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第十二章 月華の乙女
17-2 神官生活の終わり
しおりを挟む「アルターコート神官」
遠ざかる馬車を見送りながら、ライサンは戸惑うように立つ傍らのセフィに呼びかけた。
「本日付けで神子様方との繋ぎ役の任を解きます」
「今回の事が原因ですか?」
仕えるべき相手とはいえ、勝手に剣主剣鍵という二人の神子達を神官として神殿に入れたから。
「いえいえ、違います。あなたはこれからは私の付き人になっていただきます。ルークの神官長補佐の役目を軽減し、繋ぎ目の任を任せる為にね。ふふ、出世ですよ~」
いつもの穏やかな声音の中に、別の含みを感じる。
「何故、ですか?」
「あなたを監視したいからです」
疑問の声に、すぐさま答えは返される。
「理由は分かっていますね?」
真っすぐに自分を見つめる強い視線を感じ、しばらくセフィは無言のままでいた。
*****
ーすまぬ、リュセル。ずいぶんと負担をかけてしまっておるようだなー
それは構わない。でも、もう、記憶を操作するのは止めてくれ。
ーしかし、吾子。これ以上スノーの干渉をお前に許すのは、わらわは嫌じゃー
忘れて、それで束の間の安息を手にしても仕方ないだろう? 母上。
ーリュセルー
スノーデューク復活まで時間はない。違うか?
ーそう。もう余裕は露程も残されておらぬ。奴に必要なものは、後は、”聖女の血”のみー
”聖女の血”?
ーその獲得の為、既にサイレンは動き出しておるはずだろう。リュセル、強うなりたいと願っておるな? わらわの力を借りずともー
ああ、守りたいものがあるからな。
ーそう……。強うおなり、わらわの愛しい子。わらわの映し鏡。もう一人のわらわ。お前なら、お前達なら、きっと、スノーを倒す事が出来ようー
「倒したいと願っているのなら、そんな顔をするなッ!」
そんな叫び声と共に目を覚ましたリュセルは、自分を覗きこんでいた女神の腕を乱暴に掴み、彼女の美貌を睨み見た。
「リュセル、様?」
しかし、途端に響いた可憐な声を聞いて、リュセルは我に返る。目の前にあるのは、哀しげな微笑を浮かべていた女神自身ではない。彼女の美貌を受け継いだ、娘。呆然と目を見開くリュセルの腕に、彼女の朱金色をした髪が柔らかく絡んだ。
「ティアラ姫」
リュセルが声を発した事に気づいた彼女は、自分の婚約者を安心させるように、にっこりと優しく微笑む。
「お目覚めですか? リュセル様」
そこでようやく、ティアラの細い眉がわずかによっているのに気づいた。
「あ、す、すみません、ティアラ姫」
思い切り力を入れて掴んでいたティアラの手首をリュセルは慌てて放す。
「大丈夫ですか!?」
痕など残したら、ジュリナに殺される!
焦りつつ、婚約者の姫君の白く細い、たおやかな手首を確認する。少々赤くなってしまっていた。
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ、リュセル様」
柔らかな優しい声と共に、花の香りのするハンカチで額の汗を拭われた。眠っている間にかなり汗をかいてしまっていたようだ。
「ティアラ姫」
久方ぶりの婚約者との逢瀬にリュセルの心は和む。……が。
ん…………?
「何故、ここにティアラ姫が!?」
目を覚ましたらいきなり目の前にいたティアラに向かい、リュセルは驚愕の声を上げる。アシェイラ神殿に潜入中の自分の前に現れるはずがない。
「リュセル様がお帰りになられたと聞きましたので、お姉様と参りましたの。わたくし達も昨日、任務より帰ってきましたのよ」
リュセルの汗を拭い終えると、ティアラは再び寝台の横に設置されていた椅子に腰を下した。
「ここは、まさか、俺の(レオンの)部屋か!?」
正確には、アシェイラ城、後宮最奥にある、第一、第三王子私室内の寝室。見覚えのあり過ぎる部屋の風景と、自分が横たわる天蓋付きの大きな寝台は、最近寝起きをしていたアシェイラ神殿寄宿舎内にある神官の部屋ではない。
「いつの間に戻って来たんだ」
城に戻ってきた記憶が、まるでない。最後の記憶は、徹夜でリチャード相手に尋問していたというものだ。そこで視界が暗転して、今に至っていた。
目を覚ましたばかりのリュセルが現状把握をしようと頭を無理矢理働かせていると、寝室の扉がいきなり開く。
「起きたか」
神官服からいつもの宮廷衣姿に姿を変えた兄が、背を流れる胡桃色の髪を揺らしながら、リュセル達のいる寝室奥の寝台へと歩み寄って来た。
「ふふ、よく眠っていたね」
そんな言葉と共に、伸ばされる掌に頬を預ける。麗しの美貌がゆっくりと近づくのを見つめながら、唇が重なる前に目を閉じた。触れるだけだった唇はそのまま頬に移動し、瞼の上にも口づけを受ける。
「レオン。俺はいつの間に帰ってきたんだ?」
こんな、甘やかすような優しい口づけに誤魔化されるものかと、リュセルは気持ちよさに力の抜けかけた体に再び力を入れて、間近にある兄の美貌を睨み見る。
「昨日の朝方だ。丸一日眠っていたよ。まったく、慣れぬ徹夜など続けるからだ」
呆れたようなレオンハルトの言葉を受け、リュセルは衝撃を受けた。
「な、ななな何故、どうやって戻ってきた。俺に記憶はまるでないぞ」
「気絶させて連れ帰ったからね。スケジュール的にそろそろ城に戻らないといけなかったのだよ」
淡々としたその声音に、リュセルは怒りのあまりブルブルと震える。
「それならそうと言え!」
「言ったら、素直に帰城したのか?」
それは…………、なかったかも。
目線を泳がせた弟から、その心情をたやすく読み取ったレオンハルトはため息をつく。
「だから言わなかったのだよ」
レオンハルトのとった行動は、リュセルの気性を知る者として当然のものであろう。当の本人としては、納得がいかないものであるが。
「よ~、リュセル。ようやくお目覚めかい?」
納得がいかないものを感じつつも、着替えを覚ませて寝室を出たリュセルは、ティアラを片腕に抱いたジュリナがソファにて優雅にくつろいでいるのを、うつろな目で見つめた。
「何、しけた顔してんだい。もうすぐ十八になろうって男が情けない顔するんじゃないよ」
テーブルを挟んだ向かいの席に着いた妹の婚約者に駄目出ししながら、ジュリナはクマ吉が差し出した紅茶を飲む。
「お前達が神殿内に潜入している間に、ユリエ姫を連れたローウェンやアルティスもサンジェイラを出立したらしいからねぇ。お前達の誕生祭の準備も着々と進んでいる訳だし、もっとシャキッとおし!」
ジュリナに叱咤されながら、リュセルはその言葉の中にあった名前に目を見開く。
「ローウェンとアルティス? 出立したのか?」
自分達の誕生祭。といっても、ジュリナやティアラのように舞踏会などを開く予定はないのだが、それに参加予定の年下の玉主と玉鍵の少年達は、同じく誕生祭に招かれたユリエと共に、馬車にて地道に街道を通ってサンジェイラ城よりこのアシェイラ城へとやって来る予定だ。
転移装置を使用すれば一瞬の移動なのだが、普通に旅をしてやってくる為、かなり早めに、余裕を持って出立したのだろう。
二人は、リュセルのもう一人の兄であり、この国の王位継承者であるカイルーズの婚約者、ユリエ姫の護衛も兼ねているらしい。前回のようにあの変態が護衛で来国しないという事実に、リュセルは心底ほっとする。
「私達の誕生祭の時は、やっかいな事件やら問題が重なってしまったからねぇ。今回こそ六人揃う事が出来るんじゃないか?」
初めて、女神の子供達が六人揃う。それも自分達の生誕の日に。喜ばしい、嬉しい事だ。
なのに……。
(嫌な予感がする)
言葉に表わせないような不安が、暗く胸中を覆う。
「リュセル?」
難しい顔をして黙りこくってしまったリュセルに対し、ジュリナは怪訝そうに声をかける。そしてそのまま、リュセルの隣りに座る幼なじみに視線を移した。
「…………」
無言のまま、様子のおかしい弟の様子を見つめていたレオンハルトは、ジュリナの問うような視線に気づくと、目線で小さく頷く。瞬間、ジュリナはその深紅の瞳を険しくする。しかし、それは一瞬で、すぐにいつものふざけたような表情に戻ったジュリナは、両手を広げて言った。
「それにしても、感謝するよ。これでようやくグレンの様子も落ち着くよ。絵を見つけたと知った時の奴の喜びようは言葉では言い尽くせないような感じだったからね」
安心するあまり気を失いかけた、人間国宝に指定された青年画家の様子を思い出しながら、ジュリナは頷く。
「本当によかったですわ」
ティアラも安心したように、ほっと胸をなで下ろしている。
「欲を言えば、ディエラ国で保持したかったんだがねぇ」
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