191 / 424
第十一章 神への叛逆
2-2 淫靡な甘い香り
しおりを挟む「なあ、ローウェン。何か香水とかつけているのか?」
黒猫ノンちゃんグッズ専門店、その名も”黒猫堂”にて、黒猫ノンちゃんぬいぐるみを手にとって見ていたリュセルは、隣でノンちゃんカップを手にしたローウェンにそう話しかけた。
「え~? 僕は、レオンハルト兄さんやアル達みたいに、香や香水はつけてないよ」
そう言ってリュセルを見上げるローウェンの瞳は、赤く潤んでいる。
「そうか。……ん? お前、目が赤いぞ。具合悪いのか?」
「う~ん、そう言えば、なんか熱っぽいかも……。風邪かなぁ?」
リュセルが慌ててローウェンの額に右手を乗せると、確かに平熱よりも高い気がした。
「おっかしいな~。僕ってば宝主だから、ちょっとやそっとの事じゃ疲れたりしないし、病気にもならないのに」
さっきまで平気だったのになぁ。と、ぼんやりと首を傾げるローウェンの手をとると、リュセルは店を出るように促す。
「ともかく、レオン達と合流して城に戻ろう。きちんと治さないと、ティアラ姫とジュリナ殿の誕生舞踏会に出席出来ないぞ」
「うん」
こくりと素直に頷いたローウェンに笑って頷きかけたリュセルは、次の瞬間、ぎょっとして、倒れかけたその華奢な体を抱きとめた。
「ッローウェン!?」
店を一歩出た瞬間の事である。
「ローウェン、おいっ、大丈夫か!?」
その肩を揺らした時だった。
過去に一度だけ嗅いだ事のある香りが、その場に広がったのは……。
「っ!?」
頭の芯がグラつくような、強烈な甘い匂いに、リュセルの意識は一瞬途切れかける。……が、しかし、こんな所で気絶している場合ではない。
「ローウェン、まさか……お前」
華奢な少年の体から放たれる、どんな花の香りよりも芳しく甘い香りは、過去に、兄レオンハルトが陰の日に発していた香りとまったく同じもの。
陰の日。
間違えようもないその強すぎる香りに呆然となりながら、リュセルはローウェンの体を支えている事しか出来なかった。
しかし、彼に呆然としている間などなかったのである。
「いい…………香り……」
「おいしそう………………」
広まったローウェンの匂いに引き付けられ、おかしくなってしまった道行く一般の人々が、陶然とした瞳のまま、ローウェンを抱きかかえるリュセルを囲いだしたのだ。
陰の日に女神の子供が発する香りは、強烈過ぎて、人間の気を狂わせる事がある。それ故に、少しでも陰の日の前兆があったら、女神の子供達は己の半身と城の一室に閉じこもり、陰の日の去る数日の間、そこから一歩も出る事はしないのだ。
「や、やばいぞ」
腰を抜かしている場合じゃない!
リュセルはローウェンの体を横抱きに抱え上げると、急いでその場を逃げ出す。レオンハルトやアルティスのいる喫茶店に戻りたいが、人の多いあそこに行くのは危険だ。ともかく、人気のない所に避難するしかなかった。宝鍵たるアルティスもいる事だし、すぐにこちらのピンチに気づいてくれる事だろう。
そう考えての事だった。
「!?」
急に生じた周囲の気の揺らぎに気づいたのは、やはり、宝鍵として感知能力に優れたアルティスの方だった。
「外が騒がしいね」
気の揺らぎに気づかないレオンハルトも、喫茶店の外の騒がしさに気づき、腰を上げる。
「行こう。何かが起こったようだ」
嫌な予感がしつつも、アルティスはレオンハルトと共に喫茶店を飛び出した。
その瞬間。
「ッ、これは……」
そこにあったものは、名残に過ぎなかった。それを放っていた者は、既にこの場を去ったのだろう。道のあらゆる所で、それの煽りをくらった人々がうつろな目のまま倒れている。周りが騒がしいのはこの為だ。彼らに気づいた者達(警備の騎士が主だが)が救助にあたっていたからである。
しかし、アルティスとレオンハルトが危機を感じたのはそれではない。
周囲に残った甘い残り香。
過去に陰の日を迎えた事のある二人には、なじみ深いものだった。
「どちらだと思うか? レオンハルト殿」
アルティスの一見冷静な問いにレオンハルトは淡々とした口調で答える。ここで焦ってはならぬ事を、二人はよく理解していたのだ。
「時期的に言うなら、確率が高いのはローウェン。しかし、リュセルもまだだからね。いくら異世界に行っていた影響があったとしても、あの子はあと二か月で十八だ」
リュセルの十七歳での陰の日未経験は、通常十三~十五歳で最初の陰の日を迎える女神の息子としてありえない年齢なのである。
「ともかく、どちらかがなっているのは確実だ。そうなると、もう一人が一緒にいるのは非常に良くないぞ」
何せ、どちらも未経験者なのだ。もし、片方に引きずられでもしたら……。彼らの半身として、二人とも、内心気が気ではなかった。
そんな中、アルティスは、その場に残った思念を感じ取る為、リュセル達が立ち寄ったであろう黒猫堂の入口にある柱に触れる。
リュセルやティアラ程感知能力が高くない為、アルティスがそれを読み取るには少し時間を有した。
余談だが、決してアルティスの感知能力が低い訳ではない。彼の能力は、歴代の宝鍵としては平均並みの能力値になっている。
ただ、ティアラの能力が通常よりも高く、リュセルの能力が、それを凌駕する程に高かっただけだ。あの二人の感知能力の高さは、歴代の宝鍵の歴史の中でも別格だろうと思われている。
「視えた。二人はあちらに行ったようだ」
アルティスが指差す方角には、人通りのないような小道が存在していた。
「おそらく、おかしくなった人々から逃げる為にあちらに行ったのだろうが」
果たしてそれは正しかったのか。
陰の日でも、初めて迎えるものは、その後に迎えるものと比べて、疼き、苦しさ、能力の不安定さ、すべてをとっても別格に最悪なものなのだ。特に、欲望に弱い、男神子のものは特に……。そこに陰の日に免疫のない半身以外の女神の息子が加わってしまえば、更に最悪な事になりかねない。
「行くよ」
そう言うレオンハルトの低い声の中にわずかな焦りを感じて、アルティスも脂汗のにじむ両手の平を固く握りしめた。
二人は自分達の半身の姿を追い、甘い香りの続く小道へと駆け出したのだった。
5
あなたにおすすめの小説
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。
天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】
さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。
英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。
この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。
「さあ気に入ったsubを娶れ」
「パートナーはいいぞ」
とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。
待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。
平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる