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第四章 朱金の姫君
4-2 兄の憂いと婚約の真実
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それに、ジュリナは、あきらかにリュセルを敵視している。
それも対面した時から。対面した時からでは、リュセル自身が気に入らないという訳ではないだろう。そこまで親しくはない。考えられる理由は、ただ一つ。
リュセルがティアラの婚約者だからだ。
自分の愛する半身を奪われまいとしているというのか?宝主と宝鍵の関係を知って久しいが、そんな心配はないと思うのだが。
所詮、自分達女神の子供は、己の半身が一番大事なのだから。
「ん?」
なら、なんで自分達は婚約しているのだろう?
おかしいだろう?
(何故、今まで気づかなかったんだ!?)
リュセルは頭を抱えると、考えに没頭し始めた。
(え?もし、俺とティアラ姫が、このまま何事もなく、結婚なんて事になったらどうなるんだ。俺はアシェイラを離れられないし、ティアラ姫だってディエラを離れられないだろう?だって、宝鍵同士なんだぞ! え……? 別居夫婦になるのか???? 新婚早々?)
リュセルはそんな事を考えながら、また焼き菓子に手を伸ばした。なかなか、おいしい。
(第一、互いの半身はどうなるんだ?)
リュセルはレオンハルトなしで、この先生きていく事など、考えられなかった。そのまま何も考えずに、焼き菓子にまた手を伸ばしたら、その手首を捕まえられた。
「夕食が入らなくなるぞ。その位にしておきなさい」
(俺は子供か!?)
諭すように言ったレオンハルトに、リュセルは心の中で突っ込みを入れる。しかし実際の行動はどうしたかというと、当然のごとく、リュセルはレオンハルトの指示に従って、焼き菓子を離したのだった。
何故なら、逆らうと怖いから。
(……ふっ)
なんて情けない。
「……?」
そして、焼き菓子を離したのに、手首を捉えたままのレオンハルトに気づき、リュセルは視線を上げた。いつも感情の色を映さない琥珀の瞳に、わずかに複雑そうな色を見て、リュセルは首を傾げた。
「レオン?」
「お前は、ティアラ姫をどう思っている」
レオンハルトの唐突な質問を聞くと、リュセルは目を見開く。
「どうって、綺麗で優しそうな子じゃないか?」
リュセルはそう言って、先程から考えていた事を聞いた。
「単刀直入に聞くが、俺達の婚約って意味あるのか?」
リュセルの問いに、レオンハルトは眉をひそめた。
「宝鍵同士の婚約って意味ないだろう。互いの国を離れられないのだから、別居夫婦になるぞ」
「まあね」
リュセルの言葉に頷くと、レオンハルトは言った。
「お前達が結婚したとしても、別居生活になるだけだろう」
「それに……」
リュセルはそう言って、レオンハルトから視線を逸らした。
(俺は、あの少女を愛せるのか?)
確かに……可愛いし、綺麗だし、刺繍もうまいし、優しいし、会って数時間だが、かなり好意的な印象を持った。好きにはなれそうだ。レオンとジュリナによって引き離された時、もっと話してみたかったと残念に思った、が。
(どうなんだろう?)
考え込んでしまったリュセルの様子を見て、レオンハルトは言った。
「お前達の婚約は、いわば契約のようなものだ」
「契約?」
聞き返す弟に、レオンハルトは小さく頷く。
「国と国を繋ぐ契約だ。つまり、アシェイラとディエラとの国交を深める為に結ばれたのだよ。本来なら、カイルーズとあの三つ子の末姫達が婚約するのが妥当なのだろうが、両方ともが王位継承者ではな」
「両方とも王位継承者って? あの、三つ子達全員が王位継承者なのか!?」
「ああ。ディエラの慣わしで双子や三つ子などが生まれた場合、そうなるようになっているらしいね。無駄な王位争いを避ける為なのかどうかは知らないが……」
(余計揉めないか?)
リュセルは、理解を超えた話に気が遠くなりかけた。
「話を戻すが、契約結婚は、別に、アシェイラとディエラだけではないよ。ジュリナ達の父親は、北のサンジェイラ国の王家に連なる者だったし、あの三つ子達も、サンジェイラの王家直系の者と婚約しているはずだ。もちろん、我が国でいうなら、母上がサンジェイラの王家に連なる者だった。」
「母上が?」
肖像画でしか見た事のない母と、父王ジェイドがまさか契約結婚だったとは。
(あんなに、ラブラブなのにか!?)
死んでも尚、妻を想い続けているジェイドを思い出してリュセルは驚いた。
「王族の結婚とはそんなものだ。カイルーズには、まだ、婚約者はいないが、奴も年が年だし、その内サンジェイラの年頃の姫と娶わせられるだろう。」
「へ……へー」
「たまたま、アシェイラとディエラには、女神の子供しか娶わせられるのがいなかったってだけだよ。だから、お前の婚約など、建前だけだ。国を繋ぐ為のな」
なんだか、すごくショックなんですが。あまりにも事務的。あまりにも打算的過ぎて。
(それとも、俺が夢見過ぎなのか?)
だって、美しくて可憐なお姫様が婚約者だなんて、男としてこんなに素晴らしい事はないような気がしたのだから仕方ない。
しかし、この世界では、凛々しい王子と(自分で言うのもなんだが)美しい姫君との恋愛物語は、お伽話のようにはいかないらしい。
(まじめに考えた俺が馬鹿みたいだな)
ふ~とため息をついたリュセルに気づいているのかいないのか、レオンハルトは話を続けた。
「だから、あんなにむきになる事もなかろうに、あの馬鹿が!」
いきなり怒りが再燃焼した様子のレオンハルトを見て、リュセルはビクリとした。
「レ、レオン」
掴まれた手首に力がこもる。
(痛いのですが……)
「それともお前は、ジュリナが危惧するようにティアラ姫を愛しているのか?」
ジュリナに対する怒りを抑えて、淡々と聞いてきたレオンハルトにリュセルは困惑した。
「愛してって……俺達、会ったの、これで二度目だぞ。確かに魅力的な子だが」
「そうか」
静かにそう言ったレオンハルトの、珍しく歯切れの悪い言い方を聞いたリュセルは、眉をしかめた。
「なんか、おかしくないか?レオン」
「いや」
いつもの唯我独尊的な、兄らしくない複雑そうな返事を聞くと、リュセルはジュリナを思い出した。ティアラを渡さないと断言したジュリナは、半身の意識がリュセルに向きはしないかと不安なのではないか?
だから、攻撃的だった。
なら、立場でいうならレオンハルトもジュリナと同じ立場なのである。レオンハルトの性格と、ティアラ姫が、か弱い女性である事から、ジュリナのように攻撃的になる事はないが。
リュセルはそれに気づくと小さく笑い、自分の左手首を掴むレオンハルトの手に、そっと右手で触れた。そのまま腰を浮かせ、行儀悪くテーブルに右膝を乗せて、上からレオンハルトをのぞきこんだ。
「可愛いね、レオン」
そう言って誘惑的に微笑んだリュセルは、本当に、この、自分よりも背の高い、麗しの兄を可愛いと思ってしまっていたのだ。
そして、姫君を相手にするようにその右手の甲に口づけ、そのまま流れで唇に触れるだけの口づけを落とす。
瞬間、レオンハルトの目が驚きに見開かれたかと思うと、そのまま力強い腕に引っ張られた。
ガシャンッ
テーブルの上に乗っていたティーカップが、中の紅茶をテーブルの下に撒き散らし、乗っていた器ごと焼き菓子が落ちる。
しかし、そんな音も気にならぬ程、二人は互いの熱に夢中になっていた。
腕を一気に引かれて、レオンハルトの上に覆いかぶさらされたリュセルは、半身への愛しさを余す事なく口づけで示していた。そのまま、ズルズルと、ソファの上にレオンハルトを押し倒していく。
途中からは訳がわからずに、いつもレオンハルトから受ける口愛を思い出してそれを真似た。
「……ぁっ」
息を乱したリュセルが離れると、レオンハルトもわずかにその息を乱しながら蠱惑的に微笑む。
「情熱的だね」
嬉しいよ。その甘美なささやきと共に、今度は奪われた。
「ん、んうっ」
最近、ようやく兄の口愛に慣れたリュセルは、その悦楽を拒む事をしなくなっていた。まるで、そうする事が当然のように、レオンハルトの唇を受け入れる。
(っ……ぁ気持ちいい)
はしたない程に、口腔を弄られるのが気持ち良かった。
絡みつく舌の熱さと、深すぎる愛に包まれ、リュセルはうっとりとしながら、レオンハルトの香りに包まれるに任せたのだった。
「……という訳です」
その夜、報告を聞いたジュリナは、美しい朱金色の眉をしかめて言った。
「ご苦労。ところでサラ、鼻血が出ているぞ」
ジュリナの指摘に、サラは、慌ててスカートのポケットから出したハンカチを鼻に押し当てた。
それを横目で見ながら、ジュリナはため息をついた。
「ただの口づけだろうが。何、興奮しているんだね、この娘は」
「だって、ジュリナ様!」
ハンカチで鼻を押さえたまま、サラは頬を紅潮させる。
「男性同士が口づけ合う場面を見たのなんて、初めてなんですもの!」
リュセルの監視を命じておいてなんだが、このままこの娘が変な趣味に走らなければいいな。とジュリナは本気で心配した。
「しかし、あの聖人めいた雰囲気の男が、真昼間からねぇ」
しみじみと頷いたジュリナに、サラは何度も頷く。
「素敵でしたわ」
うっとりと呟いて、鼻血に濡れた、元は白かった深紅のハンカチを握り締めるサラに、ジュリナは本格的にやばいと思った。
そして、この娘の意識を軌道修正する為に、座っていた椅子から立ち上がると机を回り、任務の報告の為に直立不動していたサラの前で彼女を見下ろした。
「ジュリナ様?」
不思議そうに自分を見上げる少女に、魅惑的に微笑んだ。
「私とどちらが素敵だい?可愛い、私の小鳥……」
そう言って抱きしめてきた敬愛する主に、サラの意識は一瞬でリュセルとレオンハルトからジュリナに移った。
「あ、ジュリナ様」
そのまま耳を甘噛みされて、サラは小さく身悶えた。
「あんっ、ジュリナ様ぁ」
その様子を見たジュリナは、心の中でほくそ笑んだ。女の子は可愛いから大好きだ。
(でも、愛しているのはティアだけ……)
そうは思っているのに、哀しいジュリナ(女たらし)の性か、他の少女にちょっかいをかけるのも止められない。そのせいで一度、アシェイラ国のテイルとかいう街の宿屋で、この娘相手にえらい目にあったというのに。
当の半身、ティアラにばれていないのが、せめてもの幸いか。
しかし、その時。
ガタンッ
その音と共に部屋の扉が開かれたかと思ったら、驚愕に目を見開いたティアラが、姉と侍女の逢瀬にしか見えない状況を、その目に映していた。
「ティ……、ティア!?」
慌てて抱いていたサラを突き飛ばすジュリナは、まさしく妻に浮気がばれた夫状態になっていた。
「ティアラ姫様」
敬愛する主。そのもう一人の出現に、サラは気まずそうに目線を逸らす。
「ち、違うんだ!」
一体何が……? リュセルがいたらそう突っ込みを入れていたであろうジュリナの台詞に対し、ティアラは泣きながら叫んだ。
「お姉様なんて、大嫌いですわっ!」
口元を押さえて可憐に身を翻した妹を呆然と見送ったジュリナの頭の中には、先程の言葉がリフレインしていた。
大嫌い……大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い
それも対面した時から。対面した時からでは、リュセル自身が気に入らないという訳ではないだろう。そこまで親しくはない。考えられる理由は、ただ一つ。
リュセルがティアラの婚約者だからだ。
自分の愛する半身を奪われまいとしているというのか?宝主と宝鍵の関係を知って久しいが、そんな心配はないと思うのだが。
所詮、自分達女神の子供は、己の半身が一番大事なのだから。
「ん?」
なら、なんで自分達は婚約しているのだろう?
おかしいだろう?
(何故、今まで気づかなかったんだ!?)
リュセルは頭を抱えると、考えに没頭し始めた。
(え?もし、俺とティアラ姫が、このまま何事もなく、結婚なんて事になったらどうなるんだ。俺はアシェイラを離れられないし、ティアラ姫だってディエラを離れられないだろう?だって、宝鍵同士なんだぞ! え……? 別居夫婦になるのか???? 新婚早々?)
リュセルはそんな事を考えながら、また焼き菓子に手を伸ばした。なかなか、おいしい。
(第一、互いの半身はどうなるんだ?)
リュセルはレオンハルトなしで、この先生きていく事など、考えられなかった。そのまま何も考えずに、焼き菓子にまた手を伸ばしたら、その手首を捕まえられた。
「夕食が入らなくなるぞ。その位にしておきなさい」
(俺は子供か!?)
諭すように言ったレオンハルトに、リュセルは心の中で突っ込みを入れる。しかし実際の行動はどうしたかというと、当然のごとく、リュセルはレオンハルトの指示に従って、焼き菓子を離したのだった。
何故なら、逆らうと怖いから。
(……ふっ)
なんて情けない。
「……?」
そして、焼き菓子を離したのに、手首を捉えたままのレオンハルトに気づき、リュセルは視線を上げた。いつも感情の色を映さない琥珀の瞳に、わずかに複雑そうな色を見て、リュセルは首を傾げた。
「レオン?」
「お前は、ティアラ姫をどう思っている」
レオンハルトの唐突な質問を聞くと、リュセルは目を見開く。
「どうって、綺麗で優しそうな子じゃないか?」
リュセルはそう言って、先程から考えていた事を聞いた。
「単刀直入に聞くが、俺達の婚約って意味あるのか?」
リュセルの問いに、レオンハルトは眉をひそめた。
「宝鍵同士の婚約って意味ないだろう。互いの国を離れられないのだから、別居夫婦になるぞ」
「まあね」
リュセルの言葉に頷くと、レオンハルトは言った。
「お前達が結婚したとしても、別居生活になるだけだろう」
「それに……」
リュセルはそう言って、レオンハルトから視線を逸らした。
(俺は、あの少女を愛せるのか?)
確かに……可愛いし、綺麗だし、刺繍もうまいし、優しいし、会って数時間だが、かなり好意的な印象を持った。好きにはなれそうだ。レオンとジュリナによって引き離された時、もっと話してみたかったと残念に思った、が。
(どうなんだろう?)
考え込んでしまったリュセルの様子を見て、レオンハルトは言った。
「お前達の婚約は、いわば契約のようなものだ」
「契約?」
聞き返す弟に、レオンハルトは小さく頷く。
「国と国を繋ぐ契約だ。つまり、アシェイラとディエラとの国交を深める為に結ばれたのだよ。本来なら、カイルーズとあの三つ子の末姫達が婚約するのが妥当なのだろうが、両方ともが王位継承者ではな」
「両方とも王位継承者って? あの、三つ子達全員が王位継承者なのか!?」
「ああ。ディエラの慣わしで双子や三つ子などが生まれた場合、そうなるようになっているらしいね。無駄な王位争いを避ける為なのかどうかは知らないが……」
(余計揉めないか?)
リュセルは、理解を超えた話に気が遠くなりかけた。
「話を戻すが、契約結婚は、別に、アシェイラとディエラだけではないよ。ジュリナ達の父親は、北のサンジェイラ国の王家に連なる者だったし、あの三つ子達も、サンジェイラの王家直系の者と婚約しているはずだ。もちろん、我が国でいうなら、母上がサンジェイラの王家に連なる者だった。」
「母上が?」
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(あんなに、ラブラブなのにか!?)
死んでも尚、妻を想い続けているジェイドを思い出してリュセルは驚いた。
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「へ……へー」
「たまたま、アシェイラとディエラには、女神の子供しか娶わせられるのがいなかったってだけだよ。だから、お前の婚約など、建前だけだ。国を繋ぐ為のな」
なんだか、すごくショックなんですが。あまりにも事務的。あまりにも打算的過ぎて。
(それとも、俺が夢見過ぎなのか?)
だって、美しくて可憐なお姫様が婚約者だなんて、男としてこんなに素晴らしい事はないような気がしたのだから仕方ない。
しかし、この世界では、凛々しい王子と(自分で言うのもなんだが)美しい姫君との恋愛物語は、お伽話のようにはいかないらしい。
(まじめに考えた俺が馬鹿みたいだな)
ふ~とため息をついたリュセルに気づいているのかいないのか、レオンハルトは話を続けた。
「だから、あんなにむきになる事もなかろうに、あの馬鹿が!」
いきなり怒りが再燃焼した様子のレオンハルトを見て、リュセルはビクリとした。
「レ、レオン」
掴まれた手首に力がこもる。
(痛いのですが……)
「それともお前は、ジュリナが危惧するようにティアラ姫を愛しているのか?」
ジュリナに対する怒りを抑えて、淡々と聞いてきたレオンハルトにリュセルは困惑した。
「愛してって……俺達、会ったの、これで二度目だぞ。確かに魅力的な子だが」
「そうか」
静かにそう言ったレオンハルトの、珍しく歯切れの悪い言い方を聞いたリュセルは、眉をしかめた。
「なんか、おかしくないか?レオン」
「いや」
いつもの唯我独尊的な、兄らしくない複雑そうな返事を聞くと、リュセルはジュリナを思い出した。ティアラを渡さないと断言したジュリナは、半身の意識がリュセルに向きはしないかと不安なのではないか?
だから、攻撃的だった。
なら、立場でいうならレオンハルトもジュリナと同じ立場なのである。レオンハルトの性格と、ティアラ姫が、か弱い女性である事から、ジュリナのように攻撃的になる事はないが。
リュセルはそれに気づくと小さく笑い、自分の左手首を掴むレオンハルトの手に、そっと右手で触れた。そのまま腰を浮かせ、行儀悪くテーブルに右膝を乗せて、上からレオンハルトをのぞきこんだ。
「可愛いね、レオン」
そう言って誘惑的に微笑んだリュセルは、本当に、この、自分よりも背の高い、麗しの兄を可愛いと思ってしまっていたのだ。
そして、姫君を相手にするようにその右手の甲に口づけ、そのまま流れで唇に触れるだけの口づけを落とす。
瞬間、レオンハルトの目が驚きに見開かれたかと思うと、そのまま力強い腕に引っ張られた。
ガシャンッ
テーブルの上に乗っていたティーカップが、中の紅茶をテーブルの下に撒き散らし、乗っていた器ごと焼き菓子が落ちる。
しかし、そんな音も気にならぬ程、二人は互いの熱に夢中になっていた。
腕を一気に引かれて、レオンハルトの上に覆いかぶさらされたリュセルは、半身への愛しさを余す事なく口づけで示していた。そのまま、ズルズルと、ソファの上にレオンハルトを押し倒していく。
途中からは訳がわからずに、いつもレオンハルトから受ける口愛を思い出してそれを真似た。
「……ぁっ」
息を乱したリュセルが離れると、レオンハルトもわずかにその息を乱しながら蠱惑的に微笑む。
「情熱的だね」
嬉しいよ。その甘美なささやきと共に、今度は奪われた。
「ん、んうっ」
最近、ようやく兄の口愛に慣れたリュセルは、その悦楽を拒む事をしなくなっていた。まるで、そうする事が当然のように、レオンハルトの唇を受け入れる。
(っ……ぁ気持ちいい)
はしたない程に、口腔を弄られるのが気持ち良かった。
絡みつく舌の熱さと、深すぎる愛に包まれ、リュセルはうっとりとしながら、レオンハルトの香りに包まれるに任せたのだった。
「……という訳です」
その夜、報告を聞いたジュリナは、美しい朱金色の眉をしかめて言った。
「ご苦労。ところでサラ、鼻血が出ているぞ」
ジュリナの指摘に、サラは、慌ててスカートのポケットから出したハンカチを鼻に押し当てた。
それを横目で見ながら、ジュリナはため息をついた。
「ただの口づけだろうが。何、興奮しているんだね、この娘は」
「だって、ジュリナ様!」
ハンカチで鼻を押さえたまま、サラは頬を紅潮させる。
「男性同士が口づけ合う場面を見たのなんて、初めてなんですもの!」
リュセルの監視を命じておいてなんだが、このままこの娘が変な趣味に走らなければいいな。とジュリナは本気で心配した。
「しかし、あの聖人めいた雰囲気の男が、真昼間からねぇ」
しみじみと頷いたジュリナに、サラは何度も頷く。
「素敵でしたわ」
うっとりと呟いて、鼻血に濡れた、元は白かった深紅のハンカチを握り締めるサラに、ジュリナは本格的にやばいと思った。
そして、この娘の意識を軌道修正する為に、座っていた椅子から立ち上がると机を回り、任務の報告の為に直立不動していたサラの前で彼女を見下ろした。
「ジュリナ様?」
不思議そうに自分を見上げる少女に、魅惑的に微笑んだ。
「私とどちらが素敵だい?可愛い、私の小鳥……」
そう言って抱きしめてきた敬愛する主に、サラの意識は一瞬でリュセルとレオンハルトからジュリナに移った。
「あ、ジュリナ様」
そのまま耳を甘噛みされて、サラは小さく身悶えた。
「あんっ、ジュリナ様ぁ」
その様子を見たジュリナは、心の中でほくそ笑んだ。女の子は可愛いから大好きだ。
(でも、愛しているのはティアだけ……)
そうは思っているのに、哀しいジュリナ(女たらし)の性か、他の少女にちょっかいをかけるのも止められない。そのせいで一度、アシェイラ国のテイルとかいう街の宿屋で、この娘相手にえらい目にあったというのに。
当の半身、ティアラにばれていないのが、せめてもの幸いか。
しかし、その時。
ガタンッ
その音と共に部屋の扉が開かれたかと思ったら、驚愕に目を見開いたティアラが、姉と侍女の逢瀬にしか見えない状況を、その目に映していた。
「ティ……、ティア!?」
慌てて抱いていたサラを突き飛ばすジュリナは、まさしく妻に浮気がばれた夫状態になっていた。
「ティアラ姫様」
敬愛する主。そのもう一人の出現に、サラは気まずそうに目線を逸らす。
「ち、違うんだ!」
一体何が……? リュセルがいたらそう突っ込みを入れていたであろうジュリナの台詞に対し、ティアラは泣きながら叫んだ。
「お姉様なんて、大嫌いですわっ!」
口元を押さえて可憐に身を翻した妹を呆然と見送ったジュリナの頭の中には、先程の言葉がリフレインしていた。
大嫌い……大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い
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