【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第八章 暁を呼ぶ者

10-2 騒動の終幕と災いの種

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「王は変わったが、王族に対する国民の不信感は強い。アサギ王子……いや、王は、これからが大変だろうね」

 レオンハルトは、用意された朝食をリュセルに渡しながら、冷静にそう言った。

「だが、ユリエ姫も意識を取り戻したし、彼女とレイン王子がアサギ王の補佐となって動いてくれるようだから、きっとこの国は変わるな」

 三人の王族を中心に、きっと、サンジェイラは立ち直るだろう。

「ルルドの葉の浄化も済ませた事だし、そろそろ帰国する事を考えた方がいいかもしれないね」

 リュセルは兄の言葉に頷くと、渡された朝食を見て、かすかに唸った。

「どうした?」

 面白そうにふふっと笑いながらこちらに目を向ける兄を見つめ返し、リュセルはげんなりとしながら答える。

「もう……、頼むから、このメニューはやめてくれ」

 リュセルの為に用意された朝食のメニューは、ここ数日、レバーやほうれん草など、いわゆる増血に効果のある料理ばかりだったのだ。

「朝から鼻血を出すぞ、この野郎」

 リュセルは、クマ吉の差し出したフォークを受け取りながら、そう唸ったのだった。





「アル」

 リュセルが数日続いている朝食の増血メニューに辟易していた頃、ローウェンは城の裏手にある王族の墓地にて半身の姿を見つけ、呼びかけていた。

 ルルドの木、そのものであったメルティスは、表向きには病死と発表された為、通常通りに王族の墓地に埋葬されたのだ。

 一番新しい墓の前に立ちすくんでいる兄が、毎朝ここに来ている事をローウェンは知っていた。

 葬儀を済ませても、身内を亡くした事になる二人は喪に服したまま、共に漆黒の着物を身に着けている。

「ローか」

 アルティスの短い呼び掛けにローウェンは眉をひそめると、兄の傍に駆け寄った。

「アル……」

 大丈夫かと聞きかけて、口を閉じる。

 育ててくれた人を失って、大丈夫な訳がない。それがどんな相手でも……。

「お祖父様は、リュセル殿が言うた通り、やり方を間違えておったのだ。我が、それをちゃんと指摘して諌めておれば、何かが変わったのかもしれぬ」

「…………」

 しかし、いくら玉鍵とはいえ、十五歳の子供に過ぎなかったアルティスが、育ての親でもあり、後見役でもあったメルティスに逆らう事など、果たして出来ただろうか。

 第一、相手がルルドの木であった事すら知らなかったのだ。

 頭ではわかっていても、自分を責めてしまう兄のやるせない気持ちがわかっていたからこそ、ローウェンは黙ってその言葉を聞いていた。

「アルは、自分が許せないんだね」

 長い沈黙の末、自責の念に苛まれたアルティスの漆黒の双眸を見上げて、ローウェンはささやいた。

「……ああ、そうかもしれぬ」

 目を閉じて小さく頷いたアルティスを見上げ、ローウェンは左目を覆う眼帯をおもむろに取ると、偽りのない自分の姿で、偽りのない言葉を彼に捧げる。

「アル自身が自分を許せないって思うのなら、それでもいい。でも、僕は許すよ。例え、世界中の人達がアルを許さなくても、僕は、僕だけは、許し続ける。ずっと、変わらず想い続けるよ。……僕のアルティス」

 そうささやくと、自分よりも背の高い兄の体を包み込むように、背伸びして抱きしめた。

「ロー、ローウェン」

 すぐさま背を掻き抱かれ、ローウェンは兄の腕の力のあまりの強さにかすかに顔をしかめながらも、彼の頬が涙で濡れていたのを知っていたので、慰めるように震えている背をさすった。

 ああ、なんだろう。

 綺麗で、妖しくて、優しい、この兄が

 生真面目で、誠実で、実は不器用な、この兄が

 ……すごく、愛おしい。

 狂おしいまでに抱き合いながら、アルティスのまとう麝香の香りに包まれて、ローウェンはそう感じていたのだ。それは、愛情に飢えていたローウェンが、和解してから今までの間、ずっとアルティスに感じていた、兄としてへの情をやっと超えて、半身として彼を意識した最初だったのかもしれない。

「ロー」

 だから、顔を傾けてきたアルティスに答えるように、ローウェンはうっとりと両目を閉じて、兄の与えてくれる口づけを陶然とした思いで受けたのだった。







「結果的に、黄昏往くこの国を救ったのは誰だって事になるんだろうな」

 一方、やっと朝食を終え、膝にクマ吉を抱えて、部屋の窓の外の景色に目をやったリュセルに、レオンハルトは小さく微笑んだ。

「さてね。私達でない事は確かだな」

 兄の言葉を聞いたリュセルは、クスクス笑うと、困ったような表情を浮かべるクマ吉の耳を指先で触りながら頷く。
「黄昏が来るという事は、必ず暁が来るという事。暁を呼んだのは、もしかしたら、サンジェイラの生まれ変わりであるユリエ姫を動かした国民なのかもしれないな」

 そんな弟の言葉に、レオンハルトはかすかに微笑みを浮かべた。

「そうかもしれないね。気になる事はまだ残っているが、これで良かったのだろう」

 リュセルは眉をしかめて、クマ吉を愛でるその手を止めた。

「あの、女邪鬼の事か」

 おそらく、メルティスをルルドの木に仕立て上げたであろう張本人。

「あちらとも、いずれ決着をつける事になるだろうね」

 厳しいレオンハルトの視線を受けて、リュセルは小さく頷いた。



*****



「おやおや」



 その男は、片腕を失い、命からがらの体で帰ってきた同僚の姿を見ても、眉一つ動かさなかった。

「たす……助けて、サイレン」

 ぜえぜえと荒い息をつきながら、そう喘ぐ女邪鬼の目前にサイレンは膝をつき、その紳士然とした顔を彼女に寄せると、困ったようにささやいた。

「それは出来ません、スイ」

 予想外の言葉を聞き、スイは愕然とする。

「どうして? どうしてよっ! あたしがサンジェイラ攻略に失敗したから!?」

「う~ん。まあ、それは関係ないのですが。……でもねぇ、ルルドの苗をあげたっていうのに、この体たらくは、確かに情けなさ過ぎですかねぇ」

 目の前で仲間が死に掛けているというのに、あまりにものん気に首を傾げたサイレンは、奥で眠る主に一瞬だけ目をやると言った。

「サンジェイラの事は、非常に残念ですが、それは仕方ありません。その内、またチャンスはあるでしょうし、他の国から攻めてみるという手もありますしね」

「じゃ、じゃあ、なんでっ!?」

「剣鍵に手を出したでしょう、スイ?」

 縋るつくスイをうるさそうに払いながら、サイレンは眉をしかめる。

「え……?」

「あの剣鍵は、血の一滴にいたるまでマスターのものです。あの子の血、飲みましたね? スイ」

 小首を傾げて優しく問うサイレンの目は、笑っていなかった。

「だって……、だ、だって…………」

「マスターは、あなたが許せないらしいのですよ。すみませんねぇ」

 そう言うと、サイレンは、目の前のスイの首を自分の右手の爪で引き裂く。

「………………ッ」

 悲鳴を上げる事も出来ずに、一瞬で邪気の固まりに戻り、霧散したスイを見送った後、サイレンは呟いた。

「まったく、困りましたねぇ。あなたはちゃんとやって下さいよ、セフィラン」

 その言葉と共に進み出た青年は、チラリとサイレンを見て低い声で言った。

「……で? 俺は何をしたらいいんだ?」

「久方ぶりに会ったのに、挨拶もなしですか?」

「…………」

 翠緑の髪の、背の高い男。

 彼の相変わらずの性急さと寡黙さにもサイレンは慣れているのか、まったく気にせず、質問に答えた。

「アシェイラの動向を探るというより、私が前に鏡鍵を監視していたように、剣鍵を監視して欲しいのですよ。半分人間の血を引くあなたなら、出来るでしょう?」

「いっそ、一思いにさらって来てしまえばいいものを」

 サイレンの要請に不満を表したセフィランは、そう言いながらも、その命に従う為、彼に背を向けた。

「まあ、そう言わずに。くれぐれも剣鍵に手を出さぬように願いますよ。スイのようになりたくなければね」

「誰が男などに」

 吐き捨てるようにしてそう呟き、姿を消した同僚を見送ると、サイレンはうっそりと微笑んだ。

「そうは言いますがね。相手は女神の子供ですよ。我ら、マスターの邪心の固まりなのですから、心惹かれるのは必然」

 ああ、でも。と不意に思い直す。

「半分人間であるあなたなら、大丈夫かもしれませんね」

 そう言うと、サイレンは、ふふふふふと密やかな笑みを浮かべたのだった。

 すべては長の眠りに就いているマスターが目覚めてから。それまでに、出来る限りの準備を進めなくては。

 邪気を世界中に広め、我らが住みやすい世界にし、マスターにマスターの欲する者を与え、女神の創った世界を滅ぼし、人間に代わって世界を治めるのだ。

 暗黒の世の始まりとする為に……。

 あの剣鍵は、その為の大事な生贄なのである。

 姉神を恋い続けるスノーデュークに捧げられる、彼の求める女神の心を持つ贄。

「そして、マスターが、この世界の、新たなる創世神となるのです」

 サイレンのこの言葉は、すべての邪鬼の悲願なのだ。

 主人である、眠る少年が目覚めた時がまさにその時。

「それまで、せいぜい一時の平和を謳歌するがいい」

 サイレンは主の眠りを守る水晶を愛おしく撫でながら、うっとりと目を閉じたのだった。
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