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第十四章 竜の末裔
10-2 非業の運命
しおりを挟むリュセル達が目覚め、部屋を飛び出したと同時刻、古の勇者達は神殿内を歩き回っていた。
「派手にやったなぁ、あいつら」
倒れ伏す神官や巫女達の姿を横目に見ながらそう言ったアシェイラに、周囲を警戒しながら彼の後ろを歩いていたユリエは反応し、目を上げた。
「アシェイラ。君はこの濃霧を起こしている犯人を知っているのか?」
「ああ、まあね」
「…………」
何かを隠している様子の同胞に、ライサンは訝しむような視線を向ける。仲間たちの不信感を知りながら、アシェイラは何も語らないままそっと胸に手を当てた。
アシェイラの着る神官服。神殿権力の最高位、大神官ですら着る事の許されぬ”扉の番人”が着る女神の色の三色を使用したものだ。その胸元には、一通の手紙を隠してある。遠い遠い昔に書かれたにも関わらず、特殊な加工をされ、傷みがひどいが奇跡的に読む事が出来た。
そこに書かれていたのは、文面を埋め尽くす謝罪の言葉。二十年前に起こった、ある事件の被害者の遺品だったものだ。
本来、フェンリル(神獣)である自分は、人の運命に介入してはいけない。輪廻を司り、自然を操る。女神の愛した人間達を見守る事を役目とした自分達に、その権利はなかった。人の生と死を、女神の代わりに見つめ続けていくのがフェンリル(神獣)の使命。
だから、いくら負い目があっても、介入すべきではなかった。見つめ続けるべきだった。
彼女と、彼女の子供の死を……。あの清廉潔白なドラゴンの子。その血の、悲しい行く末を……。
滅ぶ運命だった。失われるはずだった。それが耐えきれず、一人ではとても耐えきれず
二十年前。
アシェイラは、禁忌を犯した。
ー頼む。頼むから、彼女を助けてくれー
事情をすべて話す事は出来なかった。
それでも、当時の玉主と玉鍵であった彼女達は、アシェイラのその願いを聞き入れ、サンジェイラ北方にある小さな村へと駆けつけて行ってくれた。しかし、出来うる限りの方法を用いて急いで駆け付けたにも関わらず、間に合う事は出来なかった。
また、”あの子”の子孫が、自ら不幸を招き、非業の死を遂げた。
ーごめんなさい、アシェイラ。僕らがもっと早く到着していれば……ー
そう言って悲しそうな目をした少女の顔は、髪の色と瞳の色、肌の色を除けば、自分の愛した女神とそっくりだった。
ーよいのだ、カルティア。こちらこそ、無理を言ってすまなかったー
アシェイラの優しい言葉に一瞬泣きそうな顔をするが、それを堪え、カルティアは犠牲となった女性の遺品を差し出した。
ー彼女の遺品です。何か不思議な力が加わっているらしく、僕には開けられませんでした。おそらく彼女自身、開く事は出来なかったのではないでしょうか?ー
カルティアから受け取ったそれは、手紙だった。
薄汚れ、ひどく傷んだ手紙。
カサッ
カルティアが去った後、乾いたかすかな音を立てて、アシェイラはそれを開けた。カルティアに開けられなかったその手紙は、実にあっさりとアシェイラの手によって開ける事が出来た。
ーッ! ……はッ…………かはッッー
それを読み終えたアシェイラは、獣の姿から人型になると、その場に膝をつき、まるで呼吸の仕方を忘れたかのように大きく喘ぎ、声を出して泣いた。
仲間は二人共転生を果たした。
それを知り得た者は、自分しかいない。
あの愛すべき種族を、ここまで狂わせた!
彼らの名をつけたのは、自分だ。
ドラゴン最後の子供達。
最後になるとは思っていなかった、あの頃。アシェイラとコンビを組んでいた、ドラゴン騎士団付きの黒竜。自分が認めさせたドラゴン。良き友、良き相棒だった。
そんな彼に名づけ親になって欲しいと乞われたのだ。父親であった彼と同じ、黒い鱗の二頭の小さなドラゴン。
幸あれ、と。
その行く末にたくさんの幸せが来るようにと、願いを込めて名をつけた。
ーユラ、ミラー
兄は憎しみの中で死に、弟は悲しみと共に逝った。
人間の中で生き、その中で幸せを感じる度に、ミラは兄を見捨てた事を思い出し、罪の意識に苛まれたのだろう。手紙の中に繰り返されていた謝罪と悲哀の言葉が、ただただ、アシェイラの胸に突き刺さった。
ー……………………子供ー
息もできぬ程、泣いて泣いて、そして不意に思い出した。
彼女の子供。
ミラの、最後の子孫。
ー彼女の子は、間一髪助けられました。情勢不安定な今のサンジェイラに留める事は危険と判断し、ディエラの知り合いの家に預ける予定だったのですが……。申し訳ありません。途中、姿を消しました。母親をあのようにに亡くし、僕達の事も信頼してもらえなかったのだと思いますー
カルティアの報告の言葉を思い出し、アシェイラは子供の姿を探した。そして見つけた。
サンジェイラ王都に向かい、極寒の山道を歩くひどく痩せた子供。彼女と同じ、炎の色を宿した髪。顔立ちと瞳の色は父親に似たのだろう。自分が見守ってきた少女に似ているのは赤髪だけだった。それでも、その子供は、まぎれもなく彼女の子だった。
ーどうして……? どうしてまた繰り返す、ミラ!ー
まだ五歳に満たぬような幼子。
アシェイラはその運命に、死の影を感じた。
非業の死の運命を。
数年の内に子供は死ぬ。
彼の母親のように、苦しみ抜いて死ぬ。
それが、子供の中に流れる血が彼に課した呪われた運命(さだめ)だったのだ。
「…………つまり、この霧を操っているのは、例のドラゴンの末裔達である可能性が高いという事だね?」
ドラゴンが滅亡に至った経緯。古の勇者達との関わり。ドラゴンの長、アナスタシアの決断。竜族最後の子供とされた兄弟。ジルとベルが、その兄の子である事。そして……弟の血を引く、遠い遠い子孫が
「まさか、ウインター神官長補佐が竜の末裔だったとはな」
捲くし立てる様に一気に説明した為、ぜえぜえと肩で息をしているリュセルの横で、レオンハルトは驚きを隠せない声音で呟いた。
「ユラの子供とミラの子孫。だからあの二人は、あんなにも彼に興味を示していたのか」
そして、軽く握った右手の甲を顎先に添えながら考え込む。
「レオン?」
黙り込んでしまった兄を訝しく思い、視線を向けると、レオンハルトはある疑問を口にした。
「竜の末裔であるウインター神官長補佐と古の勇者の魂を宿すセリクス神官長の出会いは、本当に偶然だったのだろうか? もし本当に偶然だとしたら、ずいぶん出来過ぎていると思うよ」
一族を滅ぼした張本人と、滅ぼされた一族の血の末裔。
ライサンは子供の頃、サンジェイラ国の王都でルークを拾ったと話していた。もし、その出会いが偶然でないとしたら……。仕組んだのは、まさか。
「お前はどうしたいんだい? リュセル」
顔を引きつらせて立ちつくす弟をじっと見つめ、レオンハルトは静かに尋ねる。
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