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第八章 暁を呼ぶ者
2-3 国王の寝室へ
しおりを挟む「本当に、こんなので大丈夫なのか?」
一方、サンジェイラの王族トリオが去ったローウェンの部屋では、レオンハルトとリュセルが病床に臥しているという設定のローウェンの身代わりをレインから他の者に変えた所であった。
先程までレインが赤い着物を着て横たわっていた布団の上には、現在、クマ吉が赤い着物を着た上、左目を布で隠して横たわっていた。
くまのぬいぐるみにローウェンの身代わりをさせるつもりの兄に、リュセルは顔を引きつらせて、クマ吉に変装眼鏡を掛けさせているレオンハルトに詰め寄った。
「おい、レオン!」
不安そうな弟の声に(当然だ)、レオンハルトは憮然とした口調で答えた。
「心配ない」
いつもの自信に満ち満ちた麗しのお兄様の台詞に同意するように、クマ吉はまかせろと言わんばかりの顔で、そのもこもこの胸を右手で叩いた。
「…………」
不安は晴れない。……が、いつまでも心配している訳にもいかないだろう。
自分は、サンジェイラの王族の中から、ルルドの葉の結び目となっている者を探し出し、つながりを断ち切らないとならない。
「ここはもういいだろう。さあ、行くよ」
そう言いながら立ち上がったレオンハルトにリュセルは尋ねた。
「どこへ?」
「ミゼール王の寝室だよ。彼は昨夜、徹夜で遊女や妓女相手に馬鹿騒ぎをしていたらしい。それ故、現在は寝室で休んでいるそうだ」
兄の淀みない答えの内容を聞いたリュセルは、げんなりとなった。馬鹿王はこんな時にも馬鹿な事をしていたのだ。
「相手が眠っていた方が、やりやすいだろう?」
そう言う兄に頷くと、リュセルも立ち上がる。
「しかし、国王の私室に忍び込むつもりか?」
そんな事できるのか? と眉をひそめる弟に対し、レオンハルトは感情のこもらぬ声音で答えた。
「問題ない」
まあ、この兄なら、それがどんな困難であろうと、きっと大丈夫なのだろうと、リュセルは思っておく事にした。それに、今回の相手は、あの変態王子レインではないので、リュセルの心はとても軽い。
ミゼール王も似たような人物のようだが、彼の許容範囲は女性に限定されている為、安心していいだろう。しかも、眠っているらしいし、レインのように押し倒されたり、脚や腰を触られたり、いやらしい言葉で言葉攻めにされる事もあるまい。
リュセルのレインに対する評価は、堕ちる所まで堕ちてしまったようだ。
それでも、そんなレインでも、リュセルが今だ信頼している部分は、兄弟姉妹への愛情の部分だ。ミゼール王に似た、どうしようもない変態王子だが、彼が父王と違うのは、自分の兄弟姉妹を大切に思っているという所だろう。彼の内部の深くを感知した時に感じた、家族への親愛の情は、とても暖かいものだった。
レインの事は、嫌いだが、憎めない。
「また、甘いと言われそうだな」
つい、苦笑が漏れてしまう。
「?」
怪訝そうな視線を向けてくる兄にリュセルは緩く首を振った。
「なんでもない……。さあ、行こう」
ある意味、戦場であるミゼール王への寝室へと。
*****
現サンジェイラ国王、ミゼール・サンジェイラが国王の座に就いたのは、今から十五年前の事だ。彼が三十六歳の頃の話である。はっきり言って、代々のサンジェイラ国の歴史から見て、この年になっての王位交代は遅い。後継者がいないならまだしも、直系の王子であり、第一王子であるるミゼールがいるにも関わらず、当時の国王メルティスは、なかなか王座を息子に譲らず、サンジェイラの君主として君臨し続けていたのだ。
血筋にこだわったメルティスは、サンジェイラの王家に連なる、正統なる血統の娘の一人を正妃とし、側室は一切持たなかった。
その為、彼の子供は、ただ一人となった。
正妃が産み落とした、ミゼール、ただ一人になってしまったのだ。
兄弟のいない直系の王子。生まれながらの王位継承者として、周囲に甘やかされて育ったミゼールは、現在のソウル以上にわがままで、軟弱で、低俗な考えの愚かな王子となってしまっていた。国王としての政務に忙殺されていたメルティスが気づいた頃には、もう修正するには遅い年齢になってしまっていたのである。
考えが浅く、自分の事しか考えず、そして、自分自身の欲望に忠実な、愚かな青年へと成長してしまった王位継承者であるる息子を、メルティスが己の中で切り捨てるのは早かった。
後継者対策として、彼が次に考えた己の真の継承者となる者。それは、ミゼールの子供、つまり自分の孫である。
幸い、好色で女好きなミゼールは、たくさんの子供を成す事が可能だろう。
当時、既に何人かの側室を持ち、四人の王子と四人の王女のいたミゼールに、自分が認めた、王家に連なる正統な血筋の娘を正妃としてあてがうのは簡単であった。
正妃、レティシアが美しかったのも、幸いしたのかもしれない。
案の定、ミゼールはメルティスの思惑通り、レティシアとの間に王子を儲けてくれた。しかも、彼の待ち望んだその王子は女神の息子でもあったのだ。それを知ったメルティスは、長く在り続けた王座を辞し、息子ミゼールにその座を譲った。
すべては、次世代の王たるアルティスの教育に力を注ぐ為。
ミゼールの時のような愚かな過ちは決して犯すまいと……。
そう、メルティスにとってミゼールは、アルティスが王になるまでの中継ぎにしか過ぎない存在だったのである。そして、ミゼールの代で国が傾かぬように、メルティスは自分の代で国庫をそれなりに蓄えたはずだった。だが、苦労して蓄えた国庫がミゼールの代で底をつくのは、それは早いものであったのだ。
一時期、サンジェイラ城は、城の信仰の間に飾られた女神像を売り払う事になってしまった程、赤貧に喘いでいたのである。
それを解決させたのが、ルルドの葉。
恐ろしい麻薬の存在であった。
父、メルティスがそれで得た利益を国庫の足しにするようにと進言した時、ミゼールはそれを自分の為に使う事しか考えなかった。
愚かな現王は、父の言葉を受け入れず、口ではうまい事を言い、裏ではルルドの葉で得た利益を自分の欲の為にのみ使い続けた。国がどんなに貧しく、国民がその影響により苦しんでいようと、彼には関係ないのである。
自業自得とはいえ、メルティスが死した体を邪鬼と契約し、長らえさせた根本的な原因は、一重に現サンジェイラ王、ミゼールにあったのだ。
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