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第九章 怪盗イチゴミルク
5-2 守護結界
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そう言うと、渡されたレオン人形を抱えて壁際にあったベッドに横になると、リュセルはそのまま熟睡状態に入った。
「この状況で寝ますか!? しかも、なんで人形抱えて寝るんですかっ!」
ハミルは呆然とするしかない。
「ふっふふふふふふふ。チャンスよ、ハミル」
ようやく立ち直ったミルフィンの顔を見たハミルは、胸ポケットよりハンカチを出し、ため息交じりに差し出す。
「ミルフィン様、鼻血をお拭き下さい」
白いシーツの上に散った月の色をした髪。
固く閉じられた白い瞼。
薄く開かれた薄紅色をした形のよい唇。
甘く、そして、凛々しさを秘めた端正な顔立ち。
そして……、腕には、レオン人形。
「なんて美しいの」
寝台で眠るリュセルを見下ろしながら、ミルフィンはうっとりとため息をつきつつ、呟く。
ボタボタボタ
自分が貸したハンカチが役に立たなくなる程、大量の鼻血を流す主にハミルはミルフィンの血液量の心配をする。
「ミ……、ミルフィン様。そんなに血を流してしまっては、出血多量になってしまいます」
オロオロした様子の従者兼弟子の言葉を聞いたミルフィンは、しかし次の瞬間、顔を引き締めた。
「チャンスよ」
「だから、何のですか?」
頭の中に?マークを並べながら、のん気に聞いてくるハミルに裏拳をおみまいし、ミルフィンはあきれたように言う。
「あたし達は怪盗よ! わかってる? 怪盗は獲物を盗んで、はい、終わりっという訳にいかないでしょ!?」
「え!? 違うんですか!?」
ミルフィンの裏拳攻撃の痛みに身もだえながらも、ハミルはそう叫ぶ。
「うう~」
ハミルの叫びに呼応するようにすやすやと眠っていたリュセルが小さく唸った。
「!!」
咄嗟にハミルの口を乱暴に両手で塞いだミルフィンは、息を呑んで銀の王子の寝顔を見下ろす。
「う~ん、レオン……」
寝返りを打って、人形を抱いたまま再び深い眠りに入ったリュセルの様子を見た二人は、同時にほっと息を吐く。
「何、大声出してんのよ。これから味見しようっていうのに、起きちゃうじゃない!」
「す、す、すみません……って、へ? あああ、味見???」
素っ頓狂な声を出したハミルにミルフィンは頷き答える。
「怪盗として盗んだ獲物を味わっておかないとね。あたし達は一応悪者なのよ?」
「でも、でもでも、そんな……、味見って、何するつもりですか?????」
ハミルは慌てるが、当のミルフィンは目をパチパチさせながら恥じらった。
「く……口づけをしたいなって、思って。…………きゃあ、言っちゃった!」
くねくねしながら頬を染めたミルフィンの姿を見ていたハミルは無言になる。
「いいじゃない、それ位。せっかく盗んだんだから!」
いや、正確には、盗まれたのはハミルで、盗んだのはリュセルなのだが……。
「…………じゃあ、鼻に布でも詰めておいた方がいいと思います」
リュセルの寝顔を見下ろしただけでボタボタと鼻血を流す主に向けた、ハミルのせめてもの言葉だった。
「リュセル王子……」
ミルフィンはうっとりとしながら、眠るリュセルに顔を寄せる。(もちろん、自分の鼻には小さく切った布を詰め込んでいる)
「ん?」
しかし、途中で動きを止めると、リュセルの左の手首に目を向けた。
「こ、これってもしかして……、虹石!?」
相手の白い手首にさりげなく飾られた、金のブレスレット。
それにはめられた数粒の小さな石は、ミルフィンの記憶が正しければ、数が世界的に少なく、希少価値が高い上に馬鹿高い値段で取引きされている七色に光る宝石、虹石に間違いない。
「嘘、すごい! 初めて見た。それも、小さいとはいえ、こんなにたくさん。……何これ、この金も、本物の純金じゃない。これ一つで、私達一生遊んで暮らせるわよ!」
投げ出されたリュセルの腕を掴み、興奮を隠せない様子でミルフィンは小声で叫び、ハミルは感心したように言った。
「さすが、王族。さりげなく身につけているものが違いますね~」
「きゃ~! もう、すごいすごい! でも、これは今度のターゲット外の代物だから、いただく事は出来ないわねぇ……。残念」
怪盗として、確固たるポリシーを持っている怪盗イチゴミルクは、予告状を出した獲物以外のものには手を出さないのだ。
「ん~、もう! でも、この方の唇を奪えるという事の方が、きっと何倍も価値があるわ」
そうささやくと、うっとりと頬を染めながらリュセルの顔に自分の顔を寄せる主から、ハミルは行儀良く視線をそらした。
「お慕いしております、リュセル王子…………」
唇と唇が重なろうとした、その瞬間。
チカッ
リュセルの左手首を飾る虹石が鈍い光を放ったかと思ったら、リュセルの体を中心に白い光の結界が張り巡らされ、ミルフィンの体はリュセルから弾き飛ばされたのだった。
「きゃああああっ!」
「ミルフィン様~~~~!」
吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられた主の(情けない)姿。ハミルは驚きに目を見張るしかなかったのだった。
それと、ちょうど同時刻。
「む?」
何かを感じ取ったかのように眉を潜めたレオンハルトの小さな声を聞いて、隣でグースカ眠っていたジュリナは目を覚ました。
「ん? なんだい……?」
「お前は…………。こんな所で寝ないで、客室を用意させたから、そこで寝ろ」
ジロリと睨まれたジュリナは、大きく欠伸をすると、肩をコキコキと鳴らした。
「ん~、そうするかねぇ。まだ、しばらくかかりそうだし」
ジュリナの視線の先では、レオンハルトの部屋に運び込まれた大きな丸いテーブルを囲み、ジェイド、カイルーズ、カイエが、件の黒猫ノンちゃんの舞台”黒猫ノンちゃんと伝説の姫君”のパンフレットを中心にして、明日(もう今日か)の対怪盗イチゴミルクの作戦を練っている所だった。
「ところで、さっきのは何だったんだい?」
「何がだ?」
優雅に足を組んだレオンハルトにジュリナは続けて尋ねる。
「さっき、何か感じ取っていただろう?」
「ああ、少し守護結界が働いたのでね」
そう言いながら、レオンハルトは暇潰しに読んでいた、クマ吉のマニュアル本応用編に再び視線を落とす。
「守護結界? どこかに張ったのかい?」
守護結界とは、女神の眠る地に存在するセイントクロスの泉の水の力を借りて張る結界の一つである。主に、邪気を防ぐために使用されるものだ。
女神の子供なら誰でも張る事は出来るのだが、やり方が繊細で難しく、現代の女神の子供の中では、おそらく、レオンハルトとジュリナしか張れないだろう。
「いや、ここには張っていない。リュセルにあげたブレスレットにサンジェイラから帰国した折に仕掛けておいたのだ。力の弱い邪気や、邪な思いを持って近づく人間がいると、作用するようにしておいたのだが……」
サンジェイラ国での、レイン相手の苦い経験から、弟に無断でそうしたのだ。……過保護である。
「邪気がリュセルの近くにいるというのか!?」
心配そうに顔を曇らせたジュリナに対し、レオンハルトは首を振る。
「まだ王都内にいるようだからね。それはないだろう」
「ん? ……なんでわかるんだい?」
「結界が作動したのが王都の西の方だったからな」
平然とそう言った幼なじみの無表情な顔を凝視し、ジュリナは頭を抱える。
「お前、場所がわかってるなら、早く連れ戻して来いよ!」
そして、この茶番劇をさっさと終わらせろ。と言わんばかりの勢いで詰め寄ったジュリナにレオンハルトは凍りつくような冷たい目で答えた。
「何故?」
「何故って……」
不機嫌そうに眉根を寄せていたレオンハルトは、表情をやわらげ、ふと唇だけで微笑む。
「慌てんでも、明日の夜確実に戻ってくるのだよ。……私を相手に、さて、どこまでやるつもりなのかね」
そう言ってレオンハルトは微笑を浮かべ、ジュリナは顔を引きつらせる。
(やばい、相当怒っている。当然といえば、当然だけど)
付き合いの長いジュリナが見る所、これは、相当の怒りレベルだ。
(リュセル~。怪盗イチゴミルクなんてやってないで、早く帰って来て謝った方が絶対いいぞ)
ジュリナは内心そう思いながら、ため息をついたのだった。
*****
基本的に規則正しい生活を送っているリュセル(レオンハルトに無茶をされた日は除く)は、怪盗生活中も、それは、さわやかな目覚めをした。
「すがすがしい朝だ」
大きく伸びをしながら、窓から差し込む朝日に目を細める。
しかし、その腕にはレオン人形。
「この状況で寝ますか!? しかも、なんで人形抱えて寝るんですかっ!」
ハミルは呆然とするしかない。
「ふっふふふふふふふ。チャンスよ、ハミル」
ようやく立ち直ったミルフィンの顔を見たハミルは、胸ポケットよりハンカチを出し、ため息交じりに差し出す。
「ミルフィン様、鼻血をお拭き下さい」
白いシーツの上に散った月の色をした髪。
固く閉じられた白い瞼。
薄く開かれた薄紅色をした形のよい唇。
甘く、そして、凛々しさを秘めた端正な顔立ち。
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寝台で眠るリュセルを見下ろしながら、ミルフィンはうっとりとため息をつきつつ、呟く。
ボタボタボタ
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「ミ……、ミルフィン様。そんなに血を流してしまっては、出血多量になってしまいます」
オロオロした様子の従者兼弟子の言葉を聞いたミルフィンは、しかし次の瞬間、顔を引き締めた。
「チャンスよ」
「だから、何のですか?」
頭の中に?マークを並べながら、のん気に聞いてくるハミルに裏拳をおみまいし、ミルフィンはあきれたように言う。
「あたし達は怪盗よ! わかってる? 怪盗は獲物を盗んで、はい、終わりっという訳にいかないでしょ!?」
「え!? 違うんですか!?」
ミルフィンの裏拳攻撃の痛みに身もだえながらも、ハミルはそう叫ぶ。
「うう~」
ハミルの叫びに呼応するようにすやすやと眠っていたリュセルが小さく唸った。
「!!」
咄嗟にハミルの口を乱暴に両手で塞いだミルフィンは、息を呑んで銀の王子の寝顔を見下ろす。
「う~ん、レオン……」
寝返りを打って、人形を抱いたまま再び深い眠りに入ったリュセルの様子を見た二人は、同時にほっと息を吐く。
「何、大声出してんのよ。これから味見しようっていうのに、起きちゃうじゃない!」
「す、す、すみません……って、へ? あああ、味見???」
素っ頓狂な声を出したハミルにミルフィンは頷き答える。
「怪盗として盗んだ獲物を味わっておかないとね。あたし達は一応悪者なのよ?」
「でも、でもでも、そんな……、味見って、何するつもりですか?????」
ハミルは慌てるが、当のミルフィンは目をパチパチさせながら恥じらった。
「く……口づけをしたいなって、思って。…………きゃあ、言っちゃった!」
くねくねしながら頬を染めたミルフィンの姿を見ていたハミルは無言になる。
「いいじゃない、それ位。せっかく盗んだんだから!」
いや、正確には、盗まれたのはハミルで、盗んだのはリュセルなのだが……。
「…………じゃあ、鼻に布でも詰めておいた方がいいと思います」
リュセルの寝顔を見下ろしただけでボタボタと鼻血を流す主に向けた、ハミルのせめてもの言葉だった。
「リュセル王子……」
ミルフィンはうっとりとしながら、眠るリュセルに顔を寄せる。(もちろん、自分の鼻には小さく切った布を詰め込んでいる)
「ん?」
しかし、途中で動きを止めると、リュセルの左の手首に目を向けた。
「こ、これってもしかして……、虹石!?」
相手の白い手首にさりげなく飾られた、金のブレスレット。
それにはめられた数粒の小さな石は、ミルフィンの記憶が正しければ、数が世界的に少なく、希少価値が高い上に馬鹿高い値段で取引きされている七色に光る宝石、虹石に間違いない。
「嘘、すごい! 初めて見た。それも、小さいとはいえ、こんなにたくさん。……何これ、この金も、本物の純金じゃない。これ一つで、私達一生遊んで暮らせるわよ!」
投げ出されたリュセルの腕を掴み、興奮を隠せない様子でミルフィンは小声で叫び、ハミルは感心したように言った。
「さすが、王族。さりげなく身につけているものが違いますね~」
「きゃ~! もう、すごいすごい! でも、これは今度のターゲット外の代物だから、いただく事は出来ないわねぇ……。残念」
怪盗として、確固たるポリシーを持っている怪盗イチゴミルクは、予告状を出した獲物以外のものには手を出さないのだ。
「ん~、もう! でも、この方の唇を奪えるという事の方が、きっと何倍も価値があるわ」
そうささやくと、うっとりと頬を染めながらリュセルの顔に自分の顔を寄せる主から、ハミルは行儀良く視線をそらした。
「お慕いしております、リュセル王子…………」
唇と唇が重なろうとした、その瞬間。
チカッ
リュセルの左手首を飾る虹石が鈍い光を放ったかと思ったら、リュセルの体を中心に白い光の結界が張り巡らされ、ミルフィンの体はリュセルから弾き飛ばされたのだった。
「きゃああああっ!」
「ミルフィン様~~~~!」
吹っ飛ばされて、壁に叩きつけられた主の(情けない)姿。ハミルは驚きに目を見張るしかなかったのだった。
それと、ちょうど同時刻。
「む?」
何かを感じ取ったかのように眉を潜めたレオンハルトの小さな声を聞いて、隣でグースカ眠っていたジュリナは目を覚ました。
「ん? なんだい……?」
「お前は…………。こんな所で寝ないで、客室を用意させたから、そこで寝ろ」
ジロリと睨まれたジュリナは、大きく欠伸をすると、肩をコキコキと鳴らした。
「ん~、そうするかねぇ。まだ、しばらくかかりそうだし」
ジュリナの視線の先では、レオンハルトの部屋に運び込まれた大きな丸いテーブルを囲み、ジェイド、カイルーズ、カイエが、件の黒猫ノンちゃんの舞台”黒猫ノンちゃんと伝説の姫君”のパンフレットを中心にして、明日(もう今日か)の対怪盗イチゴミルクの作戦を練っている所だった。
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「何がだ?」
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「さっき、何か感じ取っていただろう?」
「ああ、少し守護結界が働いたのでね」
そう言いながら、レオンハルトは暇潰しに読んでいた、クマ吉のマニュアル本応用編に再び視線を落とす。
「守護結界? どこかに張ったのかい?」
守護結界とは、女神の眠る地に存在するセイントクロスの泉の水の力を借りて張る結界の一つである。主に、邪気を防ぐために使用されるものだ。
女神の子供なら誰でも張る事は出来るのだが、やり方が繊細で難しく、現代の女神の子供の中では、おそらく、レオンハルトとジュリナしか張れないだろう。
「いや、ここには張っていない。リュセルにあげたブレスレットにサンジェイラから帰国した折に仕掛けておいたのだ。力の弱い邪気や、邪な思いを持って近づく人間がいると、作用するようにしておいたのだが……」
サンジェイラ国での、レイン相手の苦い経験から、弟に無断でそうしたのだ。……過保護である。
「邪気がリュセルの近くにいるというのか!?」
心配そうに顔を曇らせたジュリナに対し、レオンハルトは首を振る。
「まだ王都内にいるようだからね。それはないだろう」
「ん? ……なんでわかるんだい?」
「結界が作動したのが王都の西の方だったからな」
平然とそう言った幼なじみの無表情な顔を凝視し、ジュリナは頭を抱える。
「お前、場所がわかってるなら、早く連れ戻して来いよ!」
そして、この茶番劇をさっさと終わらせろ。と言わんばかりの勢いで詰め寄ったジュリナにレオンハルトは凍りつくような冷たい目で答えた。
「何故?」
「何故って……」
不機嫌そうに眉根を寄せていたレオンハルトは、表情をやわらげ、ふと唇だけで微笑む。
「慌てんでも、明日の夜確実に戻ってくるのだよ。……私を相手に、さて、どこまでやるつもりなのかね」
そう言ってレオンハルトは微笑を浮かべ、ジュリナは顔を引きつらせる。
(やばい、相当怒っている。当然といえば、当然だけど)
付き合いの長いジュリナが見る所、これは、相当の怒りレベルだ。
(リュセル~。怪盗イチゴミルクなんてやってないで、早く帰って来て謝った方が絶対いいぞ)
ジュリナは内心そう思いながら、ため息をついたのだった。
*****
基本的に規則正しい生活を送っているリュセル(レオンハルトに無茶をされた日は除く)は、怪盗生活中も、それは、さわやかな目覚めをした。
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