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第九章 怪盗イチゴミルク
2-1 ジュリナの申し出
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「あははははははははははははははっ」
その日、ディエラ国王都の城内では、素晴らしく大きな笑い声が響き渡っていた。
「ははははははははははははっ!」
笑い声の主である凛々しさ溢れる美女は、艶やかな朱金色の髪を振り乱しながら、自分が座るソファの背もたれをバンバンと叩いて涙を流して笑っている。
「………………ジュリナ殿」
一方、彼女の向かい側の席、ソファに腰かけたリュセルは、笑い転げるジュリナを恨みがましく睨み見ていた。
「お、お姉様。笑い過ぎですわ」
そう言って、笑いすぎて酸欠状態に陥った姉の背を擦った婚約者の姿を見つめたリュセルは、その可憐な姿にうっとりとした気分になったが、現状、そんな、ほんわかとした気持ちになっている場合ではない。
「は~は~。ふう、あ~……、マジで笑い死ぬかと思った」
荒い息をつきながらそう言ったジュリナは、目の前のソファに座る妹の婚約者を見て、またプッと噴出しそうになる。
「ちょっと待て、ちょっと待て……、い、今、落ち着くから」
ゼーゼーと荒い息を吐きつつ顔を背けるジュリナに対し、リュセルの堪忍袋の緒が切れた。
「一体、誰の所為でこんな事になったと思ってるんだっ!」
リュセルの怒鳴り声を聞いたジュリナは、きょとんとした顔になると、ああ、と思い出したように頷いた。
「私の所為か」
平然と頷いた傲慢な美女に、リュセルは口元をヒクつかせる。
アシェイラ王都ではあまり知られていないリュセルの通り名、”深窓の姫君”を広めた張本人であるジュリナは、その事実をうっかり忘れていたようだった。
「そ……それで、まだ貴族や金持ちの男共からの……ヒヒヒヒ、こ……恋文は、と……届いているのかい?」
「ああ。ベッドの下に隠してある」
「ぶはっ、…………あははははははははっ」
リュセルの憮然とした答えがツボに入ったらしいジュリナは、再び笑いの発作に襲われた。
「なる……、なる程。でも、なんで隠すんだい? お前の通り名を含めて、レオンハルトに言っておいた方がよくないか?」
ようやく笑うのを止めて、最もな事を言い出したジュリナを見たリュセルは眉をひそめ、ポツリと呟いた。
「そんな事、あいつに教えたら、監視の目が厳しくなってノンちゃんを見に行けないじゃないか」
リュセルの呟きを聞いたジュリナは小さく頷く。
「創世祭で見た黒猫シリーズの続編だね。う~ん、まあ、気持ちはわかるけどねぇ。でも、相手は怪盗イチゴミルクだからさ~」
そう言って腕を組んでソファの背もたれに寄りかかったジュリナに同意するようにティアラも頷く。
「お姉様も被害に遭いましたものね」
小さなため息と共に紡がれた言葉を聞いたリュセルは目を見張った。
「被害にあったって……。ディエラ城に賊が押し入ったって事か!?」
「いや、知り合いの貴族の家に預けていた絵を盗まれたんだよ。くそっ、大枚はたいて買い取った、ダイン・ケイファスタンの絵を~っ! 思い出しただけでも腹が立つ!」
メラメラと怒りの炎を燃やす姉の横で、ティアラも痛ましそうな目をした。
「他にも、その方の家の家宝だった宝石を盗まれてしまったらしいのです」
「その、怪盗イチゴミルクって賊は、ディエラでよく出没したってレオンが言っていたが」
考えるように顎に手をやったリュセルを見ながら、ジュリナは頷く。
「ディエラ国。特に王都は、芸術の都だからさ。世界的に価値の高いものがゴロゴロと貴族連中の家に眠っているんだよ。だから盗賊に狙われやすい」
「でも、人指定で予告状を出したのは初めてのケースですわよね、お姉様」
不思議そうに首を傾げるティアラに、ジュリナも首を傾げた。
「そうなんだよねぇ。お前の何が、怪盗イチゴミルクの興味をそそったんだろうね?」
「……俺じゃない。深窓の姫君に興味惹かれたんだろう、そいつは。世間では、俺の事を姫だと思っている者もいるようだしな。あんな特徴が流れたら、俺だってどんな美しい姫君だろうって興味持つぞ」
リュセルの答えを聞いたジュリナは目を細め、ため息をついた。
「噂って怖いな~」
「あなたがそれを言うか?」
相手の怒気を孕んだ声にもジュリナは気にも止めず、飄々とした口調で話を続ける。
「ま~、お前の特徴は、噂と全然違うから大丈夫だと思うが……。念の為、噂を広めた詫びとして、予告の日にアシェイラ城に応援に行ってやるよ」
「面白がっていないか?」
やけに親切なジュリナの申し出を聞いて、リュセルは不審そうな顔になる。
「滅相もない! あっ、ティアは危ないから留守番だよ。深窓の姫君の見た目特徴を抜かせば、ティアは勘違いされても仕方ない程、盗賊が狙う姫君そのものだからね」
「はい、お姉様」
心配性な姉から留守番を言いつけられたティアラは、少し寂しそうに頷いた。
「しかし、あれだね~。サンジェイラ国の騒動の話より、こっちの印象のが強過ぎて、困ったねこりゃ」
全然困っていなさそうなジュリナの言葉を聞きながら、リュセルは遠い目になったのだった。
その後も少し雑談をした後、日も暮れてきたので、リュセルは二人の晩餐の誘いを断って、アシェイラに戻った。長兄に逆らえないのは、もう、これは、リュセルの性なのかもしれない。
でも、そんなリュセルだが、これだけは……、これだけは譲れない!
そう、それから二日後、リュセルは帰国したばかりで多忙なレオンハルトの目を盗んで、街に降りる決心をしたのである。
何故なら、この日がチケットに記載された”黒猫ノンちゃんと伝説の姫君”の公演日。
何が起ころうとも、行かなくては……。
「では、クマ吉。頼むぞ」
リュセルはそう言うと、ローウェンからもらってきた変装眼鏡を自分の姿に設定して、クマ吉にかけさせた。
この事は、ティルにも内緒だ。
自分以外にはリュセル王子の姿に見えるであろうクマ吉に留守を頼むと、リュセルは自分も変装眼鏡をかけて部屋を出た。
後ろではクマ吉が「いってらっしゃい。」とでも言うように、短い手を振っている。
それに片手を上げて答えると、リュセルは変装用に着ていた侍従の制服の襟元をくつろげながら、抜け道のある場所へと急いだ。
途中、カイエに出くわしドキリとしたが、廊下の隅に寄り、侍従がするように頭を下げ、それを見送る。
さすが、ローウェン作変装眼鏡。全然ばれない。
そのまま、中庭の隅、目立たぬ所に設置された井戸のフタを開けると、迷う事なくその中に飛び込んだ。水のない浅い空井戸の底に着地し、目の前に続く通路を確認して、ルンルン気分で走り出す。もう、リュセルの頭の中は、黒猫でいっぱいいっぱいで、他が入り込む余地がなかったのだ。
そうして、長く暗い道を抜け、たどり着いた場所は、城の裏門近くにある井戸だった。カイルーズが設置したのか、用意されていたロープをよじのぼり、外に出る。
人通りのないに等しいそこは、やはり誰もいなかった。
身軽な動作で井戸から出たリュセルは、そういえば、街に一人で来るのが初めてな事に気づく。常に誰かと一緒だったから、一人のこの時間が新鮮でたまらない。
リュセルは、着ていた使用人服の上に、持ってきていたコートを羽織ると、颯爽と街へ繰り出したのだった。
その日、ディエラ国王都の城内では、素晴らしく大きな笑い声が響き渡っていた。
「ははははははははははははっ!」
笑い声の主である凛々しさ溢れる美女は、艶やかな朱金色の髪を振り乱しながら、自分が座るソファの背もたれをバンバンと叩いて涙を流して笑っている。
「………………ジュリナ殿」
一方、彼女の向かい側の席、ソファに腰かけたリュセルは、笑い転げるジュリナを恨みがましく睨み見ていた。
「お、お姉様。笑い過ぎですわ」
そう言って、笑いすぎて酸欠状態に陥った姉の背を擦った婚約者の姿を見つめたリュセルは、その可憐な姿にうっとりとした気分になったが、現状、そんな、ほんわかとした気持ちになっている場合ではない。
「は~は~。ふう、あ~……、マジで笑い死ぬかと思った」
荒い息をつきながらそう言ったジュリナは、目の前のソファに座る妹の婚約者を見て、またプッと噴出しそうになる。
「ちょっと待て、ちょっと待て……、い、今、落ち着くから」
ゼーゼーと荒い息を吐きつつ顔を背けるジュリナに対し、リュセルの堪忍袋の緒が切れた。
「一体、誰の所為でこんな事になったと思ってるんだっ!」
リュセルの怒鳴り声を聞いたジュリナは、きょとんとした顔になると、ああ、と思い出したように頷いた。
「私の所為か」
平然と頷いた傲慢な美女に、リュセルは口元をヒクつかせる。
アシェイラ王都ではあまり知られていないリュセルの通り名、”深窓の姫君”を広めた張本人であるジュリナは、その事実をうっかり忘れていたようだった。
「そ……それで、まだ貴族や金持ちの男共からの……ヒヒヒヒ、こ……恋文は、と……届いているのかい?」
「ああ。ベッドの下に隠してある」
「ぶはっ、…………あははははははははっ」
リュセルの憮然とした答えがツボに入ったらしいジュリナは、再び笑いの発作に襲われた。
「なる……、なる程。でも、なんで隠すんだい? お前の通り名を含めて、レオンハルトに言っておいた方がよくないか?」
ようやく笑うのを止めて、最もな事を言い出したジュリナを見たリュセルは眉をひそめ、ポツリと呟いた。
「そんな事、あいつに教えたら、監視の目が厳しくなってノンちゃんを見に行けないじゃないか」
リュセルの呟きを聞いたジュリナは小さく頷く。
「創世祭で見た黒猫シリーズの続編だね。う~ん、まあ、気持ちはわかるけどねぇ。でも、相手は怪盗イチゴミルクだからさ~」
そう言って腕を組んでソファの背もたれに寄りかかったジュリナに同意するようにティアラも頷く。
「お姉様も被害に遭いましたものね」
小さなため息と共に紡がれた言葉を聞いたリュセルは目を見張った。
「被害にあったって……。ディエラ城に賊が押し入ったって事か!?」
「いや、知り合いの貴族の家に預けていた絵を盗まれたんだよ。くそっ、大枚はたいて買い取った、ダイン・ケイファスタンの絵を~っ! 思い出しただけでも腹が立つ!」
メラメラと怒りの炎を燃やす姉の横で、ティアラも痛ましそうな目をした。
「他にも、その方の家の家宝だった宝石を盗まれてしまったらしいのです」
「その、怪盗イチゴミルクって賊は、ディエラでよく出没したってレオンが言っていたが」
考えるように顎に手をやったリュセルを見ながら、ジュリナは頷く。
「ディエラ国。特に王都は、芸術の都だからさ。世界的に価値の高いものがゴロゴロと貴族連中の家に眠っているんだよ。だから盗賊に狙われやすい」
「でも、人指定で予告状を出したのは初めてのケースですわよね、お姉様」
不思議そうに首を傾げるティアラに、ジュリナも首を傾げた。
「そうなんだよねぇ。お前の何が、怪盗イチゴミルクの興味をそそったんだろうね?」
「……俺じゃない。深窓の姫君に興味惹かれたんだろう、そいつは。世間では、俺の事を姫だと思っている者もいるようだしな。あんな特徴が流れたら、俺だってどんな美しい姫君だろうって興味持つぞ」
リュセルの答えを聞いたジュリナは目を細め、ため息をついた。
「噂って怖いな~」
「あなたがそれを言うか?」
相手の怒気を孕んだ声にもジュリナは気にも止めず、飄々とした口調で話を続ける。
「ま~、お前の特徴は、噂と全然違うから大丈夫だと思うが……。念の為、噂を広めた詫びとして、予告の日にアシェイラ城に応援に行ってやるよ」
「面白がっていないか?」
やけに親切なジュリナの申し出を聞いて、リュセルは不審そうな顔になる。
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「はい、お姉様」
心配性な姉から留守番を言いつけられたティアラは、少し寂しそうに頷いた。
「しかし、あれだね~。サンジェイラ国の騒動の話より、こっちの印象のが強過ぎて、困ったねこりゃ」
全然困っていなさそうなジュリナの言葉を聞きながら、リュセルは遠い目になったのだった。
その後も少し雑談をした後、日も暮れてきたので、リュセルは二人の晩餐の誘いを断って、アシェイラに戻った。長兄に逆らえないのは、もう、これは、リュセルの性なのかもしれない。
でも、そんなリュセルだが、これだけは……、これだけは譲れない!
そう、それから二日後、リュセルは帰国したばかりで多忙なレオンハルトの目を盗んで、街に降りる決心をしたのである。
何故なら、この日がチケットに記載された”黒猫ノンちゃんと伝説の姫君”の公演日。
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「では、クマ吉。頼むぞ」
リュセルはそう言うと、ローウェンからもらってきた変装眼鏡を自分の姿に設定して、クマ吉にかけさせた。
この事は、ティルにも内緒だ。
自分以外にはリュセル王子の姿に見えるであろうクマ吉に留守を頼むと、リュセルは自分も変装眼鏡をかけて部屋を出た。
後ろではクマ吉が「いってらっしゃい。」とでも言うように、短い手を振っている。
それに片手を上げて答えると、リュセルは変装用に着ていた侍従の制服の襟元をくつろげながら、抜け道のある場所へと急いだ。
途中、カイエに出くわしドキリとしたが、廊下の隅に寄り、侍従がするように頭を下げ、それを見送る。
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そうして、長く暗い道を抜け、たどり着いた場所は、城の裏門近くにある井戸だった。カイルーズが設置したのか、用意されていたロープをよじのぼり、外に出る。
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