323 / 424
第十四章 竜の末裔
6-2 郷愁
しおりを挟むアシェイラの神子。そして、アシェイラ支部の神官長と神官長補佐の到着が今だなされぬ理由。それを説明するには、ジュリナとティアラの神殿本部到着より五日遡る事になる。
護衛の神官達と別れ、アシェイラ側の入口よりドラゴンの森に入る為、リュセル達は、人一人がやっと通れるような道しかない絶壁の上から下に向かって降りようとしている最中だった。
「下は見ないように歩いて下さいね」
あまりの高さに尻ごみしていたリュセルにそう声をかけ、ライサンはさっさと崖を降り始める。
そんな上司の後をルークが続き、今現在リュセルの姿をしているレオンハルトが、軽い足取りで、絶壁を囲むようにして出来ている狭い足場を通って行く。
「…………」
リュセルはゴクリと唾を飲み込み、岩肌に出来た凹凸を掴みながら、ソロソロと、なんとか崖を降りて行った。宝主である兄の体を現在保有している為、体力的には問題なかったが、精神的な問題から長時間かかり、ようやく谷底に辿りついた時には、へとへとになってしまっていた。
「なんなんだ、この崖は。ディエラやサンジェイラ側の入口もこんな感じなのか!?」
先に着いて、リュセルとレオンハルトを待っていたライサンとルークにそう尋ねると、険しい道を降りて来たにも関わらず息一つ乱していないアシェイラ支部の神官長は、小首を傾げて答えた。
「そうですねぇ。そういえば、ここまで険しいのはアシェイラ側位でしょうか」
そう言いながら、傍らの自分の補佐役の息が整うのを待つ。
絶壁を降りて息を乱していないのはライサンとリュセルのみで、ルークもレオンハルトも額に汗し、息が乱れていた。
普通の人間であるルークは仕方ないにしても、いつも体力的な事に関しては余裕な態度を崩した事のないレオンハルトの姿にリュセルは衝撃を受ける。
今、レオンハルトは、本来ならリュセルが感じる辛さを味わっているのだ。そう思うと、兄に対して少々申し訳ないような気持ちになった。
持参していた水筒から水を飲み、皆が落ち付いた頃を見計らうと、ライサンは崖下に存在している洞窟へと進む為、携帯用の光石に灯りを灯す。
「これが入口です。洞窟を抜ければ、ドラゴンの森の中ですよ。暗いので足元に気を付けてついて来て下さい」
絶壁の次は、洞窟を抜けなくてはならないらしい。
ライサンの持つ僅かな灯りを頼りに、長い長い洞窟をひたすら歩き続ける。暗いし、足場は悪いしで、リュセルは何度か転びかけた程だ。
どれ位の刻が経ったのか、ようやく出口が見えてきて洞窟を抜けると…………。
薄暗い。
昼間であっても陽の光が届かぬような、霧深い森が目の前に広がっていた。
うっそうと茂る巨大な木々。
どこかに未知の生物でも潜んでいるのではないかと思わせる程、妖しげな場所。
「ここが……、ドラゴンの森」
「…………」
周りを見回しながらそう呟いたリュセルの腕を、レオンハルトは無言のまま掴んだ。
「はぐれないようにして下さい。一度はぐれれば、合流出来る保障はありません。むしろ、合流出来ない可能性の方が高いでしょう。こんな所で野垂れ死にたくなければ、私から離れないようにお願いしますよ」
神妙な表情でそう告げたライサンを見つめ、リュセルは大きく頷いて返事をし、レオンハルトも表情を変えぬまま頷く。
「わ、わかった」
「承知した」
神子達の返事ににっこり笑うと、今度はルークに目を向ける。
「あなたもですよ、ルーク」
「…………」
地面を凝視していたルークは、ライサンの言葉を聞いているのかいないのか、難しい顔をして考え込んでいた。
「ルーク?」
不思議に思ったライサンが呼びかけると、はっとしたように顔を上げ、返事を返す。
「あ、ああ」
「いかがしました?」
様子のおかしなルークを怪訝に思い、問いかけると、彼は緩く首を振った。
「いや、なんでもない」
「……そうですか」
ルークの言葉を聞いて納得したのかどうか分からないが、そのままライサンは先頭に立って歩き始めた。その後をレオンハルト、リュセル、最後にルークが続く。
(一体、なんなんだ)
きっちりはっきり、白黒つけたい真面目な性格のルークは、この森に入った時から感じている違和感に眉をひそめた。
ここは、初めて来る場所だ。
こんな、気味の悪い薄暗い森、自分の今までの人生で来た事はない。仕事でなければ来たいとも思わない。だが、この森の空気から、ルークは感じた事もないような懐かしさのようなものを感じていた。
人はそれを、郷愁と呼ぶ。
「悪臭がする」
霧深い妖の森。
森の中心にあるお気に入りの木の上で、虹色の瞳をした華やかな容貌の青年がそう呟いた。産まれた時からこの場所にいるが、彼は今まで、こんなに不愉快な思いを味わった事はなかった。
そんな、嫌悪感を隠しきれぬ兄と違い、弟は嘘の笑顔を顔に貼りつかせる。
「駄目だよ、ジル。アシェイラと約束したでしょ? 邪神と神子の戦いがどうなろうと知ったこっちゃないけど、だからこそ、それに干渉してもいけない」
同じ木の枝上に腰を下ろしている弟。もう一人の青年の容姿は、兄である者の容姿と瓜二つだった。
「父さんも、もう二度と人間に関わってはいけないと言っていたしね。この時代の神子達に興味はあるけど……」
そう言いながら、件の悪臭の近くに存在する、一対の綺麗な魂に意識を向ける。実は、現在意識を向けている彼らの他にも侵入者が在る事を彼らは黙認していた。
「一番順調に進んでるのが、この南西の神子達みたいだ。次に進みが早いのが北の神子。……南東の神子達は、何故かは知らんが、進みが遅い」
眠そうに欠伸をしながらそう言ったジルは、木の幹にもたれかかった。
「じゃあ、もう少しの辛抱だね。森の外、入口付近は邪鬼が集まってきてるみたいだし、さっさと出て行ってくれると助かるな」
そう言いながら、べルは兄のいる枝に移動し、その隣に座ると、うつらうつらとしている様子の彼の膝上に頭を落とす。
「重いぞ」
「いいじゃん」
不満そうに目を開けたジルにクスクス笑いながらそう返すと、べルはふと真面目な顔で言った。
「ねぇ、ジル。よくはわかんないんだけど、なんかザワザワしない?」
「ああ、なんだか落ち着かない。こんな気持ちは初めてだ」
「神官や神子の他に、何か入り込んだのかもしれないね」
ジルの頬を撫でながらそう呟いたベルは、不意に起き上がると、厳しい目を下界に向ける。
「この地に邪鬼が入り込む事は出来ないだろう。ここは神気が強すぎる」
「う~ん。そうなんだよね~~。ま、とりあえず、彼らが内側にいる間は、用心を怠らないって事にしない? 考えるのも面倒だし。あんまり気になるようなら、彼らを見に行けばいい事だよ。俺達の目には、真実しか映らないのだから」
善悪を見抜く力。
その力の源は、一族に受け継がれてきた、虹色をした瞳の能力だった。
人間のみならず、神子だろうと邪鬼だろうと、自分達に嘘はつけない。
この力故、遠い昔、自分達の祖先は、純粋な心を持った人間を見抜き、彼らと契約を交わし、力を貸してきた。
アシェイラもその一人だ。
それは、ジルもベルも知らぬ、黄金の時代だった。
自分達は、お互いの存在しか知らない。同胞と呼ぶべき仲間は、自分達を残して死に絶えた。互いの存在が在るからこそ、今まで生きて来られた。それでも……。
それでも、孤独だった
*****
三日間……。
それこそ、三日の間、ひたすら歩き続けた。
この旅は順調に進んでいるのか? もしかして、道に迷ってるのではないか? 行けども行けども、目に映るのは同じ光景ばかり。夜営の最中、それをライサンに尋ねてみると……。
「え? すこぶる順調ですよ。このまま行くと、本部に一番乗りでしょうねぇ」
本気(マジ)で!?
リュセルは配られた簡易食(固いクッキーのような食べ物だ)を口にしながら、あっけらかんとしたライサンの答えに驚きのあまり目を見張った。
「しかし、行けども行けども、同じ風景しか見えて来ないんだが」
琥珀の瞳に不安な色を浮かべるレオンハルトの姿をしたリュセルに向かい、ライサンは安心させるように優しい笑みを浮かべる。
「大丈夫。剣鍵様達には分からない小さな目印が一定の場所に在るんですよ。私達はそれを目印にこの森を進んでいます」
0
あなたにおすすめの小説
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。
天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】
さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。
英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。
この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。
「さあ気に入ったsubを娶れ」
「パートナーはいいぞ」
とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。
待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。
平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる