【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

9-1 消えた気配

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 その日、ナイト侯爵家の当主であるクラウンからの依頼により、街中の酒屋から大量の酒がナイト侯爵邸に集められていた。葡萄酒(ワイン)が名産のルーンメッセには酒屋が多く存在し、このような急な要請にも答える事が可能なのが幸いしていた。

 そんな数多い酒屋の一つ、家族で営んでいる小さな酒屋の主人である男は、今年二十歳になったばかりの跡取り息子と共に、店でも評判の質の良い酒を馬車に積み込み、ナイト侯爵邸に向かっていた。

「なんでも街中の酒類を集めてるらしいよ、父さん。何か盛大なパーティでもあるのかな?」

 御者を務める息子の言葉に、父親も首を傾げた。

「さあ、何だろうな。しかし、どうせろくな事ではないだろうよ。妙な連中が屋敷に出入りしているらしいしな……。クラウン様はお変わりになられてしまった。以前のクラウン様は領民思いのとても優しい領主様だったのに」

「うん。今のクラウン様はなんだか怖いよね」

 父親の憂いを込めた言葉に同意し、息子も頷く。しんみりとした空気が親子の間に漂った、ちょうどその時、道の前方に一人の女性が倒れ込んできた。

「危ない!」

 咄嗟に手綱を操作して女性を避ける。だが、どうやらその女性、具合が悪いらしく、お腹を押さえ込んで苦しんでいるようだった。

「だ、大丈夫ですか?」

 慌てて息子が馬車の御者台から降りようとした瞬間。

「すまない」

 そんな、聞いた事もないようないい声が聞こえたかと思ったら、見た事もないような典雅なる美貌が目の前に現れたのだった。



「ごめんなさいね、あなた方に罪はないんだけど」

 人目のない場所に人の良さそうな酒屋の親子を転がして二人に手を合わせたミルフィンは、まるで夢見るような表情のまま気絶している彼らを見て軽く顔を引きつらせた。

(リュセル王子もそうだケド、あの顔の威力は本当に破壊的だわ)

「何をしている、行くぞ」

 変な感心の仕方をしているミルフィンを見咎め、レオンハルトはティアラの手を引いて馬車の荷台に二人で乗り込みながら彼を呼んだ。

「は、はい!」

 そして、ミルフィンも急ぎ準備万端なハミルの隣り、つまりは御者台の上に乗り込む。

「さあ、行くわよ! ハミル!」

「はい、ミルフィン様!」

 ミルフィンの掛け声に呼応するように馬車を出発させたハミルは、街の中心にあるナイト侯爵邸を目指すのだった。

「お姉様……」

 一方、荷台に乗せられた樽の間にレオンハルトと共に身を隠したティアラは、祈るように目を閉じていた。

「私から離れてはいけませんよ、ティアラ姫」

「はい、レオンハルト様」

 レオンハルトの言葉に頷きながらも、相手の冷静な琥珀の瞳を見返して、ティアラは不安になる。

(なんだか……、嫌な予感がしますわ)

 宝鍵の勘とでもいうような漠然としたそれは、過去何度か感じた事があるよくない前触れだ。それも、ティアラのそれは外れた事がない。それが更に彼女の不安を誘った。



*****



「お前達で最後だぞ。早く入れ」

 ようやくたどり着いたナイト侯爵邸の裏口にて、案内役の使用人の指示により馬車を止めると、ミルフィンはにっこりと愛想よく笑った。

「ごめんなさい。道が混んでいたものですから」

 美しい女性に綺麗な微笑を向けられ、屋敷の使用人の一人である男はデレーっと鼻の下を伸ばす。

「い、いやいや、道が混んでたんじゃ仕方ないよな。だ、大丈夫かい? 重いだろう、手伝うよ」

 荷台から酒樽を降ろすのを手伝おうとする男にミルフィンは答えた。

「大丈夫よ、男手をきちんと連れて来ているから。優しいのね、ありがとう」

「い、いや~。じゃ、じゃあ俺は、降ろしたやつを屋敷の中に運ぶな」

「はい」

 ミルフィンがにっこりと笑うのを見て頬を染めると、男は酒樽を二つ肩に担いで、たくましいところをアピールしながら勝手口から邸内に入って行った。

 出迎えに来た使用人は彼一人だった為、一瞬ではあるが裏口付近には誰もいなくなる。周囲を見回したミルフィンは、馬車の荷台に潜んでいるレオンハルトとティアラに呼びかけた。

「今がチャンスですわ」

 聞こえた言葉にレオンハルトは無言で頷くと、女神の剣と黒煉の剣の両方を持ったまま、馬車の荷台から降りる。

「私達は正面入り口付近で騒ぎを起こします」

 二人が荷台から降りるのを見てとると、ミルフィンとハミルは着ていたコートをバッと脱ぎ捨てた。

 翻る深紅のマント。
 薄いピンク色をしたスーツに、赤いネクタイ。
 顔を覆う、テディベアのお面。

 派出で趣味の悪い怪盗テディベア仮面の姿は、人目を引きつけるにはもってこいだ。決して一緒に歩きたくはないが……。

 リュセルがこの場にいれば猛烈につっこんだであろう怪盗テディベア仮面の衣装だが、残念な事にこの場にいるのは冗談のあまり通じないレオンハルトとティアラのみだったので、誰もその衣装について触れなかった。もちろん、そんな余裕もない。

 そんな風に、作戦を決行しようとした時だった。この場ではティアラしか聞く事のかなわぬ音が響き渡ったのは。


 キーーーーーーーーーッン


 不穏な耳鳴りがしたかと思ったら、それは再び予告もなしに……


 きた


「ッーーーーーー!」

 ディエラで聞いた、音の比じゃない。それは、自分のすべてを壊しつくしてしまうような破滅的な音。悲鳴を上げる事も出来ぬまま、その場に膝をついて倒れたティアラの意識は、そこで一瞬とぎれた。



「ティアラ姫様!」

 急に倒れたティアラの上体を支えながら、ミルフィンは驚きに目を見開く。

「どうなさったのですか!?」

 急いで脈を確かめ、微弱だが確かに波打つそれにほっと息を吐く。

「一体、どうしたというの? …………レオンハルト……、殿下?」

 ティアラから目線を上げたミルフィンは、レオンハルトの呆然としたような表情に眉をひそめる。

「気配、が……消え…………た」

 愕然としたようなその声と共に、薄れていたティアラの意識が弱々しくではあるが戻る。

「あ……、あああああ…………ない! お姉様の気配はあるのに、どこにもリュセル様の気配がないわ! 先程までは……、先程までは、確かにあったのに!」

 絶望に緑色の瞳を濡らすティアラの言葉を聞いたハミルは、言いにくいその言葉をはっきりと口にした。

「そ、それってつまり、死んでしまったって事なんですか!?」

「な、何、縁起でもない事言ってるのよ、馬鹿ッ!」

 慌ててハミルの頬を思い切り張るが、彼のその言葉を肯定するかのように愕然としたまま動かないレオンハルトとティアラの二人を見たミルフィンは呟く。

「う……嘘。ほ、本当に?」

 それは虚しい響きをもって、その場に響いた。

 少しの間、気まずくも重苦しい空気が支配した。ちょうどその時、慌てたような第三者の声がその場に響き渡った。

「な、なんだ、お前ら!」

 タイミング悪く戻ってきた先程の使用人の男に見つかってしまったミルフィンは、小さく舌打ちをする。

「チッ見つかったか! どうします? レオンハルト殿下……殿下!?」

 目を大きく見開き、前方を見つめたまま動かないレオンハルトにミルフィンは呼びかけるが、反応がない。

 その間にも、騒ぎを聞きつけた武装した傭兵達が周りを囲みだす。おそらくヒューマンのメンバーであろう彼らは、そうとうな手錬れである事をその身のこなしから予測させた。

「どどどど、ど~すんのよ」

 ぐったりとしたティアラの体を抱き上げながらミルフィンが冷汗を流した瞬間。瞬きするような、そんなほんの一瞬で。自分達を囲んでいた傭兵達は血を吹き出し、地面に沈んだ。

「え?」

 何が起こったのかわからない。

「レ、レオンハルト王子殿下?」

 いつの間に抜き放ったのか、力なく垂れた右手に握られているのは、今まで彼が持っていた黒煉の剣。

「い……いけない。いけませんわ、レオンハルト様!」

 表情のまったくなくなった麗しい美貌の中、爛々と不気味に輝く金色の瞳がただ恐ろしく、ミルフィンもハミルも、気づけばレオンハルトから離れる為に後ずさりをしていた。

「な、何だ? こ、こいつは……。化け物か!?」

 一瞬で仲間が倒されるのを見た他のヒューマンのメンバーは、それでも侵入者を排除する為に立ちふさがる。しかし、そんな彼らも、すぐに仲間の後を追う事になったのである。



 地面に折り重なるようにして倒れ伏した者達の間を、ユラリユラリと、まるで夢遊病患者のような足取りで歩くレオンハルトは、己が半身を殺したヒューマンのメンバーがいるであろう、より人の多い場所へと移動する為、ゆっくりと進んで行く。

 自分達が行くはずだった正面入口に進んでいるレオンハルトの足取りを見てとると、ミルフィンは彼から離れ、別方向に駆け出した。

「ミルフィン様!?」

「ジュリナ様を探すのよ! あれをどうにか出来るのは、ジュリナ様だけでしょう!?」

 そのまま、人気のなくなった勝手口から邸内に侵入する事に成功する。

「レオンハルト王子は、どうしちゃったんですか!?」

 あまりの迫力にびびってしまって、足をカタカタと震わせているハミルに向かい、ティアラはミルフィンに床に下ろしてもらいながら告げた。

「暴走しかけているのですわ。わたくし達、女神の子供は半身の存在が必須です。それ故にその存在が永遠に失われた時、喪失の哀しみを超える術を知りません」

「つ、つまり?」
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