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第十四章 竜の末裔
4-1 目覚め
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ジュリナとアルティスが、衝撃の事実と今後の事を、ライサンとユリエから話されている時。
リュセルは夢を見ていた……。
自分自身が眠り続けているアシェイラ城よりも遠く。そう、遠く遠く離れた地。人間が踏み込む事の出来ぬ、異空間にある舘。濃密な邪気の立ち込める建物の地下牢に彼はいた。
「…………」
特殊な結界と頑丈な鉄格子の中に閉じ込められた青年は、冷たい床に座り込み、無言のまま頭を項垂れていた。
その髪の色は、翠緑。血に汚れた神官服を着たままの青年……セフィランは、地下牢に近づく気配を感じ、顔を上げた。
「ご機嫌いかがですか? セフィラン」
音もなく現れた闇の化身。邪神の腹心である、青年の姿を模った古の邪鬼。
いつもの漆黒の衣装に身を包んだサイレンは、不気味な程に穏やかな頬笑みをその美貌に浮かべていた。
「……………………」
無言のまま剣呑な眼差しを向けて来る元同僚の顔を見つめ、彼は心配そうな表情を浮かべる。
「マスターの意識を受け入れたのです。心身共に疲れきっても仕方ありません。でも、まあ、思ったよりも早く回復してくれて助かりましたよ」
あの日。
アシェイラ王都襲撃の折、無理矢理に邪神に体を奪われたセフィランは、この館に戻っても衰弱が激しく、儀式に臨めるような状態ではなかったのだ。
「ふふ……。ようやく、この日を迎える事が出来ました。先程ルカイナの血を摂取されましたので、マスターの準備も整っています」
そう言ってサイレンが片手を振ると、セフィランの周囲を覆っていた結界は消滅し、鉄格子も消え失せる。
「さあ、おいで。……セフィラン」
伸ばされる手を凝視しながら、セフィランは絶望のあまり、固く目を閉じる事しか出来なかった。
サイレンに引きずられるようにしながら地下牢を出、長い階段を上がると、現れた部屋にいたのは、足元に届くような長さの蒼髪の青年と数十人はいると思われる子供達だった。
年の頃は、五~十歳程。皆、闇のように暗く美しい容姿をした子供ばかりだ。髪の色も瞳の色も、肌の色でさえ様々だったが、一つ共通して言えるのは、彼らに性別がない事だ。男でも女でもない。分化の時期が来るまでは性別のない、闇の子供。
(吐き気がするッ!)
内心そう毒づいたセフィランは、その子供達の正体を知っていた。
サイレンの人体実験の果てに産まれた彼らは、邪混鬼の成り損ない。いわば、失敗作なのだ。そう、マーリンは、この子供達の中の一人だった。邪鬼と人間の女を強制的に交じらわせ、誕生させた、哀れな子。セフィランはそんな子供達の中にあって、奇跡的に産まれた紫電の瞳を持つ子供だった。
唯一の成功例。
待ち焦がれられてきた、邪神の子供。
それが、セフィランの呪われた運命と真実なのである。
「この子供達の事は気になさらずに」
そう言うと、サイレンはセフィランの腕を引っ張るようにして、部屋の中央に置かれた寝台へと誘う。
「さあ、お父様に挨拶をなさい」
寝台の上に力なく横たわっている黒髪の少年の手にセフィランの手を重ねさせて、サイレンはうっとりとささやく。
「お目覚め下さい、マスター」
まるで精巧に作られた人形のように美しい少年は、その呼び声にピクリと瞼を震わせた。そうして長い睫毛に縁取られた瞳が開くと、少年……スノーデュークの姿が一瞬で変化した。
背を流れる栗色の髪。
よく日に焼けた健康そうな肌。
すらりと引き締まった、若木のような体躯。
年の頃なら二十歳前後の、まるで太陽の化身のような青年。
その姿は、三千年の時を経てもまるで変わらない。
いや、変化しているものもある。かつて眩いばかりの輝きを放っていた、琥珀の瞳。その瞳の色だけが変化していた。
紫電の色に…………。
(リンスッ!)
愛しい兄の姿に変化したスノーデュークを凝視しながら、イプロスは心の中で悲鳴を上げる。
見たくない! 自分の半身が邪気に汚されている様を、もうこれ以上……。しかし、目を背ける事も出来なかった。
「セフィラン。おいで、僕の愛し子」
闇のように暗く、蜜のように甘い声と共に、スノーデュークはセフィランの頬に手を伸ばす。
「おいで、一つになろう」
その言葉と共に口づけられ、咄嗟にセフィランはもがいた。
「すぐ終わります。いい子にしてなさい」
しかし、背後にいたサイレンに体を完全に抑え込まれ、注がれる巨大な邪気と邪神の魂を拒む事も出来ず、セフィランは絶望の涙を流す。
結局、どうする事も出来なかった。自分の運命に抗いきる事も、光の世界に戻る事も出来ず、母と師匠達の死を無駄にした。
闇の世界から抜け出す事が叶わず、このまま自分は死に往く。
こんなみじめな最期を迎え、誰に看取られる事もなく、別れの言葉を告げる事もなく。
…………………………別れ?
せめて、別れの言葉だけでも言いたかった。
あんな言葉を最期の言葉にして。
きっと、あいつは苦悩するだろう。
泣くかもしれない。
優し過ぎるのが、あの男の弱点だ。
でも、自分に残された唯一の希望が彼なのである。
このまま、邪神として世界を滅ぼすくらいなら……。
「俺を殺してくれ、リュセル。」
そこで、セフィランの……
セフィランとしての意識は途切れ、なくなった。
「セフィランッ!」
「ッ!?」
ガツンッ
目覚めた途端、火花が散った……………………。
「……痛ッ、何事だ?」
ぶつかった額を押さえながら起き上がったリュセルは、痛みのあまり若干涙目になりつつ、目の前で同じように悶絶している人物を見た。
「…………ジュリナ殿?」
どうやら自分と額をぶつけたらしい男装の美女は、リュセル同様赤くなった額を押さえながら噛みつくように怒鳴った。
「痛いだろうが、この馬鹿! いきなり目覚めるんじゃないよ、レオンハルト!」
相手が昏睡状態の時、早く目覚めろとかなんとか言っていたくせに、相変わらず身勝手な女性である。
「何、責任転嫁してるんだ! 眠っている相手の顔を覗き込んでいたあなたが悪いんだろう!?」
リュセルも理不尽な相手の言動に応戦するように怒鳴る。寝起き(それも昏睡状態だった)とは思えぬ程のハイテンション状態だ。
「それは、隣室に聞こえる位、派手な唸り声と寝言がしたから、心配して様子見にきてやったんだろうが! この、女顔!エロ魔人!」
二人が低レベルな言い合いをしていると、ジュリナと同じように寝室に入室し、心配しながらリュセル達の様子を伺っていたティアラは、いぶかしげに朱金色の眉をひそめた。
「少しお待ちになって、お姉様。何だかレオンハルト様の様子が変ですわ」
「なんだって?」
ティアラの言葉を耳にし、安堵と嬉しさのあまり浮かれ状態だったジュリナは、一旦冷静に、じっくりと目の前の青年を観察する。
腰まで流れる胡桃色の髪に白い肌。
傾国の美姫の如き麗しの美貌。
額を思いっきりぶつけた影響で若干涙目になっている琥珀の瞳。
…………………………………………涙目?
「ありえないッ!」
ジュリナは目をクワっと見開いてそう叫ぶと、相手の夜着の襟を掴んで揺さぶりまくる。
「どどどどど、どうしたんだ、レオンハルト! 神化の影響で頭がおかしくなったか!?」
「レオンハルトレオンハルトって、あなたこそおかしくなったのか!? 俺は…………」
グラグラ揺さぶられながら、リュセルが怒鳴り返そうとした瞬間
「私がどうかしたのか?」
隣で声がした。
「…………」
「ッ!?」
その声を聞いたジュリナとティアラは、リュセルの肩越しに後ろを凝視し、動きを止め絶句する。
「なんなんだ、一体」
寝起きの所為でぼんやりした思考回路のまま後ろを振り返ったリュセルは、驚愕に琥珀色をした瞳を見開く。
長い銀糸の髪をした自分が不機嫌そうな仏頂面でこちらを見ていた。
「へ? お、俺がいる」
リュセルは茫然とそう呟くと、ジュリナの束縛から逃れ、目を擦りまくる。
しかし、何度擦っても目の前の美青年は、リュセル・セイントクロス・アシェイラ。つまり、自分にしか見えない。
「ふむ」
目の前の自分は興味深そうにリュセルの姿を見回した後、ため息のような声で呟いた。
「神化の影響で体が入れ替わってしまったようだな」
…………は?
状況把握が早過ぎる兄と違い、常人の神経しか持ち合わせていないリュセルは目が点になる。そんなリュセルの視界の端に映ったのは、ついこの間までは、己が半身のものであった胡桃色の髪。
「まあ、その内戻るだろう」
今は自分のものとなっている弟の銀髪が、足元にまで届く位長くなっているのを触って確かめていたレオンハルトは、状況把握が出来ずに硬直している目の前の自分(の姿をしたリュセル)に顔を寄せた。
近づいてくる、男性的に整った月の美貌。
自分よりも、兄が中にいる今の方が男らしく格好いい様な気がするのは気の所為か?
「おはよう、リュセル」
呆然としたまま兄に口づけられたリュセルは、本日、人生二度目の、自分に口づけられるという貴重な体験を果たしたのだった。
リュセルは夢を見ていた……。
自分自身が眠り続けているアシェイラ城よりも遠く。そう、遠く遠く離れた地。人間が踏み込む事の出来ぬ、異空間にある舘。濃密な邪気の立ち込める建物の地下牢に彼はいた。
「…………」
特殊な結界と頑丈な鉄格子の中に閉じ込められた青年は、冷たい床に座り込み、無言のまま頭を項垂れていた。
その髪の色は、翠緑。血に汚れた神官服を着たままの青年……セフィランは、地下牢に近づく気配を感じ、顔を上げた。
「ご機嫌いかがですか? セフィラン」
音もなく現れた闇の化身。邪神の腹心である、青年の姿を模った古の邪鬼。
いつもの漆黒の衣装に身を包んだサイレンは、不気味な程に穏やかな頬笑みをその美貌に浮かべていた。
「……………………」
無言のまま剣呑な眼差しを向けて来る元同僚の顔を見つめ、彼は心配そうな表情を浮かべる。
「マスターの意識を受け入れたのです。心身共に疲れきっても仕方ありません。でも、まあ、思ったよりも早く回復してくれて助かりましたよ」
あの日。
アシェイラ王都襲撃の折、無理矢理に邪神に体を奪われたセフィランは、この館に戻っても衰弱が激しく、儀式に臨めるような状態ではなかったのだ。
「ふふ……。ようやく、この日を迎える事が出来ました。先程ルカイナの血を摂取されましたので、マスターの準備も整っています」
そう言ってサイレンが片手を振ると、セフィランの周囲を覆っていた結界は消滅し、鉄格子も消え失せる。
「さあ、おいで。……セフィラン」
伸ばされる手を凝視しながら、セフィランは絶望のあまり、固く目を閉じる事しか出来なかった。
サイレンに引きずられるようにしながら地下牢を出、長い階段を上がると、現れた部屋にいたのは、足元に届くような長さの蒼髪の青年と数十人はいると思われる子供達だった。
年の頃は、五~十歳程。皆、闇のように暗く美しい容姿をした子供ばかりだ。髪の色も瞳の色も、肌の色でさえ様々だったが、一つ共通して言えるのは、彼らに性別がない事だ。男でも女でもない。分化の時期が来るまでは性別のない、闇の子供。
(吐き気がするッ!)
内心そう毒づいたセフィランは、その子供達の正体を知っていた。
サイレンの人体実験の果てに産まれた彼らは、邪混鬼の成り損ない。いわば、失敗作なのだ。そう、マーリンは、この子供達の中の一人だった。邪鬼と人間の女を強制的に交じらわせ、誕生させた、哀れな子。セフィランはそんな子供達の中にあって、奇跡的に産まれた紫電の瞳を持つ子供だった。
唯一の成功例。
待ち焦がれられてきた、邪神の子供。
それが、セフィランの呪われた運命と真実なのである。
「この子供達の事は気になさらずに」
そう言うと、サイレンはセフィランの腕を引っ張るようにして、部屋の中央に置かれた寝台へと誘う。
「さあ、お父様に挨拶をなさい」
寝台の上に力なく横たわっている黒髪の少年の手にセフィランの手を重ねさせて、サイレンはうっとりとささやく。
「お目覚め下さい、マスター」
まるで精巧に作られた人形のように美しい少年は、その呼び声にピクリと瞼を震わせた。そうして長い睫毛に縁取られた瞳が開くと、少年……スノーデュークの姿が一瞬で変化した。
背を流れる栗色の髪。
よく日に焼けた健康そうな肌。
すらりと引き締まった、若木のような体躯。
年の頃なら二十歳前後の、まるで太陽の化身のような青年。
その姿は、三千年の時を経てもまるで変わらない。
いや、変化しているものもある。かつて眩いばかりの輝きを放っていた、琥珀の瞳。その瞳の色だけが変化していた。
紫電の色に…………。
(リンスッ!)
愛しい兄の姿に変化したスノーデュークを凝視しながら、イプロスは心の中で悲鳴を上げる。
見たくない! 自分の半身が邪気に汚されている様を、もうこれ以上……。しかし、目を背ける事も出来なかった。
「セフィラン。おいで、僕の愛し子」
闇のように暗く、蜜のように甘い声と共に、スノーデュークはセフィランの頬に手を伸ばす。
「おいで、一つになろう」
その言葉と共に口づけられ、咄嗟にセフィランはもがいた。
「すぐ終わります。いい子にしてなさい」
しかし、背後にいたサイレンに体を完全に抑え込まれ、注がれる巨大な邪気と邪神の魂を拒む事も出来ず、セフィランは絶望の涙を流す。
結局、どうする事も出来なかった。自分の運命に抗いきる事も、光の世界に戻る事も出来ず、母と師匠達の死を無駄にした。
闇の世界から抜け出す事が叶わず、このまま自分は死に往く。
こんなみじめな最期を迎え、誰に看取られる事もなく、別れの言葉を告げる事もなく。
…………………………別れ?
せめて、別れの言葉だけでも言いたかった。
あんな言葉を最期の言葉にして。
きっと、あいつは苦悩するだろう。
泣くかもしれない。
優し過ぎるのが、あの男の弱点だ。
でも、自分に残された唯一の希望が彼なのである。
このまま、邪神として世界を滅ぼすくらいなら……。
「俺を殺してくれ、リュセル。」
そこで、セフィランの……
セフィランとしての意識は途切れ、なくなった。
「セフィランッ!」
「ッ!?」
ガツンッ
目覚めた途端、火花が散った……………………。
「……痛ッ、何事だ?」
ぶつかった額を押さえながら起き上がったリュセルは、痛みのあまり若干涙目になりつつ、目の前で同じように悶絶している人物を見た。
「…………ジュリナ殿?」
どうやら自分と額をぶつけたらしい男装の美女は、リュセル同様赤くなった額を押さえながら噛みつくように怒鳴った。
「痛いだろうが、この馬鹿! いきなり目覚めるんじゃないよ、レオンハルト!」
相手が昏睡状態の時、早く目覚めろとかなんとか言っていたくせに、相変わらず身勝手な女性である。
「何、責任転嫁してるんだ! 眠っている相手の顔を覗き込んでいたあなたが悪いんだろう!?」
リュセルも理不尽な相手の言動に応戦するように怒鳴る。寝起き(それも昏睡状態だった)とは思えぬ程のハイテンション状態だ。
「それは、隣室に聞こえる位、派手な唸り声と寝言がしたから、心配して様子見にきてやったんだろうが! この、女顔!エロ魔人!」
二人が低レベルな言い合いをしていると、ジュリナと同じように寝室に入室し、心配しながらリュセル達の様子を伺っていたティアラは、いぶかしげに朱金色の眉をひそめた。
「少しお待ちになって、お姉様。何だかレオンハルト様の様子が変ですわ」
「なんだって?」
ティアラの言葉を耳にし、安堵と嬉しさのあまり浮かれ状態だったジュリナは、一旦冷静に、じっくりと目の前の青年を観察する。
腰まで流れる胡桃色の髪に白い肌。
傾国の美姫の如き麗しの美貌。
額を思いっきりぶつけた影響で若干涙目になっている琥珀の瞳。
…………………………………………涙目?
「ありえないッ!」
ジュリナは目をクワっと見開いてそう叫ぶと、相手の夜着の襟を掴んで揺さぶりまくる。
「どどどどど、どうしたんだ、レオンハルト! 神化の影響で頭がおかしくなったか!?」
「レオンハルトレオンハルトって、あなたこそおかしくなったのか!? 俺は…………」
グラグラ揺さぶられながら、リュセルが怒鳴り返そうとした瞬間
「私がどうかしたのか?」
隣で声がした。
「…………」
「ッ!?」
その声を聞いたジュリナとティアラは、リュセルの肩越しに後ろを凝視し、動きを止め絶句する。
「なんなんだ、一体」
寝起きの所為でぼんやりした思考回路のまま後ろを振り返ったリュセルは、驚愕に琥珀色をした瞳を見開く。
長い銀糸の髪をした自分が不機嫌そうな仏頂面でこちらを見ていた。
「へ? お、俺がいる」
リュセルは茫然とそう呟くと、ジュリナの束縛から逃れ、目を擦りまくる。
しかし、何度擦っても目の前の美青年は、リュセル・セイントクロス・アシェイラ。つまり、自分にしか見えない。
「ふむ」
目の前の自分は興味深そうにリュセルの姿を見回した後、ため息のような声で呟いた。
「神化の影響で体が入れ替わってしまったようだな」
…………は?
状況把握が早過ぎる兄と違い、常人の神経しか持ち合わせていないリュセルは目が点になる。そんなリュセルの視界の端に映ったのは、ついこの間までは、己が半身のものであった胡桃色の髪。
「まあ、その内戻るだろう」
今は自分のものとなっている弟の銀髪が、足元にまで届く位長くなっているのを触って確かめていたレオンハルトは、状況把握が出来ずに硬直している目の前の自分(の姿をしたリュセル)に顔を寄せた。
近づいてくる、男性的に整った月の美貌。
自分よりも、兄が中にいる今の方が男らしく格好いい様な気がするのは気の所為か?
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