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第十三章 聖女の血
14-3 離別
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「…………それで、その、……この体勢は一体なんだ?」
馬車に戻ると同時にレオンハルトの膝の上に導かれたリュセルは、兄の膝を跨ぐようにしている。
「いや、なに、お前がまた何かしでかしやしないかと、兄として心配でね」
がっしりと力強い腕でリュセルの腰を支えながら、レオンハルトは飄々とそう言い放つ。
(俺が出ていく時、涼しい顔して見送っていたくせに何言ってるんだ)
心の中でそう毒づきながら、リュセルは身じろぎをしようとする。しかし、腰に回された兄の腕はまったく離れる気配なく、自分の無駄な抵抗を軽く封じ込めていた。
「ほら、きちんと私の肩に手を回しておきなさい」
ガタガタ揺れる馬車内にて、不安定な体勢をしているリュセルにそう命じるレオンハルトは、相変わらずの唯我独尊だ。
「それなら、こんな体勢でいなければいい事だろうが!」
そう怒鳴りながらも、危ない為、リュセルは兄の肩に腕を回し抱きつく。こんな場面、誰にも見せられない。(特にジュリナには)リュセルは漢泣きをしながら、固く目を閉じて現実逃避をする。
ガタゴトガタゴト
一定のリズムを以って揺れる馬車。自分を抱く半身の力強い腕。
(まずいな。眠くなってきた)
昨夜よく眠れていないリュセルは、午前中から行われた誕生舞踏会での、ハードなダンススケジュールの事もあり、かなり疲労が蓄積していた。
まるで幼子が母の胸の中で安心して眠りにつくように、リュセルはレオンハルトの胸で浅い眠りについたのだった。
そして……。
「お待たせしました~。殿下、リュセル王子、神殿に到着しましたよ」
コンコン、カチャ
「あ…………」
時間も押し迫り、慌てて開けたのがまずかった。ユージンは、馬車の扉を開けると同時に固まる。
「着いたか。ご苦労」
落ち着いた声音でそう言い、こちらに視線を向ける我が主。その麗しき顔(かんばせ)は、見る者を魅了し惹きつける。しかし、今現在、この場でユージンの視線を釘づけにしているのは、見慣れる事など生涯ないであろう、剣の主の傾国の美貌ではない。
主が膝の上の乗せ抱く存在。向かい合わせの体勢で膝の上に抱かれた弟王子は、兄王子の肩の上に頬をくっつけて目を閉じていた。かすかに聞こえる寝息……。
何故、寝ている!?
「また、このパターンっすか~~ッ!?」
ズラリと神官達が出迎えたアシェイラ神殿の前にて、ユージンの悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「あの……、殿下?」
ユージンは顔を強張らせながら、馬車の中の主君に声をかける。
「リュセル、着いたよ。起きなさい」
レオンハルトが軽く肩を叩くと、さして深い眠りでもなかったのか、リュセルはあっさりと目を覚ました。
「なんだ、もう着いたのか」
そう言いながら身を起こしたリュセルに向かい、ユージンは手を差し出す。
「どうぞ、リュセル王子。足元に気をつけて」
動きづらい裾も袖も被衣も長い神子装束な上、居眠りの影響で寝ぼけている相手を心配しながら、馬車を降りるのを手伝うユージンは、先程見た光景を即座に忘れる事にした。
(ふ、そう、人間は学習するものさ)
心の中でアンニュイな笑みを浮かべるユージンから手を離すと、リュセルは寝ぼけてボケ~っとしていた顔を瞬時に引き締めた。その後、続いて降りてきたレオンハルトが、王者の風格を漂わせて並び立つと、出迎えに出ていた大勢の神官達がその場に膝をつき叩頭した。
「剣主様、剣鍵様。ご生誕の儀を無事迎えられた事、お慶び申し上げます」
そうしてひれ伏した神官達の中、一番先頭にいた白髪の神官長が、そう言ってゆっくりと顔を上げる。穏やかな容姿、優しい瞳の青年。セイントクロス神殿、アシェイラ支部神官長、ライサン・セリクスだ。
「どうぞこちらへ。準備は出来ております」
誕生舞踏会で会った時とはまるで違う、神官長らしい威厳を湛えながら、ライサンは二人の神子を用意された輿に案内し、乗せる。
創世祭の折、この神殿に入殿した時も儀式の場である本殿、神聖大聖堂までは、この真白な輿に乗って移動したが、今回もそうらしい。尊き神子、女神の子供を歩かせる事など、出来はしないという事だろう。
前回の時のように、それぞれ別の輿に乗ったレオンハルトとリュセルは、神官にしてはたくましい体つきをした専任の神官達に輿を担がれ、神殿の中でも最も奥に存在する神聖大聖堂に移動する。
神子の誕生日の、生誕の儀。
創世祭の、祝福の儀。
一年に二度しか開かれぬ神聖大聖堂の巨大な扉をくぐり、控え室へと通された。
「すぐに儀式となりますが、少しの間こちらでお待ち下さい。」
輿を降り、部屋の中へと入室した二人に深く頭を下げたライサンに倣って、すぐ後ろに控えた赤髪の神官長補佐、ルークも同じように頭を下げる。他の神官達も頭を下げており、顔はまったく見えないが、ライサンとルークから少し離れた場所に、翠緑の髪が見えた。
(セフィ殿)
具合を悪くして誕生舞踏会を途中退席していたが、こうして公務をこなせる位には回復したという事だろう。リュセルは安堵の念を覚えながらも、兄に促されるがまま用意されたソファに腰を下ろし、彼らが退室するのを見送った。
「あ……」
退室する際、顔を上げたセフィに声をかけかけたが、レオンハルトの抑止するような視線に気づき、止めた。
(まあ、いいか)
後でまた、話す事は出来る。邪鬼達との戦いに勝利し、この世界を守りきれたら、話す時間はたくさんあるだろう。
その為にも、勝たなくては……。
だが、そう決意するリュセルとは真逆に、背を向けたセフィは、これが相手との決別になる事を悟っていたのだ。
(さようなら、リュセル)
長い間監視を続けてきた監視対象から意識を逸らすと、神聖大聖堂内にある広間に向かおうとする神官達の流れから音もなく抜けて外に出る。ほとんどの神官達が神聖大聖堂内に集結している為、外に人の姿はなかった。
そしてセフィは、一度そこで息をつくと、今までの事を振り返る。
ここでの生活は嫌なものではなかった。セフィ・アルターコートでいる事も、嫌いでなかったと思う。信じられない程、穏やかな日々。自分がまだ、人であった頃の事を思い出すような……。
しかし、所詮は絵空事。他者の血と邪気にまみれた己が身に、そんな生温いものは似合わない。
剣鍵監視の為、自分を偽り、別人格の仮面をつけて生活した日々の記憶を、彼は瞬時に切り捨てる。
「…………」
セフィは無言のまま神聖大聖堂に背を向け、空間移動の準備を始める。
その時だった。
「行くのですか?」
ここでするはずのない、穏やかな声が聞こえた。気配をまるで感じなかった事に動揺しながらも、セフィは開きかけた瞳を再び閉じる。
「一体何の事ですか? セリクス神官長」
そうして、相手の名を呼んだ。
「ここでの用事は済んだという事でしょうか? 戻るのですか? サイレンの元に……」
「わかっているなら聞くな、神官」
ライサンの、すべてを悟っているような言葉を聞くと同時に、セフィはセフィ・アルターコートである事を止め、セフィランに戻る。
「戻り、邪神に差し出すのですか? その身を……。それでいいのですか!? あなたは!」
何故、そんな事まで知っている。現代の女神の子供達でさえ知らぬ、自分の真実を。
セフィランはそう思いながらも、閉じていた目を開き、瞼の下から現れた紫電の瞳で、真っすぐにライサンを見つめた。
彼は今まで自分が感じた事もないような真剣な表情をしている。セフィランの瞳を見ても、驚く事も怯む事もしない。
ただ、セフィランの身を案じていたのだ。
「俺の身を心配する暇があったら、お前達神官が守らなければならないものの事を考えろ。それがお前達の使命だろう!?」
ライサンの、その真っすぐな瞳にすべてを見透かされそうで、セフィランはそう怒鳴ると指笛を鳴らす。
ピイイイイイイイィィ
「!?」
ライサンが驚きに目を見張る先で、どこからともなく翠緑の小鳥が現れ、弧を描きながら空を飛びまわる。そのまま、無言でそれを見上げていたセフィランの肩に降り立つと、その身を大きな翼に変化させ、彼の背にくっつき定着する。
「守るべきものは必ず守れ。リュセルを死なせる事は許さない」
最後にそう言い残し、翠緑の翼を大きく羽ばたかせて空に浮かぶと、セフィランは一瞬、神聖大聖堂に目を向ける。
「待ちなさい、アルターコート!」
そして、ライサンの制止の声に耳を傾ける事なく、長いようで短い時間(とき)を過ごした、穏やかな場所から飛び去って行った。
この時の彼の胸中は、おそらく誰にもわからぬだろう……。
「世界は、あなたが思っている以上に美しいものなのですよ」
セフィランが飛び去った空を見上げていたライサンの悲しげなささやきが、空しくその場に響き渡ったのだった。
馬車に戻ると同時にレオンハルトの膝の上に導かれたリュセルは、兄の膝を跨ぐようにしている。
「いや、なに、お前がまた何かしでかしやしないかと、兄として心配でね」
がっしりと力強い腕でリュセルの腰を支えながら、レオンハルトは飄々とそう言い放つ。
(俺が出ていく時、涼しい顔して見送っていたくせに何言ってるんだ)
心の中でそう毒づきながら、リュセルは身じろぎをしようとする。しかし、腰に回された兄の腕はまったく離れる気配なく、自分の無駄な抵抗を軽く封じ込めていた。
「ほら、きちんと私の肩に手を回しておきなさい」
ガタガタ揺れる馬車内にて、不安定な体勢をしているリュセルにそう命じるレオンハルトは、相変わらずの唯我独尊だ。
「それなら、こんな体勢でいなければいい事だろうが!」
そう怒鳴りながらも、危ない為、リュセルは兄の肩に腕を回し抱きつく。こんな場面、誰にも見せられない。(特にジュリナには)リュセルは漢泣きをしながら、固く目を閉じて現実逃避をする。
ガタゴトガタゴト
一定のリズムを以って揺れる馬車。自分を抱く半身の力強い腕。
(まずいな。眠くなってきた)
昨夜よく眠れていないリュセルは、午前中から行われた誕生舞踏会での、ハードなダンススケジュールの事もあり、かなり疲労が蓄積していた。
まるで幼子が母の胸の中で安心して眠りにつくように、リュセルはレオンハルトの胸で浅い眠りについたのだった。
そして……。
「お待たせしました~。殿下、リュセル王子、神殿に到着しましたよ」
コンコン、カチャ
「あ…………」
時間も押し迫り、慌てて開けたのがまずかった。ユージンは、馬車の扉を開けると同時に固まる。
「着いたか。ご苦労」
落ち着いた声音でそう言い、こちらに視線を向ける我が主。その麗しき顔(かんばせ)は、見る者を魅了し惹きつける。しかし、今現在、この場でユージンの視線を釘づけにしているのは、見慣れる事など生涯ないであろう、剣の主の傾国の美貌ではない。
主が膝の上の乗せ抱く存在。向かい合わせの体勢で膝の上に抱かれた弟王子は、兄王子の肩の上に頬をくっつけて目を閉じていた。かすかに聞こえる寝息……。
何故、寝ている!?
「また、このパターンっすか~~ッ!?」
ズラリと神官達が出迎えたアシェイラ神殿の前にて、ユージンの悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「あの……、殿下?」
ユージンは顔を強張らせながら、馬車の中の主君に声をかける。
「リュセル、着いたよ。起きなさい」
レオンハルトが軽く肩を叩くと、さして深い眠りでもなかったのか、リュセルはあっさりと目を覚ました。
「なんだ、もう着いたのか」
そう言いながら身を起こしたリュセルに向かい、ユージンは手を差し出す。
「どうぞ、リュセル王子。足元に気をつけて」
動きづらい裾も袖も被衣も長い神子装束な上、居眠りの影響で寝ぼけている相手を心配しながら、馬車を降りるのを手伝うユージンは、先程見た光景を即座に忘れる事にした。
(ふ、そう、人間は学習するものさ)
心の中でアンニュイな笑みを浮かべるユージンから手を離すと、リュセルは寝ぼけてボケ~っとしていた顔を瞬時に引き締めた。その後、続いて降りてきたレオンハルトが、王者の風格を漂わせて並び立つと、出迎えに出ていた大勢の神官達がその場に膝をつき叩頭した。
「剣主様、剣鍵様。ご生誕の儀を無事迎えられた事、お慶び申し上げます」
そうしてひれ伏した神官達の中、一番先頭にいた白髪の神官長が、そう言ってゆっくりと顔を上げる。穏やかな容姿、優しい瞳の青年。セイントクロス神殿、アシェイラ支部神官長、ライサン・セリクスだ。
「どうぞこちらへ。準備は出来ております」
誕生舞踏会で会った時とはまるで違う、神官長らしい威厳を湛えながら、ライサンは二人の神子を用意された輿に案内し、乗せる。
創世祭の折、この神殿に入殿した時も儀式の場である本殿、神聖大聖堂までは、この真白な輿に乗って移動したが、今回もそうらしい。尊き神子、女神の子供を歩かせる事など、出来はしないという事だろう。
前回の時のように、それぞれ別の輿に乗ったレオンハルトとリュセルは、神官にしてはたくましい体つきをした専任の神官達に輿を担がれ、神殿の中でも最も奥に存在する神聖大聖堂に移動する。
神子の誕生日の、生誕の儀。
創世祭の、祝福の儀。
一年に二度しか開かれぬ神聖大聖堂の巨大な扉をくぐり、控え室へと通された。
「すぐに儀式となりますが、少しの間こちらでお待ち下さい。」
輿を降り、部屋の中へと入室した二人に深く頭を下げたライサンに倣って、すぐ後ろに控えた赤髪の神官長補佐、ルークも同じように頭を下げる。他の神官達も頭を下げており、顔はまったく見えないが、ライサンとルークから少し離れた場所に、翠緑の髪が見えた。
(セフィ殿)
具合を悪くして誕生舞踏会を途中退席していたが、こうして公務をこなせる位には回復したという事だろう。リュセルは安堵の念を覚えながらも、兄に促されるがまま用意されたソファに腰を下ろし、彼らが退室するのを見送った。
「あ……」
退室する際、顔を上げたセフィに声をかけかけたが、レオンハルトの抑止するような視線に気づき、止めた。
(まあ、いいか)
後でまた、話す事は出来る。邪鬼達との戦いに勝利し、この世界を守りきれたら、話す時間はたくさんあるだろう。
その為にも、勝たなくては……。
だが、そう決意するリュセルとは真逆に、背を向けたセフィは、これが相手との決別になる事を悟っていたのだ。
(さようなら、リュセル)
長い間監視を続けてきた監視対象から意識を逸らすと、神聖大聖堂内にある広間に向かおうとする神官達の流れから音もなく抜けて外に出る。ほとんどの神官達が神聖大聖堂内に集結している為、外に人の姿はなかった。
そしてセフィは、一度そこで息をつくと、今までの事を振り返る。
ここでの生活は嫌なものではなかった。セフィ・アルターコートでいる事も、嫌いでなかったと思う。信じられない程、穏やかな日々。自分がまだ、人であった頃の事を思い出すような……。
しかし、所詮は絵空事。他者の血と邪気にまみれた己が身に、そんな生温いものは似合わない。
剣鍵監視の為、自分を偽り、別人格の仮面をつけて生活した日々の記憶を、彼は瞬時に切り捨てる。
「…………」
セフィは無言のまま神聖大聖堂に背を向け、空間移動の準備を始める。
その時だった。
「行くのですか?」
ここでするはずのない、穏やかな声が聞こえた。気配をまるで感じなかった事に動揺しながらも、セフィは開きかけた瞳を再び閉じる。
「一体何の事ですか? セリクス神官長」
そうして、相手の名を呼んだ。
「ここでの用事は済んだという事でしょうか? 戻るのですか? サイレンの元に……」
「わかっているなら聞くな、神官」
ライサンの、すべてを悟っているような言葉を聞くと同時に、セフィはセフィ・アルターコートである事を止め、セフィランに戻る。
「戻り、邪神に差し出すのですか? その身を……。それでいいのですか!? あなたは!」
何故、そんな事まで知っている。現代の女神の子供達でさえ知らぬ、自分の真実を。
セフィランはそう思いながらも、閉じていた目を開き、瞼の下から現れた紫電の瞳で、真っすぐにライサンを見つめた。
彼は今まで自分が感じた事もないような真剣な表情をしている。セフィランの瞳を見ても、驚く事も怯む事もしない。
ただ、セフィランの身を案じていたのだ。
「俺の身を心配する暇があったら、お前達神官が守らなければならないものの事を考えろ。それがお前達の使命だろう!?」
ライサンの、その真っすぐな瞳にすべてを見透かされそうで、セフィランはそう怒鳴ると指笛を鳴らす。
ピイイイイイイイィィ
「!?」
ライサンが驚きに目を見張る先で、どこからともなく翠緑の小鳥が現れ、弧を描きながら空を飛びまわる。そのまま、無言でそれを見上げていたセフィランの肩に降り立つと、その身を大きな翼に変化させ、彼の背にくっつき定着する。
「守るべきものは必ず守れ。リュセルを死なせる事は許さない」
最後にそう言い残し、翠緑の翼を大きく羽ばたかせて空に浮かぶと、セフィランは一瞬、神聖大聖堂に目を向ける。
「待ちなさい、アルターコート!」
そして、ライサンの制止の声に耳を傾ける事なく、長いようで短い時間(とき)を過ごした、穏やかな場所から飛び去って行った。
この時の彼の胸中は、おそらく誰にもわからぬだろう……。
「世界は、あなたが思っている以上に美しいものなのですよ」
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