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第十一章 神への叛逆
13-2 葛藤
しおりを挟むそうして、その後、激しく愛し合った後も離れがたく、リュセルとレオンハルトは、乱れた寝台の上で裸のまま抱き合って横になっていた。
「…………レオン」
眠っていたと思われたリュセルに名を呼ばれ、弟の髪を撫でていたレオンハルトは言った。
「もう、休みなさい。それとも何か飲むか?」
行為の所為で負担をかけたであろう体を気遣う兄に、リュセルは首を振る。
「大丈夫だ、心配しなくても気分はいい」
驚くべき事に、あんなに悪かった体調が、良好とまでいかないが改善の傾向にあった。この調子なら、熱もすぐに下がるだろう。
「そうか、良かった」
抱き合った事でレオンハルトの神気を傍に感じ、体内浄化が早まったのか、それとも不安定だった精神の安定が肉体にも影響したのか。真相はわからないが、レオンハルトはリュセルの言葉に安堵のため息をつく。
「俺は……どうなるのだろうか」
そんな中、ポツリともらされた本音。それを聞いたレオンハルトは髪を撫でていた手を止める。
「リュセル」
「お前も聞いたんだろう? ティアラ姫から」
世界を創りし、万物の母。
麗しの女神。
創世神レイデューク。
ふとした時に、その存在を自分の中で感じる事があった。しかし、まさか自身が、その転生体であったとは……。
自分達が戦うべき相手。邪神スノーデュークの事を想うとせつなく胸が痛むのは、レイデュークの影響なのだろう。レイデュークはスノーデュークへの情を捨てる事が出来ずにいるのだ。
「でも、俺は俺だ。母上がどんなにスノーを恋おうとも、俺はお前が好きなんだよ」
リュセルは少し身を放すと、無言のまま自分の話を聞いている目の前の兄の琥珀の瞳を見つめた。
「愛している、レオンハルト」
「リュセル」
弟の言葉にレオンハルトは胸をつまらせ、再びリュセルの体を強く抱き締める。
「どんな事があろうとも、お前はお前だ。それが変わらぬように、お前への私の想いも永遠に変わらんよ。私のリュセル」
リュセルの魂が創世神の生まれ変わりだろうとなんだろうと、この愛しい気持ちに変わりはない。
「このまま、一つになれたらいいのにな。…………兄さん」
レオンハルトの背に両腕を回して、隙間ない程産まれたままの姿で抱き合いながら、リュセルは本気でそう思った。
「でも、そうしたらこうして抱き合えないぞ」
「それは、嫌だな」
リュセルはレオンハルトの言葉に頷くと、そのまま目を閉じたのだった。
リュセルとレオンハルトの二人が、抱き合っていた刻と同時刻。
遠い
遠い
空を飛ぶ
一羽の鳥。
ーお前は優しい子だよ、セフィランー
そう言って、哀しそうな瞳をしたリュセルの顔と声を、ずっと何度も何度も思い出していた。
(違う……! 俺は優しくなどない!)
あの剣鍵の存在は、自分の心を揺るがす。女神の生まれ変わりと知っても、変に納得している自分がいるのも、動揺の原因の一つだった。
(俺は……俺は……っ)
強情に否定しても、認めずにはいられない。自分はあの母神の腕に抱かれたいのだと。その膝に縋り、大声で泣きたいのだと。まるで、小さな子供のように……。
その事実に愕然とした瞬間。
ーアルターコート…………ー
頭の中に響いた強い声。小鳥はビクンと動きを止めた。
ーアルターコート神官っ!ー
再び響く声に導かれるようにして、セフィランは小鳥との同調を解いたのだった。
「おい、しっかりしろ! アルターコートッ」
「…………ウインター神官長補佐? いかがしました?」
やっと顔を上げて自分の方に顔を向けた、翠緑の髪をした盲目の青年に、この神殿で神官長補佐の位にあるルーク・ウインターは、ほっとしたようにため息をついた。
「いかがしたって……。お前、昼過ぎから、ずっとこの体勢のまま、ここで祈りを捧げていたのか!?」
アシェイラ国王都にある、セイントクロス神殿のアシェイラ支部。
その神殿内にある広大なる祈りの間にて、セフィは昼過ぎから真夜中にあたる現在まで、ずっと、両手を祈りの形に組み、両膝をついた格好のままでいたのだ。
「ここ二~三日、様子がおかしいとは思っていたが。大丈夫か? お前」
この盲目の神官が、心の迷いを払う為、小鳥と同調して空を駆けていた事など知る由もないルークは、心配そうに眉をひそめる。
「大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」
「何かあるんだったら、相談に乗るから言えよ?」
人のいいルークは、年の近いセフィの事を気にかけてそう言った。
「はい。でも、本当にたいした事ありませんので」
「そうか」
穏やかな頬笑みを浮かべるセフィを見つめ、ルークは納得がいかないながらもそう言うと立ちあがった。
「じゃあ、俺ももう行くが。早く休めよ、明日も早いからな」
「はい、おやすみなさい。ウインター神官長補佐」
「ああ、おやすみ」
就寝の挨拶を交わしあうと、ルークは祈りの間を後にする。そうして、ルークが祈りの間を出るのと同時に、外から怒声が響いた。
「セリクス、何やってるんだーーーー!」
「あははは~~、見ての通り、お腹が空いて、食べ物を厨房からくすねてきていました」
「子供かああああ、お前はーーーーっ!」
けたたましい大人二人の声とドタドタと走り去る音を聞きながら、セフィはため息をついた。
「まったく、ウインター神官長補佐が構うから、セリクス神官長はあんな風におふざけになるのに……」
セイントクロス神殿アシェイラ支部のトップとその補佐があんな調子でいいのだろうか。と、セフィは思う。しかし、他の神官達は彼らの事をよくわかっているので、二人がじゃれあっていても気にも留めていないようだった。
「さて、私も部屋に戻りますか」
今回の事でサイレンも見動きはとれないだろうが、それもしばらくの間の事だろう。剣鍵の体液を摂取した邪神の復活を見守る為、今もじっと眠り続ける己が主人の前で待っているはず。
そう……。こうして長の眠りが必要になる程、今の邪神の肉体には限界がきている。今度目覚めた時が、あの体の最後になるだろう。
そうしたら自分は…………。
「そんな事許さない。……こんな運命、認めるものか」
そう呟き、両手を握りしめると、セフィは固く閉じていた瞳を開いた。常に瞼に覆われている紫電の瞳。己が父神と同じ色。
「何が成功例だ。ただ生贄となるだけの存在に!」
邪神スノーデュークの器とする為、過去何度も繰り返されてきた人と魔の融合。人と邪鬼の交わり。犠牲になった乙女達は、何も知らぬまま、その儚い命を散らせていった。
しかし、そうした犠牲を払いながらも、産まれる邪混鬼のほとんどは、失敗作と呼ばれる邪鬼の器となれないような子供ばかりだった。
今まで成功例として確認されたのは、たったの一例だけ。
セフィランの出生。それは、もはや奇跡としか言いようがなかった。
汚れを知らぬ純粋なる乙女。敬虔な巫女だった母の命を喰らって産まれた、邪混鬼。
(キール師匠)
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後で知った事だが、彼は邪鬼の子供である自分を身ごもり、出産と共に死んだ母の兄だった。つまり、セフィからすれば伯父にあたる人だったのだ。
ー生きろ、セフィランー
それが、彼の最期の言葉。
他の二人の師も、同じ想いを最期に抱き、死んでいった。
妹を死なせた甥を、責める事も憎む事もせずに守ろうとした伯父。その伯父の友人で、同じように自分を慈しんでくれた二人の育て親。
「必ず生き残ってみせる。例え大地に這いつくばろうとも……」
そう暗い声で呟くセフィは、迫りくる己が宿命をじっと見据えていたのかもしれなかった。
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