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第十二章 月華の乙女
17-1 尋問
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「う……、ううん」
そんな呻き声と共に、リチャードは目を覚ました。
「へ、な、なななな何これ!? 何にも見えないよ~~~~~~ッ!」
寄宿舎の一室にて、両手両足を縛られ、椅子に固定されたリチャードは、そんな悲痛な叫び声を上げる。目隠しをされ、何も見えない事に不安を感じて悲鳴を上げるリチャードに対し、彼の目の前にいたリュセルは言った。
「ようやくお目覚めか」
こうして、とっぷりと日が暮れるまで目を覚まさなかったリチャードに、実は辟易気味だったのだ。
とにかくこの男、何をどうしても、とことん起きなかった。グースカグースカ、ここぞとばかりに眠り続け、気づけば夜の祈りの儀が終了するような時刻帯だ。
「ふ、まあいい。夜は長い。じっくりといたぶって……じゃない、尋問してやる」
一方、テーブルについて、レオンハルトの淹れた紅茶をのん気に飲んでいたセフィは、小さくため息をつく。
「今夜も徹夜でしょうか」
「これは私達の問題だ。もし、つらいようなら、アルターコート神官は休むといい」
「い、いえ。大丈夫です。あなた様方が起きているというのなら、私も起きております」
紅茶を注ぎ足しながらセフィを気遣うレオンハルトの声を聞いたリチャードは、「あれぇ?」と呟く。
「その声、セッちゃん!?」
「はぁ、まあ……、ご機嫌いかがですか? ライチェル神官査」
「う~ん。この目隠しがなければ、いい感じかもしれない。この紐の縛り方もいい感じだし、体に食い込む感じがたまんないよ」
あはははは~っと笑いながら、少々M的な発言をするリチャードに向かい、セフィはにっこりと微笑む。
「それは、ようございました」
「これ縛ったのって、そこにいると思われるクマちゃん(兄)?」
クマちゃん(兄)。レオンハルトの事か? 自分達が仕えるべき尊い神子の片われ、剣主をよりによってクマちゃん呼ばわり。レオンハルトは無表情だったが、セフィの表情は見る間に強張る。
「じゃ、いい感じに僕を足げにしてるのは、リューぽんだね!?」
レオンハルトはクマちゃん(兄)なのに、どうして俺はリューぽんなんだ? そんなしょうもない事を不思議に思いながらも、この不思議系神官の目元を覆う布を乱暴にはぎとる。
「やっぱり、リューぽん! やっほ~、こんばんは? ……でいいのかな? 今、夜?」
こんな状況でものん気にそう尋ねてくるリチャードを呆れたように見返しながら、リュセルは言った。
「他の神官査の面々はまだ会議中だ。いくら俺達でもそこに踏み込むような無謀な事は出来ない。だから、あなたに協力して欲しいんだ」
「協力を頼むような体勢じゃないよね、僕?」
ふふっと笑いながらさりげなく嫌味を言ったリチャードの肌に食い込んだロープを、リュセルは更に引いてきつくした。
「きゃああああああっ!」
そうして、女のような悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたリチャードの胸を踏みつけながら、リュセルは低い声で脅す。
「おふざけはこれまでだ、ライチェル神官査」
「ハアハア、女王様」
「誰が、女王様だ! この変態がッ! そっちの趣味もあるのか、お前!?」
グリグリとリチャードの胸を更に足底でいたぶりながらのリュセルの台詞を聞き、セフィは首を傾げる。
「あの、そちらの趣味とは何ですか?」
SとMな世界の事です。
そんな事、品行方正な神官たるセフィに告げられるはずもなく、リュセルはとりあえずそれを黙殺して、リチャードに聞いた。
「もっといじめて欲しければ、素直に吐くんだな」
「はい、ご主人様」
誰がご主人様だ。
変態の相手をするのが嫌になったリュセルは、少々早口で怒鳴った。
「少女の姿を描いた絵画を探している。知らないか? おそらく、ウインター神官長補佐が持っていると思うのだが、どこにもないんだ」
「少女~~???」
リュセルの攻めに悦びながら、リチャードは息も絶え絶えに首をひねる。
「僕、女に興味はないよ」
すっぱりとそう言いきったリチャードに、リュセルは脱力しそうになる。
「実物の女じゃない、絵画だ!」
「絵画~~~~? あ……、ああ、絵画ね。うんうん。あールーちゃんが持ってたあれか、あれあれ」
訳知り顔で頷くリチャードの顔を凝視し、リュセルは目を見開く。
「知ってるのか!?」
「うふふ、どうかな~。もっと踏みつけてくれたら教えてあげるよ~~、ご主人様」
その猫撫で声を耳にしたリュセルの肌に、盛大に鳥肌が立った。
「こうなったら、意地でもその口割ってやる」
ビシッ
どこから調達してきたのか、手にした布団叩きでリチャードを攻め立てる気満々の弟を横目に、レオンハルトは時刻を気にしていた。父王と約束した時刻が迫っていたのだ。
「アルターコート神官、もしもの時は」
「わかりました。私が引き続き調査を続行致します」
「頼むよ」
小声で交わされたそんな会話を聞く余裕もなく、リュセルはリチャードをやる気満々にいじめて……、ではなく、尋問していた。
ビシッ
「きゃあッ」
バシっ
「あん!」
布団叩きでリチャードのひ弱な体を叩いていたリュセルは、一晩中そうしていた事もあり、疲れてその場に倒れ伏した。
「悦ぶな、悶えるな、喘ぐな~~~~ッ!」
そんなリュセルの声を合図に、それまで黙って見ていたレオンハルトは立ち上がる。
「タイムリミットだ」
「ああ? 何だって!?」
変態の相手のし過ぎで、すっかり荒んでしまった弟の横にゆっくりと移動すると、レオンハルトは優雅な仕草で目の上を覆っていた無粋な硝子……、眼鏡を外した。
「お、おい、レオン!」
そんな事したら、正体がばれてしまう。慌てるリュセルを尻目に、レオンハルトは低い声でささやく
「銀の髪と瞳。九歳程の年齢の少女を描いた絵画を知っているかい?」
「…………いえ、知りません」
レオンハルトの美貌を呆けたように見上げていたリチャードの台詞。それを呆然と眺めていたリュセルは叫ぶ。
「顔に見惚れさせて作戦。その手があったか!」
しかし、すかさずセフィが言った。
「でも、ライチェル神官査は何も知らないようですね。一晩まったくの無駄でした」
その通りである。リュセルがリチャード相手に散々ストレス発散しただけになってしまった。
「では、今度は別の神官査だな。行くぞ、レオン」
「まったく、そんな顔をして何が別の神官査だ。もうそろそろリフレッシュはいいだろう? 帰るよ」
そう言うと、すかさずレオンハルトはリュセルの首裏を突いた。
「……ッ」
途端に崩れ落ちた弟の体を支え、レオンハルトは後ろに控えるセフィに言った。
「短い期間であったが、良い経験だっただろう。感謝する、アルターコート神官」
その言葉から、今回の神殿内部潜入の本来の目的が、月華の乙女の探索ではなく、最近沈みがちだったリュセルの気分転換だった事が知れる。
そうしたレオンハルトの礼の言葉に対し、次の瞬間、セフィはゆっくりと頬笑みを浮かべた。
「もったいないお言葉です、剣主様」
*****
迎えの馬車は、予定通り神殿の裏口にひっそりと待機されていた。
レオンハルトは肩の上に荷物のように抱えてきた、神官服姿のままのリュセルを馬車の中に詰め込み、セフィに命じた。
「ウインター神官長補佐が見つかり次第、月華の乙女の行方を聞き出せ」
「御意に」
剣主の指示にセフィが恭しく返事を返した時
「その必要には及びませんよ、アルターコート神官」
「!?」
「…………」
まったく気配を感じなかった。
武人でもあるレオンハルトにすら気配を悟らせなかった彼は、いつもの穏やかな頬笑みを浮かべたまま、彼らの元へとゆったりとした仕草で近づいた。
「これを」
そして、持っていた、黒猫ノンちゃん柄風呂敷に包まれたそれを、レオンハルトに渡す。その中身が何か……。確認せずとも分かった。
「今回あなた方は新人神官としてやって参りました。最後までそのように接します事、お許し下さい」
優しくそう言う彼、ライサンの言葉から、すべてを最初から知っていて、それを黙認していた事が知れる。ライサンから渡されたモノを受け取りながら、レオンハルトは目を細める。
「お前は何者だ?」
その言葉に一瞬目を見開いた後、ライサンは小さく笑った。
「私は女神とその神子に忠実な神の使徒。それ以外の何者でもありませんよ」
穏やかな微笑の中に真実を隠し、それを他者に決して悟らせない。彼こそが、神官の真髄をその身で体現しているといってもいいだろう。
「でも……、そうですね。もしかすると、いずれ分かる日が来るかもしれません。そう遠くない未来。出来れば来ては欲しくないのですが」
謎めいたライサンの言葉から何を感じたのか、レオンハルトは無言のまま踵を返した。
「城までの道中、お気をつけ下さい。……剣主様」
それを聞くと同時にレオンハルトは馬車に乗り込み、そのまま馬車は静かに走り出す。
そんな呻き声と共に、リチャードは目を覚ました。
「へ、な、なななな何これ!? 何にも見えないよ~~~~~~ッ!」
寄宿舎の一室にて、両手両足を縛られ、椅子に固定されたリチャードは、そんな悲痛な叫び声を上げる。目隠しをされ、何も見えない事に不安を感じて悲鳴を上げるリチャードに対し、彼の目の前にいたリュセルは言った。
「ようやくお目覚めか」
こうして、とっぷりと日が暮れるまで目を覚まさなかったリチャードに、実は辟易気味だったのだ。
とにかくこの男、何をどうしても、とことん起きなかった。グースカグースカ、ここぞとばかりに眠り続け、気づけば夜の祈りの儀が終了するような時刻帯だ。
「ふ、まあいい。夜は長い。じっくりといたぶって……じゃない、尋問してやる」
一方、テーブルについて、レオンハルトの淹れた紅茶をのん気に飲んでいたセフィは、小さくため息をつく。
「今夜も徹夜でしょうか」
「これは私達の問題だ。もし、つらいようなら、アルターコート神官は休むといい」
「い、いえ。大丈夫です。あなた様方が起きているというのなら、私も起きております」
紅茶を注ぎ足しながらセフィを気遣うレオンハルトの声を聞いたリチャードは、「あれぇ?」と呟く。
「その声、セッちゃん!?」
「はぁ、まあ……、ご機嫌いかがですか? ライチェル神官査」
「う~ん。この目隠しがなければ、いい感じかもしれない。この紐の縛り方もいい感じだし、体に食い込む感じがたまんないよ」
あはははは~っと笑いながら、少々M的な発言をするリチャードに向かい、セフィはにっこりと微笑む。
「それは、ようございました」
「これ縛ったのって、そこにいると思われるクマちゃん(兄)?」
クマちゃん(兄)。レオンハルトの事か? 自分達が仕えるべき尊い神子の片われ、剣主をよりによってクマちゃん呼ばわり。レオンハルトは無表情だったが、セフィの表情は見る間に強張る。
「じゃ、いい感じに僕を足げにしてるのは、リューぽんだね!?」
レオンハルトはクマちゃん(兄)なのに、どうして俺はリューぽんなんだ? そんなしょうもない事を不思議に思いながらも、この不思議系神官の目元を覆う布を乱暴にはぎとる。
「やっぱり、リューぽん! やっほ~、こんばんは? ……でいいのかな? 今、夜?」
こんな状況でものん気にそう尋ねてくるリチャードを呆れたように見返しながら、リュセルは言った。
「他の神官査の面々はまだ会議中だ。いくら俺達でもそこに踏み込むような無謀な事は出来ない。だから、あなたに協力して欲しいんだ」
「協力を頼むような体勢じゃないよね、僕?」
ふふっと笑いながらさりげなく嫌味を言ったリチャードの肌に食い込んだロープを、リュセルは更に引いてきつくした。
「きゃああああああっ!」
そうして、女のような悲鳴を上げて椅子から転げ落ちたリチャードの胸を踏みつけながら、リュセルは低い声で脅す。
「おふざけはこれまでだ、ライチェル神官査」
「ハアハア、女王様」
「誰が、女王様だ! この変態がッ! そっちの趣味もあるのか、お前!?」
グリグリとリチャードの胸を更に足底でいたぶりながらのリュセルの台詞を聞き、セフィは首を傾げる。
「あの、そちらの趣味とは何ですか?」
SとMな世界の事です。
そんな事、品行方正な神官たるセフィに告げられるはずもなく、リュセルはとりあえずそれを黙殺して、リチャードに聞いた。
「もっといじめて欲しければ、素直に吐くんだな」
「はい、ご主人様」
誰がご主人様だ。
変態の相手をするのが嫌になったリュセルは、少々早口で怒鳴った。
「少女の姿を描いた絵画を探している。知らないか? おそらく、ウインター神官長補佐が持っていると思うのだが、どこにもないんだ」
「少女~~???」
リュセルの攻めに悦びながら、リチャードは息も絶え絶えに首をひねる。
「僕、女に興味はないよ」
すっぱりとそう言いきったリチャードに、リュセルは脱力しそうになる。
「実物の女じゃない、絵画だ!」
「絵画~~~~? あ……、ああ、絵画ね。うんうん。あールーちゃんが持ってたあれか、あれあれ」
訳知り顔で頷くリチャードの顔を凝視し、リュセルは目を見開く。
「知ってるのか!?」
「うふふ、どうかな~。もっと踏みつけてくれたら教えてあげるよ~~、ご主人様」
その猫撫で声を耳にしたリュセルの肌に、盛大に鳥肌が立った。
「こうなったら、意地でもその口割ってやる」
ビシッ
どこから調達してきたのか、手にした布団叩きでリチャードを攻め立てる気満々の弟を横目に、レオンハルトは時刻を気にしていた。父王と約束した時刻が迫っていたのだ。
「アルターコート神官、もしもの時は」
「わかりました。私が引き続き調査を続行致します」
「頼むよ」
小声で交わされたそんな会話を聞く余裕もなく、リュセルはリチャードをやる気満々にいじめて……、ではなく、尋問していた。
ビシッ
「きゃあッ」
バシっ
「あん!」
布団叩きでリチャードのひ弱な体を叩いていたリュセルは、一晩中そうしていた事もあり、疲れてその場に倒れ伏した。
「悦ぶな、悶えるな、喘ぐな~~~~ッ!」
そんなリュセルの声を合図に、それまで黙って見ていたレオンハルトは立ち上がる。
「タイムリミットだ」
「ああ? 何だって!?」
変態の相手のし過ぎで、すっかり荒んでしまった弟の横にゆっくりと移動すると、レオンハルトは優雅な仕草で目の上を覆っていた無粋な硝子……、眼鏡を外した。
「お、おい、レオン!」
そんな事したら、正体がばれてしまう。慌てるリュセルを尻目に、レオンハルトは低い声でささやく
「銀の髪と瞳。九歳程の年齢の少女を描いた絵画を知っているかい?」
「…………いえ、知りません」
レオンハルトの美貌を呆けたように見上げていたリチャードの台詞。それを呆然と眺めていたリュセルは叫ぶ。
「顔に見惚れさせて作戦。その手があったか!」
しかし、すかさずセフィが言った。
「でも、ライチェル神官査は何も知らないようですね。一晩まったくの無駄でした」
その通りである。リュセルがリチャード相手に散々ストレス発散しただけになってしまった。
「では、今度は別の神官査だな。行くぞ、レオン」
「まったく、そんな顔をして何が別の神官査だ。もうそろそろリフレッシュはいいだろう? 帰るよ」
そう言うと、すかさずレオンハルトはリュセルの首裏を突いた。
「……ッ」
途端に崩れ落ちた弟の体を支え、レオンハルトは後ろに控えるセフィに言った。
「短い期間であったが、良い経験だっただろう。感謝する、アルターコート神官」
その言葉から、今回の神殿内部潜入の本来の目的が、月華の乙女の探索ではなく、最近沈みがちだったリュセルの気分転換だった事が知れる。
そうしたレオンハルトの礼の言葉に対し、次の瞬間、セフィはゆっくりと頬笑みを浮かべた。
「もったいないお言葉です、剣主様」
*****
迎えの馬車は、予定通り神殿の裏口にひっそりと待機されていた。
レオンハルトは肩の上に荷物のように抱えてきた、神官服姿のままのリュセルを馬車の中に詰め込み、セフィに命じた。
「ウインター神官長補佐が見つかり次第、月華の乙女の行方を聞き出せ」
「御意に」
剣主の指示にセフィが恭しく返事を返した時
「その必要には及びませんよ、アルターコート神官」
「!?」
「…………」
まったく気配を感じなかった。
武人でもあるレオンハルトにすら気配を悟らせなかった彼は、いつもの穏やかな頬笑みを浮かべたまま、彼らの元へとゆったりとした仕草で近づいた。
「これを」
そして、持っていた、黒猫ノンちゃん柄風呂敷に包まれたそれを、レオンハルトに渡す。その中身が何か……。確認せずとも分かった。
「今回あなた方は新人神官としてやって参りました。最後までそのように接します事、お許し下さい」
優しくそう言う彼、ライサンの言葉から、すべてを最初から知っていて、それを黙認していた事が知れる。ライサンから渡されたモノを受け取りながら、レオンハルトは目を細める。
「お前は何者だ?」
その言葉に一瞬目を見開いた後、ライサンは小さく笑った。
「私は女神とその神子に忠実な神の使徒。それ以外の何者でもありませんよ」
穏やかな微笑の中に真実を隠し、それを他者に決して悟らせない。彼こそが、神官の真髄をその身で体現しているといってもいいだろう。
「でも……、そうですね。もしかすると、いずれ分かる日が来るかもしれません。そう遠くない未来。出来れば来ては欲しくないのですが」
謎めいたライサンの言葉から何を感じたのか、レオンハルトは無言のまま踵を返した。
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