【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

5-1 さらわれた女神の子供

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 一方、リュセルが悲鳴を上げて失神したのと同じ頃。

「……リュセル?」

 弟の悲鳴を聞いたような気がして、レオンハルトはすべての動きを止めて、リュセルがいるであろうバルコニー方面へと視線を向けた。

 しかし、次の瞬間。

「きゃああああああ~~~~~~ッ!」

「ティアラ姫!?」

 急に悲鳴を上げてその場に倒れかけたティアラの体を抱きとめ、レオンハルトは恐慌状態に陥っている様子の彼女の顔を覗きこんだ為、感じた違和感から意識が逸れてしまった。

 可哀そうな程真っ青な顔色をして、カタカタと体を震わせているティアラの様子を見たレオンハルトは、その異常さに眉をひそめる。

「嫌……嫌ぁ、この音……お願い…………、誰か、止め、てっ」

 途切れ途切れに可憐な唇から紡がれる言葉。レオンハルトは用心深くそれを聞き取り、静かな声で言った。

「音?」

 レオンハルトには、ティアラの言うような音がまったく聞こえない。

(まさか、宝鍵にしか聞こえぬ音か!?)

 そう考えた時。

「ティアラ!」

 小柄な老婦人、シルヴィア女王が、孫娘の異変に気づき、駆け寄ってきた。

「ああ、ティアラ。一体どうしたというのです!?」

 先程まで、レオンハルトを相手に踊っていたはずである。

「あっ……あぁぁ、はぁはぁ」

 しばらくの間、レオンハルトの腕の中で両耳を押さえて丸くなり、震えていたティアラだったが、段々と落ち付いてきたのか、荒げていた息を整え始めた。

「誰か、水を」

 レオンハルトの指示に、音楽が止み、静まり返った場の中、慌てて一人の侍女がグラスに注いだ水を持って来る。

「ティアラ姫、水です。飲めますか?」

 ティアラの肩を支えてその口元にグラスを持って行くと、彼女は小さく頷いて、レオンハルトが差し出した水をコクコクと飲みほした。

「少し部屋で休んだ方がいいわ。お願いできるかしら? レオンハルト王子」

 シルヴィア女王の頼みに無言で頷くと、レオンハルトはぐったりとした様子のティアラの華奢な体を横抱きに抱き上げ、舞踏会場を出る。

「ティアラ姫様!」

 広間を後にし、ティアラの自室に向かおうとする、そんな彼らを止めたのは、一人の侍女だった。

 息を切らしてやってきたオレンジ色の髪をした侍女の姿に見覚えがあったレオンハルトは、軽く目を見開く。一度アシェイラ城で会った事のある女性だ。確か、優秀な人材とか言って、ジュリナがディエラ城に連れ帰ったのだ。

「あ! これは、レオンハルト王子殿下。ディエラにいらしていたのですね。じゃ、じゃあ、あれはやっぱり、リュセル王子だったんだ」

 侍女。名前は確か、ミルフィーナ。

 実際の名はミルフィンと言って、ミルフィーナは実は偽名なのだが、それはレオンハルトの知らぬ事実だ。しかし、そんな事よりも、彼女の言葉の中に弟の名を聞いたレオンハルトは即座にその事を尋ねた。

「どういう意味だ? リュセルに何か……」

 弟はこの騒ぎにも気付かずに、おそらく、今だバルコニーにいるはずだ。

(なんだ、この胸騒ぎは?)

 そんなレオンハルトの不安を肯定するように、ミルフィンは答える。

「先程、裏門の前に止められた、見た事もない馬車に姐さん……じゃなくて、ジュリナ様が気を失った様子のリュセル王子を横抱きに抱えたまま乗り込むのを見たんです。数人の黒ずくめの怪しい人達に囲まれていたので、おかしいと思って」

 ミルフィーナことミルフィンの焦ったような声を聞き、ティアラは蒼白な顔色のまま、レオンハルトの腕の中で震えながら呟く。

「嫌な……、嫌な予感がします。レオンハルト様、わたくしは大丈夫ですから、すぐに裏門に向かいましょう」

 その言葉が終わる前に、レオンハルトの足は裏門に向かって駆け出していたのだった。

「あの音。精神を侵すような、頭がおかしくなってしまうような音。あれがもし、宝鍵にしか聞こえないものだとして、感知能力の高いリュセル様がそれを傍で聞いたとしたら……」

 泣きそうなティアラの声が、レオンハルトの耳元で小さく響いていた。







 神風のような速さで裏門に到着したレオンハルトは、抱いて走ってきたティアラの体をその場に慎重に下ろすと、そのまま周囲を見回したが、どこにもミルフィンが言うような馬車は存在していなかった。

 馬車が存在していた形跡すらない。

「お姉様」

 きゅっと不安そうに胸元を掴んだティアラは、ふらふらとしながら、レオンハルトが余念なく周りを調べている間に、表の城門よりも簡素だが重厚な造りの門に手を触れた。

 いつもは固く閉じられた裏門。しかし、今はわずかに開かれている。

「門番は気絶させられたか」

 門を守る役目をおった数人の門番。本日は、舞踏会開催の為、警備を強化し、いつもより人数多く配置されていたようだが。
 門の端の方に縄に縛られて気を失っている門番達の様子を見ながら、レオンハルトは眉間の皺を深くする。

 そして、一方のティアラは、そんなレオンハルトの声を聞きながら、意識を触れた門に集中させた。瞬間、探るまでもなく、脳裏に流れ込む映像を感じ、鋭く息を呑む。

 家紋の入っていない、不吉な漆黒の馬車。
 それを囲むようにしている黒衣の集団。

 そんな彼らに追い立てられるようにして、馬車に乗り込まされているのは……

「お姉様!」

 そこまで感じ取ると同時に、ティアラは大きく目を見開いた。

「残像を読んだのですか? ティアラ姫」

 先程倒れたティアラの体調を慮って眉をひそめるレオンハルトを見上げ、ティアラは泣きそうに顔を歪めながら言い募った。

「ミルフィーナが言った通りですわ。ここから黒い馬車が出て行きました! お姉様とリュセル様を乗せて」

「何か他には読めませんでしたか? 手がかりになりそうなものは……」

 弟であり、半身でもあるリュセルが連れさらわれたというのに、相変わらずレオンハルトは淡々とした口調で話し、そんな彼とは対照的に動揺した様子のティアラは、焦りを顔ににじませながら答えた。

「黒衣の者達が二人を連れ去ったようですわ。ここではそこまでしかわかりません」

「そうですか」

 レオンハルトがそう呟いた時、ようやくミルフィンが到着した。

「はあはあ……、や、やっと、追いついたわ」

 ぜーぜーと肩で息をしながら、ミルフィンはレオンハルト達の元へと近づく。

「殿下方、い……一応、ハミル…………、私の従者に馬車の後を追わせています。馬車相手にこちらは生身ですので、どこまで追えるかはわかりませんが……、ハミルが戻るまで、どうかお部屋でお待ち下さい。まだ、その辺に賊がいるかもしれません」

 馬車が出発して時間が経過している今、やみくもに追っても仕方ない事は分かっている。レオンハルトは冷静に頷くと、ティアラに呼びかけた。

「ティアラ姫」

「でも……でもっ、レオンハルト様!」

 ふるふると首を左右に振るティアラの肩に両手を置くと、涙の浮かぶ緑色の瞳を覗き込み、言い含めるように言った。

「ここでこうしていても仕方ありません。一度戻りましょう。シルヴィア陛下にも報告しなくてはなりません」

 理性的にそう言うレオンハルトの瞳が鈍く金色に光るのを見返しながら、ティアラは両手を胸の前で組み、小さく頷いたのだった。

 彼らの事が胸が張り裂けそうな程心配なのは、自分だけではないのだ。



*****



 ディエラ国王都を出、ものすごい勢いで街道を走る不気味なる一台の漆黒の馬車。夜も遅い為、それを目にする者は少なかった。

「音を……音を、止めてくれ」

 そんな、悪魔が乗っていそうな恐ろしげな馬車の中で響いた弱々しい呻き声。それを聞いたジュリナは目を見張り、自分の膝を枕に横たわっている青年の顔を見下ろした。

「リュセル!?」

 自分達を襲った黒衣の集団の馬車に無理矢理乗り込まさせられたジュリナとリュセルは、彼らに従い、馬車の中で大人しくしていた。

 ジュリナ一人ならこの程度の者達、一瞬で片付ける事は可能なのだが、具合の悪いリュセルがいては、それは不可能だ。
 それに、リュセルのこの急な体調不良もおそらく仕組まれたものだろう。ジュリナは厳しい深紅の瞳を、自分達の向かいに座る子供に向ける。

 子供の手の中にある小箱。リュセルの苦しみの元凶は、これに違いない。

 ジュリナの炎を宿した怒りの眼差しを平然と受け止めながらも、その子供は意味深な笑みをその小さな唇に浮かべるだけだった。

 短い濃紺の色の髪に、薄い水色の瞳をした、どこにでもいるような平凡な子供。一見しただけでは、少年なのか少女なのかわからず、ジュリナ自身もこの子供が男か女か今だわからずにいた。

「驚きですネ。かなり、この装置の効力を弱めましたが、まだ苦しいのデスか?」
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