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第十一章 神への叛逆
12-2 祈りの詩の源
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見知らぬ部屋の寝台の上でようやく目を覚ましたリュセルは、ぼんやりとした眼差しを自分の手を固く握る兄に向けた。
「……声」
ようやく出た声は、かすれきってしまっていた。
「声?」
怪訝そうに眉をひそめる兄の存在感に安堵しながら、握りしめてくれていた手に縋りつく。
「レイデュークの声を聞いた。ひどく悲しげな……」
「…………」
何も言わず、ただ髪を撫で続けてくれるレオンハルトの手の心地よさにうっとりと目を細めると、リュセルは一度瞬きをして尋ねた。
「ここは?」
「まだ、例の……ナイト侯爵邸内だ。お前が急に倒れたので、邸内の一室に運び入れたのだよ。熱が非常に高い。大人しくしておいで」
近くに用意していたらしい布で、額や首筋にたまった汗を拭かれながら、リュセルは同じように自分の汗を拭った邪鬼の事を思い出す。恐ろしい程の邪気を秘めていた彼は、見事にその正体を隠していた。ナイト侯爵という仮面を被って……。
「すべてティアラ姫から聞いた。私が至らないばかりにすまなかった」
自責の念に苛まれている様子のレオンハルトを見て、リュセルは首を振る。
「駄目だ、そんな風に考えては……。駄目なんだ、レオン」
一人で成せる事など、たかが知れている。
でも、だからこそ、自分達女神の子供には半身が……、同胞がいるのだ。大きな使命を帯び、邪悪なる弟神に立ち向かう、その為に。
「一緒に戦うんだ。スノーの妄執と」
高い熱に潤んだ銀の瞳は、それでも強い光を放っていた。
「俺とレオン、ジュリナ殿とティアラ姫と、ローウェン、アルティス。みんなであいつを救うんだよ、レオン。だから、一人で戦おうとしちゃ駄目だ。俺だけを……、自分以外のものだけを守ろうとしては駄目だ。自分自身を軽んじては駄目だ。それでもお前が自分を守らないのなら、俺がお前を全力で守るぞ」
リュセルの想いのこもった言葉を聞いたレオンハルトは声を詰まらせ、寝台の上に横たわる目の前の熱い体を抱き締めた。
「ずっと、傍に帰りたかった……。兄さん」
待ち焦がれた兄のたくましい体に強く抱かれながら、リュセルは泣きながらその唇を求め、与えられる優しい口づけに酔ったのだった。
そうして、そんな満たされた想いとは裏腹に、やっかいな事に、リュセルの高熱は、次の日の夜になっても下がらなかったのだ。
「おい、ちょっといいか?」
再会してからというもの、リュセルにつきっきりで看病を続けているレオンハルトに今回の事件の報告をする為、ジュリナは二人が閉じこもった部屋にやって来ていた。
「ああ」
隣の部屋で話をしようと部屋の出口を親指で指したジュリナに答え、レオンハルトは逡巡しながらも頷く。高熱にうなされ、意識がないというのに、リュセルはレオンハルトの手を掴んで離さなかったのだ。
「大丈夫。リュセルはティアが看てるから」
一緒に入室してきたティアラがにっこりと微笑むのを目の端に入れたレオンハルトは、慎重にリュセルの手を自分から引き離し、その首筋に浮かんだ汗を拭く。
「わたくしがしますわ。レオンハルト様はお姉様と大事なお話をなさって下さい」
「すみません、ティアラ姫」
「いえ」
ティアラに布を手渡し、弟を任せると、レオンハルトはジュリナの後について隣の部屋に移動した。
「まずは、ヒューマンのメンバーについてだが、とりあえず、ディエラ城に移送してから尋問を開始するよ。まあ、結局はサイレン……あの邪鬼に操られていたようなもんだし、私とリュセルがさらわれた事は公にされていない訳だから、お前からすれば不服だろうが、国外追放がいいところだろうな」
「そうか」
ソファにどっかりと腰を下しながらそう言ったジュリナを見つめ、自分も向かい側のソファに腰を下ろし、レオンハルトは短い返事を返す。
「本物のナイト侯爵の行方は未だにわからない。サイレンに消された可能性が高い。こうなったからには、早く次の当主を一族の者の中から決めないといけないねぇ」
「…………」
無言で考え込んでしまっているレオンハルトの、繊細に整った顔を見つめながらジュリナは言った。
「リュセルの熱はまだ下がんないのかい?」
「ああ」
「熱が下がらない限り、城に戻る事もできないからねぇ。早くお前の完全看護で回復させろよ」
ジュリナのそんな言葉に、レオンハルトは眉をひそめる。
「あの熱は、例の装置とやらの所為で体調を崩していた時に触れた邪気の影響が半分を占めるのだろう。残りの半分は精神的なものだ。……あの子の唇に、濃密な邪気を感じたよ」
淡々とした声音の中に隠しきれぬ怒りの感情を察知したジュリナは顔をしかめた。
「少なくとも唇は奪われていたという事だね、あの邪鬼に。くそっ、私がついていながら……。すまない、レオンハルト」
ジュリナが唇を噛みしめながら呻くようにそう言うのに対し、レオンハルトは小さく首を振る事で返事を返した。
「いや、こちらこそ迷惑をかけた」
「迷惑? ああ、お前が暴走した時の事か。コロッと忘れてたよ。今回の事件の事後処理が多過ぎて」
「…………」
そして、不機嫌そうな視線を向けてくる幼なじみに、ジュリナは彼女らしい言葉を返す。
「ま、悪いと思ってるんなら、今度酒でもおごりな」
「まったく、お前という奴は」
レオンハルトが呆れたようなため息をつくと、ジュリナは話題を戻した。
「とにかく、リュセルの事については、熱が下がらん事にはどうする事も出来ない」
そう言って悩むように両腕を組んだジュリナだったが、不意に目を見開いた。
「なんだ?」
何か思いついたのかと尋ねると、ジュリナはあっさりとした口調でそれを口にする。
「抱いてやればいいんじゃないか?」
「……………………」
予想外の言葉である。レオンハルトは無表情のまま無言になった。
「何故そうなる?」
ジュリナの突拍子もない提案にレオンハルトが眉をしかめると、この破天荒な元婚約者の姫君は、何でもない事のように話を続けた。
「だって、原因の半分は邪気で、半分は精神的なものなんだろう? 邪気は、自分の半身の聖なる神気をより近くで感じれば体内浄化も早まるだろうし、精神的なものも、それで治るんじゃないか? 一石二鳥だよ」
「相手は病人だ」
「その、病気の元を取り除いてやるんだぞ」
それは、そうかもしれないが。余計悪くしたらどうするんだ。
「悪くない案だと思うんだけどねぇ」
気乗りしない様子のレオンハルトを見つめながら、ジュリナはそう言って頭を掻いた。
その時。
「いけませんわ、リュセル様! そんな体で……」
ティアラの慌てたような声が響いたと思ったら、部屋の扉が開く。
「リュセル!?」
壁にもたれるようにして体を支え、ようやく立っているという様子の弟の姿を目にしたレオンハルトは、咄嗟に立ち上がると駆け寄った。
「レオン」
フラリと前のめりに倒れた熱い体を、レオンハルトは両腕で受け止める。
「どうして起き上がったりしたんだい? 寝ていないと駄目だろう」
レオンハルトの慌てたような声に答えるように、ティアラが遠慮がちに言った。
「目を覚ましました途端、レオンハルト様の姿を探して……。わたくしも止めたのですが。」
母親を探す子供のようにレオンハルトの姿を追って来たリュセルは、何も言わずに自分を抱きとめてくれた腕の主の体に縋りつくと、安心したようにそっと吐息をつく。
「リュセル……」
縋る弟の体を抱きながら目を伏せるレオンハルトを眺め、ゆっくりと二人の傍まで近づいたジュリナは心配そうに言った。
「重症だねぇ。一時も傍を離れたくないんだろう」
熱で潤んだ瞳を伏せて、震えながらレオンハルトに縋るリュセルの姿に、祈りの詩を詩った時のような神々しさ、凛々しさは微塵も感じられない。
「あー、そういえば、祈りの詩の事もあったんだ。今回はリュセルだけでなく、ティアもだからな……。まあ、この事はまた後で話そう。とりあえずリュセルを寝台に戻しておやりよ」
「分かってる」
ジュリナの言葉に頷くと、レオンハルトは弟の体を横抱きに抱き上げて、部屋を出て行った。
「祈りの詩か……。覚えているかい? ティア」
剣主剣鍵を見送った後、ジュリナは一緒に残った妹にそう尋ねる。
「いえ……。わたくしはただ、リュセル様に導かれて詩っていたのだと思います」
「やはり、祈りの詩の源は、我らが母神か」
ジュリナの言葉を聞き、ティアラは頷く。
「ええ。あの詩は、創世の女神レイデュークの願いなのでしょう」
共に詩ったからこそ分かるティアラの言葉に、ジュリナは静かに瞑目したのだった。
「……声」
ようやく出た声は、かすれきってしまっていた。
「声?」
怪訝そうに眉をひそめる兄の存在感に安堵しながら、握りしめてくれていた手に縋りつく。
「レイデュークの声を聞いた。ひどく悲しげな……」
「…………」
何も言わず、ただ髪を撫で続けてくれるレオンハルトの手の心地よさにうっとりと目を細めると、リュセルは一度瞬きをして尋ねた。
「ここは?」
「まだ、例の……ナイト侯爵邸内だ。お前が急に倒れたので、邸内の一室に運び入れたのだよ。熱が非常に高い。大人しくしておいで」
近くに用意していたらしい布で、額や首筋にたまった汗を拭かれながら、リュセルは同じように自分の汗を拭った邪鬼の事を思い出す。恐ろしい程の邪気を秘めていた彼は、見事にその正体を隠していた。ナイト侯爵という仮面を被って……。
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自責の念に苛まれている様子のレオンハルトを見て、リュセルは首を振る。
「駄目だ、そんな風に考えては……。駄目なんだ、レオン」
一人で成せる事など、たかが知れている。
でも、だからこそ、自分達女神の子供には半身が……、同胞がいるのだ。大きな使命を帯び、邪悪なる弟神に立ち向かう、その為に。
「一緒に戦うんだ。スノーの妄執と」
高い熱に潤んだ銀の瞳は、それでも強い光を放っていた。
「俺とレオン、ジュリナ殿とティアラ姫と、ローウェン、アルティス。みんなであいつを救うんだよ、レオン。だから、一人で戦おうとしちゃ駄目だ。俺だけを……、自分以外のものだけを守ろうとしては駄目だ。自分自身を軽んじては駄目だ。それでもお前が自分を守らないのなら、俺がお前を全力で守るぞ」
リュセルの想いのこもった言葉を聞いたレオンハルトは声を詰まらせ、寝台の上に横たわる目の前の熱い体を抱き締めた。
「ずっと、傍に帰りたかった……。兄さん」
待ち焦がれた兄のたくましい体に強く抱かれながら、リュセルは泣きながらその唇を求め、与えられる優しい口づけに酔ったのだった。
そうして、そんな満たされた想いとは裏腹に、やっかいな事に、リュセルの高熱は、次の日の夜になっても下がらなかったのだ。
「おい、ちょっといいか?」
再会してからというもの、リュセルにつきっきりで看病を続けているレオンハルトに今回の事件の報告をする為、ジュリナは二人が閉じこもった部屋にやって来ていた。
「ああ」
隣の部屋で話をしようと部屋の出口を親指で指したジュリナに答え、レオンハルトは逡巡しながらも頷く。高熱にうなされ、意識がないというのに、リュセルはレオンハルトの手を掴んで離さなかったのだ。
「大丈夫。リュセルはティアが看てるから」
一緒に入室してきたティアラがにっこりと微笑むのを目の端に入れたレオンハルトは、慎重にリュセルの手を自分から引き離し、その首筋に浮かんだ汗を拭く。
「わたくしがしますわ。レオンハルト様はお姉様と大事なお話をなさって下さい」
「すみません、ティアラ姫」
「いえ」
ティアラに布を手渡し、弟を任せると、レオンハルトはジュリナの後について隣の部屋に移動した。
「まずは、ヒューマンのメンバーについてだが、とりあえず、ディエラ城に移送してから尋問を開始するよ。まあ、結局はサイレン……あの邪鬼に操られていたようなもんだし、私とリュセルがさらわれた事は公にされていない訳だから、お前からすれば不服だろうが、国外追放がいいところだろうな」
「そうか」
ソファにどっかりと腰を下しながらそう言ったジュリナを見つめ、自分も向かい側のソファに腰を下ろし、レオンハルトは短い返事を返す。
「本物のナイト侯爵の行方は未だにわからない。サイレンに消された可能性が高い。こうなったからには、早く次の当主を一族の者の中から決めないといけないねぇ」
「…………」
無言で考え込んでしまっているレオンハルトの、繊細に整った顔を見つめながらジュリナは言った。
「リュセルの熱はまだ下がんないのかい?」
「ああ」
「熱が下がらない限り、城に戻る事もできないからねぇ。早くお前の完全看護で回復させろよ」
ジュリナのそんな言葉に、レオンハルトは眉をひそめる。
「あの熱は、例の装置とやらの所為で体調を崩していた時に触れた邪気の影響が半分を占めるのだろう。残りの半分は精神的なものだ。……あの子の唇に、濃密な邪気を感じたよ」
淡々とした声音の中に隠しきれぬ怒りの感情を察知したジュリナは顔をしかめた。
「少なくとも唇は奪われていたという事だね、あの邪鬼に。くそっ、私がついていながら……。すまない、レオンハルト」
ジュリナが唇を噛みしめながら呻くようにそう言うのに対し、レオンハルトは小さく首を振る事で返事を返した。
「いや、こちらこそ迷惑をかけた」
「迷惑? ああ、お前が暴走した時の事か。コロッと忘れてたよ。今回の事件の事後処理が多過ぎて」
「…………」
そして、不機嫌そうな視線を向けてくる幼なじみに、ジュリナは彼女らしい言葉を返す。
「ま、悪いと思ってるんなら、今度酒でもおごりな」
「まったく、お前という奴は」
レオンハルトが呆れたようなため息をつくと、ジュリナは話題を戻した。
「とにかく、リュセルの事については、熱が下がらん事にはどうする事も出来ない」
そう言って悩むように両腕を組んだジュリナだったが、不意に目を見開いた。
「なんだ?」
何か思いついたのかと尋ねると、ジュリナはあっさりとした口調でそれを口にする。
「抱いてやればいいんじゃないか?」
「……………………」
予想外の言葉である。レオンハルトは無表情のまま無言になった。
「何故そうなる?」
ジュリナの突拍子もない提案にレオンハルトが眉をしかめると、この破天荒な元婚約者の姫君は、何でもない事のように話を続けた。
「だって、原因の半分は邪気で、半分は精神的なものなんだろう? 邪気は、自分の半身の聖なる神気をより近くで感じれば体内浄化も早まるだろうし、精神的なものも、それで治るんじゃないか? 一石二鳥だよ」
「相手は病人だ」
「その、病気の元を取り除いてやるんだぞ」
それは、そうかもしれないが。余計悪くしたらどうするんだ。
「悪くない案だと思うんだけどねぇ」
気乗りしない様子のレオンハルトを見つめながら、ジュリナはそう言って頭を掻いた。
その時。
「いけませんわ、リュセル様! そんな体で……」
ティアラの慌てたような声が響いたと思ったら、部屋の扉が開く。
「リュセル!?」
壁にもたれるようにして体を支え、ようやく立っているという様子の弟の姿を目にしたレオンハルトは、咄嗟に立ち上がると駆け寄った。
「レオン」
フラリと前のめりに倒れた熱い体を、レオンハルトは両腕で受け止める。
「どうして起き上がったりしたんだい? 寝ていないと駄目だろう」
レオンハルトの慌てたような声に答えるように、ティアラが遠慮がちに言った。
「目を覚ましました途端、レオンハルト様の姿を探して……。わたくしも止めたのですが。」
母親を探す子供のようにレオンハルトの姿を追って来たリュセルは、何も言わずに自分を抱きとめてくれた腕の主の体に縋りつくと、安心したようにそっと吐息をつく。
「リュセル……」
縋る弟の体を抱きながら目を伏せるレオンハルトを眺め、ゆっくりと二人の傍まで近づいたジュリナは心配そうに言った。
「重症だねぇ。一時も傍を離れたくないんだろう」
熱で潤んだ瞳を伏せて、震えながらレオンハルトに縋るリュセルの姿に、祈りの詩を詩った時のような神々しさ、凛々しさは微塵も感じられない。
「あー、そういえば、祈りの詩の事もあったんだ。今回はリュセルだけでなく、ティアもだからな……。まあ、この事はまた後で話そう。とりあえずリュセルを寝台に戻しておやりよ」
「分かってる」
ジュリナの言葉に頷くと、レオンハルトは弟の体を横抱きに抱き上げて、部屋を出て行った。
「祈りの詩か……。覚えているかい? ティア」
剣主剣鍵を見送った後、ジュリナは一緒に残った妹にそう尋ねる。
「いえ……。わたくしはただ、リュセル様に導かれて詩っていたのだと思います」
「やはり、祈りの詩の源は、我らが母神か」
ジュリナの言葉を聞き、ティアラは頷く。
「ええ。あの詩は、創世の女神レイデュークの願いなのでしょう」
共に詩ったからこそ分かるティアラの言葉に、ジュリナは静かに瞑目したのだった。
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