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第十章 盲目の神官
10-3 祈りの詩
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「リュセル!?」
急に焦点の合わなくなった弟の瞳に気づいたレオンハルトが、咄嗟にリュセルの両肩を掴み、顔を覗きこむと、目の前の銀色の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「リュセル!」
軽く頬を叩くと、ようやくその瞳にゆっくりと自我が戻る。
そして、一度瞬きをしたリュセルは、自分の肩を掴む兄の手を優しい仕草でどけると言った。
「頼まれたんだ。やらなくては」
どこか、まだぼんやりとしたままそう言ったリュセルを見つめ、レオンハルトは怪訝そうに眉根を寄せる。
「誰に?」
軽いトランス状態なのだろうかと、予測をたてながらそう尋ねると、リュセルははっきりとした口調で答えた。
「我らの母に」
そう言いながらレオンハルトから離れ、一歩前に踏み出すと、彼はその薄い色の瞳に遥か古の光景を映し出す。
創世期前。
神々が支配していた、神世紀。
彼らは、独特な言葉を持っていた……。
リュセルは大きく息を吸い込むと、母神の願いを叶える為、軽く目を閉じる。
そして、それは唐突に周囲に響き渡った。
ー愛し子達よー
村の端々にまで響き渡る、素晴らしい詩声。
その旋律は、その言葉は、この世界にはありえぬものだった。
ーその目に映るは未来という光のみ
その魂は石のごとく揺るぎがない
光と闇の祝福を受けしその心ー
リュセルの口から放たれる詩の意味を理解し、このように翻訳出来たのは、この場ではレオンハルトただ一人だった。
それも、頭で理解しているのではない。何故ならその言葉は、レオンハルトでさえ知らぬ言葉だったからだ。
若者達の耳に届いているのは、不可思議な響きを持つ、聞いた事のない言葉と旋律のみ。その意味もわからぬまま、彼らはその詩声に涙を流した。
それは、あまりにも胸に響き、彼らの郷愁を誘う。
しかし、レオンハルトはその詩声を聞きながら、愕然とするしかなかった。それは、その言葉は、詩は……。
(失われし神々の言葉。”祈りの詩”か!?)
創世期前、神々が使っていたという言葉で表されたそれは、創世の女神が人間達(子供達)への、愛と祈りを込めた詩だった。
ー彼らが戦うは
尊いものを守るため
愛しいものを救うため
身を焦がすような闇の渦
悲哀をともなう心の痛み
彼らが挑むは酷なれど
希みは決して絶たれはしないー
朗々としたテノールは優しく、その場に集った者達の魂を癒し、場に溜まった邪なる力を消し去る。
村全体を包み込んでいた濃い霧が晴れるのを感じながら、レオンハルトは今はもういない、かつての玉鍵であった黒髪の少女の姿を思い浮かべる。
髪や瞳の色など以外、ティアラ姫とまったく同じ容姿をしていた彼女は、この詩の事を知っていた。
(これが、カルティア姫が言っていた……)
そんなレオンハルトの思考を中断させるように、霧が晴れ、日の光が射すと同時に奇跡が起こった。
固く目を閉ざし、深い眠りの底にあった村人達の目が、ゆっくりと開かれ始めたのだ。
その覚醒した瞳はすぐに、うっすらとした涙の膜に覆われる。
安らぎのまったくない、深く暗い闇の中で、母の詩を聞いた。その詩の意味は、その言葉の意味は、わからない。でも、それは、自分達の信仰する母神の詩だという事を知っていた。
何故なら、自分達は、彼女の存在によって成り立っている……。彼女によって、創られたのだから。
村人達は皆、一様にその場に跪き、深く頭を垂れて、その尊い詩声に感謝しながら涙を流し続けたのだった。
長いようで短い時間響き渡った、永遠に聞いていたいと思わせるその詩を静かに終わらせたリュセルの肩に、レオンハルトはゆっくりと触れた。
ー原因はわからない。何を基準にしているのかもわからない。でも、不意に我らの中に産まれ来るのだよ。その詩声を持つ者が……ー
可憐な容姿に似合わぬ話し方をしていた、前玉鍵の声が頭の中に響く。
感情を押し殺した、無感動な琥珀の瞳を向けてくるレオンハルトをリュセルは見返すと、手を伸ばし、その頬に優しく触れた。
「レオン……、愛おしい吾子。わらわを覚えておるか?」
「……っ!」
聞こえる声は、聞き慣れた弟のものだ。だが、その言葉は、弟のものではない事を知っている。祈りの詩の詩の意味を魂で理解したように、彼女の存在を己が魂が覚えていた。
「母上……」
兄の発したかすれた声を耳にし、リュセルはその美貌に慈愛深い微笑みを浮かべた。ああ……違う、兄ではない。この子は息子だ。
愛おしい、我が子の一人。
レイデュークの意識と記憶に翻弄されながら、リュセルはそのままレオンハルトの顔に唇を寄せる。
そしてレオンハルトは、母の与える優しい口づけを、己が唇で静かに受け止めたのだった。
急に焦点の合わなくなった弟の瞳に気づいたレオンハルトが、咄嗟にリュセルの両肩を掴み、顔を覗きこむと、目の前の銀色の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「リュセル!」
軽く頬を叩くと、ようやくその瞳にゆっくりと自我が戻る。
そして、一度瞬きをしたリュセルは、自分の肩を掴む兄の手を優しい仕草でどけると言った。
「頼まれたんだ。やらなくては」
どこか、まだぼんやりとしたままそう言ったリュセルを見つめ、レオンハルトは怪訝そうに眉根を寄せる。
「誰に?」
軽いトランス状態なのだろうかと、予測をたてながらそう尋ねると、リュセルははっきりとした口調で答えた。
「我らの母に」
そう言いながらレオンハルトから離れ、一歩前に踏み出すと、彼はその薄い色の瞳に遥か古の光景を映し出す。
創世期前。
神々が支配していた、神世紀。
彼らは、独特な言葉を持っていた……。
リュセルは大きく息を吸い込むと、母神の願いを叶える為、軽く目を閉じる。
そして、それは唐突に周囲に響き渡った。
ー愛し子達よー
村の端々にまで響き渡る、素晴らしい詩声。
その旋律は、その言葉は、この世界にはありえぬものだった。
ーその目に映るは未来という光のみ
その魂は石のごとく揺るぎがない
光と闇の祝福を受けしその心ー
リュセルの口から放たれる詩の意味を理解し、このように翻訳出来たのは、この場ではレオンハルトただ一人だった。
それも、頭で理解しているのではない。何故ならその言葉は、レオンハルトでさえ知らぬ言葉だったからだ。
若者達の耳に届いているのは、不可思議な響きを持つ、聞いた事のない言葉と旋律のみ。その意味もわからぬまま、彼らはその詩声に涙を流した。
それは、あまりにも胸に響き、彼らの郷愁を誘う。
しかし、レオンハルトはその詩声を聞きながら、愕然とするしかなかった。それは、その言葉は、詩は……。
(失われし神々の言葉。”祈りの詩”か!?)
創世期前、神々が使っていたという言葉で表されたそれは、創世の女神が人間達(子供達)への、愛と祈りを込めた詩だった。
ー彼らが戦うは
尊いものを守るため
愛しいものを救うため
身を焦がすような闇の渦
悲哀をともなう心の痛み
彼らが挑むは酷なれど
希みは決して絶たれはしないー
朗々としたテノールは優しく、その場に集った者達の魂を癒し、場に溜まった邪なる力を消し去る。
村全体を包み込んでいた濃い霧が晴れるのを感じながら、レオンハルトは今はもういない、かつての玉鍵であった黒髪の少女の姿を思い浮かべる。
髪や瞳の色など以外、ティアラ姫とまったく同じ容姿をしていた彼女は、この詩の事を知っていた。
(これが、カルティア姫が言っていた……)
そんなレオンハルトの思考を中断させるように、霧が晴れ、日の光が射すと同時に奇跡が起こった。
固く目を閉ざし、深い眠りの底にあった村人達の目が、ゆっくりと開かれ始めたのだ。
その覚醒した瞳はすぐに、うっすらとした涙の膜に覆われる。
安らぎのまったくない、深く暗い闇の中で、母の詩を聞いた。その詩の意味は、その言葉の意味は、わからない。でも、それは、自分達の信仰する母神の詩だという事を知っていた。
何故なら、自分達は、彼女の存在によって成り立っている……。彼女によって、創られたのだから。
村人達は皆、一様にその場に跪き、深く頭を垂れて、その尊い詩声に感謝しながら涙を流し続けたのだった。
長いようで短い時間響き渡った、永遠に聞いていたいと思わせるその詩を静かに終わらせたリュセルの肩に、レオンハルトはゆっくりと触れた。
ー原因はわからない。何を基準にしているのかもわからない。でも、不意に我らの中に産まれ来るのだよ。その詩声を持つ者が……ー
可憐な容姿に似合わぬ話し方をしていた、前玉鍵の声が頭の中に響く。
感情を押し殺した、無感動な琥珀の瞳を向けてくるレオンハルトをリュセルは見返すと、手を伸ばし、その頬に優しく触れた。
「レオン……、愛おしい吾子。わらわを覚えておるか?」
「……っ!」
聞こえる声は、聞き慣れた弟のものだ。だが、その言葉は、弟のものではない事を知っている。祈りの詩の詩の意味を魂で理解したように、彼女の存在を己が魂が覚えていた。
「母上……」
兄の発したかすれた声を耳にし、リュセルはその美貌に慈愛深い微笑みを浮かべた。ああ……違う、兄ではない。この子は息子だ。
愛おしい、我が子の一人。
レイデュークの意識と記憶に翻弄されながら、リュセルはそのままレオンハルトの顔に唇を寄せる。
そしてレオンハルトは、母の与える優しい口づけを、己が唇で静かに受け止めたのだった。
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