉じこもってしまって、僕は最初に対面して以来会わせてもらえないんだケド、多分、二人なら大丈夫だよ。ついでに様子を見て来て! お願い!」
必死な形相でそう頼むカイルーズにリュセルとレオンハルトは互いの目を見合わせると、同時にため息をついた。
「ねえ、シュリ。やっぱりこの子、変なのかしら?」
王の私室の隣に位置する王妃の部屋。そして、二つの部屋の間にあるのが王と王妃の寝室だ。
ユリエは王妃の部屋に産まれたばかりの王子と共に立て籠り、王と一緒の寝室とは別の、あまり使われた事のない自室の寝室で、赤子用の小さな寝台の中で眠る産まれたばかりの我が子を見つめていた。
小柄な体に身にまとうのは、夜着一枚。
その夜着の上に上着をかけたシュリは、ユリエの腰まで伸びた黒髪を優しく上着の上に払う。
「そんな事ありません。そのような事を母親が言っては王子が可哀想ですよ、ユリエ様」
王妃の体を気遣い、第一王子のアンリは乳母が面倒を見てくれている。アンリの為にもこの子の為にも、このままでは良くない。それは分かっているのだが……。
「お義父様に頼んでアシェイラ王族を調べてもらったの。遠く遡っても、この子のような子はいなかった。私の方の家系もそうよ」
シュリが塞ぎ込んでしまっているユリエにかける声を失っていると、寝室の外、居室の方から声がした。
第一王子であるアンリの声と、戴冠式の祝いの為、ディエラ国に行っていた義兄と義弟の声。
「お義兄様と、リュセル様!? 今日、お帰りの予定だったかしら!? シュリ、着替えを……」
ユリエが慌てて支度を整えようとした時、寝室の扉をノックする音が響く。
コンコン
「ははうえ~、おじうえたちがおもどりです」
アンリの声と共に扉が開かれ、二人の青年が入室して来た。
「勝手に入室致しまして申し訳ありません、ユリエ殿」
ユリエによく似た顔立ちの、三歳位の男の子を片腕に抱いて入室してきたレオンハルトにユリエは微笑みかけた。
「とんでもありませんわ、お義兄様。リュセル様も、お帰りなさいませ」
レオンハルトからアンリを受け取り、高い高いをして遊んでやっていたリュセルは、一旦アンリを下ろすとユリエに微笑みかける。
「義姉上も、お疲れ様でした。王子だったと聞きましたが?」
リュセルの言葉を聞いたユリエの瞳は戸惑いに揺れた。
「ええ」
「カイルーズから聞いたが、一体どうしたんだい? あんな事を言ったあいつもあいつだが、何かあったのか?」
不安そうなユリエの顔を見つめながら、レオンハルトは真摯に尋ねる。
「カイルが驚いたのも無理ないの。私も驚いたのだから。私もカイルも黒色だから、てっきりアンリと同じような子だと思っていたのよ」
そう言いながら、ユリエは二人を赤子が眠る小さな寝台へ誘う。
「瞳の色は、カイルと同じ黒色だったのだけど……」
誰もが待ち望んだ、第二王子。
カイルーズとユリエの間に産まれた、二人目の甥っ子。
リュセルは胸を高鳴らせながら、ずっと楽しみにしていた赤子の顔を見る為、寝台の中を覗き込んだ。
小さな、本当に小さな赤子。
産まれたばかり、眠っていると思われたその子は、目を開いていた。
黒い瞳。
ユリエが言っていた通り、カイルーズに似たのだろう。顔立ちも、まだ分からないが、カイルーズ似な気がする。
しかし、リュセルが驚いたのは、それではない。
赤子の髪。
まだ少ない、ふわふわとした頼りないその色は…………
翠緑
それは、森の色。
草原の色
風の色
とても、懐かしく恋しい。
「約束を、守ってくれたのか」
七年前に交わした、守られるはずがないと思われた約束。
散り逝く、かの者が残した、たった一つの希望。
奇跡と呼ぶ事も出来ない。
言葉で言い表す事など、出来やしない。
この事実だけ
目の前にある、この事実だけで充分だ。
「また、会えたな」
透明な滴が幾筋も頬を伝い、それは赤子の小さな掌に、まるで祝福のように落ちる。
幸あれ
この子の未来に、光(希望)があらん事を……。
祈るように願う。
そしてそれは、レオンハルトも同じ想いである事が、リュセルの肩を抱くその手の強さから伝わる。
「名前をつけて下さる?」
ユリエが二人に前もって頼んでいたそれを告げた。
二人で考えた名前。
そのすべてが、リュセルの中から消え去っていた。
この子の名前…………
それは、一つしか思い浮かばない。
「名前など……名前など、決まっている。
……この子の名前は………………………………」
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