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第十四章 竜の末裔
10-1 濃霧
しおりを挟む目覚めは急に訪れた。
「ッ!?」
眠っていたという概念すらなかったリュセルは、唐突に訪れた覚醒を理解するのに少々時間がかかった。
「な……、に?」
テーブルに突っ伏して意識を失っていたと思われる自分は確か、与えられた部屋にて、集まった同胞達とこれまでの経緯の報告やこれからの確認をし合っていたはずだ。
「ぅ……」
「レオン!」
隣から聞こえた呻き声に気づき、リュセルは慌てて兄の名を呼ぶ。
リュセルと同じようにテーブルにうつ伏せに倒れ伏していたレオンハルトは、目を開き覚醒した途端、弾かれたように周囲を見回した。
ジュリナ、ティアラ、アルティス、ローウェン。つい先程まで自分達と話をしていた同胞達が倒れていた。
「…………」
無言のまま、向かいのテーブルにうつ伏せに倒れているジュリナの脈をとったレオンハルトは、そのまま呼気を確認する。
「眠っているだけのようだ」
リュセルも兄に倣って、床の上に倒れているローウェンと椅子の背もたれにもたれるようにして眠るアルティスの様子を確かめた。
「こっちもだ」
同じような状態のティアラの確認を終えていたレオンハルトは、弟の報告を聞くと眉をひそめた。
「霧……?」
目覚めたばかりで今まで気づかなかったが、室内に濃霧が立ち込めていたのだ。
「これ(霧)が原因か」
そう呟いたレオンハルトは、部屋の隅に立てかけておいた女神の剣をとると、リュセルに言った。
「外の様子を見に行くよ」
「しかし、レオン。皆を放っておいていいのか? 全然目覚めないぞ!」
どんなに揺すっても呼びかけても起きない四人のこの眠りは、どう考えても尋常ではない。
「こんな場所で濃霧が自然発生するはずがない。誰かが故意的に起こしている。何が目的かは知らんがな」
外の様子を伺いながら弟に目線で合図するレオンハルトは、扉の外、すぐ傍に、自分達の世話役としてつけられていた巫女が倒れているのを発見する。素早く脈と呼気を確認したレオンハルトは、この巫女も、強制的に深い眠りにつかされている事を察した。
おそらく神殿中の人間が、現在この状態なのだろう。
「この霧から邪気は感じないぞ」
リュセルはそう言って、周囲を漂う霧に意識を集中させる。嫌な予感がした。この霧はなんだか、あの森の中を漂っていたものに似ている気がしてならない。
案の定……。
「クソッ、神殿内に干渉してくるとは……」
濃霧の向こうに金色の大きな気配を二つ感じ、リュセルは毒づいた。
弟のその言葉だけで、この事態を引き起こした相手の正体を悟ったレオンハルトは、廊下を早足で進みながら周囲に目を走らせる。そうして、神子達に与えられた部屋が並ぶ神殿奥部にある廊下を抜け、境にある扉を開けると広い回廊に出た。
そこにもまた、神殿本部に勤めるたくさんの神官や巫女が倒れ伏していた。
「皆、眠っているのか?」
眠りを誘発する霧は、過去にレオンハルトと赴いた任務地で体験済みだった。あの時の霧は、濃密な邪気を含んでいて、体の弱い病人や年寄りは衰弱し、中には亡くなってしまっていた者もいたのだ。しかし、今回の霧はまるで邪気を含んでおらず、相手の力の源が邪気でない事を示している。
「やっかいな事になりそうだ。こんな時に……」
邪鬼との戦いが確実に激しくなるであろう事が予測されている今、邪鬼以外の者といざこざを起こすのは出来れば避けたい事態だ。
(それにしても、こうなる事は予測し得た事であるにも関わらず、何故フェンリルは、彼を俺達と一緒にここに来させたんだ?)
リュセルはそう考えると同時に、ある事に思い至った。
(彼がこちら側にいる限り、あいつらは中立の立場でありながらも俺達の味方にならざるを得なくなる。その上、彼が願えば、完全にこちら(神子)側に回るだろう。でも、その場合…………)
リュセルはそこまで考えると、相手が何をする為にこのような事を仕出かしているのかを悟った。
欲しいのだ。
どうしても、彼が欲しいのだ
「フェンリル・アシェイラは、まさかこうなる事を承知の上で」
一つは、邪神復活と共に力を増す邪鬼に対抗する手段とする為。一つは、中立を守る彼らの力が間違っても向こう(邪鬼)側に渡らぬように。そしておそらく、時が来たのだと悟ったのだろう。真実を告げる、その時が。
でも、アシェイラは知らない。
彼らの孤独が、一体どんなものだったかを。
復讐の道具にさせられた、その悲しみ。一族の仇の姿で産まれさせられた、その悔しさ。父親にすら愛されなかった。仇の姿で産まれたが故に。孤独な檻の中。自分達以外の同胞を、どんなに求めただろう。
「もし、そんなあいつらが、求め続けた同胞に拒まれたらどうなるんだ? 俺達が彼を渡さなかったら?」
唯一の同胞を見つけた時に感じた彼らの強い想い、その激しい執着心。何千年もの時に渡り溜まったそれは……
「向けられた相手は、ドラゴンの血を引いているとはいえ、ただの人間だぞ。受け止めきれるはずがない。下手すると千々に引き裂かれ、死ぬ」
それも、相手は一人じゃない。双子のドラゴンだ。
(下手すると、俺達はドラゴンを敵に回す事になる。敵に回さずにするには……)
彼を差し出さなければならない。
「そんな人身御供のような真似、出来るはずがない!」
「リュセル」
「しかし、他にどうすれば……っ」
「リュセル」
兄の呼びかける声が耳に入らない程、動揺しているリュセルは、激しく目線を泳がせ、わしゃわしゃと髪をかき回す。
バシッ
「落ち着け、馬鹿者」
返事を返さず、一人でぶつぶつとひとり言を呟き続ける弟の頭を、しびれを切らしたレオンハルトは、一発平手で殴った。(手加減済み)
「痛……、痛いっ! な、何するんだ!」
涙目で自分を見返すリュセルに対し、今まで放って置かれていたレオンハルトは、ため息交じりに伝える。
「一人でパニックになっていてどうする? いいから、お前の知っている事をすべて話しなさい」
「あ…………」
そうだった。
まだ、例の彼とドラゴンの因果関係について、リュセルはレオンハルトに相談していなかった。
「すまない。あまりにも短時間に色々あり過ぎて、報告が遅れた」
焦る気持ちを抑えながら、女神の記憶と共に自分が知ったドラゴンに関する事柄を兄に話す為、リュセルは口を開いたのだった。
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