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第十三章 聖女の血
15-2 仮面の男の正体②
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例え、神子である事を放棄し、資格を捨てても、その身は人でも神でも邪鬼でもない、女神の息子の体。封印の間への入口を開く事はたやすいし、体に流れる血は聖血と呼ばれ、邪気や邪鬼にとって極上の糧となる。浄化の力という最大の武器を失くした彼は、代わりに邪気という力を手に入れたのだ。
かつての敵であり、神子として戦った相手の力。それを手に入れる事に、何の罪悪感も不安も抱かなかった。躊躇すらしなかった。半身を失った瞬間、自分にとって、世界とは、価値のない屑そのものになってしまったのである。
この世界の人間がどうなろうと知った事じゃない。
この世界が滅びようがどうでもいい事。
女神……。創世の女神、レイデューク。
憎くて憎くてたまらぬ相手。
彼女を母として慕っていた頃の自分を、いっそ殺してやりたい!
ー呪われろ……、呪われろ、レイデューク! 愚かな神め。何が創世神だ。何が母だ。綺麗事を言わない分、邪鬼の方がマシではないか!ー
かつて自分が世界に向かって叫んだ言葉を思い出す。
三千年前、たった一人だけ生き残った女神の子供。母神である彼女が自分に求めたのは、新たなる半身を迎える事だった。邪神の器となり、実質死んだ事になる半身の事を忘れ、これから産まれ来る鏡主と、その他の同胞達を導けと……。
器を得、復活を果たした邪神と戦い、全滅した同胞達。彼らの次世代が、既にアシェイラとサンジェイラの聖女の身に宿っていた。自分にもすべてを忘れ、親族の誰かが宿すであろう次世代の鏡主を半身とし、迎え入れろというのか?
なんという身勝手さ。
許しがたい神の傲慢さ。
ーそれが神子としての使命なのだというのなら、僕は女神の息子である事を放棄しようー
地面に跪き、額を大地に擦りつけるようにして、身も蓋もなく泣き打ちひしがれる。
ーレイデュークッ! もしも、お前が正しいと、そう……、そう言うのなら、兄上を……、リンスロットを生き返らせろッ!ー
血を吐くような絶叫と共に、自分は神子である事を放棄し、聖血と引き換えに再び力を手に入れた。
闇の力を………………。
「もうすぐですね、兄上」
かざしていた小瓶を懐に大切にしまい込むと、彼はまぶたを静かに閉じた。
その時だった。
「そう、もうすぐお前も死ぬだろう。俺の手にかかってな」
そんな声と共に、空から翠緑の翼の大きな鳥が舞い降りる。
鳥? いや、翼の生えた人間だ。
翠緑の髪、紫電の瞳。背の高い、神官服姿の青年。
「やはり、来ると思っていました。セフィラン」
その声音はひどく優しい。微笑も、女神の容貌を有する彼によく似合う、優しく穏やかなもの。
セフィランが、セフィ・アルターコートという人間を演じる時、彼を模範にして演じていた部分がある。人に警戒心を抱かせない、柔らかな物腰の青年。サイレン以外の邪鬼に対して、彼はそのように接していたのだ。もちろん、セフィランに対しても……。
元神子だというのに、邪鬼の中に交じって平然としていられるその神経が信じられなかった。
「僕に何かご用ですか?」
小首を傾げて尋ねる彼の名を、セフィランは呼んだ。
「イプロス」
その瞬間、風が吹き、セフィランの翠緑の髪と相手の蒼髪が宙になびく。
「お前を殺し、ルカイナを殺す」
そう言うと同時に、イプロスと呼ばれた青年の口元に浮かんだ笑みが、更に深いものに変化した。
「この時、あなたは必ず僕の前に現れると思っていました。聖女の血を手にした僕を葬り、最後の聖女をも殺す。そうすれば、あなたは闇の贄となる事はない。レイデュークの腕の中でしか、器なしでは存在出来ぬ邪神は、今の器もろとも消滅するしかないでしょう」
そう言いながら、イプロスは片手を水平に前方に伸ばす。
「あなたが自分の運命からどうにかして逃れようとしていたのを知っていましたからね。でも……」
そこで言葉を切ると、イプロスは何かを握り壊すように、何かをつかみ取るような激しさで、眼前に伸ばした手を一気に握りしめた。
その瞬間……、遠くで何かが壊れる音がしたのである。
「キキョウ、キキョウッ!」
封印の間で、倒れ伏した夫の身を抱き起こしたルカイナは、彼の息がある事に心底安堵していた。
「くそっ、早くジュリナ達にこの事を伝えないと」
先程まで深紅の血を滴らせていた右腕に傷の痕は残っていない。先程、自分の血を小瓶に入れて奪い去って行った襲撃者が治癒していったのだ。彼は自分で言っていた通り、ルカイナ達を殺すつもりはなかったようだった。
「一体、彼は……」
ルカイナがそう考えていた時だった。
ピシッ
という小さな音と共に、封印の間に置かれた女神像に細かいヒビが幾筋も入る。そして……。
「……ッ!?」
ドガーーーーーーーーー
何かが壊れるような大きな音が響く。
ようやく女神像の変化に気づいたルカイナが目を向けた先で、創世の女神レイデュークの姿を模った石像がその場に倒れ落ち、顔の一部のみ残し、胴体が一気に粉砕したのだ。
「ふふ……」
アシェイラ王都全体を覆っていた結界を破壊し終えたイプロスは、小さく笑いながら、目の前の青年を見つめた。
「…………」
イプロスの破滅的な程に残忍な頬笑みを無言のまま見返したセフィランは、背を覆っていた翠緑の翼に意識を集中させ、元の小鳥の姿に戻す。すぐに王都の外に待機していた邪鬼達が、邪気を伴って侵入して来る事だろう。
そのまま首元に下げていたクルスをもぎ取ると、それを宙高くに投げた。クルスは空中で二振りの剣に姿を変え、セフィランの手の中に戻ってくる。
ピイイイイイイイ
それと同時に、空を飛んでいた小鳥の姿が、甲高い鳴き声と共に大きな鷹の姿に変化した。双剣を構えたセフィランの体から、今までうまく抑え込んできていた邪気が勢いよく噴出する。
「やれやれ、大人しくしていてくれれば楽なのに」
戦闘態勢になったセフィランを面倒そうに見据えた後、イプロスは両手につけていた黒手袋を無造作に取った。
手袋の下から現れた手は白く優美だ。長い指の先を彩る真珠のような爪には漆黒の塗料(マニュキュア)が塗られている。
パンッ
素早い動きで両手を打ち鳴らしたイプロスの両手の中には、次の瞬間、漆黒の銃が握られていた。銃が具現化すると同時に、イプロスの爪の色から漆黒が消える。
そうして、慣れた手つきで双銃を構えたイプロスは、銃口をセフィランに向けながら目を細めた。
邪双銃。
かつて使っていた武器、聖双銃を失った後に製作したもの。そういえば、昔、自衛と己が半身の背を守る為に使用していた白銀の銃。あれは、今一体どこにあるのか……。いや、おそらく、もう残されてはいまい。そう考えながら、イプロスは手にした邪双銃を依り代に、セフィランに向かって邪気の弾を放った。
ダアアアンッ
爆風と共に打ち込まれたそれを避けたセフィランの背後にあった薔薇は、一瞬で生気を失い枯れ果てる。
「殺しはしません。あなたは大事な闇の贄です」
自分と同等の濃密な邪気をその身にまとわせたイプロスの台詞を聞きながら、セフィランは彼の心臓に狙いをつけ、素早い動きで攻撃を繰り出した。
「俺は、死ぬつもりはない! 必ず生き抜いてやるッ!」
繰り出される攻撃を紙一重で避けながら、イプロスは銃術と体術、両方を駆使してセフィランと互角に渡り合う。
その激しい邪気と邪気のぶつかり合いにより、中庭は崩壊しかけ、美しく咲き乱れていた花々は、邪気に侵され、形を残す事なく枯れ果てていったのだった。
かつての敵であり、神子として戦った相手の力。それを手に入れる事に、何の罪悪感も不安も抱かなかった。躊躇すらしなかった。半身を失った瞬間、自分にとって、世界とは、価値のない屑そのものになってしまったのである。
この世界の人間がどうなろうと知った事じゃない。
この世界が滅びようがどうでもいい事。
女神……。創世の女神、レイデューク。
憎くて憎くてたまらぬ相手。
彼女を母として慕っていた頃の自分を、いっそ殺してやりたい!
ー呪われろ……、呪われろ、レイデューク! 愚かな神め。何が創世神だ。何が母だ。綺麗事を言わない分、邪鬼の方がマシではないか!ー
かつて自分が世界に向かって叫んだ言葉を思い出す。
三千年前、たった一人だけ生き残った女神の子供。母神である彼女が自分に求めたのは、新たなる半身を迎える事だった。邪神の器となり、実質死んだ事になる半身の事を忘れ、これから産まれ来る鏡主と、その他の同胞達を導けと……。
器を得、復活を果たした邪神と戦い、全滅した同胞達。彼らの次世代が、既にアシェイラとサンジェイラの聖女の身に宿っていた。自分にもすべてを忘れ、親族の誰かが宿すであろう次世代の鏡主を半身とし、迎え入れろというのか?
なんという身勝手さ。
許しがたい神の傲慢さ。
ーそれが神子としての使命なのだというのなら、僕は女神の息子である事を放棄しようー
地面に跪き、額を大地に擦りつけるようにして、身も蓋もなく泣き打ちひしがれる。
ーレイデュークッ! もしも、お前が正しいと、そう……、そう言うのなら、兄上を……、リンスロットを生き返らせろッ!ー
血を吐くような絶叫と共に、自分は神子である事を放棄し、聖血と引き換えに再び力を手に入れた。
闇の力を………………。
「もうすぐですね、兄上」
かざしていた小瓶を懐に大切にしまい込むと、彼はまぶたを静かに閉じた。
その時だった。
「そう、もうすぐお前も死ぬだろう。俺の手にかかってな」
そんな声と共に、空から翠緑の翼の大きな鳥が舞い降りる。
鳥? いや、翼の生えた人間だ。
翠緑の髪、紫電の瞳。背の高い、神官服姿の青年。
「やはり、来ると思っていました。セフィラン」
その声音はひどく優しい。微笑も、女神の容貌を有する彼によく似合う、優しく穏やかなもの。
セフィランが、セフィ・アルターコートという人間を演じる時、彼を模範にして演じていた部分がある。人に警戒心を抱かせない、柔らかな物腰の青年。サイレン以外の邪鬼に対して、彼はそのように接していたのだ。もちろん、セフィランに対しても……。
元神子だというのに、邪鬼の中に交じって平然としていられるその神経が信じられなかった。
「僕に何かご用ですか?」
小首を傾げて尋ねる彼の名を、セフィランは呼んだ。
「イプロス」
その瞬間、風が吹き、セフィランの翠緑の髪と相手の蒼髪が宙になびく。
「お前を殺し、ルカイナを殺す」
そう言うと同時に、イプロスと呼ばれた青年の口元に浮かんだ笑みが、更に深いものに変化した。
「この時、あなたは必ず僕の前に現れると思っていました。聖女の血を手にした僕を葬り、最後の聖女をも殺す。そうすれば、あなたは闇の贄となる事はない。レイデュークの腕の中でしか、器なしでは存在出来ぬ邪神は、今の器もろとも消滅するしかないでしょう」
そう言いながら、イプロスは片手を水平に前方に伸ばす。
「あなたが自分の運命からどうにかして逃れようとしていたのを知っていましたからね。でも……」
そこで言葉を切ると、イプロスは何かを握り壊すように、何かをつかみ取るような激しさで、眼前に伸ばした手を一気に握りしめた。
その瞬間……、遠くで何かが壊れる音がしたのである。
「キキョウ、キキョウッ!」
封印の間で、倒れ伏した夫の身を抱き起こしたルカイナは、彼の息がある事に心底安堵していた。
「くそっ、早くジュリナ達にこの事を伝えないと」
先程まで深紅の血を滴らせていた右腕に傷の痕は残っていない。先程、自分の血を小瓶に入れて奪い去って行った襲撃者が治癒していったのだ。彼は自分で言っていた通り、ルカイナ達を殺すつもりはなかったようだった。
「一体、彼は……」
ルカイナがそう考えていた時だった。
ピシッ
という小さな音と共に、封印の間に置かれた女神像に細かいヒビが幾筋も入る。そして……。
「……ッ!?」
ドガーーーーーーーーー
何かが壊れるような大きな音が響く。
ようやく女神像の変化に気づいたルカイナが目を向けた先で、創世の女神レイデュークの姿を模った石像がその場に倒れ落ち、顔の一部のみ残し、胴体が一気に粉砕したのだ。
「ふふ……」
アシェイラ王都全体を覆っていた結界を破壊し終えたイプロスは、小さく笑いながら、目の前の青年を見つめた。
「…………」
イプロスの破滅的な程に残忍な頬笑みを無言のまま見返したセフィランは、背を覆っていた翠緑の翼に意識を集中させ、元の小鳥の姿に戻す。すぐに王都の外に待機していた邪鬼達が、邪気を伴って侵入して来る事だろう。
そのまま首元に下げていたクルスをもぎ取ると、それを宙高くに投げた。クルスは空中で二振りの剣に姿を変え、セフィランの手の中に戻ってくる。
ピイイイイイイイ
それと同時に、空を飛んでいた小鳥の姿が、甲高い鳴き声と共に大きな鷹の姿に変化した。双剣を構えたセフィランの体から、今までうまく抑え込んできていた邪気が勢いよく噴出する。
「やれやれ、大人しくしていてくれれば楽なのに」
戦闘態勢になったセフィランを面倒そうに見据えた後、イプロスは両手につけていた黒手袋を無造作に取った。
手袋の下から現れた手は白く優美だ。長い指の先を彩る真珠のような爪には漆黒の塗料(マニュキュア)が塗られている。
パンッ
素早い動きで両手を打ち鳴らしたイプロスの両手の中には、次の瞬間、漆黒の銃が握られていた。銃が具現化すると同時に、イプロスの爪の色から漆黒が消える。
そうして、慣れた手つきで双銃を構えたイプロスは、銃口をセフィランに向けながら目を細めた。
邪双銃。
かつて使っていた武器、聖双銃を失った後に製作したもの。そういえば、昔、自衛と己が半身の背を守る為に使用していた白銀の銃。あれは、今一体どこにあるのか……。いや、おそらく、もう残されてはいまい。そう考えながら、イプロスは手にした邪双銃を依り代に、セフィランに向かって邪気の弾を放った。
ダアアアンッ
爆風と共に打ち込まれたそれを避けたセフィランの背後にあった薔薇は、一瞬で生気を失い枯れ果てる。
「殺しはしません。あなたは大事な闇の贄です」
自分と同等の濃密な邪気をその身にまとわせたイプロスの台詞を聞きながら、セフィランは彼の心臓に狙いをつけ、素早い動きで攻撃を繰り出した。
「俺は、死ぬつもりはない! 必ず生き抜いてやるッ!」
繰り出される攻撃を紙一重で避けながら、イプロスは銃術と体術、両方を駆使してセフィランと互角に渡り合う。
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