【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第八章 暁を呼ぶ者

9-1 メルティスの最期

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 普通なら両腕の骨が折れてしまうであろう衝撃に耐え抜いた、強靭な宝主の肉体を有するレオンハルトは、その場にリュセルの体を降ろすと、意識のないその頬を軽く叩いた。

「リュセル?」

 無傷で生還したローウェンと違い、着物の襟がはだけ、首元を自分の血で紅く染めた弟の姿に、レオンハルトは血の気が引くのを感じる。血塗れた首元に片手をやるが、ゆっくりとそこが脈打っているのを知り、ようやく安堵した。

「う……っ」

 ゆっくりと目を開いたリュセルは、目の前のレオンハルトを確認すると、安心したように笑った。

「ああ……、戻ってこれたんだな。って、痛っ!」

 異空間では痛まなかった首元の傷がじくじくと痛み、血の匂いも相まって、リュセルの意識は再び遠ざかりかけた。

(クラクラする。血が足りん。レバーを食べなくては……。後、ほうれん草も)

 貧血のあまり、そんなのん気な事を考えてしまっていたリュセルの視線の先で、ローウェンが懐から女神の玉を出した。

「アルティス!」

 ローウェンの呼びかけに答え、アルティスが右手を玉に向かって掲げ、本日二度目の玉主玉鍵の同化を果たされる。

 眩しい銀色の光に包まれ、アルティスと同化したローウェンが、封印から解放した女神の玉を持って掲げるのを見たリュセルは、貧血気味の体に鞭打って、レオンハルトに支えられながら立ち上がる。

「俺達も行こう」

 その言葉にレオンハルトは無言で頷く。同化すれば治癒作用が働く為、首元の傷も塞がるだろうという考えもあったからだ。

「来い」

 ただ一言、そう命じた兄の掲げた剣に向かい、リュセルは右手を伸ばし、意識を集中させた。

 次の瞬間

 剣と己を中心に銀色の光があふれ、傷ついた肉体が剣に捧げられるのを感じる。そして、魂は半身である兄の中へと強制的に導かれ、そのままゆっくりと同化した。
 鞘が霧散し、輝く剣身を現した女神の剣、その柄の慣れた感触を手に握りこむと、リュセルは金に変化した瞳を、襲い来るルルドの根の先、そこに在る本体に向けた。

「さあ、浄化の時間だ」

 リュセルがそう呟くと同時に、同じ口を使って、レオンハルトがアルティスと同化したローウェンに告げる。

「周りの根の浄化を頼む。本体は私達がやる」

 原型を止めていないとはいえ、祖父殺しのような事をさせたくないというレオンハルトの気持ちが伝わったのか、ローウェンとその中に同化したアルティスは、小さく頷いた。

「わかった」

「承知」

 返答すると同時に、手に持っていた女神の玉の柄の先を床に打ち付けて、意識を玉に集中させる。次の瞬間、玉を中心にして広がる銀の光に浄化され、ルルドの木の根は動きを止める。

 ローウェンとアルティスの援護を受けたレオンハルトは、ボロボロと崩れ始めた根の間を駆け抜けて、木の中心たる本体のある玉座の元へと進んだ。

 そして……


「………………惨い」


 人であった事などわからない程に醜悪な形をした、木の幹のようなもの。それが玉座に張り付いている。そんな状態のメルティスの成れの果てに、リュセルは、目の前の相手がルルドの葉を広め、多くの人々を苦しめた張本人である事を忘れ、眉をしかめた。

「今、楽にしてやる」

 レオンハルトの言葉と共に、女神の剣がメルティスの心臓があった部分に向けられる。

 今は固い木の幹にしか見えないそこにあるものが、邪鬼との契約書であり、ルルドの木の核である事を、リュセルと同化し、感覚の上がったレオンハルトにはわかっていた。

「……」

 無言のままのレオンハルトが、ルルドの木の核、その場所に剣を突き刺そうとした瞬間、かすかな声が響いた。

 いや、それは、もはや、声とは呼べぬ、ただの思念といった方がよいのかもしれない。

 ーわ……たしは…………ただ……こ、のくにを……よりよい…………くにに………………そのため……あるてぃす…………-

 そんな、哀しげな途切れ途切れの思念に対し、リュセルは答えた。

「あなたがこの国を守ろうとした事は知っている。ただ……やり方を間違えただけだ」

 そうして優しく微笑むと、哀れな末路を迎える老いた男の、額のあった場所に口づけた。

「今度はどうか、間違えずに生きてくれ。厳格なる、人の子よ」

 元は人であった木の幹を抱きしめる、そのまま一気に剣を突き刺す。
 銀色の浄化の光が場を満たすのを見つめながら、リュセルは死に逝く哀れな魂を、女神の御許へ導いたのだった。

 こうして、浄化と共に、メルティス……、いや、ルルドの木の幹も、葉も、根も、一瞬で枯れ消え、その場に残ったのは玉座だけになった。

「浄化終了だ」

 キラキラとした浄化の光の名残の中、そうレオンハルトは呟くと、意識を剣に向けた。そして次の瞬間、剣から弾かれて現れた弟の体を、剣を持っていない方の腕で支える。

「う……。相変わらず、同化後は体がだるいな」

 その言葉と共に、兄の腕に手をついて、リュセルは自分の体を支えた。

 しかし、レオンハルトは、ぐったりとした様子のリュセルにお構いなしに首を掴むと、血に濡れた首元の傷を確かめた。

「ぐえっ」

 いきなり首を横に向けられ、呻き声を上げたリュセルを無視して、止血のハンカチを取り、そこに触れる。

 あんなに流血し、深いと思われた傷は、綺麗に治癒されなくなっていた。レオンハルトと同化し、肉体を剣に捧げている間に、女神の力が治癒したのだろう。

 兄が小さく安堵の息を吐いたのを感知し、リュセルはその事実を察する。

(女神の剣が治したのか)

 そういえば、傷ついた体を捧げられて、女神の剣は少し不機嫌だったような気もする。

「リュセル兄さん、レオンハルト兄さん!」

 そんな事を考えている間にも、同じように同化を解いたローウェンとアルティスが駆け寄ってくる。

「傷は大丈夫? リュセル兄さん」

 心配そうに顔を曇らせるローウェンに向かい、いつのまにか傷口のなくなっていた首元を見せ、リュセルは大丈夫だと微笑んだ。

「あの傷は、何故出来たんだい?」

 首を傾げて尋ねるレオンハルトに同意し、ローウェンも頷く。

「僕があの空間で目が覚めた時は、もう、出来ていたよね?」

「ああ。あの女邪鬼に血を吸われてたらしい」

 あっさりとそう答えたリュセルのあっけらかんとした顔を見返し、ローウェンは、うげぇ、というような顔になる。

「女邪鬼? 邪鬼がいたのか?」

 驚きに目を見張ったレオンハルトにリュセルとローウェンは大きく頷いた。

「今回の件は、あの邪鬼が黒幕だったらしいな」

「それで、その邪鬼はどうした?」

「さあ?」

 兄の言葉を聞いたリュセルは、本気で分からずに、首を傾げる。

「あの空間を出る時、俺は貧血を起こして穴に落ちたようだからな。出口である道を繋いでから、穴に落ちるまでの記憶が、まったくない。ここに俺がこうしているという事は、あの邪鬼は逃げたんじゃないか? ローウェンに腕を斬り飛ばされていたしな」

 かなりやばい橋を渡って自分の元に戻ってきたらしいリュセルに対し、レオンハルトは眉をしかめたが、何も言わず、今だフラフラしている弟の体をただ抱きしめた。

「無事で良かった」

「レオン」

 抱き合う剣主剣鍵二人の横、ローウェンは暗い目をして玉座を見ているアルティスに気づき、その腕にそっと触れた。

「アル……」

「大丈夫だ」

 結果的に、大切に育ててくれた祖父を裏切る事になってしまったアルティスの、その端正な顔の中には、苦渋の色が濃く出ている。

「ともかく、ユリエ姫達の方を見に行こう。あちらも心配だ。何か、嫌な予感がする」

 しかし、レオンハルトから体を離したリュセルの、そんな言葉を聞いたアルティスとローウェンは、すぐにはっとしたような顔になった。

「ユリエ姉上!」

 ローウェンが姉の名を叫んで、玉座の間を飛び出すのにアルティスも続き、リュセルもそれを追う……いや、追おうとした。

「っ!」

 走ろうとして眩暈を起こし、前のめりに倒れかけた体を咄嗟に支えたレオンハルトは、その勢いのまま、弟の体を横抱きに抱き上げる。

「…………また、このパターンかい」

 姫抱っこ状態で疲れたようにつっこみを入れるリュセルを抱えたまま走り出したレオンハルトは、その言葉を軽く無視してささやいた。

「しっかり掴まっていなさい。このまま飛ばすぞ」

 手強い敵を浄化した後だというのに、己とそう体格の変わらぬ、成人男性たるリュセルを横抱きに抱えたまま、ものすごい速さで走る兄の、超人じみた体力と腕力に今更ながらに呆れ、リュセルは渋々その肩に掴まった。

 体はだるいし、血が足らなくてクラクラするし、他の三人に比べ、リュセル一人だけボロボロである。

(本気で自分の身位は守れるように強くなる事を考えた方がいいかもしれない)

 このままでは、まるでヒロインだ。

 リュセルは自嘲気味に口端を歪ませながら、そう考えたのだった。

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