【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十三章 聖女の血

16-2 浄化結界①

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 ガッ

 ヒュン

 ドン……ッ


 城が邪鬼に襲撃された事実。それを認知する余裕がない程、アシェイラ神殿内の最奥に位置する神聖大聖堂内には、大きな地響きと何かと何かがぶつかり合うような激しい音が響いていた。

(神子と邪鬼の戦いとは、ここまで激しいものなのですか)

 聖堂内にいる神官達を避難させ終えたライサンは、そう考えながら、件の神子と邪鬼以外に誰もいなくなった聖堂内に目を向ける。

 ガガガガッ

 ザシュッ

 ドンッ

 剣と剣がぶつかる音。

 邪気と神気がぶつかり合う音。

 そう、音しか聞こえない。

 双方共に、動きが速過ぎて、常人の目では追えないのだ。

(剣鍵様……)

 ライサンの目に映るのは、自身が座っていた神座をバックに佇む、檀上のリュセルの姿だけ。

 ライサンのいる聖堂の出入り口とリュセルのいる最奥の神座。かなりの距離があるのだが、リュセルが身動き一つせず、前方に視線を向けたままなのがわかる。手にし、構えていた聖銃も元の指輪の形に戻し、ただ、ぼんやりとしていた。目の前で、半身である兄と自分を狙い襲ってきた邪鬼が、死闘を繰り広げているにも関わらずである。何を見つめ、何を知っているのか分からぬ、不可思議な銀の瞳。ぼんやりと空中を見つめ、身動き一つしない。

 対するレオンハルトは、サイレンの攻撃を紙一重で避け、聖堂内に大きな穴を幾つも作りながら隙を突いて攻撃を仕掛ける。

 ダンッ

 そんな音が傍でしたと思ったら、ライサンの頭上高く、巨大な扉の上に一旦両足をつけたレオンハルトが、そこから跳ね返るかのように勢いのまま飛び、空中に浮かぶサイレンに剣を振り下した。

「甘いですよ」

 そんな言葉と共に、剣を模った邪気の反撃を受けたレオンハルトの体は薙ぎ払われ、地面の上へと落ちる。だが、空中で一回転し、優雅に着地したレオンハルトを見てとると、サイレンは楽しそうに笑った。

「さすがですね。聖堂内のあちこちを駆けずり飛び回っているにも関わらず、息一つ乱していない」

 サイレンの言葉通り、ライサンの目には映っていなかったが、聖堂の中を端から端まで、それこそ上空までもを戦いの場にし、激しい攻防を繰り返していたのが信じられない程、レオンハルトの姿に一切の乱れはない。

 その美貌には、何の感情も浮かんでおらず、彼が何を考えているのかまったく分からなかった。ただ、真っすぐに目の前の敵を見つめている。

 そんな中……。

「準備は出来たようだ」

 ぼんやりと前を見つめているだけだったリュセルは、ふと一度目を閉じると、再び開く。その瞳には、先程と違う強い意志の色が宿る。そして、兄のいる位置とサイレンのいる場所を確認すると、無言のまま親指を口元に近づけた。

「ッ!」

 自分の指先を歯で噛みちぎったリュセルは、血の滲んだ親指を人差し指と擦り合わせた。

 その瞬間

「!?」

 急に香った聖血の芳しい香りを感知し、サイレンの意識はレオンハルトから逸れる。

「……なんという」

 恍惚となった表情のサイレンの隙を突き、攻撃を加えるかと思われたレオンハルトは、懐から小瓶を取り出し、それを地面に落とした。

 パリンッ

 ガラスの砕ける音と共に、小瓶の中に納められていた液体が周囲に飛び散る。

「!? それは……」

 強い神気の漂う、無色透明の液体の正体を、サイレンは知っていた。

 セイントクロスの泉の水だ。

 サイレンが再び邪気を投げつける前に、レオンハルトは持っていた剣の刃に自身の親指の腹を押し付ける。

 流れ落ちる、深紅の液体。

 紅い、紅い、聖なる血液。

 彼ら邪鬼にとっての極上の糧。

 ー喰らいたいッ!ー

 そんな、邪鬼としての本能を抑えつけ、余裕の笑みを浮かべたサイレンの自制心は、さすがは上級に位置する邪神の腹心といえよう。でなければ、すぐにでもレオンハルトに喰らいつくという愚を犯していたに違いない。

 サイレンの視線の先で、傷ついたレオンハルトの親指の腹から聖血は滴り落ち、地面に溜まったセイントクロスの水と混ざり込む。それを見届けたリュセルは、手の平を上にして、血の滲んだ指先をレオンハルトに向けた。いや、正確にはレオンハルトの足元に……。

 そして、古より続く言葉を紡ぐ。


「”ルーク・トゥーエ・セトラナス”」

 ー称えよ、光ー


 腕を伸ばし目の前にかざしていた右手は、空中に不可思議な紋様を描く。

「……なっ!?」

 サイレンが驚きに目を見張ると同時に、レオンハルトの足元の水が銀色に光り輝き、それは光の道となって彼の周囲を覆う。


「”リューセル・トロエ・レイクナル”」

 ー求めるは、希望ー


 謳うようにそう言いながら、今度は血の滲む指先で空中に神紋を描いたまま、右に移動させた。

 バシュッ

 リュセルの腕の動きに呼応するかのように、レオンハルトの周囲に溜まった銀の光は道となって聖堂内に広がる。

(浄化結界!?)

 ガシャンッ

 リュセルが何をしようとしているのか瞬時に悟ったサイレンは、天井に在ったステンドグラスを破って外に避難する。

 上空に逃げ、破壊した場所から見下ろした聖堂内は、聖なる光に満たされていた。


「”ルーナ・ゲート・アルタイト”」

 ー広がれ、永久(とこしえ)にー


 リュセルが最後の言葉を口ずさむと、光の道程は聖堂内に留まらず、ライサンのいる扉をくぐり抜け、外へと飛び出す。

「ぐうッ!」

 サイレンの体は結界の光に弾かれ、神殿の敷地内から投げ出される。

 その間にも、光の道はものすごい勢いで神殿内を駆け抜け、隅から隅まで道程を作ると、リュセルの元へ戻って来た。

「くっ」

 小さな呻き声を上げつつ、それを繋ぎとめたリュセルは、恐る恐るレオンハルトの方を見た。

「…………上出来だ」

 白銀の浄化の光の道が走った周囲を無言のまま見回し、そう言って笑った兄の顔を見たリュセルは、ほっと息を吐くが、すぐに表情を引き締めた。

 そして、次の行動に移す為、意識を集中させる。

「アルティス」

 リュセルは再び視線を空中に向けたまま、ここにはいない同胞の名を呼んだ。

 創りしこの力を繋げてもらう為に……。







 ーアルティスー


 かすかなリュセルの呼び声が脳裏に響くと同時に、アルティスは遠く離れたアシェイラ神殿に、浄化結界が張られた事を感知する。

 予定通り、リュセルが発動させたのだ。

「大丈夫、準備は整っておる」

 どこか遠くを見ているような、ぼんやりとした瞳を空中に向けたままそう呟くと、アルティスはこの数日の間にアシェイラ王都のあらゆる場所に残してきた”共鳴痕”に意識を向けた。城内に残した共鳴痕を除き、王都内すべてに己の感知能力を集中させる。こういった感知能力の応用技が得意なアルティスにしてみれば、これ位の事たいした事はない。

「共鳴せよ」

 その言葉と共に、アシェイラ王都内に散らばった共鳴痕が白銀の光を放ち、光の柱を形成した。



「まったく、忌々しい」

 サイレンは神殿を下に臨む上空にて、苦々しげにそう呟いた。

 真上から見るとよく分かる。ある一つの不可思議な紋様を、神殿内を縦横無尽に走った光の道が形成していた。女神の宝と同化する瞬間、宝鍵の額に現れるものと同じそれは、神の紋。アシェイラ神殿敷地すべてを使って”神紋”が描かれているのだ。

 間違えようがない。これは……。

「浄化結界」

 この世界にリュセルが帰還した折、レオンハルトが自室に張った結界と同じものである。

 最近で言うなら、アシェイラ王都より遙か南の辺境の村で起きた吸血邪鬼事件。その折、関わった二村を去る際に、念の為にとレオンハルトが張っていた。セイントクロスの泉の水と、古の言葉となる神聖呪文を用いて発動させるそれは、邪気と邪鬼の侵入を許さない聖なる壁。

「それも、何ですかこれは。とんでもなく神気が強い」

 過去に何度かレオンハルトやジュリナが発動させた浄化結界など、比べ物にならぬ程の強さ。

 そこで、ようやくサイレンは気づく。

「聖血……。そうですか、結界を強化させる為に血を混ぜたのですね」

 レオンハルトが己の血をセイントクロスの泉の水に混ぜ、それを更にリュセルの血で蓋をした。それも、結界を張ったのは、感知能力に優れた宝鍵。元々浄化結界は、宝主よりも宝鍵が発動させた方が強固で広範囲の結界を形成する事が出来る。

「油断をしてしまいましたねぇ」

 折角、王都を覆う守護結界を破壊したというのに、これでは神殿内に侵入する事が出来ない。

「まあ、神殿内部に入れなくても、他を破壊出来ればいいでしょう」

 サイレンがそう言った瞬間。

 ゴオオオオオオッ

 すさまじい音と共に、王都のあちこちに光の柱が空に向かって一気に伸びた。

「な……ッ!?」

 白銀に輝く柱が上がった場所。それは、王都のあちこちに点在する教会だ。

 この国の二人の神子の生誕を祝い祈りを捧げる為、アシェイラ国民のほとんどが、今現在、その場所にいた。







「な、なんなの? 何をしたの……、お前は!」

 城の外で起こった異変に気づいたエルヴィスは、漆黒の瞳をぼんやりと前に向けているアルティスを睨みつける。

「無視すんじゃないわよッ!」

 邪鬼の本性をむき出しにしてエルヴィスが襲いかかるが、それでもアルティスは身動きしない。巨大なハンマーが振り下ろされると思われた、次の瞬間。

 ガッ

「アルに手出しするのは許さない!」

 鈍い音と共に、アルティスの頭上ギリギリに漆黒の鎌が現れハンマーとぶつかった。

 兄の無防備を盾となって庇ったローウェンは、勢いをつけてエルヴィスの体を薙ぎ払う。

「間違えないで、お前の相手は僕だよ」

 片手に軽々と巨大鎌を持ってそう言ったローウェンを忌々しげに見据え、彼に薙ぎ払われ、壁まで飛ばされたエルヴィスは、噴怒の形相を浮かべる。醜いその顔に、まるで邪鬼の本性が宿っているようだ。

「やめてよ、女の子がそんな顔」

 醜悪過ぎる表情を見たローウェンは、つい嫌そうな声を出してしまう。そんなローウェンの後ろに庇われたアルティスは、ゆっくりと顔を上げていた。リュセルの張った浄化結界と共鳴させる事には成功した。後は、繋げた力を結界の形に形成するだけである。

 それをするには、自分の感知能力では能力不足だ。

 この城内でそれが出来る者は、ただ一人。

「ティアラ姫」

 アルティスはぼんやりとした口調のまま、その名を呼んだ。

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