【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

5-3 レオンハルトの決意

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 その言葉に、レオンハルトの眉がわずかに上がる。

「ナイト侯爵領ですわ」

 ディエラ王家より領地を預かり、その土地を治める領主の一族の一つ。それが、ナイト家。
 まさかの家臣の裏切りに、シルヴィア女王は言葉を失い、場所の分かったレオンハルトは、ティアラをミルフィンに預け、ゆっくりと立ち上がった。

「いけません、レオンハルト!」

 部屋を出て行こうとするレオンハルトに厳しい声をかけたのは、シルヴィア女王その人である。

「…………」

 無言で自分を見返す彼の琥珀の瞳を見つめ返し、シルヴィア女王はもう一度言った。

「相手が人間、それも我が国の家臣である以上、この王都を出る事は許しませんよ」

 そして、傍に控えるクレアに命じる。

「クレア、信頼のおける者達で隊を組んでナイト侯爵領へと向かって下さい」

「御意」

 一礼して部屋を出て行く女騎士を見送った後、シルヴィア女王はレオンハルトの金を孕んだ琥珀の瞳をもう一度見つめる。

「つらいでしょうが、耐えて……レオンハルト」

 その言葉を無表情のまま聞くレオンハルトの整った横顔を見上げながら、ティアラは唇を噛みしめていた。







 ーいいですか、レオンハルト。決して短慮を起こしてはなりません。相手は邪気ではなく、人間なのです。はがゆいでしょうが、わたくし達にすべて任せて、この城内に留まって下さいー

 そんな言葉を念入りにかけられたレオンハルトは、その忠告に逆らうかのように、自分に与えられた客室にて準備を進めていた。

 シルヴィア女王の言う事は最もである。今ここで自分が動く事は、決して賢明な判断とは言えないだろう。

 しかし。

 何よりも尊く、誰よりも愛おしい己が半身を奪われて、このまま王都で待ち続ける事など、レオンハルトには出来はしなかった。必ず自分の腕の中にリュセルを取り戻し、弟を自分から略奪した輩は根絶やしにしてくれよう。

 その冷静な顔の下で、彼が身を焦がすような激しい怒りを制御している事を知る者は、おそらくこのディエラ城にはいない。シルヴィア女王あたりは気づいているかもしれないが、彼女は大事な孫娘をさらわれたという事実にショックを受け、その対応に追われている為、それに気づきながらもどうする事も出来ないでいた。

 着ていた宮廷衣を脱ぎ、簡素な旅装束姿になったレオンハルトは、アシェイラから持ってきていた二本の剣を腰に差す。

 女神の剣と黒煉の剣。

 まさか、剣が必要な事態になろうとは思ってもいなかったが、用心の為持ってきておいて良かったと言えよう。

「なっ」

「レオンハルト王子殿下!」

 用意を整え、部屋を出ると、シルヴィア女王が自分につけた見張りの兵士達が驚きに目を見張ったが、そんな彼らに手刀を当てて、一瞬で気絶させる。

「…………」

 そのまま誰にも会わぬように細心の注意を払って後宮の廊下を移動すると、暗い城内を素通りし、近道をして城外へと出るのに成功する。ディエラ城には、この国の王女の元婚約者として幼い頃より何度も来ているし、男勝りなジュリナに付き合わされて色々な場所を探検する事も多かった為、レオンハルトは城や城下の街に関して詳しかったのだ。

 だが、そんな裏門へと早足で足を進めているレオンハルトに声をかける者がいた。

「レオンハルト様」

「……ティアラ姫?」

 まるで、レオンハルトが来るのを待っていたかのように、ティアラは裏門前に自分の魔道馬たる白馬を用意していた。

 長い朱金の髪を背後で一つにまとめ、レオンハルトと同じように簡素な旅装束に身を包んだティアラは、豊満な胸元をフード付きのケープで隠している事もあり、可憐な美貌を見なければ少年のように見える。

「足手まといなのは百も承知です。でも……どうか、どうか、わたくしもお連れ下さい。お願いします」

「…………」

 まるでティアラの覚悟の程を見るかのように、無言で彼女を見つめたレオンハルトは、しばらくの沈黙の後言った。

「危険ですよ。それでも行きますか?」

「はい」

 揺るぎない緑色の瞳の奥に多大な決心の後を見て、レオンハルトは小さく頷いた。
 ティアラも自分の大事な半身を奪われたのである。彼女の抱える痛みは、自分の抱える痛みとまったく同じもの。連れていけない理由などなかった。

 そうして、ティアラの用意した魔導馬に跨ろうとした時。

「お待ち下さい、両殿下方」

 響いたハスキーボイス。

 その気配に気づいていたレオンハルトは、その声の主が門の影から現れるのを待つ。

「ミルフィーナにハミル!」

 驚きの声を上げるティアラの言う通り、ディアラ城を出奔しようとする二人の王族をしっかりと見据え、ミルフィーナことミルフィンは言った。

「行くのですね、お二人とも。陛下の言葉を無視して」

「お願い。見逃して、ミルフィーナ! 王女として、行ってはいけないという事はよく分かっています。…………でも、駄目。このままじっとなんて、していられないわ」

 涙を浮かべてそう言い募るティアラをじっと見つめたミルフィンは、無感動な琥珀の瞳を向けてくるレオンハルトに視線を移した。

「このような事。いつも冷静沈着な、レオンハルト殿下らしくありません」

 長い沈黙の後そう言ったミルフィンに向かい、レオンハルトは答える。

「これはもう、理屈ではない。自分の半身を奪われたのだ。その痛み、怒り、苦しみは、私達にしかわからぬ事だろう」

「女神の子供にしか分からぬ痛み……、ですか。分かりました、もうお止め致しません。ただ、私達を供にお連れ下さい」

 そのいきなりの言葉に、レオンハルトはわずかに眉をひそめ、ティアラは驚きに目を見開いた。

「何故だ?」

「何故? 理由は簡単な事ですわ、王子殿下。主君たるジュリナ姫をお助けしたいからです。それに、姫は、私達の仕事仲間でもあります」

「仕事仲間?」

 いぶかしげに問い返すレオンハルトの前に跪くと、ミルフィンは顔を真っすぐに上げ、自分の正体を明かす。

「私の本当の名はミルフィン。ミルフィン・ロゼウス。かつて、怪盗イチゴミルクと呼ばれた者です」

 衝撃的な告白を聞いたティアラは、両手で口を押さえて息を呑み、レオンハルトは無言のまま、急にハスキーボイスから男の低い声に声音を変えたミルフィンを見つめる。

「前にリュセルを盗むと予告状を出してきた盗賊か」

「はい。その節は、リュセル王子にはお世話になりました」

 冷たい自分の声にもにっこりと微笑んだミルフィンの度胸の良さを見てとると、レオンハルトは何を考えたのか、間髪入れずに答えた。

「いいだろう、来い」

「御意に」

 レオンハルトの許可を与える言葉を聞くと同時に、ティアラは不安そうな目を向ける

「レオンハルト様」

「おそらく……、いや、確実にジュリナは、お前達を怪盗イチゴミルクと知りつつも、自分の配下としてディエラに連れ帰ったのだろう」

「仰せの通りにございますわ」

 再び声音を女性らしく変えてそう返すミルフィンに向かい、レオンハルトは頷く。

「ならば、問題あるまい」

 あの時の事件の事で言いたい事はあるが、それを話している余裕が、今のレオンハルトにはなかった。

「盗賊としてのその腕、存分に役立ててもらおう」

 最後にそうレオンハルトが言って締めくくると、ティアラはミルフィン達の為に、もう一頭魔導馬を用意する。

「用意が出来たのなら出発しようか」

 レオンハルトがティアラと共に白い魔導馬に跨るのを見ると、ミルフィンもハミルと共に黒毛の魔道馬に跨った。

「行くぞ」

 その声と共に駆け出す白い魔導馬を追うミルフィンの後ろに乗って、今まで従者らしく沈黙を通していたハミルは小さな声で言った。

「ど、どどどうなるかと思っちゃいましたよ、ミルフィン様。正体を明かした時、ものすごく怖かったですぅ」

「……あたしもよ」

 ついて行くために仕方なく正体を告げたが、あの、氷の王子の冷たい視線に、ミルフィンは背筋が震えるのを止められずにいたのだ。意地でなんとか堪えはしたが。

 アシェイラ王都全体を巻き込んだ、怪盗イチゴミルク事件の張本人を連れて行く事を決めた理由は、すべて、さらわれた半身を取り戻す為なのだろう。役に立つと判断されたのだ。

「頑張らないとね」

 主のその言葉に、ハミルは大きく頷いたのだった。
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