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第五章 陰の日
3-2 ティアラの歌
しおりを挟む「あはははは。リュセル王子、それは、同じ男の立場からすると、うらやましい限りですよ」
日が高く昇る頃、兄の直属の騎士の一人であり、一番リュセルに気さくに話してくれるユージンを頼り、訪ねたリュセルが事の顛末を話すと、話を聞いた彼は、羨ましそうな顔をして、それを笑い飛ばしたのだった。
「笑いすぎだ、ユージン。せっかくこうして、リュセル王子がお前を頼ってきたというのに」
もう一人、三人いる兄の直属騎士の中の、紅一点たるアイリーンが笑うユージンをたしなめた。城の近くにある、騎士宿舎の一室である。
彼らは、ディエラ国滞在中は、ディエラの騎士達の軽い任務の手伝いなどをしているらしい。
「前に牡丹の花のように可憐なティアラ姫を抱いて、後ろから薔薇のように美しいジュリナ姫に抱かれるなど、夢のようですね」
この、この、この~っと、脇腹を突かれるが、リュセルは若干落ち込んでいた。
「異性と思われていないような気がするのだが。ジュリナ殿には、はっきり、おもちゃだと言われたし」
リュセルの言葉を聞いたユージンは、口端をひくつかせた。
(おもちゃ……、そ、それはむごい)
本人、悪気はないのだろうが。
「リュセル王子、顔色が悪いですよ?」
顔色のすぐれないリュセルに気づき、アイリーンは心配そうに声をかける。
「気にしないでくれ。ただの二日酔いだ」
「……」
「…………」
リュセルの答えを聞いた、ユージンとアイリーンは、同時に目を見合わせた。
「しかし、よくジュリナ姫の酒に付き合いましたね。あの人、酒豪なんていうレベルじゃないでしょう? もう、神ですよ神、酒の神! ジュリナ姫に張り合えるのなんて、うちの殿下位ですからね」
ユージンの驚きの声を聞いたリュセルは、ジュリナの晩酌と飲み比べの誘いには、この先、絶対にのるまいと心に誓った。
「そういえば、殿下は?」
アイリーンは、最近見かけない自分の主人の事を思い、そう首を傾げた。
「レオンは急ぎの用件があって、部屋に閉じこもってるらしい。1週間程、部屋からは出て来ない」
リュセルの返事に、ユージンは頷いた。
「寂しいですねぇ」
「俺は、寂しくない」
「誰もリュセル王子だとは、言っていないでしょうが」
ユージンはあきれたようにそう言うと、揶揄うように、リュセルを流し見た。
飄々として、掴みどころのない青い目に揶揄いの色を乗せて見つめられて、リュセルはがっくりと肩を落とす。自分に対する接し方が、ジュリナもユージンも似ているのだ。話を聞いてもらう相手を間違えた。
そして、雰囲気から、リュセルの落ち込み度が上がったのを感じ取ったアイリーンは、それをレオンハルトとしばらく会えない事への落ち込みと勘違いして、方向性の違う慰め方をしだした。
「リュセル王子、1週間なんてあっという間です。それに、殿下はとても優秀だから、用件ももっと早く終わるかもしれませんし」
「……勘違い気味の慰めをありがとう、アイリーン」
「え? え?」
慌てたようなアイリーンにちらりと視線を向けたリュセルは、不意に、ユージンの本命が、この真面目な女騎士だったのを思い出した。
銀の煌めきを放つ月の美貌に、じ~~~~っと見つめられて、アイリーンはどきまぎしていた。
「なんですか?」
上ずった声でそう尋ねてきたアイリーンに、リュセルは揶揄われた事への意趣返しも込めて、ユージンの想い人へと甘く微笑みかけた。
「優しいんだな、アイリーンは」
そういう所、好きだよと言って、まるで姫君相手にするように、アイリーンの手の甲に口づける。
ガッタン
そして、案の定、音を立てて椅子から立ち上がったユージンの反応を見て、驚いたような視線を向ける。(わざと)
アイリーンはというと、リュセルの王子スマイル(悩殺スマイル)にうっとりと夢心地になっていた。
「どうした?」
リュセルの不思議そうな声を聞いたユージンは、気まずそうに視線を泳がせる。
「いえ、その。……そうだ! リュセル王子、久しぶりに剣の稽古をつけて差し上げますよ」
「俺に、才能は絶望的な程ないんじゃなかったのか?」
「才能はなくとも、体を動かす事は体にいいですよ。最近、運動不足気味でしょう?」
その言葉に頷いたリュセルの腕を引いて、ユージンは部屋を後にした。
(ふん、まったく、わかりやすいな)
リュセルはユージン相手に、いつもの意趣返しが出来て、少しだけすっきりとした気分になった。当たられたユージンは、哀れである。
こうして、レオンハルト不在の二日目は、ユージン相手に一日中、剣の稽古をして終了した。
それから三日目は、またしても、ジュリナに街へと連れ出され、屋台めぐりの食い倒れツアーに参加した。前回の件で懲りたのか、娼館には行かなかったが。
両手に食べ物を抱えながら、ジュリナは変な事を言った。
「それにしても、お前とレオンハルトが、一週間離れてくれていて良かったよ。一昨日の娼館での事がばれると、本気でやばかったぞ」
「一昨日の娼館?」
怪訝そうに眉を潜めるリュセルは、自分の唇が半身以外の者に奪われた事実を知らなかった。それにジュリナは視線をさ迷わせ、ごまかすように自分の持っていたジェラートをリュセルに譲った。
この日は夜中に胃もたれをおこして、胃薬の世話になった。
四日目は、ティアラに請われて、彼女の髪を結ってあげた。
朱金の髪を頭上で二つのおだんごにすると、一筋の小さい三つ編みを両脇に垂らした。後は、リボンと花で飾って出来上がりである。
それを大層喜んだティアラは、髪型に合わせたドレスを着て、中庭でピクニック形式の昼食を二人でとった。
ジュリナが大事な用があるとかでいない為、二人きりのデートである。
「お口に合うか、わかりませんが……」
そう言って、ティアラはバスケットを開く。中をのぞき込んだリュセルは、感嘆のため息をついた。
「これ全部、ティアラ姫が?」
その問いかけに、ティアラは照れて頬を赤く染めながら小さく頷いた。
パンに色々な野菜や肉を挟んだ、向こうの世界でいう、サンドイッチのようなものを中心に、デザートのタルトまでがティアラ姫お手製のものらしかった。
「おいしいですよ」
婚約者のその言葉を聞いたティアラは、嬉しそうに微笑んだ。
「リュセル様」
「なんですか?」
「私の作った、レオンハルト様のお人形はお役に立ってますか?」
ティアラの不意打ちの言葉を聞き、リュセルはむせた。
「まあ、大変!」
そう言って、水を差し出してきたティアラに頷くと、それを飲み干して、リュセルは息をついた。
「と……とても、役立っていますよ」
実際、レオン人形を隣に寝かせているおかげで、寝不足にならずに済んでいた。
「よかった」
そう、邪気のない笑みで見つめられると、何も言えなくなってしまう。
「そう言えば、ティアラ姫。あなたは歌が上手だとか……。聞かせてもらえませんか?」
食後の紅茶を飲みながらそう言うと、ティアラはまた照れたように赤くなった。彼女の反応、一つ一つがとても愛らしい。
「そんな、上手だなんて」
「ジュリナ殿が言っていましたよ」
「お姉様が?」
嬉しそうに目を瞬かせたティアラは、思い切って頷いた。
「では、一曲だけ」
そう言って、背筋を伸ばす。
次の瞬間、その可憐な唇から放たれた歌声は美しく、そして聞く者を幸せにするような、優しい歌声だった。
ー終わりと始まりの 最初の刻
瞬く星々 月の輝く 夜空の下
去ったあなたの声を聞いた
その声は 感情を呼び覚ます
その紫宝珠よ 漆黒の絹糸よ
私を慕う 汚れない魂よ
例え どんなに時が経とうとも
例え すべてに裏切られても
例え あなたの心が汚れても
その魂が癒える その時まで
あなたの心を抱いて 私は眠ろうー
不思議な歌だった。
メロディもそうだが、詩が胸にしみるようだ。何でこんなに悲しいのか……。
「リュ、リュセル様!?」
ティアラは、驚きに目を見開く。リュセルの頬を、涙が一筋流れ落ちたのだ。
「……」
なんで泣いているのかが、自分でも分からない。
ティアラが慌ててハンカチを出して、自分の頬を優しく拭うのを、リュセルは黙って見つめていた。
後で知った事だが、この時、ティアラが歌ったのは、この大地に生きる者なら誰もが知る。
創世歌……、女神の章だったという。
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