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第十一章 神への叛逆
10-2 レオンハルトの暴走
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涙が出そうになるのをティアラはギリギリのところで無理矢理に抑え込むと、愕然と項垂れている様子のジュリナの目の前で両手を打ちつけた。
パンッ
「!?」
小気味のいい音が響き、驚いたジュリナは、両手を打ち鳴らしたティアラの決意を秘めた双眸を見下ろす。
「ティ、ティア?」
妹はこんなに強い眼差しをした娘だっただろうか? ジュリナは、驚きに目を見開きながら考える。
常に傍で自分を庇護してくれていたジュリナと離れた、この長いようで短い日々。その時間の中で、ティアラは確実に成長し、たくましくなっていた。
「お姉様。どうか、お姉様はレオンハルト様を止めに行って下さい。リュセル様の元にはわたくしが向かいます。場所はその方が知っているのでしょう?」
「お、俺!?」
ティアラに話をふられたワトスンは、動揺のあまり自分を指さしてしまう。
「ミルフィンとハミルは、お姉様について行ってさしあげて」
「で、でも、ティアラ姫様!」
ティアラの爆弾発言に、ミルフィンもハミルも慌てる。
「そ、そいつは、敵なんでしょう!? そんな奴と二人きりでなんて、危険過ぎますよ!」
「そうですわ、姫様!」
ハミルのその叫びに同意し、ミルフィンも頷く。
「敵……。そうではありませんわ。人である以上、この方はわたくし達の味方です」
「一緒にするな! 汚れた神の分身がっ」
ティアラの言葉を聞き、我に返ったワトスンが咄嗟に怒鳴る。
「わたくし達女神の子供は、確かに創世の女神の意志と想いを受け継いだ神の子です。でも、わたくし達をこの大地に産み落としたのは女神ではなく、人間の母親なのですよ。わたくし達は、れっきとした人の子でもあるのです」
「……っ」
響き渡る、静かだがよく通る声。幾つも年下の少女が放つ気迫に圧倒され、ワトスンは鋭く息を呑む。
「何かを否定するのは簡単だわ。でも、どうかよく考えて下さい。自分自身の心で」
真摯なその言葉を聞いた瞬間、ワトスンの脳裏に暗い声が甦った。
妻が死に、まだ幼かった娘も同じ病で亡くした昔。絶望に死を願った自分の心に、闇が呼びかけてきた。
すべては、創世の女神の所為だ。
女神だというのなら、どうしてお前の愛する者の命を救ってはくれないのだ?
どうして、お前から奪うのだ?
役に立たない、そんな創世神など……、いらないだろう?
ワトスンはそれを、神の声だと思った。本当の神の声。自分を救ってくれる救い主。他のメンバーにも聞いたが、皆、この声を聞いた事があると言っていた。
自分達は、選ばれた使徒なのだ。世界を変革する為に、選ばれた戦士。
しかし、それでいいのだろうか?
あれは本当に、神の声だったのか? あんなにも、禍々しく響くものが?
「俺は……まだ、お前達を認められない。でもお姫様、あなたのその勇気ある行動に敬意を払い、あなたに害を与えぬ事を誓おう」
「ありがとう」
内心の混乱を隠して、呟くように告げたワトスンの顔を見上げ、ティアラはにっこりと微笑む。清らかなそ微笑を向けられ、ワトスンは彼女を疎んでいる自分が恥ずかしく思えてならなかった。
「ティアに何かしたら、この私が黙ってはおかないよ。私の恐ろしさはわかってるだろう?」
その直後、ジュリナに凄まれたワトスンは、顔を引きつらせながらも、それを認めたくなくてそっぽを向く。
「お前の仲間達を助けたいなら、きちんとティアをリュセルのいる場所まで届けるんだよ」
「分かった」
渋々頷くワトスンから視線を逸らすと、ジュリナはティアラを眩しそうに見た。
「たくましくなったね、ティア。お前は信じているんだろう?」
姉の優しい声を聞いたティアラはゆっくりと頷く。
「ええ、お姉様。わたくしはリュセル様とレオンハルト様を信じる事に決めました」
その言葉を聞くと同時に、ジュリナは誇らしげに笑ったのだった。
*****
彼が戻るまでの世界。
それは、ただ息をしているだけの、無意味なものだった。
ずっとずっと、願っていた。
出会える、その時が訪れるのを……。
ようやくそれが叶い、想いも通じあって、これからだというのに。
一体、私は………………何をしているのだろう。
「ひいいいいいーーーー、ば、化け物おおおおおお、ぐはっあ」
「たす……たすたすたす、助けて…………っ」
「うああああああああぁぁ」
うるさい。
なんだ、この醜い声は?
それにしても、何だろう? この虚無感。
何も感じない。
喜びも
哀しみも
痛みも
怒りも
そうだ、私は……………………
……………………僕は、また失ったんだ。
「レオンハルトッ!」
ティアラと再び別れたジュリナが駆け付けた時には、そこはもう、地獄絵図のような状態になってしまっていた。
元は美しかったであろう、屋敷の正面入り口に広がった風景。しかし今、噴水も庭園の木々や花々も、ことごとく破壊しつくされている。
血を流し、倒れ伏す人々の中心で、爛々と輝く金色の瞳を虚空に向け立つ青年の姿は、恐ろしい程に美しい。
片手に握られるのは、彼の愛剣たる黒煉の剣。女神の剣は鞘に収まったまま、腰に下げられていた。
「お前達、ケガ人の手当を頼むよ!」
そう言いながらジュリナは、地面に倒れ伏した男の手から剣を奪い取り(おそらくレオンハルトに倒されたヒューマンのメンバーの一人だろう)、そのまま目にも止まらぬような速さで、優美ともとれるような立ち姿でこの戦場の中心に君臨するレオンハルトへと突進していく。
ガキッ
剣と剣がぶつかり合う音が響くと同時に、ジュリナは自分の剣を片手で受け止めた幼なじみの、まったく表情のなくなった顔を見つめた。
「目を覚ませ! この馬鹿っ」
対するレオンハルトは、この場面に不似合いな程優雅な仕草でジュリナの剣を払い受け流すと、不思議そうに小首を傾げた。
「何故……、邪魔をする?」
「お前を正気に戻す為だよ!」
「僕は正気だ」
(……僕?)
レオンハルトの言葉を聞き、ジュリナは大きく目を見開く。
「父上も母上も僕の事を心配しているけれど、リュセルは一時的に僕の元を離れたに過ぎない。きっと、いつか帰ってくる。僕の元以外に戻る場所などありはしないのだから」
(まさか、記憶の退行か!?)
この言動のおかしさから、レオンハルトの記憶は、昔、子供の頃、まだ産まれてもいなかった弟を異世界へと避難させる為に送った、七歳の時に戻っているのだろうとジュリナは予測した。まだ自分と出会う前のレオンハルトである。
ジュリナとまともに言葉を交わすようになった十歳の頃、既にこの幼なじみの一人称は、”私”になっていたのだから……。あの頃は、なんて生意気な話し方をする子供だろうと思っていたが。
「今ならわかるよ。そうせざるを得なかったのだろう? 半身を失った自分を気遣う両親に心配かけぬ為に……。早く大人にならなくてはならなかったんだろう!?」
きっと、レオンハルトの子供時代はそれは短いものだったのだろう。何故なら、既に自分と会うようになった頃。普通ならまだ、両親に愛され、周りの大人達の庇護を受け、短い子供時代を全力で駆けている時代。
彼は既に大人だったのだ。
肉体がではない。成熟しきっていたのは、その精神。それは……なんて、哀しい事か。
まだ、年端もゆかぬ子供の頃に味わい、苦しんだ喪失。
それを再び味わい、すべてに絶望した金色の瞳の青年は、己が半身を殺した屋敷の者達……ヒューマンを殲滅させ、そして、最後には自身をも滅ぼすつもりなのだろう。
「でもそんな事、この私がさせないよ!」
力の差は歴然だ。
それでも、レオンハルトを、同胞をあきらめる事など、出来はしない。
そうして、薙ぎ払われても薙ぎ払われても、しぶとく食らいついて来るジュリナに影響されたのか、レオンハルトの口調が一瞬元に戻る。
「何故……何故、邪魔をする!? ジュリナ、お前になら……お前には、分かるはず!」
「ああ、分かるさ。痛い位にな。きっと私でも同じようになっただろうさ。でも、だからこそ、こうして抑えてるんだよ!」
「…………」
無言のまま目を見開く、レオンハルトの双眸。哀しみに乾ききった、その瞳。
人はあまりにも哀しく苦しい経験をすると、逆に泣く事が出来ないものなのだ。そう、自分に教えたのは一体誰だったか……。
「きっと、私が同じように暴走してしまっても、お前が全力で抑えたはずだ! それが分かるから、私はお前を止めるんだよ!」
怒鳴ると同時に、ジュリナはレオンハルトの暴走を抑止する為に動いた。
「目を覚ませ、レオンハルト! 狂うんじゃない! そんな事、リュセルが望んでいるはずがないだろう!?」
しかし、その必死の訴えも虚しく、空のレオンハルトの胸を通過するだけだった。
パンッ
「!?」
小気味のいい音が響き、驚いたジュリナは、両手を打ち鳴らしたティアラの決意を秘めた双眸を見下ろす。
「ティ、ティア?」
妹はこんなに強い眼差しをした娘だっただろうか? ジュリナは、驚きに目を見開きながら考える。
常に傍で自分を庇護してくれていたジュリナと離れた、この長いようで短い日々。その時間の中で、ティアラは確実に成長し、たくましくなっていた。
「お姉様。どうか、お姉様はレオンハルト様を止めに行って下さい。リュセル様の元にはわたくしが向かいます。場所はその方が知っているのでしょう?」
「お、俺!?」
ティアラに話をふられたワトスンは、動揺のあまり自分を指さしてしまう。
「ミルフィンとハミルは、お姉様について行ってさしあげて」
「で、でも、ティアラ姫様!」
ティアラの爆弾発言に、ミルフィンもハミルも慌てる。
「そ、そいつは、敵なんでしょう!? そんな奴と二人きりでなんて、危険過ぎますよ!」
「そうですわ、姫様!」
ハミルのその叫びに同意し、ミルフィンも頷く。
「敵……。そうではありませんわ。人である以上、この方はわたくし達の味方です」
「一緒にするな! 汚れた神の分身がっ」
ティアラの言葉を聞き、我に返ったワトスンが咄嗟に怒鳴る。
「わたくし達女神の子供は、確かに創世の女神の意志と想いを受け継いだ神の子です。でも、わたくし達をこの大地に産み落としたのは女神ではなく、人間の母親なのですよ。わたくし達は、れっきとした人の子でもあるのです」
「……っ」
響き渡る、静かだがよく通る声。幾つも年下の少女が放つ気迫に圧倒され、ワトスンは鋭く息を呑む。
「何かを否定するのは簡単だわ。でも、どうかよく考えて下さい。自分自身の心で」
真摯なその言葉を聞いた瞬間、ワトスンの脳裏に暗い声が甦った。
妻が死に、まだ幼かった娘も同じ病で亡くした昔。絶望に死を願った自分の心に、闇が呼びかけてきた。
すべては、創世の女神の所為だ。
女神だというのなら、どうしてお前の愛する者の命を救ってはくれないのだ?
どうして、お前から奪うのだ?
役に立たない、そんな創世神など……、いらないだろう?
ワトスンはそれを、神の声だと思った。本当の神の声。自分を救ってくれる救い主。他のメンバーにも聞いたが、皆、この声を聞いた事があると言っていた。
自分達は、選ばれた使徒なのだ。世界を変革する為に、選ばれた戦士。
しかし、それでいいのだろうか?
あれは本当に、神の声だったのか? あんなにも、禍々しく響くものが?
「俺は……まだ、お前達を認められない。でもお姫様、あなたのその勇気ある行動に敬意を払い、あなたに害を与えぬ事を誓おう」
「ありがとう」
内心の混乱を隠して、呟くように告げたワトスンの顔を見上げ、ティアラはにっこりと微笑む。清らかなそ微笑を向けられ、ワトスンは彼女を疎んでいる自分が恥ずかしく思えてならなかった。
「ティアに何かしたら、この私が黙ってはおかないよ。私の恐ろしさはわかってるだろう?」
その直後、ジュリナに凄まれたワトスンは、顔を引きつらせながらも、それを認めたくなくてそっぽを向く。
「お前の仲間達を助けたいなら、きちんとティアをリュセルのいる場所まで届けるんだよ」
「分かった」
渋々頷くワトスンから視線を逸らすと、ジュリナはティアラを眩しそうに見た。
「たくましくなったね、ティア。お前は信じているんだろう?」
姉の優しい声を聞いたティアラはゆっくりと頷く。
「ええ、お姉様。わたくしはリュセル様とレオンハルト様を信じる事に決めました」
その言葉を聞くと同時に、ジュリナは誇らしげに笑ったのだった。
*****
彼が戻るまでの世界。
それは、ただ息をしているだけの、無意味なものだった。
ずっとずっと、願っていた。
出会える、その時が訪れるのを……。
ようやくそれが叶い、想いも通じあって、これからだというのに。
一体、私は………………何をしているのだろう。
「ひいいいいいーーーー、ば、化け物おおおおおお、ぐはっあ」
「たす……たすたすたす、助けて…………っ」
「うああああああああぁぁ」
うるさい。
なんだ、この醜い声は?
それにしても、何だろう? この虚無感。
何も感じない。
喜びも
哀しみも
痛みも
怒りも
そうだ、私は……………………
……………………僕は、また失ったんだ。
「レオンハルトッ!」
ティアラと再び別れたジュリナが駆け付けた時には、そこはもう、地獄絵図のような状態になってしまっていた。
元は美しかったであろう、屋敷の正面入り口に広がった風景。しかし今、噴水も庭園の木々や花々も、ことごとく破壊しつくされている。
血を流し、倒れ伏す人々の中心で、爛々と輝く金色の瞳を虚空に向け立つ青年の姿は、恐ろしい程に美しい。
片手に握られるのは、彼の愛剣たる黒煉の剣。女神の剣は鞘に収まったまま、腰に下げられていた。
「お前達、ケガ人の手当を頼むよ!」
そう言いながらジュリナは、地面に倒れ伏した男の手から剣を奪い取り(おそらくレオンハルトに倒されたヒューマンのメンバーの一人だろう)、そのまま目にも止まらぬような速さで、優美ともとれるような立ち姿でこの戦場の中心に君臨するレオンハルトへと突進していく。
ガキッ
剣と剣がぶつかり合う音が響くと同時に、ジュリナは自分の剣を片手で受け止めた幼なじみの、まったく表情のなくなった顔を見つめた。
「目を覚ませ! この馬鹿っ」
対するレオンハルトは、この場面に不似合いな程優雅な仕草でジュリナの剣を払い受け流すと、不思議そうに小首を傾げた。
「何故……、邪魔をする?」
「お前を正気に戻す為だよ!」
「僕は正気だ」
(……僕?)
レオンハルトの言葉を聞き、ジュリナは大きく目を見開く。
「父上も母上も僕の事を心配しているけれど、リュセルは一時的に僕の元を離れたに過ぎない。きっと、いつか帰ってくる。僕の元以外に戻る場所などありはしないのだから」
(まさか、記憶の退行か!?)
この言動のおかしさから、レオンハルトの記憶は、昔、子供の頃、まだ産まれてもいなかった弟を異世界へと避難させる為に送った、七歳の時に戻っているのだろうとジュリナは予測した。まだ自分と出会う前のレオンハルトである。
ジュリナとまともに言葉を交わすようになった十歳の頃、既にこの幼なじみの一人称は、”私”になっていたのだから……。あの頃は、なんて生意気な話し方をする子供だろうと思っていたが。
「今ならわかるよ。そうせざるを得なかったのだろう? 半身を失った自分を気遣う両親に心配かけぬ為に……。早く大人にならなくてはならなかったんだろう!?」
きっと、レオンハルトの子供時代はそれは短いものだったのだろう。何故なら、既に自分と会うようになった頃。普通ならまだ、両親に愛され、周りの大人達の庇護を受け、短い子供時代を全力で駆けている時代。
彼は既に大人だったのだ。
肉体がではない。成熟しきっていたのは、その精神。それは……なんて、哀しい事か。
まだ、年端もゆかぬ子供の頃に味わい、苦しんだ喪失。
それを再び味わい、すべてに絶望した金色の瞳の青年は、己が半身を殺した屋敷の者達……ヒューマンを殲滅させ、そして、最後には自身をも滅ぼすつもりなのだろう。
「でもそんな事、この私がさせないよ!」
力の差は歴然だ。
それでも、レオンハルトを、同胞をあきらめる事など、出来はしない。
そうして、薙ぎ払われても薙ぎ払われても、しぶとく食らいついて来るジュリナに影響されたのか、レオンハルトの口調が一瞬元に戻る。
「何故……何故、邪魔をする!? ジュリナ、お前になら……お前には、分かるはず!」
「ああ、分かるさ。痛い位にな。きっと私でも同じようになっただろうさ。でも、だからこそ、こうして抑えてるんだよ!」
「…………」
無言のまま目を見開く、レオンハルトの双眸。哀しみに乾ききった、その瞳。
人はあまりにも哀しく苦しい経験をすると、逆に泣く事が出来ないものなのだ。そう、自分に教えたのは一体誰だったか……。
「きっと、私が同じように暴走してしまっても、お前が全力で抑えたはずだ! それが分かるから、私はお前を止めるんだよ!」
怒鳴ると同時に、ジュリナはレオンハルトの暴走を抑止する為に動いた。
「目を覚ませ、レオンハルト! 狂うんじゃない! そんな事、リュセルが望んでいるはずがないだろう!?」
しかし、その必死の訴えも虚しく、空のレオンハルトの胸を通過するだけだった。
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