【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

12-1 愛しき半身

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「レオンーーーーーーッ!」

 耐えきれずに、詩う事を止めてリュセルは駆け出す。

 ”愛し子よ 愛し子よ
  
  共にありし我が想い
  万物に宿りし我が祈り”

 リュセルが詩うのを止めても、それを受け継いだティアラの柔らかな詩声が響く。


 ”そは彼らの為に存る
  そはお前達の為に存る

  あの子の為に奏でし祈りの詩”


 その時、ぼんやりとした表情でこちらを見ていたレオンハルトの姿が、リュセルの中で大きくぶれた。

「リュセル」

 哀しい程に乾ききった金の瞳。
 肩先に散る胡桃色の髪。

 表情のない、美しい子供。

 リュセルは腕を伸ばし、力いっぱいその子供を抱き締める。

「会いたかったよ、リュセル」

 抱き締める寸前、子供の瞳から透明な滴が頬を伝ったのを見た。


「俺も……会いたかった、レオンハルト」


 縋りついて来る子供の華奢な体を抱き込みながら、リュセルもいつしか泣いていたのだった。


 ”喜びも悲しみもすべて忘れ
   我が腕で眠れ 愛し子よ”


 そうして、ティアラの詩声が終わると同時に、リュセルが抱いていたレオンハルトの姿は、子供のものから現在の青年のものに変わる。

 リュセルの目にしか映らなかったそれは、他の者には見えなかった事だろう。

 実際、ジュリナの目には、リュセルがレオンハルトに駆け寄って、呆然と立ち尽くしている体を抱き締めたようにしか見えていなかった。だが、ジュリナからしてみると、その事実だけで充分だったのだ。彼女はすべての決着が着いたのを察すると同時に、安堵のため息と共にその場に膝をついた。

「よかった……。本当に」

 今回は本当にもう、駄目かと思ったのだ。

「お姉様」

 祈りの詩を詩い終えたティアラが自分の元に駆け寄り飛びついてくるのを受け止めながら、ジュリナは視線をリュセルとレオンハルトの方へと向ける。
 その場に両膝をつき、まるで縋るようにしてリュセルの胸元に顔を伏せたレオンハルトの表情はわからない。しかし、そんな兄の頭を抱え込み、しっかりと抱き締めるリュセルの顔が安らかなものであるのに気づくと、ジュリナは口端を上げて笑みの形を作った。

「とりあえず、一件落着か」

「いえ、まだですわ。この屋敷を覆う邪気を浄化しないと」

 感動の涙を光らせながらの姉の台詞にティアラは素早くつっこみを入れ、懐から女神の鏡を出す。

「ティア、本当にたくましくなって……。嬉しいような悲しいような。私は複雑だよ」

 もう一働きしなくてはならない現実に、ジュリナは疲れたような声でそう返した。

「は~、まあ、もう一働きするかね。おいで、ティア」

 本気のレオンハルトの相手をした所為で疲労感は半端ない状態ではあったが、ジュリナはスクッと立ち上がり、ティアラから受け取った女神の鏡を掲げる。

「はい、お姉様」

 瞬間、一度は消えていたティアラの額に神紋が再び浮かぶ。
 自分の魂と体が引き離され、姉の体と魂のみが同化するのを感じたティアラは、ゆっくりと深紅の瞳を開いた。

「さあ、浄化の時間ですわ!」

「本当に働き者だよ。私達は……」

 やる気満々なティアラの声に重なるように、疲労困憊気味なジュリナの声が続く。

「すべて終わりましたらマッサージして差し上げます。がんばって、お姉様」

 そんなティアラの言葉を聞いたジュリナのやる気に火がつく。

「よし! さ、やるよ~~!!」

 そう雄叫びを上げると、持っていた女神の鏡に意識を集中させた。


「!!??」

「っ!?」


 固唾を呑んで二人を見守っていた人々の前で、眩い白銀の光が弾ける。そして……。


「浄化完了!」


 そんな声が響いたと同時に、キラキラとした光の名残が屋敷を包み込んでいるのをミルフィンはうっとりと見つめた。

「綺麗」

 なんだか、この屋敷を覆っていた重苦しい空気が白銀の光に払われて無くなったように感じられる。

 祈りの詩、及び、女神の宝での邪気の浄化を受け、心を覆い尽くしていた闇が消滅したヒューマンのメンバー達は何も言う事が出来ずに、皆がその場にへたりこんでしまっていた。

「まあ、まだ色々と確認したい事はあるし、ゴタゴタはあるだろうけど、とりあえず良かったよ」

 妹との同化を解いたジュリナがため息交じりにそう言って、ティアラもにっこりと笑ってそれに同意する。

「ええ。でも……」

 無邪気に微笑んでいたティアラの表情に一瞬陰りが落ちるのを見逃さず、ジュリナは首を傾げた。

「ティア?」

「お姉様達に報告しなくてはならない事がありますの」

 不安そうな視線をリュセルに向けるティアラを見つめ、ジュリナは眉をしかめた。


「リュセル」

 一方のリュセルは、婚約者の不安そうな視線に気づく事なく、自分を見上げている兄の、冷静さを取り戻した美麗な顔を見返していた。

「目が見えるようになって良かった。俺はお前の顔も好きなんだからな」

 いつの間にか見えなくなっていた目が見えるようになっていた現実に、リュセルは心底安堵する。

「目が?」

 弟の言葉の中に不穏なものを感じ取り、レオンハルトが眉をひそめた瞬間、唐突にリュセルはその腕の中に倒れ込む。

「リュセル!?」

 動揺したように揺れる兄の瞳とかすかな息づかい、その高貴な香りを間近で感じながら、リュセルは安らかな気持ちのまま意識を失ったのだった。



*****



 激闘の一日が終わり、夜が明けた頃。


 ようやく、シルヴィア女王の密命をおびたクレア率いる親衛隊の面々が、ルーンメッセに到着したのだった。

「ジュリナ様、ティアラ姫様!」

 いつも冷静な自分付きの女騎士が涙ぐみながら駆け寄ってくるのを見つめながら、ジュリナは不敵な笑みを浮かべる。

「そんなに慌てるお前を見たのは、私とレオンハルトの奴が、子供の頃に黙って城を抜け出した時以来じゃないか?」

「そんな、のん気な事をおっしゃって。私を含め、この事を知る者がどんなにあなたの事を心配したか……。特にシルヴィア陛下のご心痛お察し下さい」

「ああ、心配かけてすまなかった」

 ジュリナの返事に小さく頷くと、クレアは今度は矛先をティアラに向ける。

「ティアラ姫、あなたもですよ。黙っていなくなってどんなに心配したか」

「ごめんなさい、クレア」

 しゅんっと項垂れる可哀想な美姫の様子を目にし、怒っていたクレアの方が慌ててしまう。

「い、いえ、おわかりいただければいいのです」

「では、お前達が来てくれたから、この屋敷の連中の後処理はお前達に頼むぞ。おそらく、逃げも隠れもしないだろうよ」

 ヒューマンの後処理を命じるジュリナに対し、クレアは片膝をついて深く頭を垂れる。

「仰せのままに」



「ふう……」

 そうして、事後処理をする為に遠ざかって行くクレアの凛々しい後姿を見送った姉が大きなため息をつくのを見て、ティアラは小さく笑う。

「クレアには、さしものお姉様も敵いませんわね」

「子供の頃から仕えてくれてるからねぇ……。頭が上がらないんだよ。さんざんレオンハルトの奴とやんちゃをした子供時代を知られてるからね」

 実際はやんちゃをしたのはジュリナのみで、レオンハルトはそれに巻き込まれていただけなのだが。

「そういえば、そのレオンハルトの奴は?」

「……ずっと、リュセル様についておられますわ」

 心配そうに伏せられる妹の長い朱金の睫毛を見下ろしながら、ジュリナはぼりぼりと頭を掻く。

「あの話……。にわかには信じられないけれど。お前が実際、その目で見たからには、真実なんだろうねぇ」

 疲れたようなジュリナの声にティアラは小さく頷いた。

「創世の女神の生まれ変わりか……。どこか私達と違う、変わってる奴だと思っていたが、まさか我らの母神自身だったとはな」

 レオンハルトから報告を受けた例のサンジェイラの姫君、ユリエの魂が古の勇者の魂の生まれ変わりだという事も、何かそれと関係しているのだろうか。

 それ程ありえぬ事なのだ。創世の女神の転生は。

 それに、ずいぶん前に本人から聞いた、リュセルが帰還前、異世界では女性だったという話も、もしかしたら……。

「その辺が、原因の一つって事かい」

「でも、リュセル様はリュセル様ですわ」

 考え込んでしまっているジュリナの手をそっと取って、ティアラはそう告げた。

 例え、男でも

 例え、女でも 

 例え、女神の生まれ変わりでも

「わたくしの婚約者で、お姉様のお気に入りの同胞、そして、レオンハルト様の大切な半身。それに変わりはありません。それはレオンハルト様自身、よくご存じのようですわ」

 再会してから片時も弟の元を離れないレオンハルトのいる部屋の方角に目を向け、ティアラは可憐な美貌に慈愛深い微笑みを浮かべる。

「お前の方こそ、まるで女神だよ。愛しい私のティアラ」

「お姉様」

 たおやかだが、力強い腕にきつく抱きしめられたティアラは、ようやく得る事ができた幸福感に身を委ね、寄せられる姉の唇を自分の唇で受け止めた。







 すまない。

 すまない、リュセル。

 わらわの愛し子よ。

 きっとこの先、お前の中のわらわの部分はスノーを求め、レオンを求め愛するお前を苦しめる事になるであろう。

 でも、お前はそのままでいい。

 そのままの、お前でいておくれ。

 吾子……。



「リュセル」
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