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第五章 陰の日
2-1 絶世の美少女な兄の昔話①
しおりを挟む「初めまして、レオンハルト様。ジュリナと申します」
緊張の残る声で挨拶をして、貴婦人の礼をした少女を、その少年は冷たい琥珀の瞳で無感動に見つめた。
少女の、腰まである朱金の髪が、頭を軽く下げた事によってサラサラと肩から落ちる。幼い体にまとっている、薄い紅色のレースをふんだんに使った、ドレスの裾を軽くつまんだその小さな手が、かすかに震えていた。
(ああ、もう! 動きづらいったらありゃしない!)
実を言うと、少女ことジュリナは、このドレスというものがあまり好きではなかった。ディエラ王であり、祖母でもあるシルヴィア女王が寛容なのをいい事に、いつもは普通の貴族の子弟が着るような服、つまりは少年の格好をしていたのだ。
しかし、今回ばかりはそれが許されるはずもなく、侍女達の手によって、ジュリナは女性らしく飾り立てられてしまっていた。
ゆっくりと優雅に顔を上げたジュリナは、自分の婚約者の顔を間近で初めて見て、驚きにその深紅の瞳を見開く。
艶めいた麗しい美貌を持つ絶世の美少女が、王子の衣装を着て、そこに立っていた。
肩先に散った胡桃色の髪、感情をまったく映さない琥珀の瞳。抜けるような白い肌は、おそらくジュリナよりも白い。
女であるより自分よりも女らしい美貌の少年は、自分の婚約者を、興味のない冷めたような目で眺めた後、言った。
「そのドレス、まったく似合っていないな」
切り捨てるように言った、レオンハルトの冷たい声、それに、態度。ジュリナは、一瞬、唖然としたが、すぐに好戦的な自分の性質が表に出始めた。
被っていた猫を、ぼろぼろと盛大に落とし、ジュリナは失笑したのだ。
「そうですわね! ドレスはレオンハルト様の方がお似合いになるでしょうね」
「何だと?」
一応、自分の女顔を気にしているのか、ピクリと反応したレオンハルトに、ジュリナはほほほほっと小馬鹿にした笑いを口にしながら言った。
「きっと、どんな姫君も敵わないような麗しい姫君になるでしょうね。その、女々しい顔にお似合いですわよ。レオンハルト姫?」
嘲(あざけ)るような言葉を聞いたレオンハルトも、応戦して壮絶な微笑みを浮かべる。
「あなたこそ、自国では山猿のように野山を駆け回っているとか……ねぇ、山猿殿?」
目の前の少年の、可憐な美貌で言われると、尚更頭にくる。
「誰が、山猿じゃ! この女顔ッ」
ジュリナは反射的に、レオンハルトの頬を平手で張った。
バッチーンッ
耳に痛い、ものすごい音が響くと同時に、周りで王子と王女を見守っていた人々は真っ青になった。
しかも、次の瞬間
バッチーンッ
レオンハルトがお返しとばかりに、ジュリナの頬を張ったのだ。
「やりやがったね、野郎っ!」
すっかり地を出したジュリナは、レオンハルトに飛び掛ると、目の前の端正な顔をひっかいた。
「男女がっ!」
レオンハルトもそれに応戦して、取っ組み合いの喧嘩が始まったのだった。
「レオンハルト王子!」
「ジュリナ姫様~!」
周りにいた侍女達は、この事態に慌てふためき、緊急で別室にいたジェイドを呼びに言った程の大騒ぎになったのだった。
ずずずずっ
怒梼の出会い編、終了。
出会い編を話終えて、緑茶をのん気にすすったジュリナから、リュセルは気まずそうに目線を逸らした。
(本当に、相性最悪だな)
しかも、話を聞く限り、どっちもどっちである。
「あいつの二つ名を知っているかい?」
ジュリナの質問に、リュセルは首を横に振った。
「氷の王子だ。善人には寛大だが、悪人に対して、あいつは冷酷無比だったからね。氷のように冷たい美貌と仕打ちから、そう名づけられたらしいが」
「横暴王子とか、美貌の小姑とかの方が合ってないか?」
リュセルのその意見に、ジュリナは大ウケした。
「あはははははははっ。あの男が口うるさいのは、お前だけにだよ、リュセル」
腹がよじれる~、と言って笑うジュリナは、憮然とした様子のリュセルを見ながら、心の中で嘆息した。
(レオンハルトは、本当に変わった)
昔の、触れれば触れた先が凍ってしまうような危うさが、今回、再会した時に、綺麗に消えていたのだ。
代わりにあったのは、弟であり、半身でもある、リュセルに向けられる優しい琥珀の瞳だった。
いつも周囲のものを凍らせるような冷たい目をしていたレオンハルトは、10年前にディエラで陰の日を初めて迎えた時も、自分を取り合い、傷つけあう女達や少年達を虫けらを見るような目で見ていたのだ。
たった、十四の少年
最上の教育を受け、それに見合うだけの教養を身につけていた後宮の女達や色事に関して百戦錬磨の技術を持つ高級男娼達は、あの時、確かに、たった十四の少年に見事に振り回されていた。
今でも覚えている……
あの、気だるげな琥珀の瞳。そして、王者のような傲慢さ、冷たい氷の美貌。女神のように麗しく、淫魔のように妖しい。
たった十四の少年の姿を……
(あの時は大変だったからねぇ)
そして、ジュリナの思考は、またしても過去へと飛んだ。
ジュリナが十四歳になって二か月半が過ぎた頃、同じく十四歳になったばかりのレオンハルトが、ディエラ訪問にやってきた。
あの、最悪な出会いを果たしてから約四年。
互いの誕生日や、国を上げてのイベント開催時など、何度か顔を合わせて来たが、そのたびに取っ組み合いの喧嘩になる2人に、周りの者……、特に、二人の婚約を取り決めた、アシェイラ国王 ジェイドとディエラ国女王 シルヴィアは、ほとほと困り果ててしまっていた。
凛々しい姫君と、麗しの王子。なんだか、見た目はあべこべだが、女神の子供の美貌を所有する二人なのだ。並べば、折角絵になるというのに
残念な事に、相性が最悪だった。
それでも諦めなかった両国の王は、二人を近づける作戦として、今までなるべく互いの国を行き来させ、なんとか仲良くさせようと画策していたのだが……。
今回は少し違った。
初日に対面しただけで、次の日からレオンハルトは面会謝絶になったのだ。
「あいつ、持病でも持ってるのか?」
ジュリナは、自分の部屋で、今年五歳になった、可愛い盛りのティアラの相手をしながら、そう呟いて首を傾げた。
初日に会った時は、どこも悪そうではなかった。
いつもの通りの嫌味の応酬をしていた。……はず。
(まさか、脇腹に蹴りを入れたのが、まずかったとか?)
対面した途端、またしても取っ組み合いの喧嘩になり、揉みあった末、ジュリナは、自分の婚約者の脇腹に思いっきり蹴りをくらわせていた。
綺麗に着せつけられたドレスなど気にも留めず、婚約者の気を惹かせる為に設えられたそれは、完全にジュリナの戦闘服になっていたのだ。
いやはや、かなり、動きずらい戦闘服だった。
揉みあう内にドレスの上がずれ、片胸がむき出しになったのが良かった(?)のかもしれない。さすがのレオンハルトも、組み伏せた相手の胸が、プルンっと目の前に現れた時には驚いたのだろう。
一瞬、動きが止まったのだ。
見慣れているのかどうかは知らないが、彼はすぐに我に返ったので、生まれた隙はわずかだった。その少しの隙をついたのだが……。確かにあれは、クリーンヒットし過ぎたような気がする。当のレオンハルトは眉をしかめただけだったが、相当痛かったはずだ。
(後は……ダメだ。心当たりがありすぎて、どれだかわからない!)
「おねえさま?」
難しい顔をして悩み始めたジュリナに、半身である愛しい妹は、不思議そうに小首を傾げていた。
くりくりとした大きな緑の瞳が、まっすぐにこちらを向いている。
(か……、可愛い!)
この時、既に妹馬鹿になっていたジュリナは、にっこりとティアラに笑いかけた。
「今度は何して遊ぼうか? ティア」
「えっとね、うんとね、ご本よんで、おねえさま!」
舌ったらずな声に甘えられて、ジュリナはデレデレしながら頷いた。
「ご本ね。ちょっと待ってて、取って来るから」
「うん!」
素直に頷くティアラを侍女に預けると、ジュリナは本のある蔵書室を目指して歩き始めた。
そうして、しばらく廊下を歩いた時だった。異変に気づいたのは。蔵書室は地下にある為、地下への階段を降りなければならないのだが、その階段を降りようとした時に争うような声が響いたのだ。
「何だ?」
声がする方向にあるのは、確か、客室である。
現在、面会謝絶のレオンハルトが使っているはずだ。
絶対に近づくなと祖母から言われていたが、あまりにも切羽詰った怒鳴り声だったので、ジュリナはその言いつけを破り、声のする方へと近づいていった。
部屋の扉は少し開いていた。隙間から中を覗き込んだジュリナは、眉をしかめる。
(元気そうじゃないか)
見慣れた、少女めいた麗しの美貌の少年が、ソファに頬杖をついて、怠惰な様子で横たわっていた。
その様子に、病の影はまったくない。……が。
(何だ?この、甘い匂い)
部屋の中をむせ返るような甘い芳香が満たしていた。
レオンハルトは、気だるげな様子で、目の前の争いを氷のような冷たい眼差しで無感動に眺めているだけだ。
頬にかかる胡桃色の髪。
濡れた赤い唇。
衣服は乱れ、白い肌が胸元から覗く……。
その様子は、背筋が震える程に艶かしい。いつもの聖者のような清廉潔白さは、どこにもない。
ジュリナは大きく目を見開いて、その様子を信じられない思いで見ていた。
「レオンハルト王子殿下のお相手をするのは、私です!」
そう、かなきり声を上げた美しい女性に、ジュリナは見覚えがあった。
後宮の侍女である。
いや、その女だけではない。
その場にいた女は、すべてが後宮の侍女達だった。
王族の面倒をみるという、この女達は、選び抜かれた女達だ。容姿・教養・礼儀作法・性質・すべてが一級品の女達のはずである。
それが、何故、このような、かなきり声を上げて、レオンハルトを取り合っているのか……。
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