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第八章 暁を呼ぶ者
1-2 結び目の探索
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「美しい手ですね。白魚のようなというのは、まさしくあなたの、この、滑らかな手の為にあるような言葉です」
そんな、歯の浮くような臭い台詞が響いたのは、サンジェイラ城の後宮の一室だ。
部屋の中央に置かれた長椅子に座り、この部屋の主のごとく、五人の姫君達を周りに侍らしているのは、目も眩むような美貌の青年である。
180cmという長身に、均整のとれた体つき。彼の美貌は、まさに奇跡のようだった。
その銀糸の髪が、わずかに揺れるだけで
その銀の瞳に、見つめられるだけで
姫君達の心は、とろけてしまった。
そんな様子を、向かいの椅子に座って見ていたアルティスは、自分付きの侍女に扮したローウェンが注いでくれた緑茶を、ずずずずっとすすった。
「あ、茶柱。よかったね、アル」
小声で、どうでもいいような情報を教えてくれた弟に目を向けると、アルティスは言った。
「いつまでこんな事をしておるつもりなのだ?」
「しょうがないよ。今、リュセル兄さんはルルドの木の結び目を探してる所なんだから。ああやって、姉上達に触って確かめてるんだよ。邪気の痕跡を……」
「我も、レオンハルト殿のように書物の方を調べていたかった。」
面倒くさい、サンジェイラ城の姫君や王の側室の住まう後宮にきたくなかったアルティスは、不満たらたらにそう呟いた。
「なんか、生き生きしてるね。リュセル兄さん」
甘い微笑みと声で、年上の姫達までもを虜にし、夢心地にさせているリュセルに、ローウェンは遠い目になった。
「そういえば、ユリエ姉上とサクラはどうしたのだ?」
ここにいない二人の姫君に気づいたアルティスは、眉をひそめる。
「ユリエ姉上は、具合が悪くて部屋に閉じこもってるみたい。サクラは、僕の事を心配して、ずっと部屋で女神に祈りを捧げてるらしいよ」
現在、危篤状態になっているという設定のローウェンは、仲の良い妹を騙している事への罪悪感に胸が痛むのを感じた。
「そうか。では、そちらの確認は後回しになろう」
「うん」
アルティスの言葉にローウェンが頷いた時、リュセルが先程の姉とは別の姫君の手の甲に口づけをしている瞬間をばっちりと見てしまった。
「美しい瞳だ。その黒曜石のような瞳に見つめられる事を許された私は、本当に幸運な男です」
「リュセル様……。ああっ」
次の瞬間、第二王女である姉の体がグラリと傾き、その場に昏倒した。興奮のあまり、気絶してしまったようだ。
「姉上や妹達の未来が不安だね」
ローウェンはそう呟くと、大きなため息をついたのだった。
その後、後宮を辞して、まだ幼い六人の王子達にも面会すると、さりげない仕草でその髪や手に触れてリュセルは邪気の痕跡を探ったが……。
「まったく邪気を感じない。今まで触れた姫や王子は、みんな白だ」
リュセルは疲れたようにそう言うと、長椅子に座るレオンハルトの膝の上に頭を乗せて寝そべった。ずっと感覚を鋭敏にさせ続けていたので、与えられた部屋に戻る頃には、疲れきっていたのだ。
「まだ小さい王子達はいいが、姫君達の心には、抑制された欲望ばかりを感じ取って、俺は女の恐ろしさを見たような気分だぞ」
あんなに大人しそうな姫君ばかりだったのに。
「女って、恐ろしいな」
向こうの世界では、自分も女であった事などすっかり忘れて、リュセルはそう呟くと、自分の髪を撫でる兄の手のあまりの心地よさにうっとりとした。
「ノリノリだったくせに」
リュセルの台詞を聞いたローウェンは、胡乱げな目を彼に向けてそう呟く。
「そうだな。そうであったように、我の目からも見受けられたが」
同意するようなアルティスの声を聞いて、レオンハルトの手が止まった。
「ほう」
兄の低い声での一言。リュセルの意識は一気に覚醒する。
「そ、そ、そそそ、そんな事、ある訳ないだろう?」
そう言いながらも、レオンハルトの膝から頭を上げて、彼から距離をとろうとする。
「……」
レオンハルトは起き上がろうとする弟の頭を掴むと、強引に元の位置にそれを戻した。つまりは、自分の膝の上に。
「もう少し寝ていなさい」
リュセルの体調を心配しての言葉に、姫君達との語らいを、正直、少し楽しんでしまっていたリュセルは反省した。
「残るは、ソウル兄上、アサギ兄上、レイン兄上、シオン兄上、スカイ兄上の、王子五人と、ユリエ姉上とサクラの王女二人か。……ああ、後、肝心な国王陛下が残ってるね」
まだチェックの済んでいない者を指折り数えながら、次の瞬間、ローウェンは思った。
面倒くさい奴らばかりだ。
「姫達はいいとして、王子達やミゼール王に俺はどうやって触れればいいんだ?下の子達は幼かったから楽に触れられたが、ある程度年齢のいっている上の王子達は、男の俺に急に触られたら嫌がるだろう?」
「それはないと思うよ」
レオンハルトの膝上に頭を置いたまま、視線だけを向けてきたリュセルの言葉を、ローウェンは即座に否定する。
「そのような、見当違いな心配などせずともよい。先程のように、思う存分に相手を誑し込め」
アルティスも、そう言って大きく頷く。
「お前達、俺についてひどい誤解をしてないか?」
つい、引きつりぎみにそう言ったリュセルに対し、レオンハルトは冷たく言った。
「自業自得だ、馬鹿者。つまらん所でジュリナの悪影響を受けおって」
ああ、やっぱりジュリナ姉さんの影響だったんだ。と、ローウェンは、あまりに予測通りだったので、乾いた笑いをこぼすしかなかった。
「では、とりあえず比較的面倒が少ないが、やっかいな者から済ませてはどうか?」
リュセルの天然誑しについて揉めている間にも、顎に手を添えて考え込んでいたアルティスが、不意にそう提案してきた。
「……って誰?」
愛らしく首を傾げるローウェンに目をやると、小さく頷き、アルティスは問題の多い人物の名を上げた。
「レイン兄上だ」
「そっか。そういえば、レイン兄上は、今、僕の身代わりをしてるんだっけ」
うっかり、忘れてた~。と、ローウェンが手を叩くと、リュセルは思いっきり嫌そうな顔になった。
「俺は、あんな変態に触るのなんかごめんだぞ。第一、さんざんこっちは触られたんだ。金輪際あいつに触れるのは嫌だね!」
過去のトラウマが蘇っているリュセルは、そう怒鳴りながら身を起こすと、全身全霊でレインを拒否した。
(そ……、そんなに嫌か)
(まあ、あんな目にあえば当然だよね)
アルティスとローウェンは、目線のみでそう会話をして、互いにため息をついた。
さて、どうやって、剣鍵殿を説得しようか。
ローウェンとアルティスが同時にそう考え込んでいると、助け舟を出したのは、意外にもレオンハルトだった。
「ローウェンとアルティスを困らせてはいけないよ。わがままを言わずに、自分の役目を果たしなさい」
そんな風に、聞き分けの無い子供に言い聞かせるようにそう言った兄に、リュセルは渋々頷くしかなかった。
ローウェンは、それを聞いて目を丸くしてしまう。
(あんなにリュセル兄さんに無体を働こうとしたレイン兄上を、まさに烈火のごとく怒り狂っていたのに! ど、どうしちゃったの!? レオンハルト兄さんは)
またしても、目線でアルティスに尋ねる。
(自分の感情は押し殺し、女神の子供としての役割を優先させたのだろう。さすが、レオンハルト殿)
アルティスは、感心したように大きく頷いて、答えを返した。
(そ……、そうなの?)
ローウェンが呆気にとられていると、アルティスは不意に立ち上がった。
「では、行くか。嫌な事は早く済ませた方がよかろう」
腹違いとはいえ、自分の実兄に対して、ひどい言い草である。
「そだね。変態の相手はさっさと済ませて、すっきりしたいよね」
半身の言葉に同意して、同じように立ち上がったローウェンの言い様も、なかなかひどい。……が、的を射ている。
「はあ……」
この世の終わりのような顔をして、憂鬱そうに立ち上がるリュセルは、大きなため息をついた。
「リュ、リュセル兄さん、ファイト」
ローウェンが励ましの言葉をかけるが、その美貌に影を漂わせながら、リュセルは力なく笑った。
「ああ」
そのまま項垂れてしまったリュセルに、アルティスとローウェンは顔を見合わせた。
(気持ちはわかるが、本当に嫌なのだな)
(いっそ、清々しい位だよね)
「準備はいいか?」
三人に確認してきたレオンハルトに対し、ローウェンは頷こうとして、ぎょっと目を見開いた。
レオンハルトの腰には、二本の剣が帯剣されていたのだ。
一本は見事な彫刻の細工が目を引く、至高の宝の一つ、言わずもがな、女神の剣である。
そして、もう一本は……
女神の剣に比べると、よく使い込まれた実戦向きな剣だという事がわかる。
黒煉の剣。
かの、名うての鍛冶師、サージェフ・ケイフォスタンが、己のすべてをかけて作り上げた名剣だ。
「レオンハルト兄さん、どうして、そっちの剣も持っていくの?」
ローウェンは、つい、顔を引きつらせながら、そう聞いてしまった。
国元を離れている今、常に手元に置いておかないとならない女神の剣はわかるが、何故に城内を移動するだけなのに、もう一本の実戦用の剣を?
「…………」
ローウェンの問いに、レオンハルトは冷たい沈黙で答えた。
殺る気だ!
瞬間、ローウェンの脳裏に、恐ろしい考えが浮かんだ。
「こ、ここここの方は、もし、万が一にも、レイン兄上がリュセル兄さんに何かしようものなら、瞬殺するつもりだ! ど、どどどどどうしよう、アル!? 僕の部屋が血まみれになっちゃうよ!」
心配する所が若干ズレているローウェンが小声で捲くし立てると、アルティスは冷静な声で答えた。
「そうならぬように我らが気をつけねばなるまい。よいか、ロー。心してかかれ」
「うん」
兄の重々しい忠告に、ローウェンは手に汗握りながら頷いたのだった。
「……はあ」
レオンハルトの帯剣についてなど、気にも留めていない(それどころではない)リュセルは、またしても幸せが逃げてしまうような重苦しいため息をついていたのだった。
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