【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

2-2 淫靡な甘い香り

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「なあ、ローウェン。何か香水とかつけているのか?」

 黒猫ノンちゃんグッズ専門店、その名も”黒猫堂”にて、黒猫ノンちゃんぬいぐるみを手にとって見ていたリュセルは、隣でノンちゃんカップを手にしたローウェンにそう話しかけた。

「え~? 僕は、レオンハルト兄さんやアル達みたいに、香や香水はつけてないよ」

 そう言ってリュセルを見上げるローウェンの瞳は、赤く潤んでいる。

「そうか。……ん? お前、目が赤いぞ。具合悪いのか?」

「う~ん、そう言えば、なんか熱っぽいかも……。風邪かなぁ?」

 リュセルが慌ててローウェンの額に右手を乗せると、確かに平熱よりも高い気がした。

「おっかしいな~。僕ってば宝主だから、ちょっとやそっとの事じゃ疲れたりしないし、病気にもならないのに」

 さっきまで平気だったのになぁ。と、ぼんやりと首を傾げるローウェンの手をとると、リュセルは店を出るように促す。

「ともかく、レオン達と合流して城に戻ろう。きちんと治さないと、ティアラ姫とジュリナ殿の誕生舞踏会に出席出来ないぞ」

「うん」

 こくりと素直に頷いたローウェンに笑って頷きかけたリュセルは、次の瞬間、ぎょっとして、倒れかけたその華奢な体を抱きとめた。

「ッローウェン!?」

 店を一歩出た瞬間の事である。

「ローウェン、おいっ、大丈夫か!?」

 その肩を揺らした時だった。

 過去に一度だけ嗅いだ事のある香りが、その場に広がったのは……。

「っ!?」

 頭の芯がグラつくような、強烈な甘い匂いに、リュセルの意識は一瞬途切れかける。……が、しかし、こんな所で気絶している場合ではない。

「ローウェン、まさか……お前」

 華奢な少年の体から放たれる、どんな花の香りよりも芳しく甘い香りは、過去に、兄レオンハルトが陰の日に発していた香りとまったく同じもの。

 陰の日。

 間違えようもないその強すぎる香りに呆然となりながら、リュセルはローウェンの体を支えている事しか出来なかった。
 しかし、彼に呆然としている間などなかったのである。

「いい…………香り……」

「おいしそう………………」

 広まったローウェンの匂いに引き付けられ、おかしくなってしまった道行く一般の人々が、陶然とした瞳のまま、ローウェンを抱きかかえるリュセルを囲いだしたのだ。

 陰の日に女神の子供が発する香りは、強烈過ぎて、人間の気を狂わせる事がある。それ故に、少しでも陰の日の前兆があったら、女神の子供達は己の半身と城の一室に閉じこもり、陰の日の去る数日の間、そこから一歩も出る事はしないのだ。

「や、やばいぞ」

 腰を抜かしている場合じゃない!

 リュセルはローウェンの体を横抱きに抱え上げると、急いでその場を逃げ出す。レオンハルトやアルティスのいる喫茶店に戻りたいが、人の多いあそこに行くのは危険だ。ともかく、人気のない所に避難するしかなかった。宝鍵たるアルティスもいる事だし、すぐにこちらのピンチに気づいてくれる事だろう。

 そう考えての事だった。



「!?」

 急に生じた周囲の気の揺らぎに気づいたのは、やはり、宝鍵として感知能力に優れたアルティスの方だった。

「外が騒がしいね」

 気の揺らぎに気づかないレオンハルトも、喫茶店の外の騒がしさに気づき、腰を上げる。

「行こう。何かが起こったようだ」

 嫌な予感がしつつも、アルティスはレオンハルトと共に喫茶店を飛び出した。

 その瞬間。

「ッ、これは……」

 そこにあったものは、名残に過ぎなかった。それを放っていた者は、既にこの場を去ったのだろう。道のあらゆる所で、それの煽りをくらった人々がうつろな目のまま倒れている。周りが騒がしいのはこの為だ。彼らに気づいた者達(警備の騎士が主だが)が救助にあたっていたからである。

 しかし、アルティスとレオンハルトが危機を感じたのはそれではない。

 周囲に残った甘い残り香。

 過去に陰の日を迎えた事のある二人には、なじみ深いものだった。

「どちらだと思うか? レオンハルト殿」

 アルティスの一見冷静な問いにレオンハルトは淡々とした口調で答える。ここで焦ってはならぬ事を、二人はよく理解していたのだ。

「時期的に言うなら、確率が高いのはローウェン。しかし、リュセルもまだだからね。いくら異世界に行っていた影響があったとしても、あの子はあと二か月で十八だ」

 リュセルの十七歳での陰の日未経験は、通常十三~十五歳で最初の陰の日を迎える女神の息子としてありえない年齢なのである。

「ともかく、どちらかがなっているのは確実だ。そうなると、もう一人が一緒にいるのは非常に良くないぞ」

 何せ、どちらも未経験者なのだ。もし、片方に引きずられでもしたら……。彼らの半身として、二人とも、内心気が気ではなかった。

 そんな中、アルティスは、その場に残った思念を感じ取る為、リュセル達が立ち寄ったであろう黒猫堂の入口にある柱に触れる。

 リュセルやティアラ程感知能力が高くない為、アルティスがそれを読み取るには少し時間を有した。

 余談だが、決してアルティスの感知能力が低い訳ではない。彼の能力は、歴代の宝鍵としては平均並みの能力値になっている。
 ただ、ティアラの能力が通常よりも高く、リュセルの能力が、それを凌駕する程に高かっただけだ。あの二人の感知能力の高さは、歴代の宝鍵の歴史の中でも別格だろうと思われている。

「視えた。二人はあちらに行ったようだ」

 アルティスが指差す方角には、人通りのないような小道が存在していた。

「おそらく、おかしくなった人々から逃げる為にあちらに行ったのだろうが」

 果たしてそれは正しかったのか。

 陰の日でも、初めて迎えるものは、その後に迎えるものと比べて、疼き、苦しさ、能力の不安定さ、すべてをとっても別格に最悪なものなのだ。特に、欲望に弱い、男神子のものは特に……。そこに陰の日に免疫のない半身以外の女神の息子が加わってしまえば、更に最悪な事になりかねない。

「行くよ」

 そう言うレオンハルトの低い声の中にわずかな焦りを感じて、アルティスも脂汗のにじむ両手の平を固く握りしめた。

 二人は自分達の半身の姿を追い、甘い香りの続く小道へと駆け出したのだった。
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