【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第五章 陰の日

1-1 突然の別居

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 そうして、リュセルの初任務が無事(?)終了してからも、レオンハルトの意向でアシェイラへの帰還を遅らせ、しばらくディエラで生活する事になった。
 リュセルが、ティアラから感知能力のコントロールを習う為である。

 そうして、日々が過ぎ行き、ディエラ滞在が一週間になろうとした時、レオンハルトはふと夜中に目を覚ました。

「……」

 彼は、ゆっくりと起き上がり、その秀麗な眉をしかめた。

 急に、感覚が鋭敏になったのを感じる。身に覚えがありすぎる状態。それを感じると、更に眉間の皺を更に深くした。

「レオン……?」

 隣で眠っていたリュセルが半身が目を覚ました影響で目が覚めてしまったらしく、寝ぼけながらレオンハルトの名を呼んだ。

「大丈夫だ。眠りなさい……」

 瞼の上を優しい兄の左手で覆われて、リュセルはその言葉に従うようにまた目を閉じた。

 その、あまりにも無防備な姿に、レオンハルトは胸の奥がざわめくのを感じる。左手でリュセルの唇に触れ、そのまま、わずかに手形の痣の痕が残る首筋を撫でる。

 痣については、もうわずかに残るだけとなった首筋。それにほっとする反面、そこに思いきり噛み付きたいような衝動に襲われてしまう。

「もう、五年経ったのか……」

 レオンハルトは理性でその衝動を乗り越えると、抑えたような声でそう呟いた。

「明日から、別の部屋を用意してもらわなければなるまい。……さてどうするか」

 レオンハルトの気配に慣れすぎて、別になど眠る事が出来ないリュセルの事を思い、ため息をついた。
 しかし、だからといって、大切な半身を傷つける訳にいかない。

「何か打開策を考えねばな。そういえば、十年前の陰の日もディエラで迎えたんだった」

 何の因果か、運が悪い。しかし、自分の状態をよくわかってくれる同じ女神の子供がいてくれるのは幸いかもしれない。

「明日、ジュリナにでも相談するか」

 あの、男顔負けに男らしい幼なじみに相談するなど、癪に障るが、まあ、仕方あるまい。

 思案するように、その麗しい顔を伏せるレオンハルトの体から、甘い芳香がわずかに香りたった事に、隣で平和に寝こけているリュセルはまったく気付かなかった。





 次の日の朝、ジュリナは自分の部屋に無遠慮に入ってきた幼なじみを一瞥すると、彼の体からわずかに香る甘い芳香に気づき、おもしろそうにニヤリと笑った。

「陰の日を迎えたのかい?」

 にやにやとしているジュリナに、レオンハルトは不機嫌そうな顔をした。

「十年前のように、後宮の女達や高級男娼を総動員させようか?」

「馬鹿を言うな」

 過去の事を持ち出されて、苦々しくそう言ったレオンハルトに、ジュリナは大笑いした。

「あの時は大変だったからねぇ。しかも、一人に執着しないもんだから、男女構わずに修羅場ってたし。さすがに、あれから数年、ディエラに顔出さなかったよな~。まぁ、あれだけの女の嫉妬と男の嫉妬の入り混じったドロドロ劇を演じれば来れないか」

 十年前を思い出してそう言ったジュリナは、無表情のままこちらを見つめているレオンハルトに視線を向ける。

「でも、今回は半身がちゃんといるんだし、相手も子供じゃないんだから良かったじゃないか! さっさとリュセルを押し倒して来い」

 そう言って、面倒そうに片手を投げやりに振ったジュリナに対し、レオンハルトは首を振った。

「私は、リュセルを自らの欲望の捌け口にするつもりはないよ」

「はあ!? ……じゃあ、どうするんだい?」

「しばらく部屋に閉じこもって、瞑想でもしてみるつもりだ」

「馬鹿か、お前」

 レオンハルトの答えを聞くと同時に、即座に突っ込みを入れたジュリナは、更に言った。

「前に、真昼間からキスしてたくせに、何言ってるんだい?」

 レオンハルトは、何で知ってるんだ?というような目線を送ったが、ジュリナはそれをサクッと無視し、苛立ったように怒鳴った。

「いいから、さっさと押し倒して、犯ってこいっ!」

「……お前と話していると、女と話しているという感じがまったくしないな」

 冷静に分析しているレオンハルトを見て、ジュリナは毒気を抜かれてしまう。

「本気なのか? 本気で抑えるつもりかい? 体によくないぞ」

 心配そうなその声を聞いたレオンハルトは、クスリと笑った。

「心配してくれるのか?」

「……すぐに客室をもう一部屋用意させよう。リュセルの部屋から最も離れた場所にね。これでいいんだろう?」

 しらけた視線でそう言ったジュリナに、レオンハルトは頷いた。

「ああ」

「抑えるなんて馬鹿な事、止めた方がいいと思うがねぇ」

 ジュリナは何を言っても無駄と知りつつも、最後にそう言ってため息をついたのだった。

「リュセル、私は今日からしばらく別の部屋で過ごす事にする」

 朝食時に、いきなり兄から告げられた別居(?)宣言。それを聞いたリュセルは絶句した。
 しかし、いい年した男が、実の兄と離れたくないと駄々をこねるのも格好つかないし、自分のプライドの問題もあり、ただ一言答えただけだった。

「わかった」

 表情を変える事なく返答したリュセルに、レオンハルトはただ小さく頷いた。

 あれだけ、最初の頃、レオンハルトと同じ部屋で寝起きするのに不満だったリュセルだが、最近、やっと開き直って、兄弟なんだからそれもOK!という感じに思っていたというのに……。

 当のレオンハルト本人は、早速別に用意させたという部屋に閉じこもってしまって出てくる気配がない。何か急ぎの用件があって、邪魔されたくないのだろうか。

 リュセルは、中庭にある小さな池の傍に片膝を立てて座ると、小石を池に投げ入れた。

 今日から一人で眠るのか……。眠れるのだろうか。

 ぼうっと、そんな事を考えていると、時間があっという間に過ぎてしまったらしく、ティアラとの約束の時間になってしまった。

「時間か……」

 小さくため息をつき、のろのろと立ち上がり、リュセルはティアラに感知能力コントロールの師事を受ける為に彼女の部屋へと急いだ。





「それでは、リュセル様。これを。」

 ティアラがテーブルの上に出してきた男物のハンカチを見ると、リュセルは頷いた。

 いくら高い能力を保持していようと、それをコントロールできねば意味がない。
 邪気にしか反応しないリュセルの感知能力を、自分の意思で使えるようにする為に、ティアラが進言してきたのが、人の持ち物に触れて持ち主を当てるというやり方だった。

 最初はまったくわからなかったが、ティアラの的確な指導の元、今では物に触れて意識を集中させるだけで、その物の記憶やその持ち主の残留思念を少しだが探る事が出来るようになってきていた。

「…………」

 リュセルは意識を指先に集中させると、そっとそのハンカチに触れた。

 瞬間、膨大な量の物の記憶が脳を駆け巡る。

「落ち着いて、欲しい情報のみを感知するのです」

「欲しい情報も何も……」

 脳内を巡る残像は、すべて違う女性の姿ばかりだ。皆が皆、自分に向かって媚びるように身を寄せてくる。

 なんだ、これは? どこのすけこましのハンカチなんだ?

 そして決定的な証拠として、手繰り寄せた情報。それにリュセルは衝撃を受けた。

 自分もよく知る、凛とした容貌の、軍服を着た女性の姿が現れたのだ。
 今まで見た女性達と違い、自分に向かって叱責しているか、真面目な顔で話しているか、どちらかの映像しかない。

 そして、最後にその女性は優しく微笑んでこちらを向いた。その瞬間、その女性に対する愛しい気持ちが弾ける。

 ー君が……、好きだ-

 リュセルはハンカチから手を離すと、目を見開いて叫んだ。

「ユージン、あいつ、本命はアイリーンだったのかあああああ!」

 兄直属の騎士の一人。いつもおちゃらけている優男の隠された事実を知り、息を切らして愕然としてしまうリュセルだ。その様子を見たティアラは、目を瞬かせながら言った。

「正解です。……でも、余計な情報まで見てしまったようですわね。誰しも、見られたくない自分の深層心理というものがありますわ。なるべくそれはブロックして、それでも見てしまった場合は、誰にも言わないで自分の胸に秘めておくのがいいと思います」

「ええ……。そ、そうですね」

 アイリーンが本命なのに、何故、他の女性達と浮名を流すのかが不明だが、それはユージンの問題で踏み込んではいけない領域である。

(まったくもって、理解不能だがな)

 好きな女(ひと)がいるのに、別の女(ひと)と付き合うなんて。しかも、感知した情報によれば、特に振られた訳でもないらしい。想いも告げず、ずっと心に秘めている……。完全な、片思いだ。

 ティアラには、ああ言われたが、いつも飄々として掴みどころがない、兄の騎士の弱みを握れてリュセルは内心ほくそ笑んだ。いつもいつも、ユージンには揶揄われるだけ揶揄われて、遊ばれる事が多かった。主君の弟とはいえ、元が不真面目なユージンは、リュセルを揶揄っては面白がっている事が時々あるのだ。

(これで、少しは意趣返しが出来るかもな)

 リュセルが悪だくみをしている事など気付く由もないティアラは、宝鍵として、なかなか筋のいいリュセルに満足そうだった。

「でも、短時間でこれだけ読み取れるようになるなんて、すごいですわ。後は、余計な残留思念のブロックの仕方がわかれば完璧です」

 そう言って、リュセルを褒め称えるティアラは、両手を胸の前で組んで嬉しそうに微笑んでいた。

リュセル様の力は、邪気に対して、極端に反応が強くなりますので、充分お気をつけ下さい」

 最後にそう締めくくると、ティアラはその日の指導を終わりにして、お茶の準備をし始めた。侍女が持ってきたお茶を、手ずから注いでいるティアラを見つめながら、リュセルはふと思った。

(そういえば、レオンの淹れるお茶は奇跡的な程おいしかったな)

 一体、兄はどうしたというのだろうか?

(俺が、何か変な事をやって、それを怒ってる……とか?)

 しかし、今まで自分がレオンハルトの意にそまぬ事をしてしまっても、最終的には大きなため息一つでそれを許してくれていた。

 厳しく、優しく、美しい。

 リュセルにとって、レオンハルトはそんな兄だったのだ。厳しい時は厳しいが、甘い時は甘い。何でも出来、包容力のある彼は兄として、申し分ない位に完璧である。理想の兄像を地でいっているのだ。普通の兄弟だったなら、自慢の兄上だった事だろう。

 リュセルの場合、そこに半身という立場がプラスされるので、弟としての憧憬の念ばかりを感じてはいられなかったが……。

 この世界で、一番大切な者

 なくてはならない存在

 半身として、そんな感情も抱いている。その気配が在るだけで安心できるのだ。

(そうだ、今夜から俺はどうすればいいんだ)

 レオンハルトの存在なしでは安眠すら出来ないリュセルは、恥ずかしながら一人寝が難しい。暖かな兄の腕に抱かれ、その気配を傍に感じないと眠れないのだ。

 過去、その事に気づかずに、一人部屋が欲しくて、一人で眠ろうと努力した事もあるが、無駄に終わっていた。

 まったく、やっかいな体になったものである。

(寝不足になるしかないのか?)

 そんな事を考えて、またどっぷりと落ち込んでしまったリュセルに、ティアラはカップを差し出しながら首を傾げた。

「どうなさいましたの? 今日はなんだかお元気がありませんわ」

 純真な緑の瞳に見つめられて、自分の美しい婚約者にいらぬ心配をかけてしまったという事実をリュセルは恥じた。

 (十七歳の男が、夜、二十四歳の兄と添い寝が出来なくなって困っているなんて、言えるかああああ!!)

 リュセルは内心自分に突っ込みを入れると、にっこりと魅惑的な王子スマイルを浮かべた。

「いえ、何でもありません。少し寝不足気味なので、もしかしたら、その所為かもしれませんね」

 自分に向けられる絶対的な美貌の微笑み。それを見たティアラは、わずかに頬を染めた。

「そうですか。では、疲労回復の為にミルクを紅茶に入れますか?」

「ええ、是非」

 そうして、和やかにミルクティーを飲んでいる時だった。
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