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第十四章 竜の末裔
9-2 ミラの血統とドラゴンの執着
しおりを挟む「……ジル?」
しばらくレオンハルトを興味深く見つめていたベルは、離れた場所にいる双子の片割れの起こした行動を感じ取り、眉をひそめた。向こうの神子とイプロスの攻防については感知せず、様子を見るだけと話していたはずだ。
そして何故、ジルが神子とイプロスの間に割って入ったのかを知り、驚きに目を見開いた。
(……?)
相手の動向を探っていたライサンは、べルの様子がおかしい事に気づいた。
そしてその直後、何の前触れもなく、ベルの瞳から涙がこぼれ落ちる。目を見開き、呆然としたまま、彼は呟いた。
「…………ミラ」
ミラ。
それが、誰の名であるか、ライサンは知っていた。
人と生きる事を選び、この森を去って行ったドラゴン。ライサン・セリクスとして生まれ変わる前まで、その子孫達の行く末を、アシェイラやサンジェイラと共に見守ってきた。
だが、今はミラの血を受け継ぐ者がどうなっているか知らない。前にアシェイラに尋ねた事があるのだが、何故か彼はその事を語りたがらず、ごまかして終わらせたのだ。
ミラ……。確かその血は、人の中で段々とドラゴンとしての性質を弱め、転生前のライサンが最後に確認した子孫は、ほとんど人間に等しかった。その血が今も残っているなら、その者は完全な人間として生きているだろう。ドラゴンの性質は人の血の中に一欠片、わずかながらに残っている程度に違いない。
(それに確か、ミラの血統の者は……)
そんなライサンの思考を中断させるような明るい声が、次の瞬間、レオンハルトにかけられた。
「心配いらないよ、剣の神子。君の半身はジルが無事保護したからね。すぐに連れて来るよ」
そう言って後ろを振り返ったベルは、森の地形を再び変動させる。
次の瞬間、周囲の景色が何度も入れ替わり、遠くにベルと同じ容姿の青年が出現した。彼は歩いてもいないのに段々とこちらに近づいてくる。ベルとジルの力に呼応して、地面が動いているのだ。
「お帰り、ジル」
何度か現れたり消えたりを繰り返した後、ジルはべルの前に出現し、移動を完了させ、地形変動を終了させた。弟の再会の抱擁に答えた後、ジルは体をずらし、後ろにいる者を見せる。
「レオン!」
リュセルはベルの後ろにいるレオンハルトを見つけ、ほっと息を吐いた。そのまま、安堵の表情を浮かべる兄が駆けつけるのを待つ。だが、リュセルはその間も、ジルとベルの動向を横目で探り、それをレオンハルトに伝えていた。
レオンハルトには言葉で伝えずともリュセルの警戒がわかったらしく、弟が肩を貸している青年に目を向ける。
蒼白だった……。
それに、何故かひどく怯えている。
それを悟られまいとしているようだったが、リュセルの腕を掴む手が震えているのをレオンハルトは確認した。
(何があったのだ?)
元の体に戻った後、何かあったに違いない。レオンハルトがそう考えていた時、べルがジルに尋ねた。
「どうだった?」
ベルの視線は、ジルと再会してからずっとリュセルに注がれていた。
(? いや、リュセルではない)
弟が肩を貸しているルークを凝視しているのだ。
「味見、したんでしょ?」
「悪くない」
一体、何の話だ?
レオンハルトはいぶかしげに眉をひそめると、弟の身を引き寄せる為、腕を伸ばした。リュセルは大丈夫そうだが、ひどい顔色をしているルークの具合を診なければならない。
しかし、次の瞬間。
ベルの腕が無造作に伸び、ルークの身がリュセルから引き離された。
「なッ!」
いきなりの暴挙にリュセルは驚きに目を見開き、腕を掴まれ引き寄せられたルークは、近づいてくる虹色の双眸を、硬直したまま見つめていた。
またやるつもりだ。
今度はベルが。
瞬時に悟ったリュセルは、今度こそ阻止しようと動き、レオンハルトも意味が分からぬまま、弟の視線での懇願を受け、べルを阻もうと手を伸ばす。
だが、それよりも早く……
「一体、何の真似ですか?」
いつの間に移動したのか、ベルの胸を強い力で押し、一気にルークから引き離したライサンが、感情を押し殺した声音でベルに問いかけた。
「ディエラ。お前にそんな権利ないと思うよ」
一方のベルは、相手の剣呑な雰囲気にも呑まれずに、朗らかにそう返す。挑むような視線を相手に返すベルの手はルークの腕を掴んだままで、決して離す気がない事が分かった。
「……? 何を」
ベルの言葉にライサンが眉根を寄せた時、ここにはいないはずの存在の声が響いた。
ー待て。べル、ジルー
銀色の光球。
声と共に、いきなり空中に現れたその中から、銀色の狼が姿を見せる。
「アシェイラ」
ベルに名を呼ばれた神獣は、厳しい声で告げた。
「到着の遅れている剣の神子、そして、アシェイラ支部の神官長とその補佐である神官を迎えにきた。約束したはずだ。無事、この森を通過させると」
「…………神官」
アシェイラの言葉を聞き、無表情になったベルは、小さく呟いてルークを見る。
「そう、神官だ。その男は、女神に仕える人間。神の使徒。だから手を離せ、べル!」
そこまで言って、べルは渋々ながらもようやくルークの腕を離した。
「アシェイラ、お前は知っていたんだね。知っていて、俺達に隠していた」
ベルの怒りを押し殺したその言葉に、アシェイラは必死に答える。
「違う、べル。聞いてくれ!」
「卑怯者! しょせんお前(勇者)達はあの時から変わっていない。女神の為に俺達を再び貶める気か!」
そう言うと踵を返し、ジルの腕を引く。
「神子達の目もあるからね。今までの友情に免じ、今のところは退いてあげるよ」
その言葉を最後に、金色のドラゴン達は森の奥に姿を消したのだった。
*****
「リュセル兄さん、レオンハルト兄さん!」
アシェイラに案内され、本殿へと続く長い橋を渡り終えたリュセルは、巨大な扉が左右に開くと同時に駆け寄ってきたローウェンに笑いかけた。
「ローウェン!」
赤い着物風ドレスを翻して駆けてくる少年は涙目で、どれだけ自分達兄弟の事を心配していたのかが見てとれる。
(心配をかけてしまったな)
そう思いながらリュセルはいつものように両手を広げ、娘(設定)の少年を抱きとめる準備をした。
そして
「よかった~! リュセル兄さん!」
ローウェンは腕を広げ待っていたリュセルではなく、その隣を歩いていたレオンハルトに向かって体当たり気味に抱きつく。
「お前達も無事に到着していたようだね」
宝主である少年の全力タックルにもビクともしないレオンハルトは、微笑を浮かべてローウェンの頭を軽く撫でた。
「ローウェン、俺のこの、出した腕の持っていき場が思いつかないのだが」
腕を広げたまま悲しそうに娘(設定)を見つめるリュセルと自分が抱きついたレオンハルトを急いで見比べたローウェンは、驚きの声を上げる。
「リュセル兄さんがヘタレでレオンハルト兄さんが格好いい…………えッ!? 二人共、戻ったの~~~~ッ!?」
「誰がヘタレだ!」
中身が違うとこんなにも違うのか。ローウェンはリュセルのつっこみを聞きながらもそう思ってしまう。
「なんだなんだ、戻ったのかい? まったく、忙しい奴らだねぇ」
ローウェンの後を追うようにして駆けつけてきたジュリナも、そう言いながら無事な兄弟の姿を見てほっと息を吐く。
「リュセル殿、レオンハルト殿、ご無事でなにより」
「二人共、本当に良かった」
アルティスとティアラも安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろしていた。
「心配をかけてしまい、すまなかった」
リュセルの謝罪にジュリナは肩をすくめて答える。
「本当にね。てっきりお前達が一番最初に到着していると思っていたのに、私達よりも後だなんてさ……何かあったのかい?」
最期の台詞はリュセルでなくレオンハルトに向けられ、ジュリナの疑問を受けたレオンハルトは視線を背後に向けた。
体調不良の為、リュセルやレオンハルトより遅れて到着したアシェイラ神殿の神官達。ライサンの肩を借りて歩いているルークを見たローウェンが驚いたように尋ねる。
「どうしたの? もしかして、あの人もぎっくり腰になっちゃったの? それでリュセル兄さん達の到着が遅れたの?」
「何故、ぎっくり腰?」
ディエラの巫女姫の事情を知らないリュセルは、何故ルークがぎっくり腰にされてしまったのかわからず、眉をひそめた。
「詳しくは、後で話すよ」
レオンハルトの言葉を聞き、ジュリナは小さく頷く。
「そうだな。お前達は到着したばかりだし。」
その時、話の区切りがついた事を悟った、近くに控えていた世話役の巫女がリュセル達に声をかけた。
「剣主様、剣鍵様。お二人が滞在される部屋にご案内致します」
「あ、ああ」
リュセルはそう答えながらも、同じように巫女の案内を受けて遠ざかって行くライサンとルークの背を心配そうに見送る。
「ここはもう神殿の中だ。大丈夫だよ、リュセル」
「そう……だよな」
兄の言葉に頷きながらも、不安は払拭されない。
彼らは一体、どうなるのだろうか?
ライサンは、ルークの真実について何も知らない。ルーク自身、自分の事に気づいていないだろう。何も知らぬからこそ、二人はああして共にいられる。
(知っているのは、アシェイラだけという事か)
リュセルはそう考えながら、兄と共に巫女の案内を受けて歩き出したのだった。
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