【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十一章 神への叛逆

11-2 レオンハルトの記憶

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 しかし、今の彼は精神の均衡を著しく欠いている為、自分の目的の妨げになるであろうジュリナを本気で排除しようとしている。ジュリナの限界が来るのは、時間の問題のように思えた。

「ど、どうしたらいいのよ」

 ミルフィンが絶望と混乱の中、泣きそうな声を出した時。



 白銀の光が溢れた。



「レオン」



 光の洪水が収まると共に哀しげな声が響く。


「…………ッ、リュセル!?」

 キラキラとした光の粒子を身に纏わせ、急に姿を現した青年の変わらぬ姿を目にしたジュリナは、レオンハルトの攻撃を受け止めながら目を見開いた。

 空中に現れたリュセルは、片手にティアラを抱いたまま、ジュリナやレオンハルトから少し離れた場所にある噴水の中へ降り立つ。
 水の上に浮かび上がり、沈まぬその様に、ミルフィンやハミル、まだ意識のあるヒューマンのメンバー達は唖然とした。

「…………」

 しかし、レオンハルト本人は、自分の求めた半身の姿を目にしても、ぼんやりとそちらを一瞥しただけだ。

「早く……すべて壊さなければ…………」

 壊れたように低い声で紡がれるその言葉に、リュセルは泣きそうに顔を歪ませる。

「リュセル様」

 そんなリュセルを慰めるように、彼に寄り添った美姫がその手をそっと繋ぐ。

 そんな婚約者の優しさに勇気づけられたのか、リュセルは小さく頷くと目を閉じて、緩く握った右拳を胸元に添えた。

 そして……。



 ”愛し子達よ”



 不可思議な旋律の、美しい調べの詩が周囲に響き渡った。

 そんなリュセルに続き、ティアラも息を吸い込み、古の言葉を奏でる。


 ”その目に映るは未来という光のみ”

 ”その魂は石のごとく揺らぎがない”

 ””光と闇の祝福を受けしその心””


 合わさる声。

 重なる想い。

 低く耳に心地よく残る男声と、高く美しく響く女声。

 ティアラのソプラノとリュセルの奏でるテノールは、素晴らしい程の調和と、見事なハーモニーを創りだしていたのだった。


 それは、神の詩(うた)。
 それは、母の詩(うた)。
 自分達を創造せし者の、祈りの詩(うた)。


 ”彼らが戦うは尊いものを守るため
  愛しいものを救うため”

 その、涼やかで可憐な声が紡ぐ懐かしい調べ。

 ”身を焦がすような闇の渦
  悲哀をともなう心の痛み
  彼らが臨むは酷なれど”

 その、甘い響きを持つ声が紡ぐ聖なる音色。

 ””希みは決して絶たれはしない””

「これが、祈りの詩か」

 構えていた剣をゆっくりと下ろしながら、ジュリナは呟く。聞いた事もないような言葉。この詩をこうして翻訳出来るのは、この場ではジュリナとレオンハルトのみである。

 でも、翻訳出来ずとも、分かっていた。知っていた。

 これは、己を創造せし母神の詩(うた)。


 ”愛し子よ”  ”愛し子よ”

 紡がれる、二つの異なる詩声。

 ””我が詩声は風となる
  お前達を守る光となるため””

 紡がれる、祈りの詩。

 ””我が心は共にある
  お前達を導く影となるため”


「ど……どうして? どうして涙が止まらないの!?」

 ミルフィンは耐えきれずに、泣き声を上げた。

「ひっ、うううっ」

 その隣では、同じようにハミルがしゃっくりを上げながらむせび泣いている。

 ミルフィンやハミルだけではない。

 彼らの周りにいた意識のあるヒューマンのメンバー達も、皆一様に我慢出来ずに涙を流していた。

 懐かしい

 慕わしい

 恋しい

 愛おしい……

 そんな感情があふれ、制御する事が出来ないのだ。


 カランッ


 詩声に支配された場で、レオンハルトはぼんやりとしたまま剣を地面に落とす。そして、も石畳の上で乾いた音をたてたそれを気に留める事もせず、詩うリュセルに目を向ける。

(あれは……)

 誰だろう? 胸の奥がざわめく……。

 リュセルは詩を紡ぎながら閉じていた目を開けて、レオンハルトの視線を受け止める。

 金と銀の光が、交わった瞬間。リュセルの中に、唐突にそれはやってきた。



 それは、記憶の奔流だった。

 兄の、レオンハルトの心の奥に眠る、過去の記憶。



「母上……、母上!」

 幼い子供が走っている。

 肩先に広がる胡桃色の髪。キラキラと喜び輝く琥珀の瞳。
 信じられない程に愛らしい子供。

 間違いない。レオンハルトの子供の頃の姿だ。

「あらあら、どうしたの? レオン」

 優しそうな女性が飛びついてきたレオンハルトを受け止めて、嬉しそうに微笑む。

「レオンがそんな風に走ってくるなんて珍しいね。ねぇ、カイル」

 女性の隣りでは、カイルーズによく似た青年が、自分の腕の中にいる二~三歳位の黒髪の子供に話しかけている。

「めじゅらし~」

 にこにこ笑いながらそう言う息子を高い高いしている父親を気にすることなく、レオンハルトは、母、ルリカの腹にしがみついた。

 変わりない、いつものような朝だった……。

 でも、いつもと違う事を彼は知っていたのだ。

「やっと……やっと、来てくれた。やっと、僕の元に来てくれたんだ!」

「レオン?」

 母の下腹部に頬を摺り寄せて、嬉しそうに笑うレオンハルトに、ルリカは首を傾げる。いつもあまり笑わない上の息子の笑顔は、それはそれは可愛らしいけれど、この奇怪な言動はなんなのだろう。

「もうすぐ出会える……僕の半身」

「!?」

 レオンハルトのその言葉を聞いたルリカは腹を押さえ込み、同じように驚きに目を見張るジェイドと目を見合わせた。


 アシェイラ王妃、ルリカの第三子懐妊が発表されたのは、次の日の事であった。



 宿った、その時から知っていた。
 出会えるのを待っていた。



 場面は移る。リュセルが異世界へと送られた場へと。


「レオンハルト……」

 すべてを終え、妹との同化を解いた先代玉鍵カルティアは、掲げていた女神の剣を下したレオンハルトの元に駆け寄り、気遣うように華奢な子供の体を抱きしめた。

「…………」

 無言のまま乾いた金色の目を瞬かせるレオンハルトの心情を思い、カルティアは泣かぬ彼の代わりに涙を流す。かける言葉がなかった。自分の半身がジュリナを連れてこの場を後にするのに感謝しながら、青白い顔をし、表情のなくなった幼い剣主の顔を見つめる。

「レオンハルト」

「大丈夫……。リュセルは一時的に僕の元を離れたに過ぎない。きっと、いつか帰って来る。僕の元以外に戻る場所などありはしないのだから」

「っ……」

 自分に言い聞かせるかのように紡がれたその声は悲しく、カルティアはレオンハルトを抱きしめてあげる事しか出来なかった。



 早く大人になりたかった。
 ならなくてはならなかった。
 今度こそ、守り抜く為に……。



 そして、場面は再び移る。彼の少年時代へと。


「これとこれは終了しました、父上」

 絶世の美少女のような容姿をした少年。

 背の中程まである胡桃色の髪を無造作に垂らしたままの彼は、着ているものが王子の略装でなければ少女に見えるだろう。思春期を迎えたレオンハルトは、まるで可憐な花のようだった。

「レオン」

 王の執務を手伝ってくれるようになった上の息子は、優秀過ぎる位優秀で、ジェイドは内心驚きを隠せなかった。なんでも完璧にそつなくこなす子だとは思っていたが、これ程までだったとは。

「うん、ありがとう」

 息子を誇らしいと思うと同時に、ジェイドは寂しく、そして不安だった。

「ねえ、レオン」

「なんでしょうか?」

 淡々とした口調で返される言葉に、ジェイドは悲しそうに答える。

「そんなに急がなくていいんだよ」

「……?」

 不思議そうに自分を見る琥珀色の瞳の主に、もう一度言う。

「急がなくてもいいんだよ、レオン」


 そんなに急いで大人にならなくても、いいんだよ。


 声にならなかったジェイドの言葉は、リュセルには聞こえた。


 本当に、レオンハルトは

 リュセルの為に

 両親の為に

 自分を育む、すべての者達の為に……


 子供の内に、子供である事を止めたのだ。



「名前はもう、決まってるんだ……”リュセル”。古の言葉で希望を表す言葉だよ」



 ルリカの腹に縋って幸福そうにそう話す、胡桃色の髪の子供の映像が最後だった。
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